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婚約者 2 (キャスバル)

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俺達の旅は順調で、予定日の前日には国境へと辿り着いた。
ゴルの谷と呼ばれるこの一帯は所謂谷間で、単純に帝国と王国を分ける谷間と言うだけでなく万年雪が積もる大山脈と黒煙を上げ続ける火山を分ける谷間でもある。

「相変わらず壮観ですね」

「ああ。ただ国境があるってだけじゃないからな」

谷間という形状のためか、細長い村程度の規模の町が形成されてはいるが所々に聳え立つ柱は強力な魔物除けで、これが無ければ無辜の民は大型の餌になってしまう。
王国民よりも帝国から来ている行商人が多く闊歩しているこの町の安全は俺達シュバルツバルト侯爵領が担っている。
今までもこれからも帝国とは仲良く過ごす為には、行商人の存在は大きい。
幾ら貴族同士の婚姻やら何やらで縁続きになったとしても、平民達の方がより良い関係を多く結んでる方が良い。
本当の国境一帯に天幕を張り、野営の準備を整える。
規定通りに馬車を配置し、馬達を休め労う。何度となくやって来た野営。

「日が少しずつ伸びて来ましたね」

レイの優しい声にチラリと視線をやり、山に差し掛かる日を眺める。

「そうだな。だが、俺は山の日の早さは余り好きじゃないな。領都のうんと伸びる影の方が好きだ。山はあっという間に日が沈む」

大山脈も火山も高い。故に日が翳るのも早く感じる。それが俺には勿体なく寂しいと感じる。

「そうですね。冷えるのも早いですからね、そろそろ皆の所に行きましょう。お茶でも飲んで一息つけるべきです」

「……そうだな」

レイと共に天幕の中心部に向かう。
天幕の中心部は煮炊きが出来る様に広めに場所を空けている。
レンガを積んで作られたかまどに鍋がかけられたり、網を置いて肉を焼いたりと忙しない。
かつては塩味のスープに干し肉を齧ったりしていた野営も、今では様々な味のスープにそこらで狩った肉に調味料なる物をつけて焼いた肉と比べる事も出来ない程豊かになった。
町で買い足した野菜に、果物が無い事が残念だな……と思ってまだ果物が出回るには時期尚早だなと苦笑いをこっそり溢す。
邸で味わった、あのツヤツヤと光るイチゴは教えてはいないが気に入っている。

「イチゴ……無いのが悔やまれます」

レイの不意な一言に思わず凝視してしまう。

「お好きでしょう?イチゴ」

「なぜ……そう思う?」

「でなければ苗がどうとか言わないでしょう。どれだけお側にいたと思ってるんです?」

「そうか……そうだな」

何だ、言わなくても理解っていたとか!一頻り笑ってバンバンとレイの肩を叩く。

「こっちでもイチゴを生産出来るのが一番良い!おそらくだが、エリーゼがやたらと火山に興味を持っていた。何か考えがあるか、やる積もりだろう。それまで不便だが、少し様子見だ」

「はい」

パチパチと薪が爆ぜる音と共に隊員達の笑い声も高くなっていく。
腹も満たされ、ワインを飲み(今日、国境に着いたから二樽開ける事にした)笑い声はやがて歌声になり手を叩く音や足を鳴らす音が響く。
旅はいつだって危険と隣り合わせだ。
命があれば、怪我も無ければ、生きてる喜びと感謝を誰にする訳でも無いのに行う。
エリーゼが命名したテリヤキソースで味付けされた焼けた肉にかぶり付き、歯で勢い良く齧り取る。
滴り落ちる脂の匂いも美味そうで笑いが込み上がってくる。
手渡された木のカップに並々と注がれたワインを一気に煽ると、喉から下が熱くなって俺は今生きてる!と全身で感じる。

「プハァッ!キャスバル様、美味しいですね!」

普段は物静かに俺に傅いてるレイが満面の笑顔で俺に言ってくる。
この一瞬が一番可愛くて、昔から変わらないと俺も笑顔で応える。

「全くだ!いつもの貴族らしい食事も良いが、やっぱり野営の時のこの粗野な食事も良い!」

大きく口を開けて大声で笑う。
夜の野営地に俺達の笑い声が響く。誰も止める様な者はいない。


翌日から婚約者である令嬢を待つだけの日々となったが、三日待った所で帝国から仰々しい行列がやって来た。
おそらく、あれが俺の婚約者の令嬢を乗せた馬車と護衛だろう。
とうとう顔合わせか……
次々と野営地に近づいて来る馬車を見て、さてどうしたものかと考え込む。
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