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静かなる波のように 4 (アーネスト)

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カサリと執務机の上に手紙が舞い落ちる。
送り主は我が娘フェリシアだ。

「フェリシアからですね」

「ロバート、良く分かるな」

アーネストの執務室に打ち合わせの為に来たフェリシアの兄ロバートは事もなげに言った。

「フェリシアの手紙は必ずバラの香りがする。どういう方法かは知らないが実に貴族女性らしいと思いますがね」

ふむ?とフェリシアからの手紙を鼻先に近づける。
確かに淡いバラの香りがする。
年は取りたくないものだな……鼻も鈍くなるとはな。
それにしても王国は香りを楽しむ趣向でもあるのか?いや、そんな報告は受けてないな……だがフェリシアから届けられる紅茶や甘味はどれも香りも良い。

「ロバート。香りが良いのはフェリシアの所からだけだ。キャロライン皇女殿下からは特に香りが良かったとは思えんがな」

「……確かに。ではシュバルツバルト領特有の趣向なのですか?」

ロバートの疑問は尤もだ。これまで王国とは特に繋がりも無く過ごしてきた。

「父上、何か甘い香りもするのですが何ですか?」

「む?クッキーだな。フェリシアから送られてきたんだが……」

まさかロバート達の元には行ってないのか?

「クッキー?何ですかそれは……フェリシアから送られたとは……」

仕方ない。ここで振る舞わなければ父上はセコいだのケチだの文句をつけられかねん。

「丁度良い、一緒に一息入れるか。ロバートの分も紅茶とクッキーを、勿論フェリシアから送られた物をだ」

ニンマリと笑う我が息子にこやつは昔っからこうだったと思った。
執務室に漂う桃の香りと甘い甘味の香りがどうにも嬉しくて顔がニヤける。
サッサと立ち上がりソファセットへと歩み座る。当然とばかりにロバートも対面に座りソワソワとしている。
やがて目の前に並べられた紅茶とクッキーが数枚載せられた皿が置かれ、迷わずクッキーを手に取り齧る。
ホロホロと崩れる焼き菓子の甘さとコク、口の中に広がる甘い香りが口腔から鼻へと抜けていく快感。
桃の香りのする紅茶を口に含み飲み下すとえも言われぬ。

ホゥ……

自分の溜息かと思えばロバートも溜息を漏らしていた。
こんな所はやはり親子なのだと感じる。

「素晴らしい甘味ですね。フェリシアに私の分も送って貰えるよう頼んで下さい」

いずれ宰相となる兄の頼みだ、無碍にはしまい。

「ああ、頼んでおく。所でロバート、順調か?」

クッキーを摘まむ手を止めずに頷く。
ロバートよ、それは危ないぞ。

「はっ……ンぐっ!……ぐ……」

「紅茶を飲め!良い年をして!」

勢い良く紅茶のカップを掴んで、まだ熱い筈の紅茶を勢い良く飲み喉の詰まりを何とかしたようだが顔は必死だった。
こんな性格だったか?
顰め面でトントンと胸の辺りを叩いていたが、落ち着いたのだろう……いや、落ち着いてないな。顔は顰め面のままだ。

「王国の事は順調です。キャロライン皇女殿下からの手紙ではかなりの窮状だと……既に王都は疲弊しきっているとか……ただ、ここでもシュバルツバルト領からの救済が働いてるようで王都民が王都を捨ててると……」

「フェリシアからも聞いている。シュバルツバルト領は万年人手不足なので、助けるだけでなく領民を増やす為にも勧誘して連れて来ているとな……」

「フェリシアの策ですか?」

「いや、孫娘のエリーゼが発案者のようだ。フェリシアからしても最適な案なので採用し、実行したとあった」

「なる程。さすがフェリシアの娘だけありますね。ルーク皇子殿下との婚姻も良いように働きますし、ここはフェリシアの案に乗りましょうか」

「ああ。フェリシアが狙ってるのは察するに王国ではなく、シュバルツバルト領をかつての公国として独立させる事のようだからな」

ククク……とどちらともなく嗤い、頷き合う。
端から見れば悪巧みのようにも見えるが、至って真面目に民草の事を案じての考えであり行動であった。
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