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お祖父様がやってきた!YA!YA!YA!(長い!そして一部BL表現あり!)
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儂の名前はマクスウェル・フォン・シュバルツバルト
65才になるが、まだまだ元気だ。
5年前に当主の座を譲って、妻念願の海が一望できる高台に邸を建てて住んどる。
引っ越してから、あれこれと忙しくて中々領都の邸に来ることが叶わなかったがやっと纏まった時間が取れたので1週間程領都に滞在することにした。
馬車の旅は尻が痛くなって好かんのだが、妻のアナスタシアの事を考えれば馬車の旅でも仕方ない。
儂とカイルだけならば、馬に乗って行けば気楽なもんだが致し方ない。
広々とした馬車の中は儂と側近のカイル、アナスタシアと専属侍女のオリーの4人だ。
「エリーゼも7才になって、美しくなっているでしょうね。あの稚い孫娘がどの様に成長したか……ねぇ、マクスウェル……楽しみねぇ。」
妻アナスタシアは孫娘エリーゼをえらく可愛がっていて、度々孫娘へと自分が若い頃に愛用していたお飾りを譲る程だ。
今回も使わなくなったお飾りの箱がわんさか荷台に積み込まれている。
「おぅ、そうだな。どれだけ大きくなったか楽しみだな。」
儂の若い頃、領都は高台にあり目下に港町を眺めれるような場所だった。
領都の邸の後ろに広がる高台の領都とそこより少し小高い丘の上に領主館としてデカい邸とだだっ広い敷地、そこから見下ろす港町と広い海。
だが今は違う。
領都はどんどん海側に広がり、今や領都と港町の境目があやふやになった。
今暮らしてる邸は領地の大分端なもんだから、領都まで3泊してやっと領都に着こうかという所まで来た。
息子もその嫁も、儂は気に入ってる。
特に嫁に来たフェリシア嬢だ、初めて見た時は何とも可憐でシュバルツバルトでやっていけるか心配したものだが中々どうして豪快な女子だった。
儂の妻アナスタシアだとて最初は毎日やれ魔物が出て怖いだの、風が強くて怖いだのと良く泣いていたものだがフェリシア嬢は何一つ泣く事無く常に笑顔で堂々としていた。
ふむ、つらつらと考えてるうちに邸が見えてきた。
増築に次ぐ増築で、まるで城のようにデカくなった領主館の邸は遠目で見てもデカい。
本館に別館、離棟やら何やら前庭に中庭に人工林に散策路に遊歩道……馬場に牧場、各工房に職人の住まい池も川もあるな。
兎に角、何でも敷地内に揃えれるだけ揃えても余りある土地は領主として自慢だった。
だが、離れて訪れるとなると話は別だ。
デカい分、遠い。
近づいているのか不安になる程だ。
既に丘を登っているのだが、中々前庭に到達しない。
敷地に入る門は通り過ぎた筈だが、まだ少し時間が掛かりそうだ。
道を挟んで馬の牧草地と牛や羊の牧草地に分けられているが、馬の牧草地に矢鱈とデカい馬が数頭いるんだがこの馬はシルヴァニア家から贈られた特別な馬で兎に角デカい。
馬ってのはデカいもんだが、このシルヴァニア家からの馬はそれより更にデカい。
普通の馬が子馬に感じる程だ。
真っ黒なやつが息子ハインリッヒに贈られた馬で、真っ白なのがフェリシア嬢の馬。
黒毛に足先だけ白いやつが、孫のキャスバルの馬でたてがみと尻尾それに足先の白いやつが孫のトールの馬だ。
4頭の馬は家族で仲良く連れ立って走っている。
「大旦那様、前庭に入りました。そろそろ着きます、ご準備を。」
カイルが教えてくれた事で、儂は気を引き締める。
「あぁ……長かったわ、やっと着いたのね……」
アナスタシアの独り言が、本音を覗かせている。
この年になると馬車の旅はキツくなる。
少しでも居心地が良いように、クッションを多めに用意しても辛いものだ。
おかげで馬車の中では、会話をすることも無く静かに過ごしていた。
馬車が停まり、儂等は使用人達に出迎えられ邸に降り立った。
懐かしの我が家だが、はて?ここまで広かったか?と思う程広かった。
多くの使用人達が儂等の荷物を運び込み、どこぞへと持っていく……どこぞ……か。
息子は儂もアナスタシアの部屋もそのまま残すと言っていたから、おそらく部屋へと運んだのだろう。
「父上!久方ぶりですね。お元気そうで何よりです。」
息子は相変わらずのようだった。
「母上もお疲れでしょう。ゆっくりなさって下さい。」
「ハインリッヒ、貴方も元気そうで何よりだわ。……所でフェリシアは如何したの?」
確かに息子1人が出迎えに出て来ているのは、おかしい。
息子は照れ笑いをこぼし、頭を掻いた。
「あー、まぁ……息子達がその、派手なケンカをして……」
ケンカか?若い時分には良くあることだが……
「その際エリーゼのお気に入りの本が燃えて、エリーゼがえらく怒って怒って……ケンカは収まったがエリーゼの怒りがおさまらずフェリシアが慰めてる最中なんだが………」
珍しい。エリーゼが怒った姿なんぞ、見たことない。
いつでも上機嫌にニコニコと過ごしていた孫娘だ。
「おじーさまーーー!!!」
小さく可憐な声が儂めがけて聞こえたと思ったら……
ードスゥッー
横から衝撃が来た。
何とか倒れずに済んだが、中々の衝撃だった。
見れば小さな孫娘エリーゼが儂に抱き付いておった。
………ちょっとだけ、死を覚悟する衝撃だった………
末恐ろしい孫娘だな………もし、エリーゼが男子であったならば跡継ぎに薦めたかもしれん。
「久方ぶりだな、エリーゼよ。元気そうだが、今しがたハインリッヒに聞いたぞ。気に入りの本が焼かれて怒っているとな。うん?」
顔を見れば大きな青紫色の瞳にジワジワと涙が溜まってゆく、しまった!失敗したか?!
「お祖父様に頂いた、〈おいしい!食べれる魚図鑑〉が焼けてしまいました………ごめんなさい…………」
〈おいしい!食べれる魚図鑑〉はエリーゼが必死な形相で強請ってきた本だった。
今よりずっと幼い貴族の令嬢が強請るには、随分と実用的だったが……そんなに気に入ってたとは……
「あの図鑑に載ってる魚介を制覇してないのに………」
まて!アナスタシアですら、そんな野望を抱いておらんかったぞ!
そんなに魚が好きか……
「まぁぁぁ!エリーゼはお魚が好きなのね!お祖母ちゃまと一緒にお魚食べまくりましょうね!」
くっ!アナスタシアに先を濾された。
あっ!エリーゼが儂から離れた!
トテトテトテ……あぁぁぁ~行ってしまったぁ!
「お祖母ちゃま!エリーゼ凄く嬉しいです!お魚、美味しいですよね!」
エリーゼはアナスタシアの前に立って、ニコニコしている。
エリーゼ……そんな笑顔で、そんなに嬉しいのか………
「うぅっ………母上にそんな笑顔で………そんなに魚が食べたかったのか……」
息子の嘆きが聞こえる。
鬱陶しいわ!
「お祖母ちゃま!お部屋に行きましょう!」
そう言うとアナスタシアの手を取って、サロンへと向かう。
ふぅむ………魚か………
「おい、行くぞ!」
息子に声を掛けて、息子を見てみるとフェリシア嬢が息子の横に立っていた。
「エリーゼが俺を置いて行っ……ゴッ……フゥ……」
言い切る前にフェリシア嬢が、情けない息子の横っ腹に拳を叩き込んでいた。
この力強さ!シュバルツバルトの嫁に相応しい!
「あぁ、お義父様久方ぶりで御座います。長旅お疲れ様でしたわ。さぁ、サロンに参りましょう。」
こんな時のフェリシア嬢は笑顔なのに威圧感が凄まじい、儂も大分大型魔物討伐等で鍛えてきたが内心恐怖でビクビクしておる。
儂と息子は大人しくフェリシア嬢の後を付いて行く。
広く美しく明るいサロンには、息子達一家全員が揃っておりそこに儂等夫婦が混じる。
全員が席につき、寛いでいるのだがエリーゼだけはフェリシア嬢にぴったりくっついて座っていた。
部屋の隅には儂等の従者と息子夫婦の従者、新たに迎えたのだろう若い従者2名が控えていた。
「まぁ、キャスバルもトールも立派になって。」
「あぁ、男らしくなってきたな。トールは今年の秋には初討伐だろう?鍛えておるか?ん?」
やはり初討伐とは特別だからな、その前に側近を作るとは中々だ。
討伐中に連携を取って狩り取るのは定石だからな、訓練をみっちりやるに限る。
「はい。側近のフレイとは連携の訓練を行ってます。」
誇らしげに答えるトールを睨みつけるエリーゼに、どうやら訓練中に何かあったのかと思う。
「連携の失敗で私の図鑑、焼いた癖に……キャスバルお兄様が居なかったらお庭も燃えたのに………」
これは………困ったな。
「エリーゼ、図鑑ならば儂がまた買ってやるから許してやれ。」
むぅ……と頬を膨らませても可愛いだけだぞ。
「本を買い直して貰えるのは嬉しいです。でも、それで許したらトールお兄様の連携には良くありません。」
エリーゼは賢い娘だったが、これ程とは思わなんだ。
そうだな……魚か……
「では、儂と一緒に魚を食べに港町に降りるか?」
ふるふると首を横に振るエリーゼ、そんな困った顔も可愛い。
孫娘バカと言われても仕方ない。
「せっかく食事を用意して下さる料理人達に悪いです。今日は行けません。」
なる程なる程……
「ならば、明日一緒に港町に行こうか。漁師の操る舟に乗りたいものだが、潮風で服から何からベタベタするのがな……素っ裸で乗る訳にもいかんしな。」
「素っ裸………なんで…………昔の漁師はふんどしと法被みたいな恰好して………」
うん?何を言っとる?
「ふんどし?はっぴ?なんじゃ、そりゃ。」
うーん?と体が傾ぐ程、首を傾げるエリーゼも可愛い!
何をやっても儂の孫娘は可愛い!
「えと………こぅ、長い布とちょっとだけ長い布を縫い合わせたものがふんどしで……ボタンのない上着を法被と言うのですが……」
「ふんどしが長い布とちょっと長い布で出来てるのは分かったが、どこに使うんだ?はっぴは上着なんだろう?」
顔を少し赤らめているエリーゼも可愛いなぁ……
「あの……ふんどしは、その………男性用下着です。」
下着?なんだ、それは?!
「えと……えと………」
頬を染めて困り顔のエリーゼも可愛い!さすが儂の孫!
「長い方の布を腰に巻いて、ちょっと長い方を真後ろから前に回して隠すのです………」
うん?長い布を腰に巻く…………真後ろから前に布を……………隠す…………
「おぉ!なる程!シャツの長い部分を独立させたような物だな!」
「オリー、仕立て職人を連れてきてちょうだい。」
「はい、奥様。」
アナスタシアが侍女に我が家専属の仕立て職人を呼びに行かせた。
のんびり待っていると、生成りの布と針仕事の道具を持った中年女性2人がオリーに連れられてやって来た。
エリーゼは2人に近寄るとゴソゴソと身振り手振りで説明をしているようだった。
やがて2人が布を切ったり縫ったりし始めた、部屋の隅にあるテーブルの上には布と道具でいっぱいだった。
息子もフェリシア嬢も、落ち着いている所を見ると時折こんな事があるのだろう。
エリーゼはチョロチョロしていて可愛いな!
「出来たー!お祖父さま、ふんどしです!」
エリーゼがびろーんと珍妙な縫い物を掲げた。
嬉しそうだが、なんと言うかだな……
可愛いんだが、なんと言うかだな……………
「それを着けるのか……?」
「はいっ!こっちの長い方を腰にぐるぐる~って回して縛るんです。で、こっちの方を後ろから前に回して腰に巻いた布に下から通して前に垂らす?んです。」
何となく分かった、職人が法被とか言うのをカイルに渡している。
「あっ!ちゃんと解けるように縛るのです!」
ふむ、ならば着て見せんとな!
「よし、では儂の為に作って貰ったのだ一度着て見ようか!部屋はそのままなんだろう、物は試しだ。行ってくる。」
「では、失礼します。」
カイルが一礼して儂に付いてくる、無論手には法被とふんどしだ。
エリーゼの機嫌もどうにかなったようだ。
さて、どんなものかな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お部屋は変わらずにあるだけで無く、手入もきちんとされてますね。さすが旦那様の息子様ですね。」
カイルの褒め言葉に頷くが、ちょっとだけ面白くない。
「なんだ、息子に鞍替えか?」
年甲斐にも無いが、仕方ない。
クスクスと笑うカイルの皺だらけの顔も白髪混じりの髪も、儂には愛しい。
「そんな訳無いでしょう。私には今も昔も旦那様だけですよ。」
フンスと鼻を鳴らす。
そんな風に言われれば、さすがに照れくさい。
「そうか。」
そう言って、服をバサバサと脱ぎ靴も脱ぎ捨てる。
素っ裸になり、ふんどしとやらを着けてみる。
後ろから前に回すと言う事は、この短い方を丁度真後ろに来るようにしてから長い方を腰に巻いていく。
紐と言うより幅広のベルトのような布を交差するように回し、前・後ろ・前に交差した所でふむ?と手を止める。
縛ると言っていたな……あとで簡単に解けるように縛らねば……
キュッと縛り、真後ろに垂れている布を股ぐらの間から手を伸ばし掴む。
これを前に回して………おっ?
布の下に通して………おおおっ?!
残った部分を前に垂らす……と、ふむふむ…………なる程、収まりも良いしつけ心地も申し分ない。
通した時に寄った皺を伸ばし、垂れた布をパンッと整えるとえもいわれぬ快感が湧いた。
これは良い物だ!儂は気に入った!
「旦那様、こちらを羽織られますよう。」
「うむ。法被だったな。」
バサリと羽織ると、風通しも良く中々良い。
儂の姿にカイルは少し考えるように小首を傾げ手を顎にやっている。
変だろうか?
コクリと頷くと、身を翻しどこかに行ったかと思えば余り履かない皮のサンダルを手に戻って来た。
「旦那様、履物はこちらが似合いますよ。」
そう言うと、足元に跪き儂にサンダルを履かせてくれる。
なんと涼しく軽やかなんだ!
この装いは今までで初めてだが、これは良い!
………?カイルは跪いたまま儂を見上げていた。
「どうした?」
皺だらけの顔が僅かに朱に染まり、照れ笑いを溢す。
「旦那様の証に口づける事を、お許し下さい。」
なんと……最近では、年のせいかめっきり艶事めいた事など言わなかったのに!
そっとその白髪混じりの頭を慈しむように撫でる。
「このままか?それとも直にか?」
気持ち良さそうにしていた顔が、一瞬欲望を過ぎらせる。
同じ男だ、分からんじゃない。
「直に。」
短い返答に儂は躊躇うこと無く片手で、布を僅かに緩ませ逸物を引き摺り出す。
カイルはクンクンと儂の匂いを嗅ぎ、舌先を出してチロチロと舐めてからチュッチュッと音を立て口づけた。
まるで今から致すのだと言わんばかりに。
「せんぞ。」
「承知しております。ですが余りにも旦那様の姿が凛々しくて、我慢が出来ませんでした。」
なんと可愛い事を言うのか!
そうか凛々しいか!ならばエリーゼにも儂の姿を見せなくてはな!
「あちらの邸であれば思う様可愛がれたのだがな、さすがに今回はアナスタシアも居るから我慢してくれ。」
立ち上がりそうな己のモノをソッとしまい込み、布を整える。
仕方ないが、今はこの邸の主は息子だ。
しかも妻を同道させている以上、気を付けねばならん。
「勿論で御座います。」
カイルは立ち上がり、儂の斜め後ろに立つ。
「よし!この姿を是非ともエリーゼに見せねばな!」
「はい。きっと旦那様の凛々しいお姿に喜ばれると思いますよ。」
「うむ!」
そして儂はカイルを連れて、皆が待つ部屋へと意気揚々と戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戻った!
「エリーゼ!このふんどしは良いものだな!」
楽しそうにアナスタシアと話すエリーゼに声を掛け………
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫ばれた。
そして、凄まじい勢いで儂の目の前に来たフェリシア嬢が儂の腹に拳を叩き込んだ。
「お義父様、いきなりはしたない恰好で娘の前に現れないで頂けます?」
この年でも毎日鍛えていたから耐えれたが、そうでなかったら膝を付いていたかもしれん……
なんと恐ろしい嫁だ………
「かあ……しゃ……ま…………」
可愛い孫娘が小さな手をフェリシア嬢に精一杯伸ばしておる………
「エリーゼ、大丈夫?」
あっという間にエリーゼの側近くに舞い戻ったフェリシア嬢の素早さには感服だ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
フェリシア嬢のドレスに埋もれるようにエリーゼは泣き叫んでおる。
しまった………はしたなかったか………
アナスタシアが目を吊り上げ、だが淑女らしく口元は笑みの形に儂に近づいて来る。
手にした扇子をパシパシ鳴らしながら………あれは怒っとる………
儂の目の前に来たかと思ったら、扇子でパシンと儂の逸物を叩いた。
「痛かろう!なんだいきなり。」
とりあえず小声で意義申し立てる、普段滅多に怒らない妻が怒っとる………
逆らわん方が良い、逆らっても良い事なぞ無いと経験しておる。
「いきなり、その様な恰好で現れれば泣きもします。いい加減に為さいませ。」
叱られてしもうた……
それだけ言うとアナスタシアはエリーゼの近くへと行ってしまった。
「父上!なんと男らしく凛々しいお姿か!」
「お祖父さま!凛々しいです!」
「格好いいです、お祖父さま!」
息子と孫のキャスバルとトールには好評だ。
…………女性には、はしたないと窘められたが仕方ない。
「フェリシア、俺もふんどしを付けたい。」
「母上、俺も!」
「母上、俺も!」
なんと、息子も孫も儂の味方のようだ。
フェリシア嬢は軽いため息をつくと、いまだ部屋の片隅に控えていた仕立て職人を呼んだ。
仕立て部屋に戻って各々に仕立てるように指示を出して下がらせた。
エリーゼはやっと泣き止んだが、フェリシア嬢の足にへばりついたままで儂をチラと見て顔を伏せた。
結局エリーゼはフェリシア嬢とアナスタシアと共に涼しい木陰の四阿へと行ってしまい、儂は息子達とそのままお茶をした。
エリーゼは余程驚いたのか滞在中は儂に近づく事無くアナスタシアやフェリシア嬢に付いて回り、儂が近づくとジリジリ距離を取ったかと思えば脱兎の如くフェリシア嬢の元へと走り去ってしまう。
悲しかったが、それでも住まいへと帰る時は儂の側近くまで寄ってきた。
「お祖父様、その……びっくりしましたけどエリーゼはお祖父様の事嫌いじゃないです。また、会えますよね?ずっと逃げててごめんなさい。」
なんと可愛いのだ!儂の孫は!
「儂こそ驚かせて悪かったな、いきなりあの様な姿で現れれば驚いても仕方ない。ふんどしは気に入った、ありがとう。あれならば海に出て行っても知れておる、気安く船にも乗れる。さすが儂の孫だ!」
小さな頭をソッと優しく撫で、馬車に乗り込む。
「また来る!」
小窓を開けて声を掛ける。
口々に別れを惜しむ声が聞こえる。
ゆるゆると馬車が動き出し、声が徐々に遠く小さくなる。
「おじーさまー!また来てねーーー!」
エリーゼの可愛い叫びが聞こえた。
「おーーーう!!」
儂も小窓から頭を出し、叫んだ。
小窓から見えた姿はどんどん小さくなっていく。
その姿が見えなくなって、出していた頭を馬車の中に戻した。
寂しいもんだが、妻との暮らしは至って静かで平和なもんだ。
それにカイルも夫婦で儂等に付いてきてくれて居るしな、中々楽しいもんだ。
また、纏まった時間が取れたら領都の邸に来よう。
そして次こそエリーゼと一緒に港町で美味い魚を食おう。
「儂は幸せ者だ。」
「えぇ、貴方も私も幸せ者ですよ。」
静に頷くカイルとオリー。
儂は幸せな気持ちで瞼を閉じた。
「存外疲れた、一休みする。」
「お休みなさいませ。」
対面に座るアナスタシアはクスクスと笑いながら、返事をした。
隣に座るカイルの体に寄りかかる。
あぁ………儂は本当に幸せ者だ……………
65才になるが、まだまだ元気だ。
5年前に当主の座を譲って、妻念願の海が一望できる高台に邸を建てて住んどる。
引っ越してから、あれこれと忙しくて中々領都の邸に来ることが叶わなかったがやっと纏まった時間が取れたので1週間程領都に滞在することにした。
馬車の旅は尻が痛くなって好かんのだが、妻のアナスタシアの事を考えれば馬車の旅でも仕方ない。
儂とカイルだけならば、馬に乗って行けば気楽なもんだが致し方ない。
広々とした馬車の中は儂と側近のカイル、アナスタシアと専属侍女のオリーの4人だ。
「エリーゼも7才になって、美しくなっているでしょうね。あの稚い孫娘がどの様に成長したか……ねぇ、マクスウェル……楽しみねぇ。」
妻アナスタシアは孫娘エリーゼをえらく可愛がっていて、度々孫娘へと自分が若い頃に愛用していたお飾りを譲る程だ。
今回も使わなくなったお飾りの箱がわんさか荷台に積み込まれている。
「おぅ、そうだな。どれだけ大きくなったか楽しみだな。」
儂の若い頃、領都は高台にあり目下に港町を眺めれるような場所だった。
領都の邸の後ろに広がる高台の領都とそこより少し小高い丘の上に領主館としてデカい邸とだだっ広い敷地、そこから見下ろす港町と広い海。
だが今は違う。
領都はどんどん海側に広がり、今や領都と港町の境目があやふやになった。
今暮らしてる邸は領地の大分端なもんだから、領都まで3泊してやっと領都に着こうかという所まで来た。
息子もその嫁も、儂は気に入ってる。
特に嫁に来たフェリシア嬢だ、初めて見た時は何とも可憐でシュバルツバルトでやっていけるか心配したものだが中々どうして豪快な女子だった。
儂の妻アナスタシアだとて最初は毎日やれ魔物が出て怖いだの、風が強くて怖いだのと良く泣いていたものだがフェリシア嬢は何一つ泣く事無く常に笑顔で堂々としていた。
ふむ、つらつらと考えてるうちに邸が見えてきた。
増築に次ぐ増築で、まるで城のようにデカくなった領主館の邸は遠目で見てもデカい。
本館に別館、離棟やら何やら前庭に中庭に人工林に散策路に遊歩道……馬場に牧場、各工房に職人の住まい池も川もあるな。
兎に角、何でも敷地内に揃えれるだけ揃えても余りある土地は領主として自慢だった。
だが、離れて訪れるとなると話は別だ。
デカい分、遠い。
近づいているのか不安になる程だ。
既に丘を登っているのだが、中々前庭に到達しない。
敷地に入る門は通り過ぎた筈だが、まだ少し時間が掛かりそうだ。
道を挟んで馬の牧草地と牛や羊の牧草地に分けられているが、馬の牧草地に矢鱈とデカい馬が数頭いるんだがこの馬はシルヴァニア家から贈られた特別な馬で兎に角デカい。
馬ってのはデカいもんだが、このシルヴァニア家からの馬はそれより更にデカい。
普通の馬が子馬に感じる程だ。
真っ黒なやつが息子ハインリッヒに贈られた馬で、真っ白なのがフェリシア嬢の馬。
黒毛に足先だけ白いやつが、孫のキャスバルの馬でたてがみと尻尾それに足先の白いやつが孫のトールの馬だ。
4頭の馬は家族で仲良く連れ立って走っている。
「大旦那様、前庭に入りました。そろそろ着きます、ご準備を。」
カイルが教えてくれた事で、儂は気を引き締める。
「あぁ……長かったわ、やっと着いたのね……」
アナスタシアの独り言が、本音を覗かせている。
この年になると馬車の旅はキツくなる。
少しでも居心地が良いように、クッションを多めに用意しても辛いものだ。
おかげで馬車の中では、会話をすることも無く静かに過ごしていた。
馬車が停まり、儂等は使用人達に出迎えられ邸に降り立った。
懐かしの我が家だが、はて?ここまで広かったか?と思う程広かった。
多くの使用人達が儂等の荷物を運び込み、どこぞへと持っていく……どこぞ……か。
息子は儂もアナスタシアの部屋もそのまま残すと言っていたから、おそらく部屋へと運んだのだろう。
「父上!久方ぶりですね。お元気そうで何よりです。」
息子は相変わらずのようだった。
「母上もお疲れでしょう。ゆっくりなさって下さい。」
「ハインリッヒ、貴方も元気そうで何よりだわ。……所でフェリシアは如何したの?」
確かに息子1人が出迎えに出て来ているのは、おかしい。
息子は照れ笑いをこぼし、頭を掻いた。
「あー、まぁ……息子達がその、派手なケンカをして……」
ケンカか?若い時分には良くあることだが……
「その際エリーゼのお気に入りの本が燃えて、エリーゼがえらく怒って怒って……ケンカは収まったがエリーゼの怒りがおさまらずフェリシアが慰めてる最中なんだが………」
珍しい。エリーゼが怒った姿なんぞ、見たことない。
いつでも上機嫌にニコニコと過ごしていた孫娘だ。
「おじーさまーーー!!!」
小さく可憐な声が儂めがけて聞こえたと思ったら……
ードスゥッー
横から衝撃が来た。
何とか倒れずに済んだが、中々の衝撃だった。
見れば小さな孫娘エリーゼが儂に抱き付いておった。
………ちょっとだけ、死を覚悟する衝撃だった………
末恐ろしい孫娘だな………もし、エリーゼが男子であったならば跡継ぎに薦めたかもしれん。
「久方ぶりだな、エリーゼよ。元気そうだが、今しがたハインリッヒに聞いたぞ。気に入りの本が焼かれて怒っているとな。うん?」
顔を見れば大きな青紫色の瞳にジワジワと涙が溜まってゆく、しまった!失敗したか?!
「お祖父様に頂いた、〈おいしい!食べれる魚図鑑〉が焼けてしまいました………ごめんなさい…………」
〈おいしい!食べれる魚図鑑〉はエリーゼが必死な形相で強請ってきた本だった。
今よりずっと幼い貴族の令嬢が強請るには、随分と実用的だったが……そんなに気に入ってたとは……
「あの図鑑に載ってる魚介を制覇してないのに………」
まて!アナスタシアですら、そんな野望を抱いておらんかったぞ!
そんなに魚が好きか……
「まぁぁぁ!エリーゼはお魚が好きなのね!お祖母ちゃまと一緒にお魚食べまくりましょうね!」
くっ!アナスタシアに先を濾された。
あっ!エリーゼが儂から離れた!
トテトテトテ……あぁぁぁ~行ってしまったぁ!
「お祖母ちゃま!エリーゼ凄く嬉しいです!お魚、美味しいですよね!」
エリーゼはアナスタシアの前に立って、ニコニコしている。
エリーゼ……そんな笑顔で、そんなに嬉しいのか………
「うぅっ………母上にそんな笑顔で………そんなに魚が食べたかったのか……」
息子の嘆きが聞こえる。
鬱陶しいわ!
「お祖母ちゃま!お部屋に行きましょう!」
そう言うとアナスタシアの手を取って、サロンへと向かう。
ふぅむ………魚か………
「おい、行くぞ!」
息子に声を掛けて、息子を見てみるとフェリシア嬢が息子の横に立っていた。
「エリーゼが俺を置いて行っ……ゴッ……フゥ……」
言い切る前にフェリシア嬢が、情けない息子の横っ腹に拳を叩き込んでいた。
この力強さ!シュバルツバルトの嫁に相応しい!
「あぁ、お義父様久方ぶりで御座います。長旅お疲れ様でしたわ。さぁ、サロンに参りましょう。」
こんな時のフェリシア嬢は笑顔なのに威圧感が凄まじい、儂も大分大型魔物討伐等で鍛えてきたが内心恐怖でビクビクしておる。
儂と息子は大人しくフェリシア嬢の後を付いて行く。
広く美しく明るいサロンには、息子達一家全員が揃っておりそこに儂等夫婦が混じる。
全員が席につき、寛いでいるのだがエリーゼだけはフェリシア嬢にぴったりくっついて座っていた。
部屋の隅には儂等の従者と息子夫婦の従者、新たに迎えたのだろう若い従者2名が控えていた。
「まぁ、キャスバルもトールも立派になって。」
「あぁ、男らしくなってきたな。トールは今年の秋には初討伐だろう?鍛えておるか?ん?」
やはり初討伐とは特別だからな、その前に側近を作るとは中々だ。
討伐中に連携を取って狩り取るのは定石だからな、訓練をみっちりやるに限る。
「はい。側近のフレイとは連携の訓練を行ってます。」
誇らしげに答えるトールを睨みつけるエリーゼに、どうやら訓練中に何かあったのかと思う。
「連携の失敗で私の図鑑、焼いた癖に……キャスバルお兄様が居なかったらお庭も燃えたのに………」
これは………困ったな。
「エリーゼ、図鑑ならば儂がまた買ってやるから許してやれ。」
むぅ……と頬を膨らませても可愛いだけだぞ。
「本を買い直して貰えるのは嬉しいです。でも、それで許したらトールお兄様の連携には良くありません。」
エリーゼは賢い娘だったが、これ程とは思わなんだ。
そうだな……魚か……
「では、儂と一緒に魚を食べに港町に降りるか?」
ふるふると首を横に振るエリーゼ、そんな困った顔も可愛い。
孫娘バカと言われても仕方ない。
「せっかく食事を用意して下さる料理人達に悪いです。今日は行けません。」
なる程なる程……
「ならば、明日一緒に港町に行こうか。漁師の操る舟に乗りたいものだが、潮風で服から何からベタベタするのがな……素っ裸で乗る訳にもいかんしな。」
「素っ裸………なんで…………昔の漁師はふんどしと法被みたいな恰好して………」
うん?何を言っとる?
「ふんどし?はっぴ?なんじゃ、そりゃ。」
うーん?と体が傾ぐ程、首を傾げるエリーゼも可愛い!
何をやっても儂の孫娘は可愛い!
「えと………こぅ、長い布とちょっとだけ長い布を縫い合わせたものがふんどしで……ボタンのない上着を法被と言うのですが……」
「ふんどしが長い布とちょっと長い布で出来てるのは分かったが、どこに使うんだ?はっぴは上着なんだろう?」
顔を少し赤らめているエリーゼも可愛いなぁ……
「あの……ふんどしは、その………男性用下着です。」
下着?なんだ、それは?!
「えと……えと………」
頬を染めて困り顔のエリーゼも可愛い!さすが儂の孫!
「長い方の布を腰に巻いて、ちょっと長い方を真後ろから前に回して隠すのです………」
うん?長い布を腰に巻く…………真後ろから前に布を……………隠す…………
「おぉ!なる程!シャツの長い部分を独立させたような物だな!」
「オリー、仕立て職人を連れてきてちょうだい。」
「はい、奥様。」
アナスタシアが侍女に我が家専属の仕立て職人を呼びに行かせた。
のんびり待っていると、生成りの布と針仕事の道具を持った中年女性2人がオリーに連れられてやって来た。
エリーゼは2人に近寄るとゴソゴソと身振り手振りで説明をしているようだった。
やがて2人が布を切ったり縫ったりし始めた、部屋の隅にあるテーブルの上には布と道具でいっぱいだった。
息子もフェリシア嬢も、落ち着いている所を見ると時折こんな事があるのだろう。
エリーゼはチョロチョロしていて可愛いな!
「出来たー!お祖父さま、ふんどしです!」
エリーゼがびろーんと珍妙な縫い物を掲げた。
嬉しそうだが、なんと言うかだな……
可愛いんだが、なんと言うかだな……………
「それを着けるのか……?」
「はいっ!こっちの長い方を腰にぐるぐる~って回して縛るんです。で、こっちの方を後ろから前に回して腰に巻いた布に下から通して前に垂らす?んです。」
何となく分かった、職人が法被とか言うのをカイルに渡している。
「あっ!ちゃんと解けるように縛るのです!」
ふむ、ならば着て見せんとな!
「よし、では儂の為に作って貰ったのだ一度着て見ようか!部屋はそのままなんだろう、物は試しだ。行ってくる。」
「では、失礼します。」
カイルが一礼して儂に付いてくる、無論手には法被とふんどしだ。
エリーゼの機嫌もどうにかなったようだ。
さて、どんなものかな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お部屋は変わらずにあるだけで無く、手入もきちんとされてますね。さすが旦那様の息子様ですね。」
カイルの褒め言葉に頷くが、ちょっとだけ面白くない。
「なんだ、息子に鞍替えか?」
年甲斐にも無いが、仕方ない。
クスクスと笑うカイルの皺だらけの顔も白髪混じりの髪も、儂には愛しい。
「そんな訳無いでしょう。私には今も昔も旦那様だけですよ。」
フンスと鼻を鳴らす。
そんな風に言われれば、さすがに照れくさい。
「そうか。」
そう言って、服をバサバサと脱ぎ靴も脱ぎ捨てる。
素っ裸になり、ふんどしとやらを着けてみる。
後ろから前に回すと言う事は、この短い方を丁度真後ろに来るようにしてから長い方を腰に巻いていく。
紐と言うより幅広のベルトのような布を交差するように回し、前・後ろ・前に交差した所でふむ?と手を止める。
縛ると言っていたな……あとで簡単に解けるように縛らねば……
キュッと縛り、真後ろに垂れている布を股ぐらの間から手を伸ばし掴む。
これを前に回して………おっ?
布の下に通して………おおおっ?!
残った部分を前に垂らす……と、ふむふむ…………なる程、収まりも良いしつけ心地も申し分ない。
通した時に寄った皺を伸ばし、垂れた布をパンッと整えるとえもいわれぬ快感が湧いた。
これは良い物だ!儂は気に入った!
「旦那様、こちらを羽織られますよう。」
「うむ。法被だったな。」
バサリと羽織ると、風通しも良く中々良い。
儂の姿にカイルは少し考えるように小首を傾げ手を顎にやっている。
変だろうか?
コクリと頷くと、身を翻しどこかに行ったかと思えば余り履かない皮のサンダルを手に戻って来た。
「旦那様、履物はこちらが似合いますよ。」
そう言うと、足元に跪き儂にサンダルを履かせてくれる。
なんと涼しく軽やかなんだ!
この装いは今までで初めてだが、これは良い!
………?カイルは跪いたまま儂を見上げていた。
「どうした?」
皺だらけの顔が僅かに朱に染まり、照れ笑いを溢す。
「旦那様の証に口づける事を、お許し下さい。」
なんと……最近では、年のせいかめっきり艶事めいた事など言わなかったのに!
そっとその白髪混じりの頭を慈しむように撫でる。
「このままか?それとも直にか?」
気持ち良さそうにしていた顔が、一瞬欲望を過ぎらせる。
同じ男だ、分からんじゃない。
「直に。」
短い返答に儂は躊躇うこと無く片手で、布を僅かに緩ませ逸物を引き摺り出す。
カイルはクンクンと儂の匂いを嗅ぎ、舌先を出してチロチロと舐めてからチュッチュッと音を立て口づけた。
まるで今から致すのだと言わんばかりに。
「せんぞ。」
「承知しております。ですが余りにも旦那様の姿が凛々しくて、我慢が出来ませんでした。」
なんと可愛い事を言うのか!
そうか凛々しいか!ならばエリーゼにも儂の姿を見せなくてはな!
「あちらの邸であれば思う様可愛がれたのだがな、さすがに今回はアナスタシアも居るから我慢してくれ。」
立ち上がりそうな己のモノをソッとしまい込み、布を整える。
仕方ないが、今はこの邸の主は息子だ。
しかも妻を同道させている以上、気を付けねばならん。
「勿論で御座います。」
カイルは立ち上がり、儂の斜め後ろに立つ。
「よし!この姿を是非ともエリーゼに見せねばな!」
「はい。きっと旦那様の凛々しいお姿に喜ばれると思いますよ。」
「うむ!」
そして儂はカイルを連れて、皆が待つ部屋へと意気揚々と戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戻った!
「エリーゼ!このふんどしは良いものだな!」
楽しそうにアナスタシアと話すエリーゼに声を掛け………
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫ばれた。
そして、凄まじい勢いで儂の目の前に来たフェリシア嬢が儂の腹に拳を叩き込んだ。
「お義父様、いきなりはしたない恰好で娘の前に現れないで頂けます?」
この年でも毎日鍛えていたから耐えれたが、そうでなかったら膝を付いていたかもしれん……
なんと恐ろしい嫁だ………
「かあ……しゃ……ま…………」
可愛い孫娘が小さな手をフェリシア嬢に精一杯伸ばしておる………
「エリーゼ、大丈夫?」
あっという間にエリーゼの側近くに舞い戻ったフェリシア嬢の素早さには感服だ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
フェリシア嬢のドレスに埋もれるようにエリーゼは泣き叫んでおる。
しまった………はしたなかったか………
アナスタシアが目を吊り上げ、だが淑女らしく口元は笑みの形に儂に近づいて来る。
手にした扇子をパシパシ鳴らしながら………あれは怒っとる………
儂の目の前に来たかと思ったら、扇子でパシンと儂の逸物を叩いた。
「痛かろう!なんだいきなり。」
とりあえず小声で意義申し立てる、普段滅多に怒らない妻が怒っとる………
逆らわん方が良い、逆らっても良い事なぞ無いと経験しておる。
「いきなり、その様な恰好で現れれば泣きもします。いい加減に為さいませ。」
叱られてしもうた……
それだけ言うとアナスタシアはエリーゼの近くへと行ってしまった。
「父上!なんと男らしく凛々しいお姿か!」
「お祖父さま!凛々しいです!」
「格好いいです、お祖父さま!」
息子と孫のキャスバルとトールには好評だ。
…………女性には、はしたないと窘められたが仕方ない。
「フェリシア、俺もふんどしを付けたい。」
「母上、俺も!」
「母上、俺も!」
なんと、息子も孫も儂の味方のようだ。
フェリシア嬢は軽いため息をつくと、いまだ部屋の片隅に控えていた仕立て職人を呼んだ。
仕立て部屋に戻って各々に仕立てるように指示を出して下がらせた。
エリーゼはやっと泣き止んだが、フェリシア嬢の足にへばりついたままで儂をチラと見て顔を伏せた。
結局エリーゼはフェリシア嬢とアナスタシアと共に涼しい木陰の四阿へと行ってしまい、儂は息子達とそのままお茶をした。
エリーゼは余程驚いたのか滞在中は儂に近づく事無くアナスタシアやフェリシア嬢に付いて回り、儂が近づくとジリジリ距離を取ったかと思えば脱兎の如くフェリシア嬢の元へと走り去ってしまう。
悲しかったが、それでも住まいへと帰る時は儂の側近くまで寄ってきた。
「お祖父様、その……びっくりしましたけどエリーゼはお祖父様の事嫌いじゃないです。また、会えますよね?ずっと逃げててごめんなさい。」
なんと可愛いのだ!儂の孫は!
「儂こそ驚かせて悪かったな、いきなりあの様な姿で現れれば驚いても仕方ない。ふんどしは気に入った、ありがとう。あれならば海に出て行っても知れておる、気安く船にも乗れる。さすが儂の孫だ!」
小さな頭をソッと優しく撫で、馬車に乗り込む。
「また来る!」
小窓を開けて声を掛ける。
口々に別れを惜しむ声が聞こえる。
ゆるゆると馬車が動き出し、声が徐々に遠く小さくなる。
「おじーさまー!また来てねーーー!」
エリーゼの可愛い叫びが聞こえた。
「おーーーう!!」
儂も小窓から頭を出し、叫んだ。
小窓から見えた姿はどんどん小さくなっていく。
その姿が見えなくなって、出していた頭を馬車の中に戻した。
寂しいもんだが、妻との暮らしは至って静かで平和なもんだ。
それにカイルも夫婦で儂等に付いてきてくれて居るしな、中々楽しいもんだ。
また、纏まった時間が取れたら領都の邸に来よう。
そして次こそエリーゼと一緒に港町で美味い魚を食おう。
「儂は幸せ者だ。」
「えぇ、貴方も私も幸せ者ですよ。」
静に頷くカイルとオリー。
儂は幸せな気持ちで瞼を閉じた。
「存外疲れた、一休みする。」
「お休みなさいませ。」
対面に座るアナスタシアはクスクスと笑いながら、返事をした。
隣に座るカイルの体に寄りかかる。
あぁ………儂は本当に幸せ者だ……………
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