ユリナイト

三國氏

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決意の固さ

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 緑色の皮膚を持つ小鬼達、体は小さく狭い洞窟内でも不便なく走り回れる。
 だが知能の低さは致命的、何の策もなくただ真っ直ぐこちらに向かってくる。

 私は腰を落としタイミングを見計らう。
 剣を地面すれすれの高さで横から薙ぐと四体の内三体は膝から下を失い、勢いのまま地面に顔からヘッドスライディングする。
 跳躍して躱した一体の選んだ選択は正解か。
 いや、その一体の末路も既に決まったも同然だった。

「ジャンプしたら最後、後はどうにでもしてくれってことだよ」

 左手の盾で跳んだゴブリン壁で挟むように押し潰す。
 ゴキブリを新聞紙で叩いた程度の僅かな感触を残し、ゴブリンは光の粒となって消えた。

「残りはお願いっ!」

「任せてゆりっぺ」

 袴姿により和風美人へと変貌した舞姫ちゃんが矢を放つ。
 その矢は正確にゴブリンの胸を貫いた。

「魔力充填完了。我穿つ。滅せよ邪竜、悪しき小鬼を塵芥と化せ」

 左眼には眼帯、右腕には包帯が巻かれ、黒いマントを羽織った銀髪の美女、雅先輩。
 神秘的な美しさすら纏い、その右腕から渦を巻くようにして黒い炎が放たれる。
 二体のゴブリンを唸る炎が包み込み、瞬く間に灰となって消えた。
 原理は知らないが、いわゆる魔法というやつだろう。



「ハァハァハァハァ、今日はこの辺にしておいてやる。そろそろ帰るとするか」

 息も絶え絶えにシャルちゃんの声がマイクから漏れた。
 それ以外にも二つ荒くなった呼吸音が微かに聞こえる。

「ハァハァハァハァ、もしかしてシャルちゃんお疲れかな?」

「……お前のほうこそ疲れてるだろ、舞姫。そもそも先頭を歩いている牛女が悪い。これだけ動いてしかも甲冑まで着てるのに、なんであんなにピンピンしてるんだ。前世は馬か?荷馬でもやってたのか?」

「……確かにちょっと疲れたよね。春休みで鈍った体をほぐすつもりが、既に軽い筋肉痛だよ」

 私的には少し遅めに進んでいたつもりだが、どうやらペースを誤っていたようである。
 確かにシャトルランは中学時代に男女含めて学年一位だった程度に体力はあるわけだが。
 緊張と焦りでペース配分も考えずに進んだのは私の落ち度だろう。
 しかし体力の違いからダンジョン部に要らないと言われかねない。
 とりあえず話を合わせることに決めた。

「あー、私も疲れたなー。甲冑は重いし剣も振ったからー、もう腕がパンパンだなー」

「だよね、ゆりっぺも疲れたよね。経験者の私がもっと細かく指示出せばよかったのに、ごめんね」

「うっ、うん、今度からは私がみんなのペースに合わせるから」

「よし、じゃあ今日は帰ろっか」

「「「賛成!」」」

 結構な汗をかいた、つまり部室に帰還した後はアレが待っている。
 スーパーシャワータイムが。

 気付けば私の足は行きの道よりも早足で進んでいた……。

「ゆ……ゆりっぺ……さっきも言ったけど、もうちょいゆっくり歩いてくれないかな」

「……えへへ、ごめん」

 帰り道ではこれが三度目の注意だった。



 帰路ではモンスターと会うことが無く、行きの半分も掛からず戻って来れた。
 洞窟の壁にある扉を開けるといきなり部室という光景は、わかっていても違和感しかないがともかく無事帰還を果たせた。

 扉を開け部室に入ると一人の女性が出迎えてくれた。
 そう、私の麗華お姉様である。
 品性が服を着て歩いているような、ただ立っている姿ですら一枚の絵画を切り抜いたような存在。

 初めて見たのは木の上で子猫を助けようとしていた勇敢な姿。
 次に見たのは入学式の壇上で挨拶をしていた凛々しい姿。
 今回はやんわりとした微笑みを浮かべ、みんなの無事の帰りを喜ぶ聖母マリアのような姿。

 可愛いとか綺麗とかを通り越して、尊いとしか私は表現する言葉を持たなかった。

「……尊い」

 誰にも聞こえない声で、私は呟いた。



「みなさんお帰りなさい。お怪我はありませんか?」

「ただいま麗華さん。部室に来てたならダンジョン来れば良かったのに」

「……書き置きがあれば行くつもりだったわ……。みんながどこに行くのか分かるような書き置きが」

「あっごめん」

 しょんぼりとうな垂れたお姉様を、舞姫ちゃんが慌てて慰める。
 お姉様も年相応の少女のような反応もするのだと、今更ながら当たり前のことを知った。

 このご尊顔を遠くから眺めているだけでも幸せなのだが、ふと視線がこちらに向いていた。

 ドクンッ!
 お姉様と目が合った途端、心臓が口から出そうなほど大きく跳ねた。
 心の内から伝えたい言葉が無尽蔵に湧き出て、あまりの多さに上手く言葉が紡げない。
 私は金魚のように口をパクパクとさせるしかできなかった。



「本庄百合子さんですよね。明日にでもお誘いしようと思っていたんですけど、早速我がダンジョン部に来てくれたんですね」

「ハ、ハイキマシタ」

「ダンジョンは初めてですよね。どうでした初めてのダンジョンは?」

「タ、タノシカタデス」

 上手く喋れなくて恥ずかしくて、そのせいで余計に上手く喋れなくなっていく。

「それは良かった。……でも無理はしないでくださいね」

「ダ、ダイジョウブデス」

「本当に無理はしないでくださいね。嫌な時はちゃんと嫌だと伝えて下さい、約束ですよ」

「私は無理してないですよ。結構楽しんでましたから。次は、れれれ麗華先輩とも一緒に行きたいですっ!」

 心配するように言葉を掛けられ、私は思わず声を張っていた。

 ダンジョンでモンスターと戦う。
 それは今までの人生から大きく逸脱した試み。
 しかし私の中に迷いは無い。
 私は麗華お姉様の、そして舞姫ちゃん雅先輩シャルちゃんのナイトになると勝手に誓っていたからだ。

 例え敵がゴブリンだろうとドラゴンだろうと魔王でさえも、私は一歩たりとも引く気は無いののである。
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