ユリナイト

三國氏

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甘い香りの正体

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 現在いる場所は入学式の行われるのは体育館ではなく大ホール。
 新入生や保護者や在校生という大まかな席分けはあるが、その中であれば自由に座っていいそうで、一番後ろの列に腰を下ろしていた。

 もちろん背が高いから前にいると邪魔になるから、そんな悲しい理由もある。
 しかしここからなら新入生を全て見渡せる&振り向けば先輩のお姉様方を拝めるという、最大の利点があるのだ。

「お姉様、あぁお姉様、お姉様」

 心の奥底から溜まり遂には口から溢れる溜息。
 腕の中には先刻抱いた美少女の感触が僅かに残っている。

(せめて名前だけ聞けばよかったかなぁ。自分を抑えきれなくなりそうだったから、逃げるようにして走ってきちゃったけど。んー、でもすぐにどこかで会えるはず、だって多分運命の糸で結ばれちゃったから。なんたって私は彼女のナイトだもん。あーー!!!)

「あの、大丈夫?」

「え?」

 右側から声を掛けられそちらを向くと、顔を覗き込むようにしてこちらを心配そうに見ている女の子がいた。

「ごめんねぇ、苦しそうに悶えてたように見えたから。気分が優れないようなら私が保健室まで案内致しよっかぁ?」

 心の汚れた私には眩しすぎる笑顔がそこにあった。

 校則で髪染めが禁じられているので、明るい茶髪は地毛だろう。
 それに加えて緩くかかったウェーブと耳の上の辺りはお洒落な編み込み、まさに雑誌に載っているモデルのような素敵ヘアー。

 やや垂れ目で頬はふっくらしており、誰からも愛されそうなオーラが私の魂を震わせた。

(是非是非是非お近付きになりたいっ!!)

 しかもしかも、見た目がいいだけではない。

 困った人がいたら助けてあげよう。
 小学生の頃先生から言われるようなことを、当然として行う素晴らしき心根の持ち主。

 いと尊し。

 ちょっぴり甘い匂いのする少女の好意に甘えたくなりそうになるが、ぎりぎりのところで思い留まる。
 なんせ私は至って健康、なんなら気分も調子もいつも以上に高ぶっているくらいだ。

 そのせいで挙動が怪しくて体調不良と勘違いされたのは、少々お恥ずかしいことだがお話しするきっかけになったと思えばむしろプラスだった。



「ほ、ほんとに大丈夫だよ、今日のこと考えたら緊張してちょっと寝不足なだけで。心配してくれてありがとね」

「よかったぁ。あっまだ名前聞いてなかったね。私は舞姫まいひめ、四天宝寺舞姫だよ」

「私は本庄百合子。えっと、舞姫ちゃんって呼んでいい?」

「もちのろんですともー。……そっかぁ君が百合子ちゃんかぁ」

「ん?」

「ううん、こっちの話。じゃあ私はゆりっぺって呼ぶー。そうだ、ゆりっぺ甘いもの食べる?眠い時は甘いものだよ」

 そう言って差し出される両手に握られていたのは、映画館でよく見るあれ。

 そう……チュロスである。
 そして彼女の甘い匂いの正体は、チュロスから漂うシナモンの香りだったのかもしれない。

「いいの?」

「うん、沢山あるから」

 沢山あるのもどうかと思うのだが、チョコ味のチュロスを一本貰っておく。

「ありがとう、でもなんでチュロス?」

「なんかこういうホールに来ると、映画館みたいだから食べたくなっちゃった」

「へ、へぇ。よくチュロス持ってたね」

「爺やに連絡して持ってきて貰ったの。どうしても今チュロス食べたいんだー、って」

 爺や……それはお世話係りだったり教育係だったり。
 つまり大変なお金持ちということの証明に他ならない。

 おっとりした雰囲気の中から醸し出される高貴なオーラ。
 これがモノホンのお嬢様。

 流石はお嬢様学校だと改めて感じた瞬間だった。



「えへへへー、でもよかった」

「ん、何が?」

 右の少女が笑う。
 子供っぽいあどけないさの残る笑顔だ。

(可愛い、抱きしめたいっ!)

「麗華さんの言ってた人が良い人そうで」

「ん?麗華さん?」

「えーっとね、そのうちわかると思うよ」

「今教えてはくれないの?」

「んふぅ、な・い・しょー」

「えー、気になるじゃーん」

 まず麗華さんというのがわからない。
 そもそもこの学園に知り合いはいないはずだし、諸事情により引っ越しが遅れたせいで寮の挨拶もまだ済んでいないのだ。

(……そういえばさっき猫を助けた時も麗華さんって名前を聞いたような)

 私に懐いてくれた猫が麗華さんにしか懐かないとかなんとか、そんな話だった気がする。

 それはともかくとして、今重要なのは隣に座っている舞姫ちゃんである。
 類は友を呼ぶ、昔の人はいい言葉を作ったものだ。
 つまり可愛い子は可愛い子とグループを組むということ。
 美少女一人と仲良くなれれば、その友達の美少女とも仲良くなれる芋づる式と言えるわけだ。

 友達の友達は友達、という無敵の理屈を振りかざし、私が美少女達ときゃっきゃうふふな学園生活を送る第一歩が今なのである。



 他愛のない女子トークをしばらくしていると、入学式が始まる。
 この時既に連絡先なども入手済みだ。

 そして、入学式が始まって少しして舞姫ちゃんの先程の言葉の意味はすぐに理解できた。

「在校生代表挨拶、蝶ヶ崎麗華さん」

(……麗華さんってあの人⁉︎)

 進行役の教師に呼ばれマイクの前に立ったのは、美しい金髪の美少女。
 つい先程木の上で降りられなくなった猫を助けようとして、本人も降りられなくなったところを助けた美少女その人。

 小柄で華奢な体つきだが、子供っぽいと言うわけでもなく大人な雰囲気も感じられる。

 高貴な凛々しさのある、見るからに淑女というオーラが会場全体に広がったような感覚を覚える。

 静かだったホール内が僅かにどよめいたのは、私以外にもその美しさに驚きを隠せなかったからだろうとすぐにわかった。
 たった一度しか会ったことはないが、新入生のどよめきに少しだけ誇らしくなり胸を張った。

「あれが麗華さんだよ、さっき助けたんだってね」

 式の最中のため、耳元で囁かれた。
 吐息が耳にかかるほどの距離、心臓が僅かに強く鼓動した。

「知り合いなの?」

「うん、初等部から一緒だったし。高校では同じ部活に入る予定なんだ」

「ぶぶぶ部活っ!な、何部に入るのかな?」

 高校ではバスケをやるつもりはなかった。

 運動は好きだが、美少女二人がいる部活というならば文化部でも構わない。
 毎日放課後にお座敷に座ってお茶を立て談笑する茶道部とかでいい。
 というかむしろそれがいい。

「んふぅ、な・い・しょー」

 残念なことに答えは悪戯な笑顔で誤魔化される。
 しかしこの笑顔……なんて愛らしいのだろうか。
 ……もう辛抱堪らんです。

「また内緒かー。舞姫ちゃんは秘密が多いなー」

「んふふー、女の子は秘密の多い生き物なんだよ」

「ちなみに部活のこともすぐにわかるとか?」

「せーいーかーい。多分今日中にはわかるかなぁ。乞うご期待ってところだね」

(何この可愛い生き物。やばいやばすぎるっっっ!!!)



 私の学園生活は既に、薔薇色に色付き始めているようだった。

 ちなみに二人の部活が知ったのは割とすぐの出来事でしたとさ。
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