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VRDCS その2
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(……やったか)
口にすればフラグになり敵が復活するという噂を聞いたことがあるので、あえて口には出さないが人であれば心臓のある位置を刺したのだ、内心では力強いガッツポーズを決めてたいところ。
だがオークは膝を折らない。
俺は慌てて突き刺さっている剣を横に捻り切り裂く。
「やっと一体か、しんど」
「ほれ、リーダー気ぃ抜くなよ」
「それにしても鈍いな……タイムラグか?」
ここでようやく気付いたことだが、ダメージを追えば追うほど動きが鈍くなる。
痛みが無いのでわからなかったが、おそらくタイムラグではなく怪我した部分の動きが悪くなるようだ。
もちろん回復すれば元どおりになる。
だがいつまでものんびり考えている暇はない。
俺が次の目標に狙いを定め視線を動かしていると、緊迫感の込められた音符の声が耳に入る。
「真司っ、草むらからモンスター!たぶんオークが5体」
「おいおい、冗談」
そう言われ草むらを見ればあちこちで大きく葉が揺れている。
(逃げるべきだろうか?でもそれにしたってこのまま逃げても追いかけられるだけか)
良策の思い浮かばないまま目の前の敵と対峙している間にも草むらからオークが顔を覗かせる。
3メートル近くはあろうオークが総勢5体も並ぶと圧巻と言うべきか、正面からぶつかるのを全力で拒みたくなるような威圧感がある。
「どうすんだよ真司。こっちの数が足らねぇぞ」
「わかってるよ東!一旦距離を取れ」
「距離?無茶言うな」
「無茶じゃねぇよ。|武器具現化(ウェポンエンボディ)ナイフ」
俺はアビリティを発動し刃渡り15cmほどのナイフを無数に生み出す。
致命傷は与えられずとも当たれば多少はオークも嫌がる。
それを狙ってオークに何本か投げつける。
その間に東が一旦距離を取りこちらに戻ってくるが、いかんせん策は思いつかない。
そもそもこの戦力差は如何ともしがたい。
「せめてあと少し、あと少しだけでも戦力があれば」
無い物ねだりをしたところで何も始まらない、そんなことわかってるがねだりたくなる時だってある。
「ちっ、詰んだか」
「おいっ、真司あれ見ろ。他の班のやつがいる。おーい!……えーっと名前なんだっけ?」
東の指刺す方を見ればそこには5人の人影。
その中で何度か言葉を交わしたことのある人物の名を叫ぶことにした。
「前田!すまん手貸してくれ」
人に助けを求めることは恥ずかしいことではない。
少なくとも日本のダンジョン攻略者はそうだ。
互いに助け合うことでここまでダンジョンを攻略したというのが事実なのだから。
という言い訳をしつつ、駆けつけた前田|慶瞬(けいしゅん)達のいる3班の手を借りる。
(ようやく五分五分。やっぱり10階層は段違いか。はぁ、たぶん汗でびっしょりだろうな)
きっとVRDCSのヘッドギアを外せば額は汗でびっしょりになってるだろう。
そんなことを考える程度の余裕は出来たことに感謝するべきだろうか。
ダメージを負うモンスターとは違いこちらにはヒーラーがいる。
徐々にだがこちらに有利にもなりつつある。
それに実際杏花はかなり優秀だ。
ほぼ一瞬で完治する回復量に底の知れないMP。入学試験の時もそうだったが、やはり杏花は頼りになる。
俺がダメージを負った際なんて刹那の時間でヒールを発動しているほどだ。
だがヒーラーというのは総じて火力がない。
回復系アビリティという稀有なアビリティ故の唯一の弱点でもある。
だからこそパーティーでの守る優先順位は最も高い。
1匹のオークが東ともう1人のタンクから目を離し、その凶悪な瞳は別の方向を見ていた。
(まずいっ、杏花が狙われる)
戦闘の一番後ろにいたとしても連発してヒールしまくっていた杏花に目がいったのだろう。
オークは方向を変え杏花に迫る。
もちろんやらせる気など毛頭ない。
大切な回復職には傷一つつけさせない。
「杏花っ!杏花っ!」
しかし俺の声は届かない。
蛇に睨まれた蛙状態で呆然と立ち尽くす杏花に避けることは不可能。
俺は遮二無二駆け出し、剣を持っていない左手で杏花のお腹に腕を巻き、そのまま抱えるようにしてオークから距離を取る。
「ふぅ、間一髪」
「ありがとう真司君」
「気にするなって。杏花は大切な仲間なんだから」
「……仲間。そう……だよね。仲間だから助けてくれたんだよね」
なんとも言えない哀愁を漂わせるような表情を浮かべる杏花の心中はわからないが、何か大切なことなのだろうか。
僅かな時間頭の隅で少し考えるが答えは出ない。
それに頭の大部分は戦闘に向けられている、今は目の前の敵をどうにかしなければならない。
「とにかくだ、杏花。アビリティの使用は少し抑えた方がいいかも知れない。回復魔法の白い光は結構目立つ。かすり傷とかなら使用は避けた方がいい」
「あっ、うん、わかった」
それから10分程かけ、ようやく最後のオークを倒す。
「さすがに手こずったな。しかもこの先にはミノタウロスとかもっとヤバい奴らがいるんだろ」
勝ったとはいえ一回の戦闘で20分以上掛かるなんて異常。
杏花のアビリティで傷以外に体力も回復してもらっているので戦えたが、やはり俺たちに10階層はまだ早すぎたようだ。
なんせ30分も経ったというのに、後ろを振り向けばまだすぐ近くに出発地点がはっきり見える。
「進むのにはだいぶ時間がかかりそうだね」
俺の考えていることがわかったのだろう、左目の泣き黒子が特徴的な前田慶瞬がそう言った。
それによく見れば顔立ちもすごく整っているし、肌も白いまさに美少年。
品を感じさせるその喋りや立ち振る舞いを見るに、いいところのお坊ちゃんという印象だったが、戦闘になるとこれがまた頼りになるのなんの。
「あっ、前田。さっきは助かったよ。それにしても前田の火力は凄いな。入学試験で暴れまわったって評判は伊達じゃないな」
例の噂好きで情報通という杏花の友人曰く、3日に分けて行われた実技試験で、3日目の受験者の中では間違いなくトップ3に入る実力らしい。
ちなみに俺が受けた1日目の試験は波乱が多すぎたため、順位はつけ難いとのことらしい。
「暴れまわっただなんて、君にそう言われるなんて光栄だね」
「東に言われたら皮肉かよって怒鳴ってたんだけど。前田に言われると嫌な感じはしないな」
合格するためそれはもう必死にアピールした入学試験の実技だが、そのせいであらぬ誤解を招いたのは記憶に新しい。
というかつい先日もそのせいで面倒ごとに巻き込まれ、挙句生徒会にまで入れられてしまった。
だが、皮肉なんて言わなそうな前田に言われる不思議と嫌な感じはしない。やはり美少年だからだろうか。
「ごめん、本当にそういうつもりじゃなかったんだ。それで相談なんだけどいいかな」
相談の内容は大体わかる。というか俺もちょうど同じことを相談しようとしていたところだ。
「俺からも相談なんだが、このまま協力して戦わないか」
切れ長の目を少し緩め微笑む前田。
それだけで前田も同じことを相談しようとしていたと確信に至る。
「是非」
「そうか、よかった。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、君がいるならとても頼もしい。あと僕のことは慶瞬って呼んでくれないか。前田という苗字は嫌いでね」
「ん、あぁ。わかったよ慶瞬。俺も真司でいい」
端正な顔立ちに若干の暗い影を落とし嫌いと言った慶瞬の心の内はわからないが、触れないでおくに越したことはない。
他人に触れられたくない秘密くらい誰だって持ってるし、それを会って間もない人間に話そうとは思わないだろう。
もし聞いて欲しいと言われたらその時はまた考えるとしよう。
「よろしく真司」
慶瞬が手を差し出してきたのでそれを握り返し、俺たちは共同戦線を組んで戦うことにした。
班で戦えと言われたが、他の班と一緒に戦うことを禁止されたわけではないので、特に問題はないだろう。
その後俺たちは残りの30分ほどの間、ただひたすら戦いを続けた。
とは言っても倒した数は微々たるもの。
無駄に戦闘時間が長引くのは単に火力不足と敵のしぶとさが原因だ。
お互い殴り合って体力を削り合い、先に敵の体力を削り切るという泥試合。
やはり泥試合は精神的にもしんどいもので、ヒーラーがいなければ先に倒れていたのは俺たちのほうだったと断言できる。
それによく考えてみればこの戦い方は非常に恐ろしいことに途中で気付いた。
なんせいくら回復してもらえるとしても、これがシュミレーターではなかったとしたら……。
そう考えると背筋に冷たいものが走る。
オークやゴブリンに攻撃され痛めつけられても回復魔法で復活してはまた痛めつけられるの繰り返し。
もしこれを実際のダンジョン攻略でやったとしたら、これ何の拷問ですか?と言いたくなること間違いない。
考えただけで地獄だ。
わかっていたことだがやはり俺たちにはまだ10階層攻略なんて夢のまた夢だろう。。。
2度目の戦闘をなんとか終えた俺はそんな風に先の不安を感じていると、頭の中でアラームが鳴る。
「時間……みたいだな」
シュミレーターでの訓練時間は1時間なので、このアラームが聞こえたら終了しなければならない。
それにしても1時間経ったのにほとんど進めていないというのは成果としては芳しくない。
「もう一時間経ったのか?せっかく燃えてきたっていうのにつまんねぇな」
現実を見せられ気を落とす俺とは違い、本気で言ってるであろう東の能天気さが羨ましい。
「いや、お前はいつでも十分燃えてるだろ。ほら戻るぞ。コマンド入力、ログアウト」
コマンド入力と唱えれば、視界には小さなメニュー画面が表示される。
そしてログアウトすればあっという間に目の前が暗転する。
「あぁ……疲れた」
VRDCSのヘッドギアを外すと額には汗がびっしょり。
これだけで最新技術で生み出されたこの機器が、どれだけリアルさを追求しているかがよくわかった瞬間だ。
しばらくすると全員がシュミレーションを終え、ヘッドギアを外していく。
ただその表情は暗く、多くの生徒はヘッドギアを外して最初にするのはため息。
もちろん俺にもその気持ちはよくわかる。
"では君たちの思い上がりを早めに叩いておくことにしよう"授業の最初に言った先生の言葉が身に染みる。
俺たちはまだ駆け出しにすら届かない、未熟なダンジョン攻略科の生徒でしかなかったと思い知らされたのだから。
「はいお疲れ様でした。あれがダンジョン10階層です。8班ある中で多?君の班と前田君の班以外は死傷者を出したり全滅しました。これが現実です。でもあなた達はまだ駆け出したばかり、それにレベルだってまだ1のままですから気を落とさないでいいと思います。それじゃあ皆が戦ったシュミレーションの映像がありますので、それを見ながら解説やアドバイス等していきます」
そう言って1時間前に見せた鋭い眼光がまるで嘘のように消え、いつも通りの優しい表情を浮かべる先生が丁寧に解説を始めた。
課題はまだまだ多く実力だって不足している。
それでも解説が始まると全員はモニターに穴があくほど見つめ、先生の解説を一字一句聴き漏らさんと聞き入った。
当然俺だってそうだ。
現実を悲観ばかりする気は毛頭ない、10階層なんてほんとに小さな通過点なのだ。
俺はダンジョンのさらにその先へ、まだ誰も到達しえていないその奥へと進まなければならないのだから。
口にすればフラグになり敵が復活するという噂を聞いたことがあるので、あえて口には出さないが人であれば心臓のある位置を刺したのだ、内心では力強いガッツポーズを決めてたいところ。
だがオークは膝を折らない。
俺は慌てて突き刺さっている剣を横に捻り切り裂く。
「やっと一体か、しんど」
「ほれ、リーダー気ぃ抜くなよ」
「それにしても鈍いな……タイムラグか?」
ここでようやく気付いたことだが、ダメージを追えば追うほど動きが鈍くなる。
痛みが無いのでわからなかったが、おそらくタイムラグではなく怪我した部分の動きが悪くなるようだ。
もちろん回復すれば元どおりになる。
だがいつまでものんびり考えている暇はない。
俺が次の目標に狙いを定め視線を動かしていると、緊迫感の込められた音符の声が耳に入る。
「真司っ、草むらからモンスター!たぶんオークが5体」
「おいおい、冗談」
そう言われ草むらを見ればあちこちで大きく葉が揺れている。
(逃げるべきだろうか?でもそれにしたってこのまま逃げても追いかけられるだけか)
良策の思い浮かばないまま目の前の敵と対峙している間にも草むらからオークが顔を覗かせる。
3メートル近くはあろうオークが総勢5体も並ぶと圧巻と言うべきか、正面からぶつかるのを全力で拒みたくなるような威圧感がある。
「どうすんだよ真司。こっちの数が足らねぇぞ」
「わかってるよ東!一旦距離を取れ」
「距離?無茶言うな」
「無茶じゃねぇよ。|武器具現化(ウェポンエンボディ)ナイフ」
俺はアビリティを発動し刃渡り15cmほどのナイフを無数に生み出す。
致命傷は与えられずとも当たれば多少はオークも嫌がる。
それを狙ってオークに何本か投げつける。
その間に東が一旦距離を取りこちらに戻ってくるが、いかんせん策は思いつかない。
そもそもこの戦力差は如何ともしがたい。
「せめてあと少し、あと少しだけでも戦力があれば」
無い物ねだりをしたところで何も始まらない、そんなことわかってるがねだりたくなる時だってある。
「ちっ、詰んだか」
「おいっ、真司あれ見ろ。他の班のやつがいる。おーい!……えーっと名前なんだっけ?」
東の指刺す方を見ればそこには5人の人影。
その中で何度か言葉を交わしたことのある人物の名を叫ぶことにした。
「前田!すまん手貸してくれ」
人に助けを求めることは恥ずかしいことではない。
少なくとも日本のダンジョン攻略者はそうだ。
互いに助け合うことでここまでダンジョンを攻略したというのが事実なのだから。
という言い訳をしつつ、駆けつけた前田|慶瞬(けいしゅん)達のいる3班の手を借りる。
(ようやく五分五分。やっぱり10階層は段違いか。はぁ、たぶん汗でびっしょりだろうな)
きっとVRDCSのヘッドギアを外せば額は汗でびっしょりになってるだろう。
そんなことを考える程度の余裕は出来たことに感謝するべきだろうか。
ダメージを負うモンスターとは違いこちらにはヒーラーがいる。
徐々にだがこちらに有利にもなりつつある。
それに実際杏花はかなり優秀だ。
ほぼ一瞬で完治する回復量に底の知れないMP。入学試験の時もそうだったが、やはり杏花は頼りになる。
俺がダメージを負った際なんて刹那の時間でヒールを発動しているほどだ。
だがヒーラーというのは総じて火力がない。
回復系アビリティという稀有なアビリティ故の唯一の弱点でもある。
だからこそパーティーでの守る優先順位は最も高い。
1匹のオークが東ともう1人のタンクから目を離し、その凶悪な瞳は別の方向を見ていた。
(まずいっ、杏花が狙われる)
戦闘の一番後ろにいたとしても連発してヒールしまくっていた杏花に目がいったのだろう。
オークは方向を変え杏花に迫る。
もちろんやらせる気など毛頭ない。
大切な回復職には傷一つつけさせない。
「杏花っ!杏花っ!」
しかし俺の声は届かない。
蛇に睨まれた蛙状態で呆然と立ち尽くす杏花に避けることは不可能。
俺は遮二無二駆け出し、剣を持っていない左手で杏花のお腹に腕を巻き、そのまま抱えるようにしてオークから距離を取る。
「ふぅ、間一髪」
「ありがとう真司君」
「気にするなって。杏花は大切な仲間なんだから」
「……仲間。そう……だよね。仲間だから助けてくれたんだよね」
なんとも言えない哀愁を漂わせるような表情を浮かべる杏花の心中はわからないが、何か大切なことなのだろうか。
僅かな時間頭の隅で少し考えるが答えは出ない。
それに頭の大部分は戦闘に向けられている、今は目の前の敵をどうにかしなければならない。
「とにかくだ、杏花。アビリティの使用は少し抑えた方がいいかも知れない。回復魔法の白い光は結構目立つ。かすり傷とかなら使用は避けた方がいい」
「あっ、うん、わかった」
それから10分程かけ、ようやく最後のオークを倒す。
「さすがに手こずったな。しかもこの先にはミノタウロスとかもっとヤバい奴らがいるんだろ」
勝ったとはいえ一回の戦闘で20分以上掛かるなんて異常。
杏花のアビリティで傷以外に体力も回復してもらっているので戦えたが、やはり俺たちに10階層はまだ早すぎたようだ。
なんせ30分も経ったというのに、後ろを振り向けばまだすぐ近くに出発地点がはっきり見える。
「進むのにはだいぶ時間がかかりそうだね」
俺の考えていることがわかったのだろう、左目の泣き黒子が特徴的な前田慶瞬がそう言った。
それによく見れば顔立ちもすごく整っているし、肌も白いまさに美少年。
品を感じさせるその喋りや立ち振る舞いを見るに、いいところのお坊ちゃんという印象だったが、戦闘になるとこれがまた頼りになるのなんの。
「あっ、前田。さっきは助かったよ。それにしても前田の火力は凄いな。入学試験で暴れまわったって評判は伊達じゃないな」
例の噂好きで情報通という杏花の友人曰く、3日に分けて行われた実技試験で、3日目の受験者の中では間違いなくトップ3に入る実力らしい。
ちなみに俺が受けた1日目の試験は波乱が多すぎたため、順位はつけ難いとのことらしい。
「暴れまわっただなんて、君にそう言われるなんて光栄だね」
「東に言われたら皮肉かよって怒鳴ってたんだけど。前田に言われると嫌な感じはしないな」
合格するためそれはもう必死にアピールした入学試験の実技だが、そのせいであらぬ誤解を招いたのは記憶に新しい。
というかつい先日もそのせいで面倒ごとに巻き込まれ、挙句生徒会にまで入れられてしまった。
だが、皮肉なんて言わなそうな前田に言われる不思議と嫌な感じはしない。やはり美少年だからだろうか。
「ごめん、本当にそういうつもりじゃなかったんだ。それで相談なんだけどいいかな」
相談の内容は大体わかる。というか俺もちょうど同じことを相談しようとしていたところだ。
「俺からも相談なんだが、このまま協力して戦わないか」
切れ長の目を少し緩め微笑む前田。
それだけで前田も同じことを相談しようとしていたと確信に至る。
「是非」
「そうか、よかった。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、君がいるならとても頼もしい。あと僕のことは慶瞬って呼んでくれないか。前田という苗字は嫌いでね」
「ん、あぁ。わかったよ慶瞬。俺も真司でいい」
端正な顔立ちに若干の暗い影を落とし嫌いと言った慶瞬の心の内はわからないが、触れないでおくに越したことはない。
他人に触れられたくない秘密くらい誰だって持ってるし、それを会って間もない人間に話そうとは思わないだろう。
もし聞いて欲しいと言われたらその時はまた考えるとしよう。
「よろしく真司」
慶瞬が手を差し出してきたのでそれを握り返し、俺たちは共同戦線を組んで戦うことにした。
班で戦えと言われたが、他の班と一緒に戦うことを禁止されたわけではないので、特に問題はないだろう。
その後俺たちは残りの30分ほどの間、ただひたすら戦いを続けた。
とは言っても倒した数は微々たるもの。
無駄に戦闘時間が長引くのは単に火力不足と敵のしぶとさが原因だ。
お互い殴り合って体力を削り合い、先に敵の体力を削り切るという泥試合。
やはり泥試合は精神的にもしんどいもので、ヒーラーがいなければ先に倒れていたのは俺たちのほうだったと断言できる。
それによく考えてみればこの戦い方は非常に恐ろしいことに途中で気付いた。
なんせいくら回復してもらえるとしても、これがシュミレーターではなかったとしたら……。
そう考えると背筋に冷たいものが走る。
オークやゴブリンに攻撃され痛めつけられても回復魔法で復活してはまた痛めつけられるの繰り返し。
もしこれを実際のダンジョン攻略でやったとしたら、これ何の拷問ですか?と言いたくなること間違いない。
考えただけで地獄だ。
わかっていたことだがやはり俺たちにはまだ10階層攻略なんて夢のまた夢だろう。。。
2度目の戦闘をなんとか終えた俺はそんな風に先の不安を感じていると、頭の中でアラームが鳴る。
「時間……みたいだな」
シュミレーターでの訓練時間は1時間なので、このアラームが聞こえたら終了しなければならない。
それにしても1時間経ったのにほとんど進めていないというのは成果としては芳しくない。
「もう一時間経ったのか?せっかく燃えてきたっていうのにつまんねぇな」
現実を見せられ気を落とす俺とは違い、本気で言ってるであろう東の能天気さが羨ましい。
「いや、お前はいつでも十分燃えてるだろ。ほら戻るぞ。コマンド入力、ログアウト」
コマンド入力と唱えれば、視界には小さなメニュー画面が表示される。
そしてログアウトすればあっという間に目の前が暗転する。
「あぁ……疲れた」
VRDCSのヘッドギアを外すと額には汗がびっしょり。
これだけで最新技術で生み出されたこの機器が、どれだけリアルさを追求しているかがよくわかった瞬間だ。
しばらくすると全員がシュミレーションを終え、ヘッドギアを外していく。
ただその表情は暗く、多くの生徒はヘッドギアを外して最初にするのはため息。
もちろん俺にもその気持ちはよくわかる。
"では君たちの思い上がりを早めに叩いておくことにしよう"授業の最初に言った先生の言葉が身に染みる。
俺たちはまだ駆け出しにすら届かない、未熟なダンジョン攻略科の生徒でしかなかったと思い知らされたのだから。
「はいお疲れ様でした。あれがダンジョン10階層です。8班ある中で多?君の班と前田君の班以外は死傷者を出したり全滅しました。これが現実です。でもあなた達はまだ駆け出したばかり、それにレベルだってまだ1のままですから気を落とさないでいいと思います。それじゃあ皆が戦ったシュミレーションの映像がありますので、それを見ながら解説やアドバイス等していきます」
そう言って1時間前に見せた鋭い眼光がまるで嘘のように消え、いつも通りの優しい表情を浮かべる先生が丁寧に解説を始めた。
課題はまだまだ多く実力だって不足している。
それでも解説が始まると全員はモニターに穴があくほど見つめ、先生の解説を一字一句聴き漏らさんと聞き入った。
当然俺だってそうだ。
現実を悲観ばかりする気は毛頭ない、10階層なんてほんとに小さな通過点なのだ。
俺はダンジョンのさらにその先へ、まだ誰も到達しえていないその奥へと進まなければならないのだから。
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