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向けられる敵意
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「それでは改めて自己紹介します。一年A組の担任になりました鬼嶋幽々子です。1年間よろしくお願いします」
結論から言おう、俺の担任はスキンヘッドのおじさんではなく、今教壇で挨拶した優しげな女性教員のほうだった。そしてさっき知り合ったばかりの東、さらに俺の横の席にいる杏花も同じA組。
「それでは全員に自己紹介してもらいます。じゃあ出席番号一番、阿井君からどうぞ」
先生に指名され一番左前に座る阿井という生徒が立ち上がる。名前、出身中学を言った後、普通の学校であればそれで終わるか何か一言言って終わるだろう。しかしここはダンジョン学園、阿井は自分の得意アビリティやタレントを言って着席する。流石は阿井という名字だけあって、一番最初に指名されるのがわかっていたと思えるスムーズな流れだった。
他の生徒それに負けないスムーズさでテキパキと話していく、まぁ、エリート候補であるこの学園の生徒であれば当然といえば当然だろう。
滞りなく全員の自己紹介が終わると先生は今日の予定について話を進める。
軽くホームルームをやってその後、学校の施設案内、今日はそれで終わりとのことだ。ただし俺はその後生徒会室に呼び出されているので、すぐに帰宅できないわけだが。
ともあれだ、本格的な学園生活は明日から始まる。今日はゆっくりと部屋の荷解きでもさせてもらうとしよう。
ダンジョン学園特有とも言える学園生活の説明、攻略者になるにあたっての心構え云々を話し。その後全員でこのバカみたいに広い学園の主要施設を回り、1日目は終了。
高倍率というか超倍率とも思える難関につき、ほとんどの生徒同士新たなるグループを作ろうと、チラチラと視線を彷徨わせる中。俺は大してない荷物を纏めると教室を後にする。そう、面倒ごとは先に片付けるに限る。
さっきの学園案内で生徒会室を通ったので、なんとか道は思い出せる。確か本校舎の4階にあるはず。そして急ぎ足で生徒会室の前まで辿り着く。
ちらりと視線をあげれば、生徒会室と書かれた木札。ここで間違いない。
大して呼吸は乱れてないが、一旦呼吸を整えノックする。そして間髪入れずに返ってくる女性の声、おそらく生徒会長だ。
「いらっしゃい多田君。さぁどうぞ入って」
部屋の奥に姿勢良く座る生徒会長の言葉に従い、生徒会室へと足を踏み入れる。部屋の中には会長を含め、4人の生徒会役員とおぼしき生徒。男子生徒が1人に女子生徒が2人だ。
しかし、生徒会長以外の人物から向けられるのは好意の視線ではない。敵意と言っても差し支えないかもしれない。
呼ばれたから嫌々来たというのに、とんでもないお出迎えだ。おそらく生徒会長も自分以外の役員の態度に気付いているが、それを気にする様子は微塵もなさそうだ。
相手が上級生といえど敵意に対して好意で返すつもりはない、なんの話かわからないが出来る限り早く話を済ませて帰りたい。相手さんもそうしてほしいに違いない。
「早速ですが自分がここに呼ばれた理由を伺っても?」
一応自分で考えてみたものの確信に至る結論は出なかった。生徒会役員を選ぶにしても、選ばれるのならば新入生総代の女子生徒だろうし。
しかし生徒会長は急かす俺の言葉を軽く受け流す。
「もう少し待ってもらえるかしら?実は他にもう1人呼んでいますので」
もう1人?さて誰だろうと考えたところで扉がノックされる。
入ってくるのは女子生徒、艶のある真っ直ぐな黒髪に、切れ長の目の整った容姿の女子。
遠目だったのではっきりとは見えなかったが、たぶん入学式で新入生代表の挨拶をした生徒。
確か名前は……柳生|一夏(いちか)だったか。
そしてここに彼女が呼ばれたということは……つまりそういうことなのだろう。
「2人とも揃いましたね、多田君に急かされてしまったので率直に言いますね。2人を呼んだのは今期の生徒会役員になるよう打診するためです」
……あぁ、やはりか。式の前に俺のことを知っていたことや、このタイミングで新入生総代が来たことを踏まえれば、こうなることを予測するのは難しくない。難しくはないが、理由は予測不可能。
実技試験は採点方法がわからないのでなんとも言い難いが、筆記試験に至ってはギリギリのラインだと自負している。それを入学式前から生徒会に勧誘するつもりで目をつけていたなんて摩訶不思議だ。下手をすればこの学園の学園七不思議に追加されかねない。創立10年も経たないこの学園に七不思議があるかは別としてだが。
「そのような評価を頂けたこと嬉しく思います。まだまだ駆け出しの未熟者ですが、少しでもお力になれるよう精進させていただきます。よろしくお願いします」
惚れ惚れするような綺麗なお辞儀をして、感謝の意を述べたのは当然俺ではない。俺の隣にいる柳生だ。
別にそれはいい。彼女が生徒会に入ろうが入らなかろうが、俺の知るところではない。だがどうしても気に食わないのが周囲の反応だ。俺が入室した時に向けられた敵意の視線は柳生には向けられていないし、挙句柳生の言葉に微笑みと拍手をもって歓迎している。
だったら俺も生徒会に入りますと言ってやろうかと、危うく血迷うところだったがギリギリで思い留まる。
「ありがとう柳生さん、是非宜しくお願いしますね。わからないことがあったらここにいる誰でもいいので、気にせず声をかけてください」
「はい、ありがとうございます戒能会長」
「それで、多田君の返事も聞かせていただけるかしら?」
生徒会長の言葉とともに全員の視線が集まる。もちろんそのうちの3つは敵意に近い視線だが。
ならば断るしかないだろう、こんなところで面倒な雑務を押し付けられては、ストレスがマッハで溜まること間違いなしだ。
ただら本来であれば皮肉の1つでも言ってやりたいところだが、会長に免じて丁寧に断ろう。そう思った矢先に一際睨みをきかせていた男子生徒が割って入る。
「会長!僕は反対ですよ。彼は会長のお側にっ、あっいえ、彼の|人格(・・)は生徒会に相応しくありません。もっと別の人選を選ぶべきです」
こいつさらりと本音を漏らしてないか?だが、なるほど。他の男が寄り付くのが嫌だったが故のあの視線か。とはいえこれだけの美人だ、一緒に仕事をしていれば好意を寄せてしまうのも無理からぬことかもしれない。とりあえずそう決めつけることにする。
「随分な言い草ですね沖田せ・ん・ぱ・い。初対面で俺の何を知ってるっていうんですか?」
そこまで言って思い出したのは初めて会長に会った際に言われた、もっと粗暴な方と思っていましたという一言。もしかしたら勘違いされているのかもしれない。俺はあくまで紳士的な人間なのだ。
そして誤解を解いてもらえるよう会長に目配せすれば、ようやく察したように会長は頷いてくれる。
「そうよ沖田君。それに私は人を見る目に関しては自信があるの。多田君は礼儀正しいし気遣いもできる人よ。生徒会に相応しくないなんてことないわ」
会長の目は自信に満ち溢れている。今日会ったばかりだというのに、そこまでわかるとは会長の人を見る目は本当に確かだな。
俺は生徒会に相応しい……いや、待て。そもそも俺は生徒会に入る気なんて微塵もない。
会長にそう言われてもなお食い下がる、沖田とやらの言葉を慌てて遮る。
「まぁ、待ってください。そもそも俺は生徒会に入るつもりはありませんので。他に話がないならこれで失礼します」
「待って多田君、私にはあなたがひつ───」
「会長っ!俺は認めませんよ。それにこいつは一階層のボス前まで辿り着けなかった半端者です。実力的にも必要ありません」
……これで3回目。
生徒会室に入室するなり唾でも吐きかけようかという視線を浴びせ、初対面で俺の人格云々に文句をつけた。
仏の心を持って2度は大目に見てやったが、3回目は許さない。そこまで言うならやってやろうじゃないか。戦争だ、戦争を始めよう。
「何が気に食わないのが知らないけど、あんたいい加減にしとけよ。そっちこそ会長の側に相応しくないんじゃないのか」
「ちっ……知った風な口を聞くなよ一年が」
「知った風な口を聞いてんのはあんただろ?何が会長のお側にだ、まるで自分は相応しいとでも言いたげだな。俺の方が会長の側に相応しい。……って俺は何を言って───」
「きっ、きさま……」
まさに一触即発、女子の目がなければすでに取っ組み合いになっていてもおかしくない状況。だが、俺は男としてこの状況で引くつもりはない。
「……2人とも落ち着きなさい」
こんな状況でも取り乱すことなく、あくまで淑女としての態度を忘れない会長は流石とも言うべきか。だが、それはそれこれはこれだ。会長がなんと言おうがやめるつもりはない。
そして再び会長は口を開きこう言った。
「男の子同士の喧嘩は拳で語るものよね。いいわ、ダンジョンに入る許可を貰うから、アビリティを使ってのガチンコ勝負にしましょ」
予想の遥か彼方の斜め上、止めるどころか逆に勧めてきた。しかもアビリティの使用まで認めるとは。。。
視線を前に戻せば俺以上に驚愕を顔に浮かべる沖田の顔。会長を知る人物でもその言葉は意外だったのだろう。
ともかく、止められなかったのは幸いだ。これで堂々と戦える。
何故か満足げに頷いた会長は端末を取り出し、そのままどこかへと電話をかけ始めた。その相手はわからないが用件はわかる。ダンジョン科の生徒といえど、ライセンスを持たない人間では通常ダンジョンに入れない。そのためには各方面の許可が必要になる。
とはいえ、この会長であればその辺の根回しは朝飯前だろう。戒能グループの関係者に頼めば一発だ。
その証拠に電話で一言、"ダンジョンで模擬戦をするので今すぐ許可して頂戴"それだけで全て片付けてしまったのだから。
「さて行きましょうか」
会長の言葉にすぐ様女子の生徒会役員は立ち上がる。そして俺の横では状況についていけず、目をキョロキョロとさせている柳生。
もちろん悪いのは沖田だが、彼女には一言謝っておいたほうがいいだろう。と俺の中のほんの少しの冷静さがそう判断する。
「ごめんね柳生さん、ゴタゴタに巻き込んじゃって。あの、会長?」
「何かしら多田君?」
「柳生さんには帰ってもらったほうがいいんじゃ」
ないですかと続けようとしたところで、柳生は無用な気遣いだと首を横に振る。
「いえ、お構いなく。まだ正式ではありませんが、私も生徒会に入る身。当然私も同行させてもらいます。よろしいですか会長」
「ええ、勿論構わないわ」
真面目というかお堅いというか、まだよく知らないが柳生の性格上ここで帰るという選択肢はないらしい。
ならばこれ以上の問答も必要ない、さっさと沖田に目にもの見せてやる。
こちらに鋭い視線を向ける沖田に一瞥くれると、生徒会室を後にしダンジョンへと向かう。
学園から第一ダンジョンまでの距離は非常に近い。学園を出て10分もすれば着いてしまうほどだ。そんな短い移動時間ながら口を開くものは皆無。殺伐とした雰囲気の中で俺たちはダンジョンを目指した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
東京ダンジョン学園2年、生徒会副会長の地位に就く沖田司。性格は勤勉にして実直、実技と筆記で常に成績上位者に名を連ね、教師だけではなく周りの生徒からも高く評価される生徒の見本ともいうべき人物。そのため当然将来を有望視される戦闘科の生徒の1人である。
ただし、彼が周囲から認められるようになったのは、彼が一年生の半ばを過ぎた頃からという事実を付け加えておこう。
しかしそれは、別に彼が一年生の後半から急に成績が伸びたからというわけではない、実際沖田は入学当初から非常に優秀だった。
ただ一つのある出会いが、沖田の人生を大きく変える。そしてそのきっかけは生徒会長、戒能由美子との出会い。それから沖田の全てが変わった、いや、沖田自身が望んで変わろうとし自力で変えたのだ。
沖田が今生徒会副会長を務めているのも全ては由美子への恩返しのため。
ただしそれは、本人曰く恋愛感情などというものではなく、主人に忠誠を誓う武士の崇高な魂である、と。
であればこそ、少し前に由紀子が「新入生に面白い子がいるそうよ」と言って嬉しそうに笑った後、「ダンジョンを憎む私達の同胞よ」と由紀子が続けた言葉に背筋を凍らせ。同時に絶対に近づかせてはならないと、自分と他の生徒会メンバーの2人とで固く誓ったのだ。
沖田の聞いた噂によれば、曰くその生徒は入学試験の実技試験に於いて、試験内容すら無視しひたすらに剣を振るい続けた狂犬。曰く苦境に立たされ脳裏に死がよぎる戦いにも関わらず、口元には嬉々とした笑みを浮かべ続けた異常者。
そのダンジョンを憎む狂犬が今まさに沖田の目の前を歩いている。
(この男だけは、この男だけは絶対に会長に近づかせない。そのためであれば自分は下級生相手だろうと本気で叩き潰す。会長の心を救うために、同じく心に闇を持つこの男は危険すぎる)
崇高な使命に殉ずる敬虔な教徒が如く心に火を灯す沖田は、先程会ったばかりの真司の背を鋭く睨む。
この一年生に恨みはない、だが自分の生き方を変えてくれた会長への恩を返すためならばと、沖田は一人非情な決意を心に誓うのだった。
結論から言おう、俺の担任はスキンヘッドのおじさんではなく、今教壇で挨拶した優しげな女性教員のほうだった。そしてさっき知り合ったばかりの東、さらに俺の横の席にいる杏花も同じA組。
「それでは全員に自己紹介してもらいます。じゃあ出席番号一番、阿井君からどうぞ」
先生に指名され一番左前に座る阿井という生徒が立ち上がる。名前、出身中学を言った後、普通の学校であればそれで終わるか何か一言言って終わるだろう。しかしここはダンジョン学園、阿井は自分の得意アビリティやタレントを言って着席する。流石は阿井という名字だけあって、一番最初に指名されるのがわかっていたと思えるスムーズな流れだった。
他の生徒それに負けないスムーズさでテキパキと話していく、まぁ、エリート候補であるこの学園の生徒であれば当然といえば当然だろう。
滞りなく全員の自己紹介が終わると先生は今日の予定について話を進める。
軽くホームルームをやってその後、学校の施設案内、今日はそれで終わりとのことだ。ただし俺はその後生徒会室に呼び出されているので、すぐに帰宅できないわけだが。
ともあれだ、本格的な学園生活は明日から始まる。今日はゆっくりと部屋の荷解きでもさせてもらうとしよう。
ダンジョン学園特有とも言える学園生活の説明、攻略者になるにあたっての心構え云々を話し。その後全員でこのバカみたいに広い学園の主要施設を回り、1日目は終了。
高倍率というか超倍率とも思える難関につき、ほとんどの生徒同士新たなるグループを作ろうと、チラチラと視線を彷徨わせる中。俺は大してない荷物を纏めると教室を後にする。そう、面倒ごとは先に片付けるに限る。
さっきの学園案内で生徒会室を通ったので、なんとか道は思い出せる。確か本校舎の4階にあるはず。そして急ぎ足で生徒会室の前まで辿り着く。
ちらりと視線をあげれば、生徒会室と書かれた木札。ここで間違いない。
大して呼吸は乱れてないが、一旦呼吸を整えノックする。そして間髪入れずに返ってくる女性の声、おそらく生徒会長だ。
「いらっしゃい多田君。さぁどうぞ入って」
部屋の奥に姿勢良く座る生徒会長の言葉に従い、生徒会室へと足を踏み入れる。部屋の中には会長を含め、4人の生徒会役員とおぼしき生徒。男子生徒が1人に女子生徒が2人だ。
しかし、生徒会長以外の人物から向けられるのは好意の視線ではない。敵意と言っても差し支えないかもしれない。
呼ばれたから嫌々来たというのに、とんでもないお出迎えだ。おそらく生徒会長も自分以外の役員の態度に気付いているが、それを気にする様子は微塵もなさそうだ。
相手が上級生といえど敵意に対して好意で返すつもりはない、なんの話かわからないが出来る限り早く話を済ませて帰りたい。相手さんもそうしてほしいに違いない。
「早速ですが自分がここに呼ばれた理由を伺っても?」
一応自分で考えてみたものの確信に至る結論は出なかった。生徒会役員を選ぶにしても、選ばれるのならば新入生総代の女子生徒だろうし。
しかし生徒会長は急かす俺の言葉を軽く受け流す。
「もう少し待ってもらえるかしら?実は他にもう1人呼んでいますので」
もう1人?さて誰だろうと考えたところで扉がノックされる。
入ってくるのは女子生徒、艶のある真っ直ぐな黒髪に、切れ長の目の整った容姿の女子。
遠目だったのではっきりとは見えなかったが、たぶん入学式で新入生代表の挨拶をした生徒。
確か名前は……柳生|一夏(いちか)だったか。
そしてここに彼女が呼ばれたということは……つまりそういうことなのだろう。
「2人とも揃いましたね、多田君に急かされてしまったので率直に言いますね。2人を呼んだのは今期の生徒会役員になるよう打診するためです」
……あぁ、やはりか。式の前に俺のことを知っていたことや、このタイミングで新入生総代が来たことを踏まえれば、こうなることを予測するのは難しくない。難しくはないが、理由は予測不可能。
実技試験は採点方法がわからないのでなんとも言い難いが、筆記試験に至ってはギリギリのラインだと自負している。それを入学式前から生徒会に勧誘するつもりで目をつけていたなんて摩訶不思議だ。下手をすればこの学園の学園七不思議に追加されかねない。創立10年も経たないこの学園に七不思議があるかは別としてだが。
「そのような評価を頂けたこと嬉しく思います。まだまだ駆け出しの未熟者ですが、少しでもお力になれるよう精進させていただきます。よろしくお願いします」
惚れ惚れするような綺麗なお辞儀をして、感謝の意を述べたのは当然俺ではない。俺の隣にいる柳生だ。
別にそれはいい。彼女が生徒会に入ろうが入らなかろうが、俺の知るところではない。だがどうしても気に食わないのが周囲の反応だ。俺が入室した時に向けられた敵意の視線は柳生には向けられていないし、挙句柳生の言葉に微笑みと拍手をもって歓迎している。
だったら俺も生徒会に入りますと言ってやろうかと、危うく血迷うところだったがギリギリで思い留まる。
「ありがとう柳生さん、是非宜しくお願いしますね。わからないことがあったらここにいる誰でもいいので、気にせず声をかけてください」
「はい、ありがとうございます戒能会長」
「それで、多田君の返事も聞かせていただけるかしら?」
生徒会長の言葉とともに全員の視線が集まる。もちろんそのうちの3つは敵意に近い視線だが。
ならば断るしかないだろう、こんなところで面倒な雑務を押し付けられては、ストレスがマッハで溜まること間違いなしだ。
ただら本来であれば皮肉の1つでも言ってやりたいところだが、会長に免じて丁寧に断ろう。そう思った矢先に一際睨みをきかせていた男子生徒が割って入る。
「会長!僕は反対ですよ。彼は会長のお側にっ、あっいえ、彼の|人格(・・)は生徒会に相応しくありません。もっと別の人選を選ぶべきです」
こいつさらりと本音を漏らしてないか?だが、なるほど。他の男が寄り付くのが嫌だったが故のあの視線か。とはいえこれだけの美人だ、一緒に仕事をしていれば好意を寄せてしまうのも無理からぬことかもしれない。とりあえずそう決めつけることにする。
「随分な言い草ですね沖田せ・ん・ぱ・い。初対面で俺の何を知ってるっていうんですか?」
そこまで言って思い出したのは初めて会長に会った際に言われた、もっと粗暴な方と思っていましたという一言。もしかしたら勘違いされているのかもしれない。俺はあくまで紳士的な人間なのだ。
そして誤解を解いてもらえるよう会長に目配せすれば、ようやく察したように会長は頷いてくれる。
「そうよ沖田君。それに私は人を見る目に関しては自信があるの。多田君は礼儀正しいし気遣いもできる人よ。生徒会に相応しくないなんてことないわ」
会長の目は自信に満ち溢れている。今日会ったばかりだというのに、そこまでわかるとは会長の人を見る目は本当に確かだな。
俺は生徒会に相応しい……いや、待て。そもそも俺は生徒会に入る気なんて微塵もない。
会長にそう言われてもなお食い下がる、沖田とやらの言葉を慌てて遮る。
「まぁ、待ってください。そもそも俺は生徒会に入るつもりはありませんので。他に話がないならこれで失礼します」
「待って多田君、私にはあなたがひつ───」
「会長っ!俺は認めませんよ。それにこいつは一階層のボス前まで辿り着けなかった半端者です。実力的にも必要ありません」
……これで3回目。
生徒会室に入室するなり唾でも吐きかけようかという視線を浴びせ、初対面で俺の人格云々に文句をつけた。
仏の心を持って2度は大目に見てやったが、3回目は許さない。そこまで言うならやってやろうじゃないか。戦争だ、戦争を始めよう。
「何が気に食わないのが知らないけど、あんたいい加減にしとけよ。そっちこそ会長の側に相応しくないんじゃないのか」
「ちっ……知った風な口を聞くなよ一年が」
「知った風な口を聞いてんのはあんただろ?何が会長のお側にだ、まるで自分は相応しいとでも言いたげだな。俺の方が会長の側に相応しい。……って俺は何を言って───」
「きっ、きさま……」
まさに一触即発、女子の目がなければすでに取っ組み合いになっていてもおかしくない状況。だが、俺は男としてこの状況で引くつもりはない。
「……2人とも落ち着きなさい」
こんな状況でも取り乱すことなく、あくまで淑女としての態度を忘れない会長は流石とも言うべきか。だが、それはそれこれはこれだ。会長がなんと言おうがやめるつもりはない。
そして再び会長は口を開きこう言った。
「男の子同士の喧嘩は拳で語るものよね。いいわ、ダンジョンに入る許可を貰うから、アビリティを使ってのガチンコ勝負にしましょ」
予想の遥か彼方の斜め上、止めるどころか逆に勧めてきた。しかもアビリティの使用まで認めるとは。。。
視線を前に戻せば俺以上に驚愕を顔に浮かべる沖田の顔。会長を知る人物でもその言葉は意外だったのだろう。
ともかく、止められなかったのは幸いだ。これで堂々と戦える。
何故か満足げに頷いた会長は端末を取り出し、そのままどこかへと電話をかけ始めた。その相手はわからないが用件はわかる。ダンジョン科の生徒といえど、ライセンスを持たない人間では通常ダンジョンに入れない。そのためには各方面の許可が必要になる。
とはいえ、この会長であればその辺の根回しは朝飯前だろう。戒能グループの関係者に頼めば一発だ。
その証拠に電話で一言、"ダンジョンで模擬戦をするので今すぐ許可して頂戴"それだけで全て片付けてしまったのだから。
「さて行きましょうか」
会長の言葉にすぐ様女子の生徒会役員は立ち上がる。そして俺の横では状況についていけず、目をキョロキョロとさせている柳生。
もちろん悪いのは沖田だが、彼女には一言謝っておいたほうがいいだろう。と俺の中のほんの少しの冷静さがそう判断する。
「ごめんね柳生さん、ゴタゴタに巻き込んじゃって。あの、会長?」
「何かしら多田君?」
「柳生さんには帰ってもらったほうがいいんじゃ」
ないですかと続けようとしたところで、柳生は無用な気遣いだと首を横に振る。
「いえ、お構いなく。まだ正式ではありませんが、私も生徒会に入る身。当然私も同行させてもらいます。よろしいですか会長」
「ええ、勿論構わないわ」
真面目というかお堅いというか、まだよく知らないが柳生の性格上ここで帰るという選択肢はないらしい。
ならばこれ以上の問答も必要ない、さっさと沖田に目にもの見せてやる。
こちらに鋭い視線を向ける沖田に一瞥くれると、生徒会室を後にしダンジョンへと向かう。
学園から第一ダンジョンまでの距離は非常に近い。学園を出て10分もすれば着いてしまうほどだ。そんな短い移動時間ながら口を開くものは皆無。殺伐とした雰囲気の中で俺たちはダンジョンを目指した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
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ただし、彼が周囲から認められるようになったのは、彼が一年生の半ばを過ぎた頃からという事実を付け加えておこう。
しかしそれは、別に彼が一年生の後半から急に成績が伸びたからというわけではない、実際沖田は入学当初から非常に優秀だった。
ただ一つのある出会いが、沖田の人生を大きく変える。そしてそのきっかけは生徒会長、戒能由美子との出会い。それから沖田の全てが変わった、いや、沖田自身が望んで変わろうとし自力で変えたのだ。
沖田が今生徒会副会長を務めているのも全ては由美子への恩返しのため。
ただしそれは、本人曰く恋愛感情などというものではなく、主人に忠誠を誓う武士の崇高な魂である、と。
であればこそ、少し前に由紀子が「新入生に面白い子がいるそうよ」と言って嬉しそうに笑った後、「ダンジョンを憎む私達の同胞よ」と由紀子が続けた言葉に背筋を凍らせ。同時に絶対に近づかせてはならないと、自分と他の生徒会メンバーの2人とで固く誓ったのだ。
沖田の聞いた噂によれば、曰くその生徒は入学試験の実技試験に於いて、試験内容すら無視しひたすらに剣を振るい続けた狂犬。曰く苦境に立たされ脳裏に死がよぎる戦いにも関わらず、口元には嬉々とした笑みを浮かべ続けた異常者。
そのダンジョンを憎む狂犬が今まさに沖田の目の前を歩いている。
(この男だけは、この男だけは絶対に会長に近づかせない。そのためであれば自分は下級生相手だろうと本気で叩き潰す。会長の心を救うために、同じく心に闇を持つこの男は危険すぎる)
崇高な使命に殉ずる敬虔な教徒が如く心に火を灯す沖田は、先程会ったばかりの真司の背を鋭く睨む。
この一年生に恨みはない、だが自分の生き方を変えてくれた会長への恩を返すためならばと、沖田は一人非情な決意を心に誓うのだった。
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