かぎろひの君

蒼唯

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夏の終わり

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 玄関を出てすぐにメインイベントの内容を知らされる。
「肝試し……ですか?」
 あの予感は的中した。
「露骨に嫌そうな顔してるねぇ然くん。シンプルに良い反応♪」
 快斗先輩からお褒めの言葉を頂戴した。
「やっぱ俺ヤダっ! 帰る!」
 そんな俺たちの横では、絶叫する秀祐の腕をがっしりと掴んだ兄達が運んで行く。
「秀祐は何であんな嫌がってるんですか?」
「あー……まぁ秀は、怖がりだから」
 あまり歯切れの良くない回答が紘先輩から返ってきた。
 寮から少し歩くと、アスファルトから舗装されてない山道へと続く境目の地点に着いた。どうやらここがスタートラインのようだ。
「それではルールを説明しよう! この先を真っ直ぐ進むと、てか真っ直ぐしか進めないけど。途中で山の上に向かう石の階段があるから、それを登りきった先の藤棚に生る藤の実を採って来るのだぁ!」
 戦隊モノとかのナレーションでよく聞くあの解説を、絶妙に似てなく真似た良佑先輩の暑苦しい演説を聞き終えると同時に、拓馬が律儀に手を挙げて質問した。
「藤の実ってどんなのっスか?」
 素朴な疑問に総一郎先輩が応える。が、実物を知らない俺にとってこの例えは最早丁寧なんだか雑なんだか、判断に困るものだった。
「どデカいさやえんどうみたいなヤツだ。まぁ、行って見れば分かるだろ」
 そうこうしていると、不敵な笑みを浮かべた大輔先輩の発言を皮切りに肝試しが始まってしまう。

「トップバッターはやっぱ1年ッしょ」



 ◆❖◇◇❖◆

 指示された通り山道を真っ直ぐ進む内に、だんだんと先輩達の姿が小さくなっていき、ついには見えなっなった。
「2人は怖くないのか?」
 気持ちを切り替えたらしい秀祐から問われる。どうやら色々と諦めたようだ。
「んー俺は昔から恐怖心が薄いみたいだから。拓馬は?」
 確か薄そう、という秀祐の相槌を掻き消して拓馬が食い気味に話し始める。
「めっちゃ怖いッスよ! でもカイ先輩が楽しそうだからやるしかねぇ! って感じ」
「お前の脳内は快斗先輩のことしかねぇのか」
「もちろん!」
 秀祐の呆れ顔などものともしない二つ返事だった。

 恐るべし、カイキャプテンLover……。

 これ以上拓馬が快斗先輩への愛を語り出す前にと、秀祐が話題を変えた。
「つか然、こんな山道歩いたことないだろ?」
「そうだな。ずっと結構な街中に住んでたし、小学校で行った林間合宿もある程度人の手が加えられてる感じの山だったから、記憶にある限りでは無いのかも」
 そう答えながら辺りを見渡した。向かって右側は鬱蒼とした山が斜面を這うように生い茂り、反対の左側はまばらな草木の合間から清流が覗いている。
「だよなぁ……いかにも都会っ子な雰囲気だもんな、然は」
「俺も一応都会生まれッスけど、こんな雰囲気ない?」
 拓馬は自身と俺を交互に指差しながら秀祐に尋ねた。
「全くねぇよ! 拓馬の場合はもう他のイメージが刷り込まれ過ぎて、手に負えないから……あ、着いちまった……」
 落胆した秀祐の言葉で足を止めると、深く茂る木々を切り裂くようにして上へと伸びた長い石段に出会す。
「然、先行ってくれ」
 今まで先陣を切っていた秀祐が前を明け渡した。
「うん? まぁ良いけど。逆に後ろの方が怖くね? わぁ~! って背後から来られたら」
「大丈夫だ、最後は拓馬だから。俺は真ん中」
 謎理論で返されたが、拓馬も黙っちゃいなかった。
「えー。それひどいッスよー。でも真ん中だって、着いて来てるはずの俺がいつしか違う誰かに変わってる……っていう恐怖も有りうる」
「やめろッ、ここへ来て変な事言うな! もう良い。3人横に並んで行こう」
 反逆の拓馬による脅しが効いたようだ。けれど両脇を俺達で固めて、ちゃっかり秀祐は真ん中にいる。
 こうして布陣も定まり、意を決して1段目に足を踏み出した。

「あーもうマジ寒気してきた……」
「やっぱ秀祐も? 俺なんてだいぶ前から寒くてどうしようかと思ってたっスよ」
 数段上がると2人が自身の体を摩り出す。
「そう? 何も変わらないんだけど俺」
「おい然、それマジでおかしいって。冷気半端ないだろ」
「もしかして、此処って結構ヤバいとこ?」
 何気ない俺の問い掛けのせいで、秀祐の顔にギクリという文字がにじんだ。
「う。その話は……今、したくない」
「えー! めっちゃ気になるんスけど! てか、言わない時点で相当ヤバいとこでしょ!!!」
 珍しく的確な指摘だったが、敢えてそこは触れないでおく。
「あれ、拓馬も知らないんだ?」
 返事はキッパリしたものだった。
「うん。カイ先輩のこと以外、興味無いんで」
「拓馬。お前、それストーカーの域まで行ってんぞ」
 呑気な会話もここまでで、徐々に2人の口数が減っていく。やっぱり何ともない俺は、気晴らしになればと話を振るが彼等からは短い返答しかない。

 異変が起きたのは石段の中腹に差し掛かる所だった。
「今、何か音したっスよね?」
 拓馬の一言で足が止まる。
「妙なこと言うなよ!」
 また秀祐の発狂スイッチが入ってしまいそうだ。
「俺も聞こえた。たぶん鈴の──」
 そう言い終えるか終えないかくらいのタイミングで、石段脇の草むらがガサッと大きく動く。
「「うわぁー!!!」」
 悲鳴と同時に2人は猛スピードで石段を下って行った。
「おい! 置いてくなよっ……て、もういないし」
 サッカー部と陸上部の俊足にスポーツ未経験者の俺が着いて行けるはずもなく、あっさりと置いてけぼりをくらった。歩いて戻ろうとした瞬間、さっきの草むらから何かが飛び出す。


 ──チリン


 現れたのは、美しくも不思議な猫だった。
 木々の隙間から差し込む夕陽に照らされた毛並みは銀色に輝き、滑らかにしなる尻尾は二股に分かれている。
 その猫は数秒の間、吸い込まれてしまいそうな青い瞳で俺をじっと見つめたかと思うと踵を返してトットッと石段を登り始める。この軽快な動きにつられて、戻ろうとしていたはずの身体は勝手に猫の後を追っていた。
 すると、不思議なことに気付く。前を歩く猫が動く度、銀色の毛並みが弾んでキラキラと煌く光の粒が零れるのだ。それは、触れようとすると実体を潜めてフッと消えてしまう。
 儚い道標のようだと思った。
 そんな道標に導かれるまま足を進めていると、石段の終わりを告げるかのように建つ鳥居が見えてきた。

 猫に続いて登切り鳥居をくぐると直ぐに、藤棚と思われるものが現れる。
 太い木材を垂直に組み合わせて作られた棚状の骨組には蔓性の植物が絡まり、10から20cm程の細長い実が生っているので、間違いないだろう。
 正に大きなさやえんどうといった形をしている藤の実を目にして、宗一郎先輩は丁寧だったと判定した。
 ただの肝試しという遊びに過ぎないが、一応ルールに従い実を取って帰ろうと藤棚に近付く。だが途端に、この場所の異様さが浮き彫りとなった。絡み付く蔓の隙間から見える木材が炭のようになっていて、所々補強してある。地面には、ほとんど風化してしまってはいるが瓦礫も落ちていた。

 藤と言う植物が絡まっている骨組は、何かしらの建物の焼け跡だ。

 屋根や壁、床は完全に焼け落ち、太い柱とはりけただけが黒焦げになりながらも残されている。かつてここで、酷い火事が起きたのであろう事は容易に想像出来た。
 不気味な雰囲気に圧倒されるあまり気付くのが遅れたが、焼け焦げた藤棚の更に奥には幾重にも絡まり合い捻れた太い幹を持つ大木が鎮座していた。そこから伸びた蔓が、黒焦げになった桁を伝って全体に巻き付いている。

 まるで、悲惨な焼け跡を覆い隠そうとするかのように。

 なんとなくこの場からは早く立ち去った方が良い気がして、身近にある藤の実を取ろうと手を伸ばしたその時だった。
「これ、でいいか……」

「駄目よ」

 背後からの思いもよらぬ強い口調に一瞬肩がビクつく。
「その藤に触れては駄目」
 もう一度ゆっくりと窘めるように言われ、固まった手を下ろした。
 恐る恐る振り返ると綺麗な漆黒の髪を腰の辺りまで伸ばした女の子の姿。歳は俺よりいくつか上だろうか。夏休みだというのに制服を着ているので、部活終わりの高校生かもしれない。案内人の猫は知らない内にその子の足元で、お行儀良く前足を揃えてお座りをしている。
 絶え間なく叫び続ける蝉達の声が渦巻く中で、俺と彼女の視線が重なった瞬間、時が止まったような気がした。

「あなた……よくここまで来れたわね」
 RPGのラスボスを彷彿とさせる予想外な彼女の言葉が時の流れを元に戻す。
「え? あ、まぁ確かに石段は長かったけど、登ってこれないってほどでは──」
 勇者気質ではない俺は格好良いフレーズの一つも言えない。その上、胸元を指し示された事によって村人Cくらいの発言すら遮れた。
「きっと、それのおかげね」
 シャツの下に隠れているペンダントの存在を見抜かれ、疑義の念が口からこぼれる。
「……どうして」
「とても、強い力がある物のようね。大切に持っていた方が良いわ」
 取り出されたペンダントを一目見てその正体まで勘づいた彼女は、そういったモノが分かる人なのだと勝手に解釈した。

 第六感ってヤツかな?

「母から貰ったお守りなんだ。肌身離さず持っているようにって、母もしつこく言ってたよ。何が起きても必ず護ってくれるからって」
「……それなら、尚更にね」

「おーい! 然!」
「然くーん!」

 会話が途切れるのを見計らったように届いた、自分を呼ぶ声にハッとした。すると、同じように聞こえたらしい彼女が口を開く。
「もう、皆の所へ戻った方が良いわ」
「あ、うん。そうだね。……君はまだ、帰らないの?」
「えぇ」
 彼女の当たり前だと言いたげな反応に、少し気圧される。
「あの、さ。名前を、聞いても良いかな?」
 深く息を吐いて目を伏せた彼女は、迷っているかのような長い沈黙の後に、答えてくれた。
「……宮森ミヤモリ千咲チサよ」
 何故だか脳裏に漢字が浮かんだ。
「もしかして、千に咲くって書いて?」
「そう」
「やっぱりそうか。綺麗な名前だ」
 それまで顔色一つ変えなかった彼女が、分かりやすく複雑な表情を見せる。

「然~! 上にいるなら降りてきてくれ~!」

 また皆が呼ぶ声が聴こえてくる。
「ほら、呼んでいるわ。早く行きなさい」
 諭す様に言われ、その場を後にした。
「うん。じゃあ、また……」


「さようなら」


 一拍置いて聞こえて来た彼女の別れの台詞セリフは、酷く冷たく感じた。何人なんびとも寄せ付けないような。


 先程置いてけぼりを食らった石段の中腹辺りまで降りてくると、快斗先輩と大輔先輩、いつの間にやら合流したらしい優介さんが迎えに来てくれていた。
「うわ~然~。良かったぁ、降りて来てくれて」
「はい、まぁ声が聞こえたんで。てか、どうしたんですか? 皆、顔色悪いですよ」
「はぁ!? お前、何ともないのかよ?」
 驚愕する大輔先輩。
「何がですか? 普通ですけど」
 秀祐が言っていた通りだ、と愕然とする3人。
「凄い形相で秀祐と拓馬が戻って来て、でもあの子ら然くんを置き去りにしてるの気付いてなかったみたいでさ。慌てて全員で迎えに来てたんだけど、このメンバー以外はどんどん脱落してっちゃって。俺らも石段登り始めてすぐから寒気が半端なくて、上まで行けそうにないから呼んでたんだ」
 経緯いきさつを説明してくれる快斗先輩だが、やはり気になるワードが出て来た。
「あぁ、それ秀祐と拓馬も言ってましたけど、冷気がどうとかって。何なんです?」
「秀から聞いてねぇのか。あんの馬鹿ッ……あ、そっかだから上まで行けたんだな。実を言うとここは──」
 大輔先輩が何か言い出そうとしたものの、今度は優介さんから話を濁される。
「あ~はいはいはい。今ここでは止めようねその話。皆が途中で待ってるだろうし、完全に日が暮れてしまう前に帰ろ。な? そんで、良の部屋でゲームでもしよう。徹夜でしよう、そうしよう!」
「お~! ついでに良佑の部屋を荒らそう~!!!」
 もれなく快斗先輩がこの企画に便乗した。



 ◆❖◇◇❖◆

 寮に辿り着くなり交代でお風呂を済ます事となった。
 理由は言わずもがな、蒸し暑さが残る夏の終わりにも関わらず皆が寒がるからだ。
 結局あの場所の真相を聞く暇もないまま、優介さんと快斗先輩の宣言通り、全員が良佑先輩の部屋に集まりゲーム兼部屋荒らし大会となった。

 0時を回る頃、各自解散となり俺は自室へと戻った。
 これだけ騒ぎ散らかしたのは久しぶりで、明日からもこんな日々が続くんだと感慨深くなりながら眠りに着く。


 その朝方、奇妙な夢を見た。

 脳裏を流れていく景色は、絶えず嘆き続ける彼らがまだ地中で過ごしている季節を想像させた。
 白い背景に、枝先から紅みがかった濃い紫の美しい花を房状に長く垂れて咲かせている大木と、人影が在る。

 あれは……藤、の花? じゃあ、あの子は……

 降りそそぐように花達を散りばめた大木は、夢の中であるはずなのに甘く瑞々しい薫りで俺を包み込んだ。
 同時に、風に揺れる花と人影が一瞬にして炎の渦に飲み込まれる。

 でもその景色は、何を意味するモノなのかを考える余地も与えず、目の前をただ通り過ぎて行く。考えようとすればする程、夢は捕まることを拒んで俺から逃げて行くようだった。
 けれど、一つだけ掴めたモノがあった。
 夢見心地でも絶えず聞こえてくる蝉達の嘆きを一瞬だけ打ち消して鼓膜を震わせた、祈るような声。

「もっと、早くこうするべきだった。……でも、これで終わり。全てのえにしを断ち切るの……」


 夢から覚める間際、遠くで鈴の音がした。
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