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シュルデン家の家宝(1)
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さて、時は遡り、まだエレオノーレ国はおろか、女神エレオノーラへの信仰さえ生まれていない頃、今のエレオノーレ国よりも北に位置する集落から、ある一団が新たな土地を目指して南下していた。
国と名乗るにはまだ未熟な集落にも、支配欲を持つ者が現れ、穏やかに暮らすある一家を目の仇にして迫害を始めた。
迫害を受けた一家は集落を離れる決意をし、その一家に追随して家族を持たない数人が一緒に旅立った。
山を越え、森を抜け、辿り着いた大地は平らかで、清らかな水の流れる川もあるが、何故か太陽の光が届いていなかった。
不思議なこともあるものだと思ったが長旅に疲れていた彼らは、暫くその地に滞在してみることにした。
太陽の光に照らされていないとはいっても、日中と夜の違いはあった。
夜の闇の後、ほの明るくはなるのだ。人の顔の見分けが着くくらいには。
だが、このように暗いままでは生活するには不便だ。作物も実らないだろう。
夜と暗い昼を何度か過ごしたのち、一家は神に祈ることにした。
まだ明確な信仰もなかったが、この世に神が座すなら、祈ってみても良いだろうと。
少ない食料を捧げ、皆で祈った。
どうかこの地に太陽の光を。暖かな恵みを与え賜うと。
すると、空から光が降りてきて、その光は人に似た形になった。固唾を飲んで見つめていると、光の人形は、輝く金の長い髪を靡かせた女性の姿になった。
「私はエレオノーラ。大地に光りを齎すもの。あなた方の祈りに応えましょう。ですが、私の力はまだ弱く、ここまで充分な光を届けられません。代わりにこの鏡を預けます。この鏡で光りを受けてこの地を照らしなさい。そして私の力が強くなるまで祈りなさい。そうすればいつか、この地にも光りを届けられるでしょう。祈りなさい。驕らず謙虚な者たちよ。」
やがてエレオノーラと名乗った光の人は消え、一家の長の手には一対の丸い鏡が現れた。長は鏡を持って薄暗い空の中でも明るい方へ向け、その光を地面へと反射させた。
光は弱くても暖かく、人々は久しぶりの太陽の温もりに喜んだ。
こうして光を手に入れた一家は、エレオノーラを女神と崇め、感謝の気持ちを持ち、農作物や狩りの獲物を献げるようになる。それに従って鏡で照らす光も強くなり、何世代か続けるうちに、ついに太陽の光が彼らの大地に届くようになったのである。
その後、エレオノーラから与えられた鏡は宝物として祭壇に飾られて大切に保管され、長の末裔である、後のシュルデン家の家宝となった。
「ほう、シュルデン家にそんな言い伝えがあったとは知りませんでした。それで殿下の仰る首飾りとその家宝がどう繋がるんです?」
ヨーエルは知的好奇心を刺激されたのか食い気味で質問した。その勢いに若干引きながらもエリスはシュルデン家につたわる家宝の話を続ける。
「それは父の祖父が当主だった頃の事ですが、シュルデンで地震があり、私共の城もかなり揺れたそうです。その時に祭壇に飾られていた鏡の1枚が石の床に落ちて割れたのです。」
エリスの父が幼い頃の出来事であるが、感じた揺れの大きさの割りに被害は少なく、女神エレオノーラの加護への感謝をと祭壇に向かった祖父が見つけたらしい。
「ちょっと待ってください!神から授かったという古代の鏡でしょう?なぜ割れるんです?」
有り得ないとでも言いたそうなヨーエルの疑問にカマエルが首を傾げる。
「何が疑問なんだ?石の床に落ちれば割れるだろう?鏡というものは…。ああ、現代の鏡とは違うのか」
「そうですよ、古代の鏡といえば銅や鉄、時代が進んでも銀などの合金です。金属ですからいくら石の床に落としたからといって、よほど劣化していなければ割れたりしないでしょう?家宝というからには大切にされていたでしょうからねぇ、違いますか?」
「もちろん大切に扱われてきました。今でも祭壇に祀られていますし、定期的に手入れもしています。」
「だったらなぜ?」
割れたりしたのか?
エリスは落ち着き払って答えた。
「それは、その鏡は金属ではないからです。」
「はっ?」
ヨーエルは驚いて目を見張った。
「ガラスでできていたのか?現代のように」
カマエルも随分と驚いたようだ。
「いいえ。割れた欠片を調べたのですが、金属でもガラスでもなく、透明な鉱物と不透明な鉱物を貼り合わせてあったそうです。」
割れた鏡は板状の透明な鉱物と不透明な鉱物が貼り合わされていたが、落ちた衝撃で剥がれ透明な鉱物の方が割れたのである。
「透明な鉱物…。鏡にできるような大きな結晶のできる透明な鉱物がありましたかねぇ。」
ヨーエルは訝しげに首を捻っている。
「実物をご覧になるのが手っ取り早いと思いますよ。」
エリスは上着のポケットから首かざりを取り出して、カマエルの目の前に静かに置いた。
「ほぉ。手にとっても構いませんか?」
ヨーエルはさっそく手を出しながらカマエルに問うた。
「俺ではなく、エリス嬢に問え。」
それもそうだと視線を向けられて、エリスは静かに頷いた。
「鏡が割れたとき、幾つかの欠片に分かれました。そのうち手頃な大きさと形の物をアクセサリーにして家族で身につける様になりました。この度、私が王都にやって来るにあたり、父が持たせてくれたのがこの首飾りです。」
「この透明な部分が鏡の一部なのですか?」
「はい、そうです。」
「素の鏡はどんな大きさなんです?」
「父の掌くらいでしょうか。」
「なるほど、さほど大きな物でもないのですねぇ。」
「もう1枚のほうはどうなのだ?」
エリスとヨーエルの質疑応答にカマエルも加わってきた。
「2枚は、ほぼ同じ大きさだったと聞いています。」
「厚みは結構ありますねぇ。おや、虹色に光りを反射するようです。」
ヨーエルが首飾りを窓から差し込む日の光に当てたところ、鏡だった部分がキラキラと細かく虹色に反射した。
「昨日の光もこんな色合いだった。この光を浴びた魔物は戸惑ったように動きが鈍くなったんだ。」
カマエルが思い出しながら話す。
「ほう、何らかの魔力のようなものを感じますが、攻撃的ではありませんね。」
「ああ、攻撃どころか、なんだ? 温かみがあるな。」
カマエルはほぅと息をつくと、穏やかな笑みを浮かべた。
国と名乗るにはまだ未熟な集落にも、支配欲を持つ者が現れ、穏やかに暮らすある一家を目の仇にして迫害を始めた。
迫害を受けた一家は集落を離れる決意をし、その一家に追随して家族を持たない数人が一緒に旅立った。
山を越え、森を抜け、辿り着いた大地は平らかで、清らかな水の流れる川もあるが、何故か太陽の光が届いていなかった。
不思議なこともあるものだと思ったが長旅に疲れていた彼らは、暫くその地に滞在してみることにした。
太陽の光に照らされていないとはいっても、日中と夜の違いはあった。
夜の闇の後、ほの明るくはなるのだ。人の顔の見分けが着くくらいには。
だが、このように暗いままでは生活するには不便だ。作物も実らないだろう。
夜と暗い昼を何度か過ごしたのち、一家は神に祈ることにした。
まだ明確な信仰もなかったが、この世に神が座すなら、祈ってみても良いだろうと。
少ない食料を捧げ、皆で祈った。
どうかこの地に太陽の光を。暖かな恵みを与え賜うと。
すると、空から光が降りてきて、その光は人に似た形になった。固唾を飲んで見つめていると、光の人形は、輝く金の長い髪を靡かせた女性の姿になった。
「私はエレオノーラ。大地に光りを齎すもの。あなた方の祈りに応えましょう。ですが、私の力はまだ弱く、ここまで充分な光を届けられません。代わりにこの鏡を預けます。この鏡で光りを受けてこの地を照らしなさい。そして私の力が強くなるまで祈りなさい。そうすればいつか、この地にも光りを届けられるでしょう。祈りなさい。驕らず謙虚な者たちよ。」
やがてエレオノーラと名乗った光の人は消え、一家の長の手には一対の丸い鏡が現れた。長は鏡を持って薄暗い空の中でも明るい方へ向け、その光を地面へと反射させた。
光は弱くても暖かく、人々は久しぶりの太陽の温もりに喜んだ。
こうして光を手に入れた一家は、エレオノーラを女神と崇め、感謝の気持ちを持ち、農作物や狩りの獲物を献げるようになる。それに従って鏡で照らす光も強くなり、何世代か続けるうちに、ついに太陽の光が彼らの大地に届くようになったのである。
その後、エレオノーラから与えられた鏡は宝物として祭壇に飾られて大切に保管され、長の末裔である、後のシュルデン家の家宝となった。
「ほう、シュルデン家にそんな言い伝えがあったとは知りませんでした。それで殿下の仰る首飾りとその家宝がどう繋がるんです?」
ヨーエルは知的好奇心を刺激されたのか食い気味で質問した。その勢いに若干引きながらもエリスはシュルデン家につたわる家宝の話を続ける。
「それは父の祖父が当主だった頃の事ですが、シュルデンで地震があり、私共の城もかなり揺れたそうです。その時に祭壇に飾られていた鏡の1枚が石の床に落ちて割れたのです。」
エリスの父が幼い頃の出来事であるが、感じた揺れの大きさの割りに被害は少なく、女神エレオノーラの加護への感謝をと祭壇に向かった祖父が見つけたらしい。
「ちょっと待ってください!神から授かったという古代の鏡でしょう?なぜ割れるんです?」
有り得ないとでも言いたそうなヨーエルの疑問にカマエルが首を傾げる。
「何が疑問なんだ?石の床に落ちれば割れるだろう?鏡というものは…。ああ、現代の鏡とは違うのか」
「そうですよ、古代の鏡といえば銅や鉄、時代が進んでも銀などの合金です。金属ですからいくら石の床に落としたからといって、よほど劣化していなければ割れたりしないでしょう?家宝というからには大切にされていたでしょうからねぇ、違いますか?」
「もちろん大切に扱われてきました。今でも祭壇に祀られていますし、定期的に手入れもしています。」
「だったらなぜ?」
割れたりしたのか?
エリスは落ち着き払って答えた。
「それは、その鏡は金属ではないからです。」
「はっ?」
ヨーエルは驚いて目を見張った。
「ガラスでできていたのか?現代のように」
カマエルも随分と驚いたようだ。
「いいえ。割れた欠片を調べたのですが、金属でもガラスでもなく、透明な鉱物と不透明な鉱物を貼り合わせてあったそうです。」
割れた鏡は板状の透明な鉱物と不透明な鉱物が貼り合わされていたが、落ちた衝撃で剥がれ透明な鉱物の方が割れたのである。
「透明な鉱物…。鏡にできるような大きな結晶のできる透明な鉱物がありましたかねぇ。」
ヨーエルは訝しげに首を捻っている。
「実物をご覧になるのが手っ取り早いと思いますよ。」
エリスは上着のポケットから首かざりを取り出して、カマエルの目の前に静かに置いた。
「ほぉ。手にとっても構いませんか?」
ヨーエルはさっそく手を出しながらカマエルに問うた。
「俺ではなく、エリス嬢に問え。」
それもそうだと視線を向けられて、エリスは静かに頷いた。
「鏡が割れたとき、幾つかの欠片に分かれました。そのうち手頃な大きさと形の物をアクセサリーにして家族で身につける様になりました。この度、私が王都にやって来るにあたり、父が持たせてくれたのがこの首飾りです。」
「この透明な部分が鏡の一部なのですか?」
「はい、そうです。」
「素の鏡はどんな大きさなんです?」
「父の掌くらいでしょうか。」
「なるほど、さほど大きな物でもないのですねぇ。」
「もう1枚のほうはどうなのだ?」
エリスとヨーエルの質疑応答にカマエルも加わってきた。
「2枚は、ほぼ同じ大きさだったと聞いています。」
「厚みは結構ありますねぇ。おや、虹色に光りを反射するようです。」
ヨーエルが首飾りを窓から差し込む日の光に当てたところ、鏡だった部分がキラキラと細かく虹色に反射した。
「昨日の光もこんな色合いだった。この光を浴びた魔物は戸惑ったように動きが鈍くなったんだ。」
カマエルが思い出しながら話す。
「ほう、何らかの魔力のようなものを感じますが、攻撃的ではありませんね。」
「ああ、攻撃どころか、なんだ? 温かみがあるな。」
カマエルはほぅと息をつくと、穏やかな笑みを浮かべた。
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