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願えば叶う (1)②
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カマエルが遠ざかって行く方向を眺めていると
「エリス様、こちらにおいででしたか。」
聞き覚えのある声がした。
エリスが振り向くと王都にあるシュルデン伯爵家の分館の家宰が恭しくお辞儀をした。
「ああ、遅くなってしまったわね。心配を掛けたかしら?」
旅装では男の姿のエリスも、良く知る人物である家宰の前では妙齢の女性に戻る。
「はい。予想された時刻を過ぎても御到着がございませんでしたので。それに近郊で魔物が出たと知らせがありまして。」
普段、顔色一つ変えない家宰が心配したと言っても、言葉どおりに受け取る気になれないエリスであった。
「そうね。おかげでカマエル様にお会いできたわ。」
家宰の無表情な顔が一瞬だけ乱れた。
「まさか、巻き込まれたのですか?」
「そう、自分からね。カマエル様の部隊のお手伝いをする機会を得たわ。」
嬉しそうなエリスとは裏腹に家宰はため息をついた。
「王都守護部隊に入隊を希望していらっしゃるというのは、……、いえ、これ以上は路上で伺うことではありません。ひとまず館へお入り下さい。」
「わかったわ。」
促されるまま、シュルデン家の紋章も誇らしげな馬車に乗り込む。家宰はエリスの着席を確認して御者の隣に乗る。
「出して」
エリスの指示を受け、「畏まりました」と家宰の一言をきっかけに馬車はシュルデン伯爵家の分館へと向かった。
館に入ったエリスが旅装を解いて一息つくと、家宰が部屋にやってきた。
「エリス様、明日のご予定はいかがでしょうか?」
「明日は王城へ。カマエル様にお会いして守護部隊への入隊を正式にお願いするわ。今日の感触では認めていただけそうよ。」
エリスが上機嫌で告げると
「エリス様、私どもは大切な姫様を魔物討伐などに送り出したくありません。それに守護部隊は男性ばかりです。お父上も兄上様がたも反対なさったのではありませんか?」
相変わらず冷たいほどに静かな物言いではあるが、やや語気を強めて家宰が言い募る。
「私は平気よ。私には剣と弓がある。それに鏡の欠片も。カマエル様の部下の方たちも貴族らしく誇り高い方たちだわ。」
「高貴な女性の前では紳士的に振舞っても、男性ばかりの場となれば本性を現しましょう。その時、王子がエリス様を護って下さるとは限らないのですよ!」
「心配してくれるのね、ありがとう。でも、私はカマエル様のお側でお役に立ちたいの。」
「おお、奥方様がこの場におられたらなんと仰ったことでしょう!」
エリスが12歳の時に亡くなった母のことまで持ち出されても、志を曲げる様なエリスではない。
「お母様のことだもの、気がすむまでおやりなさいと言って下さるわよ、きっと」
気丈で朗らかだった母はいつもエリスの味方だった。剣術や弓の鍛錬も乗馬も何ひとつ反対せずにやらせてくれた。エリスは母譲りの美しい銀髪を揺らして微笑んだ。
「それよりも、お前、家宝の鏡のことで知っていることがあったら教えて? 私の知らない事があるかもしれないの」
気持ちを切り替えたのかいつもの無表情に戻った家宰は「畏まりまして」と言い残し、図書室へ資料を取りに行った。
家宰が取り出してきたのはシュルデン伯爵家の歴史を表したもので、シュルデン家の血筋の者以外は閲覧を許されてはいない。唯一、代々シュルデン家に付き従ってきた家宰が滞りなく勤めを果たす為に知ることができる範囲が記されている。
エリスと家宰はじっくりと確認したが2人が知っている以上の事は何も見つけられなかった。
「エリス様、鏡の欠片に一体何があったのですか?」
「そうね、まだお前にも話す事はできないわ。お父さまがご存知かどうか伺ってみる必要がありそうね。お手紙を書くわ。明日、お願いできるかしら?」
「畏まりまして。しかしエリス様。今夜はもう遅うございます。明日登城なされるのでしたら、早めにお休みください。」
資料を片付けながら家宰が促す。
「そうね、長くならないようにするわ。ありがとう。おやすみ。」
「おやすみなさいませ。」
部屋を出て行く家宰の背を見送って、エリスは引き出しから便箋を取り出すと、故郷の父へと手紙を書き始めた。
無事に王都へ到着したこと、さっそくカマエル王子の魔物討伐に助太刀したこと、その時に起きた不思議な出来事などなるべく簡潔に認めて封をする。
エリスは、明日もカマエル様に会えるのねと、期待に胸を膨らませてベッドに横たわった。
「エリス様、こちらにおいででしたか。」
聞き覚えのある声がした。
エリスが振り向くと王都にあるシュルデン伯爵家の分館の家宰が恭しくお辞儀をした。
「ああ、遅くなってしまったわね。心配を掛けたかしら?」
旅装では男の姿のエリスも、良く知る人物である家宰の前では妙齢の女性に戻る。
「はい。予想された時刻を過ぎても御到着がございませんでしたので。それに近郊で魔物が出たと知らせがありまして。」
普段、顔色一つ変えない家宰が心配したと言っても、言葉どおりに受け取る気になれないエリスであった。
「そうね。おかげでカマエル様にお会いできたわ。」
家宰の無表情な顔が一瞬だけ乱れた。
「まさか、巻き込まれたのですか?」
「そう、自分からね。カマエル様の部隊のお手伝いをする機会を得たわ。」
嬉しそうなエリスとは裏腹に家宰はため息をついた。
「王都守護部隊に入隊を希望していらっしゃるというのは、……、いえ、これ以上は路上で伺うことではありません。ひとまず館へお入り下さい。」
「わかったわ。」
促されるまま、シュルデン家の紋章も誇らしげな馬車に乗り込む。家宰はエリスの着席を確認して御者の隣に乗る。
「出して」
エリスの指示を受け、「畏まりました」と家宰の一言をきっかけに馬車はシュルデン伯爵家の分館へと向かった。
館に入ったエリスが旅装を解いて一息つくと、家宰が部屋にやってきた。
「エリス様、明日のご予定はいかがでしょうか?」
「明日は王城へ。カマエル様にお会いして守護部隊への入隊を正式にお願いするわ。今日の感触では認めていただけそうよ。」
エリスが上機嫌で告げると
「エリス様、私どもは大切な姫様を魔物討伐などに送り出したくありません。それに守護部隊は男性ばかりです。お父上も兄上様がたも反対なさったのではありませんか?」
相変わらず冷たいほどに静かな物言いではあるが、やや語気を強めて家宰が言い募る。
「私は平気よ。私には剣と弓がある。それに鏡の欠片も。カマエル様の部下の方たちも貴族らしく誇り高い方たちだわ。」
「高貴な女性の前では紳士的に振舞っても、男性ばかりの場となれば本性を現しましょう。その時、王子がエリス様を護って下さるとは限らないのですよ!」
「心配してくれるのね、ありがとう。でも、私はカマエル様のお側でお役に立ちたいの。」
「おお、奥方様がこの場におられたらなんと仰ったことでしょう!」
エリスが12歳の時に亡くなった母のことまで持ち出されても、志を曲げる様なエリスではない。
「お母様のことだもの、気がすむまでおやりなさいと言って下さるわよ、きっと」
気丈で朗らかだった母はいつもエリスの味方だった。剣術や弓の鍛錬も乗馬も何ひとつ反対せずにやらせてくれた。エリスは母譲りの美しい銀髪を揺らして微笑んだ。
「それよりも、お前、家宝の鏡のことで知っていることがあったら教えて? 私の知らない事があるかもしれないの」
気持ちを切り替えたのかいつもの無表情に戻った家宰は「畏まりまして」と言い残し、図書室へ資料を取りに行った。
家宰が取り出してきたのはシュルデン伯爵家の歴史を表したもので、シュルデン家の血筋の者以外は閲覧を許されてはいない。唯一、代々シュルデン家に付き従ってきた家宰が滞りなく勤めを果たす為に知ることができる範囲が記されている。
エリスと家宰はじっくりと確認したが2人が知っている以上の事は何も見つけられなかった。
「エリス様、鏡の欠片に一体何があったのですか?」
「そうね、まだお前にも話す事はできないわ。お父さまがご存知かどうか伺ってみる必要がありそうね。お手紙を書くわ。明日、お願いできるかしら?」
「畏まりまして。しかしエリス様。今夜はもう遅うございます。明日登城なされるのでしたら、早めにお休みください。」
資料を片付けながら家宰が促す。
「そうね、長くならないようにするわ。ありがとう。おやすみ。」
「おやすみなさいませ。」
部屋を出て行く家宰の背を見送って、エリスは引き出しから便箋を取り出すと、故郷の父へと手紙を書き始めた。
無事に王都へ到着したこと、さっそくカマエル王子の魔物討伐に助太刀したこと、その時に起きた不思議な出来事などなるべく簡潔に認めて封をする。
エリスは、明日もカマエル様に会えるのねと、期待に胸を膨らませてベッドに横たわった。
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