27 / 54
邂逅
邂逅(前編)
しおりを挟む
(う~~ん――空気が美味しい!)
少し歩いた所で、翼は大きく深呼吸した。
(牧場って、あんまり来た事無いけど――良いなぁ♪)
翼が、こうして牧場を訪れたのは、競馬学校の実習以来だった。
翼は観光用地に向け、牧場の施設を遠目に見ながら歩いている。
(やっぱり――北海道って、生えている樹まで本州とは全然違う)
道端の樹の幹に触れ、翼は自然の偉大さを改めて知った。
「――ウくん、ゆっくり……」
(――あっ、観光客の人だ。
帽子が無くても、大丈夫だとは思うけどなぁ?)
前を歩いている、二人の観光客らしき人影に気付き、翼は少しだけ不満気に、帽子をさらに深く被る。
そして、追い抜かないように、意識的に歩くスピードを落とした。
「――ぇ、ユウくん、クロダテンユウは、いつもどの辺に居たの?」
「向ってるのとは、逆方向だよ。
コッチは――あんまり来た事無いな」
(――カップル、かなぁ?
デート中に、テンくんのハナシだなんて――なかなか良いシュミだわ!)
……何が、良いシュミなのかは解からないが、カップルらしき男女の観光客が、クロテンの事を話しているのを見て、翼は喜んでいる。
よく見れば、男性の方は杖を突いている――怪我でもしているのだろうか?
(でも――今のハナシだと、彼氏さんはテンくんをココで観た事ある人?)
翼は、その不思議な会話が気になり、下品ではあるが聞き耳を立ててみる事にした。
「そういえば――手紙、再開したの?」
(――えっ?)
「いや――やっぱ、字は無理だ。
退院からも、頑張ってはみたが……」
「――パソコンで打つのは?
発症したのは1月――6ヶ月は過ぎても、効果はゼロじゃないから、続けた方が良いよ?」
「ウチのパソコン――プリンター無いのよ、ネットブックだからさ」
(――?!)
翼も、あの人からの手紙が、1月を境に途絶えた事は、翔平から聞いていた……!
「それに――俺みたいな、疫病神からのファンレターじゃ、届いたら怪我が長引くぜ」
「もうっ!、まだそんな事を――」
(――っ!!!)
翼は、ファンレターという単語を聞き、ゴクリと大きい唾を飲んで――
「あのっ!、すいません!」
――意を決して、そのカップル?に声を掛けた。
「はい?」
「あのぉ――間違っていたらすいません。
もしかして――クロダテンユウに、デビュー前からファンレターを送ってくださっていた方……では?」
「えっ?!」
杖を突いた男性は、恥ずかしそうに赤面した。
「――ユウくんっ!、きっと関係者だよ!
あのキャップも、きっとクロダのKだしっ!」
女性の方も、突然の出来事に興奮し、丸聞こえのボリュームで男性に耳打ちをする。
「そうなんですよ~!
クロダテンユウが、まだ幼駒の頃に、縁が有ったらしくて」
さらに女性は、男性とクロテンのエピソードを語り出した。
「ファンレターまで送ったりしてたんですけど――脳の病気を患ってしまって、春ごろまで入院してたんですよ~」
それを聞いた翼は、フルフルと身体を震わせた。
翼は、女性の話を聞いて、頭の中のパズルのピースは全て繋がったっ!
――ガバッ!
――と、翼は男性の右手を強く握った。
「へっ?!」
その時、翼が被っている帽子は、頭上からはらりと地面に落ちた。
「えっ――?!、麻生……騎手!?」
――目の前に現れた、テレビや新聞で見覚えがある、小柄な可愛らしい美少女の顔を見て、女性はあんぐりと口を開けた。
翼は男性の手を握る力を強め、その彼女の手はまだフルフルと震えている。
「お願いしますっ!、一緒に――一緒に、来て頂けませんか?」
「えっ?!」
「テンくんの――クロダテンユウの所へ!」
緑の絨毯が敷き詰められたかの様な牧草地を横目に、石原の車は山道を登る。
山道、とは言っても、この牧場内の道路はキレイに舗装された、成実市の市道の一部だ。
その道路を挟む形で、牧草地を造成したのがクロダ牧場――いや、白畑F成実分場の造りである。
ブロロロロロッ――
対向車線を、大きなトラックが駆け抜けて行く。
だが、その形は馬運車とはまるで違う。
「石原さん、今のは?」
――と、翔平は競走馬とは関係なさそうな車の通過について、いぶかしげに石原に尋ねた。
翔平が輸送に同行した時は、牧場の入り口でクロテンと別れたので、こうして敷地の奥に踏み入れるのは初めてである。
「ああ、この山の上には、養鶏場があってね。
そこには、食肉処理施設も併設されてるから、その関係でああいう車も通るんだよ」
「――肌馬(※繁殖牝馬の事)や幼駒に、悪影響じゃないんですか?、騒音とか」
「あれに脅える様な馬じゃ、競馬場に連れて行けないだろう?
逆に――こういう環境に居るからこそ、精神面が図太い――そう言われたモノだよ、クロダの馬はね」
「そういうモノですか」
坂が急になってきて、石原は少しだけアクセルを踏み込む。
「おっ、見えてきたね。
キレイな尾花栗毛が!」
「あっ――!」
窓の外にアイツの姿を目視した翔平は、パワーウィンドウのスイッチを押して窓を開けた。
「――お~い!、クロテ~ンっ!、来たぞぉ~っ!」
牧草地の柵の近くに車を停めた、翔平たちの姿に気付き、クロテンは柵越しにまで近寄って来た。
「おいおい、喜んでくれるのは嬉しいが、無理しちゃダメだろ?」
翔平は車から降り、伸ばしてきたクロテンの首を掴まえて、たてがみを撫でてやる。
「クロダテンユウ~!、どうしたんだ――って!?、君!、一体何を!?」
成実分場でクロテンを任されている大田が、悪戯か何かと思い、翔平を叱責した。
「あっ!、すいません――」
翔平は、我に返ったかの様に手を離す。
「ああ――大田さん、先に来てて申し訳ない。
お呼びしてからと思ったんだが、テンユウに気付かれちゃってね」
「――っと!、石原オーナー?!
――という事は、彼が?」
石原に気付いた大田は足を止め、クロテンがじゃれついている青年の顔を凝視した。
「ええ、彼が、連れて行くと言っていた、海野厩舎でのテンユウの担当さんですよ」
「そうですか――あっ、あのぉ……麻生騎手、は?」
大田は、魂胆が見え見えな表情で、姿が見えない翼の事を尋ねた。
「彼女は、アカツキを観てみたいと、先に観光用に行きましたよ」
「えっ!、そうなんですか……」
大田は、実に残念そうに肩を落とした。
「あの――クロテンの怪我の具合は?」
落ち込んでいる大田に、翔平は間髪入れずに真剣な表情で尋ねた。
「あっ!、そうだよね――うっ!、ううん!」
大田は、咳払いを一つして、二人を見回し――
「かなり良いですよ。
来週辺りに、もう一度レントゲンを撮ってみて――その状態次第で、運動を再開する方針でいます」
「!、本当ですか?!」
翔平は瞳を輝かせ、嬉しそうに拳を握った。
「――私たちも、驚いていますよ。
あの重症で、ここまで動ける様になるだけでも凄い――しかも、それをこの短期間でというのは。
こう言ってはなんですが、私たちとしても、彼に関わった事は、良い経験になりますね」
「では、復帰のメドも――?」
翔平は身を乗り出して、大田に詰め寄る。
「そっ、それは――」
大田は、口を濁して後退りする…
「翔平くん――気持ちは解るが、一辺に尋ねては失礼だよ」
――と、石原は翔平を諌めた。
「あっ――すいません」
翔平は一歩引いて、大田の言葉を待つ…
「――そればっかりは、運動を再開して、調教まで持っていけるか?、レースに出せるか?、それらを一つ一つ、慎重に、手順を踏まなければね。
それに、その後は――能力の減退が、どの程度かも判断しなければ」
「そう――ですよね。
出しゃばってすいません」
翔平は、石原と大田に向けて頭を下げた。
「いやはや――石原オーナーから聞いた通りだね~っ!
『担当さんは、馬主以上に彼を愛しているんだよ』
――と、おっしゃっていたからね」
大田は笑みを浮かべながら、翔平の肩を叩いた。
「いっ、石原さ~ん……そんなコトまで?」
「はっはっはっ!」
大田と石原がそう言って笑い合い、翔平をからかった――その時!
ブゥ~ン――、ブゥ~ン――
――と、翔平の携帯のバイブレーションが動いた。
「あっ!、ちょっとすいません――」
着信音に、馬が脅えてはいけないので、常に鳴らないようにするのが、馬に関わる者たちにとっては、文字どおりの"マナー"である。
翔平が慌てて、携帯をポケットから出すと、そこに表示されている名前は――
「――翼?」
「えっ!?」
――翔平のつぶやきに、鋭敏に反応したのは大田である……それも、先ほどの翔平並に瞳を輝かせて。
「――どうしたぁ~?」
翔平は、ぶっきら棒に電話に出た。
『――セッ!、センパイ!』
翼は、慌てた口調で話している。
「――?、なんだぁ?」
翔平は、やたらと興奮している様子な翼の声に違和感を感じた。
『もっ!、もう――テンくんのトコ!、着きました?』
「ああ、着いてるよ。
――さては、その焦った口調……道でも迷ったかぁ?」
『――ちっ!、違います!、それどころじゃないです!』
翼の尋常ではない応対に、翔平は顔色を変えた。
「――!?、おい……翼っ!、まさか、怪我でもしたか?!、何があった?!」
『それも違います!、――見つけたんですっ!!!』
「……?、見つけた?」
『――あの人です!、あの人っ!、手紙のあの人が、居たんです!!!』
翼の言葉に、翔平は一瞬驚きを見せたが、翼の解りづらい説明でイマイチ状況を把握出来ない。
「へっ?!、お前――何を言って?」
『あ~~~っ!!、センパイ!、とにかくっ!、石原さんと替わってください!!!!!』
翼は、上手く言葉にならない自分と、理解してくれない翔平の応対に苛立ち、電話を石原と替わるように要求した。
「――石原さん、翼が替わって欲しいとぉ……」
「えっ――私に?」
翔平は、携帯を石原に渡した。
「もしもし――はい、はい……うん、解りました。
ちょっと、待っていなさい――」
携帯を手渡した後も、翔平は呆然としたまま、翼が言った言葉を頭の中で巡らす。
(……あの人を見つけたって、どういうコトだ?!)
少し歩いた所で、翼は大きく深呼吸した。
(牧場って、あんまり来た事無いけど――良いなぁ♪)
翼が、こうして牧場を訪れたのは、競馬学校の実習以来だった。
翼は観光用地に向け、牧場の施設を遠目に見ながら歩いている。
(やっぱり――北海道って、生えている樹まで本州とは全然違う)
道端の樹の幹に触れ、翼は自然の偉大さを改めて知った。
「――ウくん、ゆっくり……」
(――あっ、観光客の人だ。
帽子が無くても、大丈夫だとは思うけどなぁ?)
前を歩いている、二人の観光客らしき人影に気付き、翼は少しだけ不満気に、帽子をさらに深く被る。
そして、追い抜かないように、意識的に歩くスピードを落とした。
「――ぇ、ユウくん、クロダテンユウは、いつもどの辺に居たの?」
「向ってるのとは、逆方向だよ。
コッチは――あんまり来た事無いな」
(――カップル、かなぁ?
デート中に、テンくんのハナシだなんて――なかなか良いシュミだわ!)
……何が、良いシュミなのかは解からないが、カップルらしき男女の観光客が、クロテンの事を話しているのを見て、翼は喜んでいる。
よく見れば、男性の方は杖を突いている――怪我でもしているのだろうか?
(でも――今のハナシだと、彼氏さんはテンくんをココで観た事ある人?)
翼は、その不思議な会話が気になり、下品ではあるが聞き耳を立ててみる事にした。
「そういえば――手紙、再開したの?」
(――えっ?)
「いや――やっぱ、字は無理だ。
退院からも、頑張ってはみたが……」
「――パソコンで打つのは?
発症したのは1月――6ヶ月は過ぎても、効果はゼロじゃないから、続けた方が良いよ?」
「ウチのパソコン――プリンター無いのよ、ネットブックだからさ」
(――?!)
翼も、あの人からの手紙が、1月を境に途絶えた事は、翔平から聞いていた……!
「それに――俺みたいな、疫病神からのファンレターじゃ、届いたら怪我が長引くぜ」
「もうっ!、まだそんな事を――」
(――っ!!!)
翼は、ファンレターという単語を聞き、ゴクリと大きい唾を飲んで――
「あのっ!、すいません!」
――意を決して、そのカップル?に声を掛けた。
「はい?」
「あのぉ――間違っていたらすいません。
もしかして――クロダテンユウに、デビュー前からファンレターを送ってくださっていた方……では?」
「えっ?!」
杖を突いた男性は、恥ずかしそうに赤面した。
「――ユウくんっ!、きっと関係者だよ!
あのキャップも、きっとクロダのKだしっ!」
女性の方も、突然の出来事に興奮し、丸聞こえのボリュームで男性に耳打ちをする。
「そうなんですよ~!
クロダテンユウが、まだ幼駒の頃に、縁が有ったらしくて」
さらに女性は、男性とクロテンのエピソードを語り出した。
「ファンレターまで送ったりしてたんですけど――脳の病気を患ってしまって、春ごろまで入院してたんですよ~」
それを聞いた翼は、フルフルと身体を震わせた。
翼は、女性の話を聞いて、頭の中のパズルのピースは全て繋がったっ!
――ガバッ!
――と、翼は男性の右手を強く握った。
「へっ?!」
その時、翼が被っている帽子は、頭上からはらりと地面に落ちた。
「えっ――?!、麻生……騎手!?」
――目の前に現れた、テレビや新聞で見覚えがある、小柄な可愛らしい美少女の顔を見て、女性はあんぐりと口を開けた。
翼は男性の手を握る力を強め、その彼女の手はまだフルフルと震えている。
「お願いしますっ!、一緒に――一緒に、来て頂けませんか?」
「えっ?!」
「テンくんの――クロダテンユウの所へ!」
緑の絨毯が敷き詰められたかの様な牧草地を横目に、石原の車は山道を登る。
山道、とは言っても、この牧場内の道路はキレイに舗装された、成実市の市道の一部だ。
その道路を挟む形で、牧草地を造成したのがクロダ牧場――いや、白畑F成実分場の造りである。
ブロロロロロッ――
対向車線を、大きなトラックが駆け抜けて行く。
だが、その形は馬運車とはまるで違う。
「石原さん、今のは?」
――と、翔平は競走馬とは関係なさそうな車の通過について、いぶかしげに石原に尋ねた。
翔平が輸送に同行した時は、牧場の入り口でクロテンと別れたので、こうして敷地の奥に踏み入れるのは初めてである。
「ああ、この山の上には、養鶏場があってね。
そこには、食肉処理施設も併設されてるから、その関係でああいう車も通るんだよ」
「――肌馬(※繁殖牝馬の事)や幼駒に、悪影響じゃないんですか?、騒音とか」
「あれに脅える様な馬じゃ、競馬場に連れて行けないだろう?
逆に――こういう環境に居るからこそ、精神面が図太い――そう言われたモノだよ、クロダの馬はね」
「そういうモノですか」
坂が急になってきて、石原は少しだけアクセルを踏み込む。
「おっ、見えてきたね。
キレイな尾花栗毛が!」
「あっ――!」
窓の外にアイツの姿を目視した翔平は、パワーウィンドウのスイッチを押して窓を開けた。
「――お~い!、クロテ~ンっ!、来たぞぉ~っ!」
牧草地の柵の近くに車を停めた、翔平たちの姿に気付き、クロテンは柵越しにまで近寄って来た。
「おいおい、喜んでくれるのは嬉しいが、無理しちゃダメだろ?」
翔平は車から降り、伸ばしてきたクロテンの首を掴まえて、たてがみを撫でてやる。
「クロダテンユウ~!、どうしたんだ――って!?、君!、一体何を!?」
成実分場でクロテンを任されている大田が、悪戯か何かと思い、翔平を叱責した。
「あっ!、すいません――」
翔平は、我に返ったかの様に手を離す。
「ああ――大田さん、先に来てて申し訳ない。
お呼びしてからと思ったんだが、テンユウに気付かれちゃってね」
「――っと!、石原オーナー?!
――という事は、彼が?」
石原に気付いた大田は足を止め、クロテンがじゃれついている青年の顔を凝視した。
「ええ、彼が、連れて行くと言っていた、海野厩舎でのテンユウの担当さんですよ」
「そうですか――あっ、あのぉ……麻生騎手、は?」
大田は、魂胆が見え見えな表情で、姿が見えない翼の事を尋ねた。
「彼女は、アカツキを観てみたいと、先に観光用に行きましたよ」
「えっ!、そうなんですか……」
大田は、実に残念そうに肩を落とした。
「あの――クロテンの怪我の具合は?」
落ち込んでいる大田に、翔平は間髪入れずに真剣な表情で尋ねた。
「あっ!、そうだよね――うっ!、ううん!」
大田は、咳払いを一つして、二人を見回し――
「かなり良いですよ。
来週辺りに、もう一度レントゲンを撮ってみて――その状態次第で、運動を再開する方針でいます」
「!、本当ですか?!」
翔平は瞳を輝かせ、嬉しそうに拳を握った。
「――私たちも、驚いていますよ。
あの重症で、ここまで動ける様になるだけでも凄い――しかも、それをこの短期間でというのは。
こう言ってはなんですが、私たちとしても、彼に関わった事は、良い経験になりますね」
「では、復帰のメドも――?」
翔平は身を乗り出して、大田に詰め寄る。
「そっ、それは――」
大田は、口を濁して後退りする…
「翔平くん――気持ちは解るが、一辺に尋ねては失礼だよ」
――と、石原は翔平を諌めた。
「あっ――すいません」
翔平は一歩引いて、大田の言葉を待つ…
「――そればっかりは、運動を再開して、調教まで持っていけるか?、レースに出せるか?、それらを一つ一つ、慎重に、手順を踏まなければね。
それに、その後は――能力の減退が、どの程度かも判断しなければ」
「そう――ですよね。
出しゃばってすいません」
翔平は、石原と大田に向けて頭を下げた。
「いやはや――石原オーナーから聞いた通りだね~っ!
『担当さんは、馬主以上に彼を愛しているんだよ』
――と、おっしゃっていたからね」
大田は笑みを浮かべながら、翔平の肩を叩いた。
「いっ、石原さ~ん……そんなコトまで?」
「はっはっはっ!」
大田と石原がそう言って笑い合い、翔平をからかった――その時!
ブゥ~ン――、ブゥ~ン――
――と、翔平の携帯のバイブレーションが動いた。
「あっ!、ちょっとすいません――」
着信音に、馬が脅えてはいけないので、常に鳴らないようにするのが、馬に関わる者たちにとっては、文字どおりの"マナー"である。
翔平が慌てて、携帯をポケットから出すと、そこに表示されている名前は――
「――翼?」
「えっ!?」
――翔平のつぶやきに、鋭敏に反応したのは大田である……それも、先ほどの翔平並に瞳を輝かせて。
「――どうしたぁ~?」
翔平は、ぶっきら棒に電話に出た。
『――セッ!、センパイ!』
翼は、慌てた口調で話している。
「――?、なんだぁ?」
翔平は、やたらと興奮している様子な翼の声に違和感を感じた。
『もっ!、もう――テンくんのトコ!、着きました?』
「ああ、着いてるよ。
――さては、その焦った口調……道でも迷ったかぁ?」
『――ちっ!、違います!、それどころじゃないです!』
翼の尋常ではない応対に、翔平は顔色を変えた。
「――!?、おい……翼っ!、まさか、怪我でもしたか?!、何があった?!」
『それも違います!、――見つけたんですっ!!!』
「……?、見つけた?」
『――あの人です!、あの人っ!、手紙のあの人が、居たんです!!!』
翼の言葉に、翔平は一瞬驚きを見せたが、翼の解りづらい説明でイマイチ状況を把握出来ない。
「へっ?!、お前――何を言って?」
『あ~~~っ!!、センパイ!、とにかくっ!、石原さんと替わってください!!!!!』
翼は、上手く言葉にならない自分と、理解してくれない翔平の応対に苛立ち、電話を石原と替わるように要求した。
「――石原さん、翼が替わって欲しいとぉ……」
「えっ――私に?」
翔平は、携帯を石原に渡した。
「もしもし――はい、はい……うん、解りました。
ちょっと、待っていなさい――」
携帯を手渡した後も、翔平は呆然としたまま、翼が言った言葉を頭の中で巡らす。
(……あの人を見つけたって、どういうコトだ?!)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
されど服飾師の夢を見る
雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました!
――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも――
高校二年生の啓介には密かな夢があった。
「服飾デザイナーになりたい」
しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。
それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。
ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。
そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。
それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う――――
正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。
才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。

音が光に変わるとき
しまおか
大衆娯楽
黒人顔の少年、巧が入部したサッカークラブに、ある日年上の天才サッカー少女の千夏が加入。巧は千夏の練習に付き合う。順調にサッカー人生を歩んでいた千夏だったが突然の不幸により、巧と疎遠になる。その後互いに様々な経験をした二人は再会。やがて二人はサッカーとは違う別のスポーツと出会ったことで、新たな未来を目指す。しかしそこに待っていたのは……
何ノ為の王達ヴェアリアス
三ツ三
ファンタジー
太古の昔。
生命の主である神という一つの存在が人や動物、火や水、風や木々等が、多くの生命が共に暮らしていた世界。
生きるモノ全てが神を敬い、神もまたそんなモノ達を愛していた。『楽園』そう呼ばれていた世界がそこにはあった。
けれど神は、突如としてその姿を消した。
禁断の果実、知恵の実。多くの名と由来を持つその果物を人が食らってしまったからである。
人以外の生命は口を揃えて言う「神を怒らせた」だから神は我々の前から消えてしまったのだと。
楽園と呼ばれたその世界は次第にその名を地に落とし、世界が元は楽園だった事すらも忘れる程に朽ち果て、変わり果てていった。
人は、悲しみと共に罪を生んでしまった。他から蔑まれ、異端モノ烙印を刻まれてしまい生命の輪から外れてしまったのだった。
だが、たった一つの種族だけ、人に寄り添った。
それは「蛇」だった。
神を激昂させた真の原因。楽園を破滅へと導いた張本人であった。
どの生命からも後ろ指を指される世界で、蛇はその姿を変え、名前も『竜』と呼ばれるモノへと変え再び人へと近付いた。
それは、再び人を陥れようとする目論見があるからか、それとも・・・。

北白川先生(♀ 独身)に召喚されました
よん
青春
小田原の県立高校に勤務する国語教諭――北白川。彼女はある目的を果たすために、自分が受け持つ五人の生徒を毎晩二時に召喚するようになった。一日一度のことわざ、そこに込められた思いとは……。
『イルカノスミカ』『フラれる前提で私にコクる鈴木くん』のスピンオフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる