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邂逅
全休日
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「いかめし♪、かにめし♪、どっちにしようかな~♪」
翼は、二つの駅弁のパッケージと睨めっこしていた。
「センパイは、いかめしとかにめし、どっちにします?」
「お前が先に選べよ、俺は残った方で良いから」
翔平は、めんどくさそうに手を振り、その可愛らしい顔を近づけて来る、翼を煙たがる。
今、二人が居るのは、函館から札幌に向う特急列車の中である。
――さて、まずは、彼らがなぜ、北海道に来ているかを説明しなければいけないだろう。
翔平と翼は今、函館に滞在している。
これは決して、二人っきりの旅行などではない――もちろん仕事のため、である。
6月末から始まる、JRAの函館開催――そちらに、海野厩舎の馬たちも参戦している。
だが、さすがに北海道ほど遠い所ともなれば、トレセンから当日輸送で参戦する事は難しい――いや、無理である。
そのため、馬も人も、競馬場に滞在しなければならないのだ。
その海野厩舎北海道班に指名されたのが、佐山と翔平、そして、翼の3人。
馬は、翼のお手馬、オーバーレジェンドと、翔平が代理担当をした経緯を持つクロダスイメイ、その他に、もう一頭を加えた3頭が送り込まれた。
そのもう一頭というのは、例の海野厩舎初のクラブ馬――『ゴールドウルヴ』と名づけられた2歳馬である。
ゴールドウルヴは現在、担当馬0の翔平に任される事になり、今回の函館――もしくは、札幌でのデビューに向けて調教に励んでいた。
「そんな素っ気無い態度なら、両方食べちゃいますよぉ?」
「別に良いぜ、食い過ぎて、減量に引っ掛かっても良いならな~?」
――では、今度はなぜ、二人が特急列車に乗っているか?
ご存知の通り、競馬は通常、土日の開催である――なので、競馬業界の休日は、土日ではない。
競馬界で『全休日』と称されるのが月曜日――つまり、二人は休日を利用してココに居る。
――で、列車に乗っている理由というのは、二人の函館滞在が決まった後、石原から――
「北海道に居る内に、テンユウに会いに来ないかい?」
――と、クロテンと深い繋がりがある、二人が誘われたのだ。
翼は生まれて初めての北海道という事もあり――
「ぜひ!!!!!」
――と、二つ返事で行く事を決めたが、翔平は3頭の世話を考えると、少し難色を示したが、北海道班の責任者である佐山が――
「俺に任せろ。
馬主さんのお誘いを断るのもアレだし――白畑の様子を観てくるのは、お前たちの勉強にもなるからな」
――と、送り出してくれたのである。
しかし、二人は車の免許も無いので、鉄路を使って成実市に向っているのだ。
「センパイ――早く食べないと、成実駅に着いちゃいますよぉ~?、早く食べてください」
業を煮やした翼は、いかめしに刺さったつまようじを手に取り――
「はい♪、あ~ん――」
――と、翼はあろう事か、これまたファンが観たら発狂しそうなスキンシップを企んだ。
当の翔平は――
「はぁ~……」
――と、大きく溜め息を吐く。
翼は――
「さっ♪、どうぞ♪」
――と、満面の笑みで、翔平の口元にいかめしを持って行く…
(食べなきゃ、納得しないな――コイツ)
――と、心の中で観念して、翔平はいかめしを頬張った。
「♪~、じゃ、私はかにめしを」
翼は――この一種の小旅行を、満足気に楽しんでいた…
翔平は、いかめしを食べ終え、翔平は美味しそうにかにめしを食べている翼の顔に目をやる。
クロテンを、成実分場に預託してから3ヶ月――二人にとって、久しぶりに彼に会える事は実に喜ばしい事だ。
今でこそ、翼はこうして明るく過ごしているが、あの日以降、騎乗成績はグッと低迷してしまっている。
もちろん、新人なのだから知れた物な成績に過ぎないのは当たり前だが、一時期は入着(※5着以内)すら無いという悲惨な成績を続け、それに因り、持ち前の人気面から恵まれていた騎乗数も、段々と減少傾向にある。
ちなみに、彼女の勝利数は――まだ、オーバーレジェンドで上げた1勝のみだ。
原因は、恐らく心理面――手が空けば、しょっちゅうクロテンとのツーショット写真を眺めている有様で、いわば一種のテンくんロスである。
その影響なのか、積極的な攻めの戦法は成りを潜め、追い出すタイミングを躊躇して伸びを欠くケースが多い――これは、騎乗馬の故障を恐れてのモノだろう。
海野が、彼女を北海道班に加えたのは――環境を変える事での気分転換と、東西の一流ジョッキーが集まる激戦区、北海道シリーズに新人の身の上ながらあえて置かせる事で、今後に向けての成長と発奮を期待したモノだ。
今回の石原の提案は――厩舎側からしても、非常にありがたく思っていた。
「――そういえばセンパイ、成実駅の次に停まる『東晴部駅』って、たしか手紙のあの人が、居るかもしれないトコですよね?」
かにめしを食べ終え、翼はお茶を飲みながら、何気なくそう切り出した。
翼も、手紙のあの人の事は、翔平から聞いているし、翔平が保管している手紙の現物も見て、文章を読んでもいる。
「ああ、そうだ――晴部市本局の消印だからな」
差出人不明の手紙とはいえ、どこから送られたかは消印に記されている――故に、おおよその見当が付く。
「探しに――行きたくないですか?」
翔平にとって、北海道と聞いて連想するのは――クロテンか、手紙のあの人が先に来るであろう。
それだけ、あの人の存在は、彼に大きい影響を与えている。
確かに、会ってみたい――なぜ、プツリと手紙を送ってくれなくなったのか?、その理由だって、無論知りたい。
「まさか、警察や探偵じゃあるまいし、無理に決まってんだろ?」
「――ですよねぇ」
翼は、残念そうに顔をしかめ、お茶をあおった。
「何だよ?、急にそんな事」
「いえ、ちょっと思っただけです――私なら、探しに行っちゃうかなぁって」
『次は~……成実――成実に停車、致しますっ!』
二人は、放送を聞いて、顔を見合わせた。
「さっ、降りる準備しよう」
「やあ、よく来たね」
成実駅のホームでは、石原が待っていた。
「オーナー、すいません、わざわざ――」
「――いやいや、良いんだよ。
誘ったのは、私の方だしね」
石原は、牧場長を辞めた後も、この成実市に住んでいた。
彼は牧場の解散後、ホースマンとしての仕事は一切辞め、こちらで事実上の隠居生活をしている。
クロダ牧場は倒産ではなく、撤退に因る解散なので、退職金も比較的潤沢に支払われた。
それが、有志たちが快く、クロダの生き残りたちを共同所有出来たカラクリだ。
現在の石原の仕事は、その有志たちの出資金を管理し、生き残りたちを後方から支える事である。
「じゃあ――行こうか、テンユウの所へ」
「はい」
――二人は、石原の車に乗せて貰い、成実分場に向った。
「――ユウくん、美味しかったね♪」
一方、同じく成実分場に向っている優斗と奈津美は、早めの昼食を済ませてから、晴部自慢の大吊り橋を渡り、成実市に入っていた。
奈津美の奢りで入ったのは――なんと!、地元一番の高級なレストラン!
さすがは、大穴馬券を当てた奈津美――豪勢である。
「……惜しいっ!、せっかくの奢りだったのに、あんまり食べられなかった」
優斗は長く続いた、少量の病院食に慣れてしまい、すっかり小食になっていた。
普段、なかなか口に出来ない、お高いランチコースを、優斗は殆ど残してしまっていた。
「ホント、勿体無いよ、奮発したのにさぁ」
――車は、優斗が毎日通っていた、あの見事なロケーションが観られる国道沿いを進む。
「何か――複雑だな」
「ん~?」
「いや、こんな日が高い時間に、コッチの車線を走る車に乗ってんのがさぁ」
「そっかぁ――深夜業務だったって、言ってたもんね」
優斗は感慨深げに、流れる景色を観た。
ブロロロロ――
石原が運転する車は、牧場の入り口に差し掛かった。
「テンくん――私たちが行ったら、ビックリするでしょうね」
翼はクロテンとの再会が楽しみで、ソワソワと落ち着かない。
成実分場の看板が見えた所で、車は信号待ちに入った。
「そういえば――麻生さん、帽子有るかい?」
石原は前を見たまま、翼にそう話しかけた。
「えっ?、持って来てませんけど――」
「そうか――なら、私のお古で申し訳ないが貸そう」
「?、何かあるんですか?」
「いやぁ――ほら、あそこは観光用放牧地があるからね。
ファンに見つかると……面倒じゃないかい?」
成実分場は、競争馬の生産や育成の他に、実験的に観光客の見学を主とする部分を併設している。
そこでは、かつてレースで活躍した馬の背中に乗れたり、休養中の現役馬の様子を観れたりする、競馬ファンにはたまらない施設となっている。
「麻生騎手が来ているなんて、騒ぎになっては――と、思ってね」
石原は、翼の人気に因る騒ぎを危惧していた。
成績はガタ落ちでも、違う意味での人気は、まったく衰えてはいないのだから。
「そんな事になりますかねぇ?、列車の中とかでは全然――」
残念ながら、翼は自分の人気をイマイチ理解していない。
まるで――自分のバケモノ染みた強さを理解出来ていない、さる芦毛馬と同じである。
「列車の中では、声を掛けられる事が無かったかもしれないが、ここは競馬ファンも多いだろうし」
石原は、ダッシュボードから、週刊キャンターを翼に手渡す。
「今は特に、アカツキの展示が始まってるから――たとえ、平日でも結構な人出だと思うよ」
「えっ?!、アカツキが居るんですか?!」
「あれ?、知らなかったかい?」
「はい――もちろん、放牧中なのは知ってましたが、てっきり生まれ故郷の本場の方だと」
「白畑オーナーって――ホント、ビックリする事をやる人ですよね」
今まで、黙っていた翔平が口を挟んできた。
「――休養中の大事な馬、それも現世界最強馬を――惜しげも無く、多くの人目に晒すなんて、扱う方はヒヤヒヤしてるだろうな」
呆れた様な翔平の発言に、石原はニヤリと笑みを溢す。
「翔平くん、私も同意見だよ。
ホースマンの一人としては、普通で行けば考えられない行為だ」
「お会いした時は普通のオーナーさんだったのに、この展示や、例のフェブラリーに出した事は、フツーじゃ思い付かないですよ」
対面の信号が黄色に替わり、もうすぐこちらは青に替わる。
「あの人は――競馬を、ただのマネーゲームとして終わらせたくないんだと思う。
一つの文化として育て、芽吹かせたいんじゃないかな?、今までの常識を取っ払ってね」
信号が替わり、石原はそう言って、アクセルを踏んだ。
「――着いた~!」
観光施設の駐車場に車を停めた奈津美は、外に出て大きく屈伸した。
「結構遠いねぇ~!、これを毎日なんて――ユウくん、頑張ってたね」
奈津美がそう言って、後ろを振り向く。
「――って、アレ?、ユウくん?」
――だが、優斗は車から降りていない。
「ユウくん……どうしたの?」
奈津美はドアを開け、助手席に座ったままの優斗に声を掛けた。
「……何でもない。
行ってこいよ――俺は、車で待ってるからさ」
「えっ?、降り難いかな?、手伝おうか?」
「違う――降りたくないだけだ。
道案内はしたから、それで良いだろ?」
「?、どうして?」
突然の優斗の心変わりに、奈津美は困惑する。
「こんなトコロで遊んでんのを、養鶏場の連中に見掛けられでもしたら――何を言われるか、解からねぇよ」
優斗は顔をしかめ、舌打ちをした。
「えっ、でも――正式に退職したって……」
「――だから、余計に、だ。
今の俺は、端から見たら"女友達にたかって、遊び歩いてるニート"だぜ?
あの連中が、俺のそんな姿を見たら、格好の肴にされるのがオチだ」
あの職場での人間関係のヒドさは、奈津美は入院中の会話でもチラホラと聞いている。
「そんな――ユウくんの、今の状態を見ても?」
明るい雰囲気の泉別病院の様な職場しか知らない奈津美には、優斗がこれまで歩いてきた世間の闇とも言える部分は、理解出来ないだろう。
「ああ、断言出来るぜ――
『こんなに楽出来るなら、俺も脳みその血管の一本ぐらいなら、切れてみたいぜ~!』
――ぐらいは言うぜ、きっと」
「……」
――子供の頃から、他人の悪口などを滅多に言わない優斗に、ソコまで言わせるという事は――その予想は、決して冗談や酔狂ではない表現だと、奈津美は思った。
「――でも、行こうよ、せっかく来たんだしさ。
仕方なく、私に付き合うつもり――いや、自然の中で歩行訓練するつもりで……ね?」
優斗は押し黙り、少し熟考して――
「解かった、降りるよ」
――と、車から降りる決心をした。
一方の翔平たちも敷地に入り、こちらは観光用地から少し離れた、故障馬用の放牧地に向っている。
「あの――石原オーナー?」
クロテンの元までもうすぐ…という所で、翼が声を掛けた。
「観光用地とテンくんの所って――どれぐらい離れてるんですか?」
「えっ?、ざっと1km――かな」
「それなら――私、この辺で一旦、降ろして貰えますか?、アカツキを観てみたいので。
アカツキは、私がトレセン入りした時には、もう外厩に出てて――そのままドバイ、その後も直接放牧に出ちゃいましたから、観た事無いんですよぉ」
「はあ?!、翼、お前――」
翔平は怪訝な表情で、翼を見る。
「――お手数はお掛けしません、観たら、自力で歩いて向かいますので」
「――解かりました、気を付けてくださいね。
では、ここで――」
石原は翼の頼みを受け入れ、車を停めた。
「麻生さん、はい、帽子」
石原は先程の週刊キャンターと同じく、ダッシュボードから帽子を取り出した。
その帽子のデザインは、大きくKの文字が刺繍されているキャップ。
これは――クロダ牧場のKを現していた。
「じゃあ、お借りします」
翼は、深々とそのキャップを被り、彼女は観光用地に向った――この先に、あの人も来ているとは、思いもせずに。
翼は、二つの駅弁のパッケージと睨めっこしていた。
「センパイは、いかめしとかにめし、どっちにします?」
「お前が先に選べよ、俺は残った方で良いから」
翔平は、めんどくさそうに手を振り、その可愛らしい顔を近づけて来る、翼を煙たがる。
今、二人が居るのは、函館から札幌に向う特急列車の中である。
――さて、まずは、彼らがなぜ、北海道に来ているかを説明しなければいけないだろう。
翔平と翼は今、函館に滞在している。
これは決して、二人っきりの旅行などではない――もちろん仕事のため、である。
6月末から始まる、JRAの函館開催――そちらに、海野厩舎の馬たちも参戦している。
だが、さすがに北海道ほど遠い所ともなれば、トレセンから当日輸送で参戦する事は難しい――いや、無理である。
そのため、馬も人も、競馬場に滞在しなければならないのだ。
その海野厩舎北海道班に指名されたのが、佐山と翔平、そして、翼の3人。
馬は、翼のお手馬、オーバーレジェンドと、翔平が代理担当をした経緯を持つクロダスイメイ、その他に、もう一頭を加えた3頭が送り込まれた。
そのもう一頭というのは、例の海野厩舎初のクラブ馬――『ゴールドウルヴ』と名づけられた2歳馬である。
ゴールドウルヴは現在、担当馬0の翔平に任される事になり、今回の函館――もしくは、札幌でのデビューに向けて調教に励んでいた。
「そんな素っ気無い態度なら、両方食べちゃいますよぉ?」
「別に良いぜ、食い過ぎて、減量に引っ掛かっても良いならな~?」
――では、今度はなぜ、二人が特急列車に乗っているか?
ご存知の通り、競馬は通常、土日の開催である――なので、競馬業界の休日は、土日ではない。
競馬界で『全休日』と称されるのが月曜日――つまり、二人は休日を利用してココに居る。
――で、列車に乗っている理由というのは、二人の函館滞在が決まった後、石原から――
「北海道に居る内に、テンユウに会いに来ないかい?」
――と、クロテンと深い繋がりがある、二人が誘われたのだ。
翼は生まれて初めての北海道という事もあり――
「ぜひ!!!!!」
――と、二つ返事で行く事を決めたが、翔平は3頭の世話を考えると、少し難色を示したが、北海道班の責任者である佐山が――
「俺に任せろ。
馬主さんのお誘いを断るのもアレだし――白畑の様子を観てくるのは、お前たちの勉強にもなるからな」
――と、送り出してくれたのである。
しかし、二人は車の免許も無いので、鉄路を使って成実市に向っているのだ。
「センパイ――早く食べないと、成実駅に着いちゃいますよぉ~?、早く食べてください」
業を煮やした翼は、いかめしに刺さったつまようじを手に取り――
「はい♪、あ~ん――」
――と、翼はあろう事か、これまたファンが観たら発狂しそうなスキンシップを企んだ。
当の翔平は――
「はぁ~……」
――と、大きく溜め息を吐く。
翼は――
「さっ♪、どうぞ♪」
――と、満面の笑みで、翔平の口元にいかめしを持って行く…
(食べなきゃ、納得しないな――コイツ)
――と、心の中で観念して、翔平はいかめしを頬張った。
「♪~、じゃ、私はかにめしを」
翼は――この一種の小旅行を、満足気に楽しんでいた…
翔平は、いかめしを食べ終え、翔平は美味しそうにかにめしを食べている翼の顔に目をやる。
クロテンを、成実分場に預託してから3ヶ月――二人にとって、久しぶりに彼に会える事は実に喜ばしい事だ。
今でこそ、翼はこうして明るく過ごしているが、あの日以降、騎乗成績はグッと低迷してしまっている。
もちろん、新人なのだから知れた物な成績に過ぎないのは当たり前だが、一時期は入着(※5着以内)すら無いという悲惨な成績を続け、それに因り、持ち前の人気面から恵まれていた騎乗数も、段々と減少傾向にある。
ちなみに、彼女の勝利数は――まだ、オーバーレジェンドで上げた1勝のみだ。
原因は、恐らく心理面――手が空けば、しょっちゅうクロテンとのツーショット写真を眺めている有様で、いわば一種のテンくんロスである。
その影響なのか、積極的な攻めの戦法は成りを潜め、追い出すタイミングを躊躇して伸びを欠くケースが多い――これは、騎乗馬の故障を恐れてのモノだろう。
海野が、彼女を北海道班に加えたのは――環境を変える事での気分転換と、東西の一流ジョッキーが集まる激戦区、北海道シリーズに新人の身の上ながらあえて置かせる事で、今後に向けての成長と発奮を期待したモノだ。
今回の石原の提案は――厩舎側からしても、非常にありがたく思っていた。
「――そういえばセンパイ、成実駅の次に停まる『東晴部駅』って、たしか手紙のあの人が、居るかもしれないトコですよね?」
かにめしを食べ終え、翼はお茶を飲みながら、何気なくそう切り出した。
翼も、手紙のあの人の事は、翔平から聞いているし、翔平が保管している手紙の現物も見て、文章を読んでもいる。
「ああ、そうだ――晴部市本局の消印だからな」
差出人不明の手紙とはいえ、どこから送られたかは消印に記されている――故に、おおよその見当が付く。
「探しに――行きたくないですか?」
翔平にとって、北海道と聞いて連想するのは――クロテンか、手紙のあの人が先に来るであろう。
それだけ、あの人の存在は、彼に大きい影響を与えている。
確かに、会ってみたい――なぜ、プツリと手紙を送ってくれなくなったのか?、その理由だって、無論知りたい。
「まさか、警察や探偵じゃあるまいし、無理に決まってんだろ?」
「――ですよねぇ」
翼は、残念そうに顔をしかめ、お茶をあおった。
「何だよ?、急にそんな事」
「いえ、ちょっと思っただけです――私なら、探しに行っちゃうかなぁって」
『次は~……成実――成実に停車、致しますっ!』
二人は、放送を聞いて、顔を見合わせた。
「さっ、降りる準備しよう」
「やあ、よく来たね」
成実駅のホームでは、石原が待っていた。
「オーナー、すいません、わざわざ――」
「――いやいや、良いんだよ。
誘ったのは、私の方だしね」
石原は、牧場長を辞めた後も、この成実市に住んでいた。
彼は牧場の解散後、ホースマンとしての仕事は一切辞め、こちらで事実上の隠居生活をしている。
クロダ牧場は倒産ではなく、撤退に因る解散なので、退職金も比較的潤沢に支払われた。
それが、有志たちが快く、クロダの生き残りたちを共同所有出来たカラクリだ。
現在の石原の仕事は、その有志たちの出資金を管理し、生き残りたちを後方から支える事である。
「じゃあ――行こうか、テンユウの所へ」
「はい」
――二人は、石原の車に乗せて貰い、成実分場に向った。
「――ユウくん、美味しかったね♪」
一方、同じく成実分場に向っている優斗と奈津美は、早めの昼食を済ませてから、晴部自慢の大吊り橋を渡り、成実市に入っていた。
奈津美の奢りで入ったのは――なんと!、地元一番の高級なレストラン!
さすがは、大穴馬券を当てた奈津美――豪勢である。
「……惜しいっ!、せっかくの奢りだったのに、あんまり食べられなかった」
優斗は長く続いた、少量の病院食に慣れてしまい、すっかり小食になっていた。
普段、なかなか口に出来ない、お高いランチコースを、優斗は殆ど残してしまっていた。
「ホント、勿体無いよ、奮発したのにさぁ」
――車は、優斗が毎日通っていた、あの見事なロケーションが観られる国道沿いを進む。
「何か――複雑だな」
「ん~?」
「いや、こんな日が高い時間に、コッチの車線を走る車に乗ってんのがさぁ」
「そっかぁ――深夜業務だったって、言ってたもんね」
優斗は感慨深げに、流れる景色を観た。
ブロロロロ――
石原が運転する車は、牧場の入り口に差し掛かった。
「テンくん――私たちが行ったら、ビックリするでしょうね」
翼はクロテンとの再会が楽しみで、ソワソワと落ち着かない。
成実分場の看板が見えた所で、車は信号待ちに入った。
「そういえば――麻生さん、帽子有るかい?」
石原は前を見たまま、翼にそう話しかけた。
「えっ?、持って来てませんけど――」
「そうか――なら、私のお古で申し訳ないが貸そう」
「?、何かあるんですか?」
「いやぁ――ほら、あそこは観光用放牧地があるからね。
ファンに見つかると……面倒じゃないかい?」
成実分場は、競争馬の生産や育成の他に、実験的に観光客の見学を主とする部分を併設している。
そこでは、かつてレースで活躍した馬の背中に乗れたり、休養中の現役馬の様子を観れたりする、競馬ファンにはたまらない施設となっている。
「麻生騎手が来ているなんて、騒ぎになっては――と、思ってね」
石原は、翼の人気に因る騒ぎを危惧していた。
成績はガタ落ちでも、違う意味での人気は、まったく衰えてはいないのだから。
「そんな事になりますかねぇ?、列車の中とかでは全然――」
残念ながら、翼は自分の人気をイマイチ理解していない。
まるで――自分のバケモノ染みた強さを理解出来ていない、さる芦毛馬と同じである。
「列車の中では、声を掛けられる事が無かったかもしれないが、ここは競馬ファンも多いだろうし」
石原は、ダッシュボードから、週刊キャンターを翼に手渡す。
「今は特に、アカツキの展示が始まってるから――たとえ、平日でも結構な人出だと思うよ」
「えっ?!、アカツキが居るんですか?!」
「あれ?、知らなかったかい?」
「はい――もちろん、放牧中なのは知ってましたが、てっきり生まれ故郷の本場の方だと」
「白畑オーナーって――ホント、ビックリする事をやる人ですよね」
今まで、黙っていた翔平が口を挟んできた。
「――休養中の大事な馬、それも現世界最強馬を――惜しげも無く、多くの人目に晒すなんて、扱う方はヒヤヒヤしてるだろうな」
呆れた様な翔平の発言に、石原はニヤリと笑みを溢す。
「翔平くん、私も同意見だよ。
ホースマンの一人としては、普通で行けば考えられない行為だ」
「お会いした時は普通のオーナーさんだったのに、この展示や、例のフェブラリーに出した事は、フツーじゃ思い付かないですよ」
対面の信号が黄色に替わり、もうすぐこちらは青に替わる。
「あの人は――競馬を、ただのマネーゲームとして終わらせたくないんだと思う。
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――だが、優斗は車から降りていない。
「ユウくん……どうしたの?」
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「?、どうして?」
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優斗は顔をしかめ、舌打ちをした。
「えっ、でも――正式に退職したって……」
「――だから、余計に、だ。
今の俺は、端から見たら"女友達にたかって、遊び歩いてるニート"だぜ?
あの連中が、俺のそんな姿を見たら、格好の肴にされるのがオチだ」
あの職場での人間関係のヒドさは、奈津美は入院中の会話でもチラホラと聞いている。
「そんな――ユウくんの、今の状態を見ても?」
明るい雰囲気の泉別病院の様な職場しか知らない奈津美には、優斗がこれまで歩いてきた世間の闇とも言える部分は、理解出来ないだろう。
「ああ、断言出来るぜ――
『こんなに楽出来るなら、俺も脳みその血管の一本ぐらいなら、切れてみたいぜ~!』
――ぐらいは言うぜ、きっと」
「……」
――子供の頃から、他人の悪口などを滅多に言わない優斗に、ソコまで言わせるという事は――その予想は、決して冗談や酔狂ではない表現だと、奈津美は思った。
「――でも、行こうよ、せっかく来たんだしさ。
仕方なく、私に付き合うつもり――いや、自然の中で歩行訓練するつもりで……ね?」
優斗は押し黙り、少し熟考して――
「解かった、降りるよ」
――と、車から降りる決心をした。
一方の翔平たちも敷地に入り、こちらは観光用地から少し離れた、故障馬用の放牧地に向っている。
「あの――石原オーナー?」
クロテンの元までもうすぐ…という所で、翼が声を掛けた。
「観光用地とテンくんの所って――どれぐらい離れてるんですか?」
「えっ?、ざっと1km――かな」
「それなら――私、この辺で一旦、降ろして貰えますか?、アカツキを観てみたいので。
アカツキは、私がトレセン入りした時には、もう外厩に出てて――そのままドバイ、その後も直接放牧に出ちゃいましたから、観た事無いんですよぉ」
「はあ?!、翼、お前――」
翔平は怪訝な表情で、翼を見る。
「――お手数はお掛けしません、観たら、自力で歩いて向かいますので」
「――解かりました、気を付けてくださいね。
では、ここで――」
石原は翼の頼みを受け入れ、車を停めた。
「麻生さん、はい、帽子」
石原は先程の週刊キャンターと同じく、ダッシュボードから帽子を取り出した。
その帽子のデザインは、大きくKの文字が刺繍されているキャップ。
これは――クロダ牧場のKを現していた。
「じゃあ、お借りします」
翼は、深々とそのキャップを被り、彼女は観光用地に向った――この先に、あの人も来ているとは、思いもせずに。
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