ファンレター~希望、繋ぐ馬へ~

緋野 真人

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思わぬ再会

思わぬ再会(後編)

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――と、初対面のはずの者に、こう尋ねられたら――

『なんだコイツ?』

――と、思うのが当たり前だろう。

そんな言葉を、小野奈津美はサラッと言ってのけた。



「ふぁ?」

優斗は驚き過ぎて「はぁ?」と、言おうとしたが、せっかく改善に向かっていた発音も乱れてしまった。


「……ココなら二人っきりだし、防音も完璧だから……良いよね?」

小野は、自分に言い聞かせる様にそうつぶやいて――

「カルテを見た時は『まさか?!』と、思ったけど……会って確信した!」

少し涙ぐみながら、小野は真っ直ぐに優斗を見つめた。


「ちょっ?!、ちょっと待って!、あんた何を言ってるの?、俺はあんたなんて――」

「こう呼べば……解かるかな?、じゃなくて――」

口調を急に緩めた小野は、さらにジッと優斗を見つめて――

「――って、呼んだなら……」

――と、優しい声音で言った…


その呼び名で呼ばれた、優斗はハッとした。


(えっ……?!)

優斗はその呼び名に聞き覚えがあった。


優斗はそれを思い出そうと、壊れた自分の脳細胞をフル回転してみる。

そして、何かをきっかけにしようと、小野の顔をジッと見つめた。


(小野奈津美――オノナツミ、おのなつみ…?!)


思い出したのは幼い頃の記憶――まだおぼろげだが、自分とよく行動を共にしていた、髪の短い女の子の姿が頭に浮かんだ。

そして、その子が自分を呼ぶ優しい声音――

(……思い出した)

優斗は意を決して頭に浮かんだ名前を呼んだ。


「ナツ……か?」

「――そうっ!」

奈津美はガシッ!、と、優斗の左手を掴んだ。


「中学まで一緒だった、ナツだよ!、ユウくん!」

奈津美は、興奮気味にそう言ってから、目尻に滲んだ涙を拭った。

「16年振りだよ~!、懐かしいなぁ……」

「懐かしい……ねぇ」

優斗は困惑した表情で、少し目を逸らした。


優斗と奈津美は幼馴染だった――なんとも言えない、奇妙な巡り合わせである。


二人が、子供の頃に住んでいたアパート。

そこで二人は、隣同士で暮らし、二人は実に仲が良く、いつも一緒に遊んでいた間柄だった。


優斗の頭に浮かんだ姿は小学生の頃だろう――二人が、そんな呼び名で会話をしていたのはその頃だった。


優斗は9歳の時、父の繁が亡くなった事で引っ越す事になり、奈津美とは隣同士のカンケイではなくなったが、同じ学区ではあったので、中学までは同じ学校に通っていた。

奈津美とは、その中学を卒業して以来の再会である。


「ホント、まさかだよね~こんな事ってあるんだね」

奈津美は満面の笑みで、まじまじと優斗の顔を見つめる。

「……よく解かったな、俺は全然気付かなかったよ」

「カルテ見てさ――

『あっ、晴部の人だ……あっ!、ココ、ユウくんが居たトコ……えっ!!、臼井って!?、ええっ!!!』

――って、ユウくん、住んでる所、移ってなかったんだね」

「いや、戻ったんだよ。

母さんの事もあったから、おばさんの所に行ったしな」

「えっ……?」

「母さん……死んだんだ、俺が高2の時に」

「あっ……ゴメン、そう……だったんだね」

奈津美は申し訳なさそうに顔をしかめた。

「しかし、よく覚えてたなぁ。

子供の頃の同級生の住所なんて、一つも覚えてないな、俺は」

「……ユウくんには、何度も行ったしね」

「俺はずっと晴西はれせいだし、街は一度も出てない……今は場所は替わったけど、中学の時の近所だ」

「私も晴部にはいるけど……今は晴東はれとうの方で暮らしてるから、会わなかったのかな?」


晴西と晴東とは文字通り、晴部市の地域の事を指す……西側が晴西、東側が晴東と呼称されている。


「ナツは……だろ?」

優斗の問いかけに、奈津美は急に顔を真っ赤に変え――

「!!!、私はまだ、独身だから出戻れません!」

――と、憤慨して見せた。


「いっ、いやぁ……」」

優斗は何かを言おうとするが、奈津美の態度に驚いて言葉に詰まる。

「え~っとぉ――」

優斗は懸命に頭を巡らせて――

「――学校、この辺に無い……だろ?、療法士目指す学校は。

そういう意味の出戻り、なんだが……」

奈津美はハッ!、と気付いて、更に顔を真っ赤にした。

「ごっ、ゴメン……早とちりしちゃった」

「いや、俺こそ上手く喋れなくて……」

「ううっ……それがもっとダメな事だよ~!、言語療法士なのに、それに気付かず興奮するだなんて」

奈津美は情けなさそうに両手で顔を覆い、その手を少し下げて目だけを見せた。

「――アラサーの独身女に、はタブーだよぉ」

「そう……みたいだな」

優斗は複雑な気持ちと表情で相づちを打った。


奈津美としても、尋ねられてもいないプライベートなトコロを、自分でカミングアウトしてしまった形になった。

「――私は、札幌の専門学校に行ったんだ……元々、ここに就職する事を目標にしてたから、Uターンなんちゃらってヤツ……ユウくんは?」

「そんな立派なハナシの後だと恥ずかしいが、成実の養鶏場で働いてる」

「あっ、知ってる……そこで働いてたって人、受け持った事あるよ」

「へぇ~」

「ユウくんは……結婚、したの?」

「いや、独身」

「ふ~ん、そっかぁ……」

幼馴染の再会は大まかな近況報告のターンが終わり、少しだけ沈黙が広がった。

――

――――

その空気を振り払ったのは、やはり奈津美だった。

「でも、ビックリしたよ~、ユウくんがこんな事になっているなんてさ……」


優斗はその言葉に少し、顔をしかめて――

か……医療関係者でも、やっぱ不思議か?、俺の歳じゃ」

「確かに、高齢の人に多い病気だけど……珍しいって、程の話ではないよ。

同年代の人も担当した事あるしね」


優斗は今、この話題に敏感だ。


リハビリで顔を合わせた他の患者や関係者に、病名を訊かれて答える度に――

「……えっ!?、若いのに?!」

――と返されるケースが圧倒的に多いからだ。

先程も、相部屋になった人にもそう返されて、辟易としていた所である。


すっかり『皮肉屋モード』の優斗はその度に――

(悪いのかよ?!、若いヤツがなっちゃったら!)

――と、心の中で叫んでいて、常にイライラしている。


「歳といえば――」

優斗はそう言って、奈津美の顔をまじまじと観る。

「――なっ……なに?」

「――お互い、苦労するよなぁ……この童顔はさ」

優斗は自分の頬を撫でて、しみじみと言った。


先程、奈津美の外見について『若く見える』と書いたが……幸薄い顔立ちが響いてか、優斗もそれは同じである。


また、リハビリ中のエピソードだが――

『高校生かい?』

――と、訊かれる程に、優斗の顔は童顔だ。


「女性は……逆に嬉しいものかな?」

「いやいや!、違うよ!

私が『行き遅れ』てるのは、多分そのせい……色気が無い、ってよく言われるしね」

「まだ、悩む歳でもないだろう?」

「いや、早いんだよ、この業界の適齢期って!」

「そういうものかね……よ~く観れば、ちゃんと老けてるんだよなぁ――

「ユウくん、その発言にはちょっと悪意が滲んでるよ」

奈津美は少し冷たい視線を優斗に送った。

「ところで――ユウくんにもう一度会えたら、訊きたい事があったんだ。

4年前の同窓会も来なかったし……」

優斗は少しほころんでいた表情を変え、また目を逸らした。

「――なんだよ?」

「どうして……学校、来なくなったの?」

優斗は顔をしかめて、目線を上に向けた。
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