流れ者のソウタ

緋野 真人

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哲学

鬼の素顔

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 突如として鬼面を外し、素顔を晒してみせたソウタの姿勢を目の当たりにしたハクキ側の面々からは、動揺が全面を覆った大きなどよめきが起こった。


(若い――っ!?、リョウゴ様より継承を経た者であろうと思ってはいたが、些か予想外なほどの若さ……ヒトの身である事を踏まえれば、私よりも若い……か?)

 ――とは、梟の容貌ながら、かなり驚いた様で、嘴状の口をあんぐりと開けているカゲムネ。

 彼は、羽毛の下に冷ややかな汗を垂らしながら、ゴクリと改めて息を呑み……

(……その身空で、どうやったら、これ程の鬼気を纏えるというのだ?

 私とて、一応は武人として、劣らぬ研鑽を積んで来た自信と自負があるが……一体、似た様な期間でどの様な修行を経て、どの様な経験を積めば、これ程の恐ろしさをその若き身に内包出来る?!)

 ――と、答える者の居ない自答を心中にて叫んだ。


(本当に良い若者を、いや……"君らの思いや価値観"が、びっしりと伝わった頼もしき刀聖を、見事に育てあげたのだね……)

 ソウタが挙げた"邪の定義"を噛み締めたノブユキは、眼前の若者と"いつぞやの童"の姿を重ね合わせながら、そんな結論を脳裏に秘め、徐に身を正して……

「……この場、この時に尊顔を拝させて頂いたという事は――我らハクキが者とその民は、"此度の事因り、邪に変ずる事は非ず"と、お認め頂けたと解釈しての良いのですか?」

 ――と、ソウタの行動の意味への解釈を示して、確認する様に彼の顔を見詰める。

「ああ、"鬼の素顔を観た"――とでもヨクセに伝えれば、物資や金がアンタらんトコにも卸される様になるだろうさ」

 ソウタは、投げやり気味にそう言い捨てると、一息吐く態で、目の前に出されていた一服の茶を一口啜る。

「御裁可、痛み入りまする――コウランの都、及び国内各地に向け、早馬を発てよっ!

 持たせる書状には、この一文のみを記せ――"我ら、鬼の素顔を観たと伝えよ。さすれば我ら、鬼の戒めより解かれん"っ!!」

「――はっ!!!!」

 ソウタへ向けた一礼と共に、ノブユキが高らかにそう叫んでみせると、周りに控えたハクキの文官たちは、一斉に蜘蛛子散らすが如く動き始める。


「……まあ、今回の事に関しては、アンタらからすりゃぁ只の"とばっちり"だろうしねぇ……オリエさんだって、アンタらハクキをも占め出すのは、些か不本意だっただろうしな」

「――いいえ、"さもありなん"にございましょう……我らハクキの煮え切らぬ様を前にしては、あの"商いの女傑"の逆鱗に触れるのも、想像に難くはないでしょう」

 ――と、そんな慌ただしい様相を他所に発せられた、幾分ホンネも交えたソウタの口から出た酌量に対して、ノブユキは噛み締める様にそう言いながら、横目にカゲツネの表情を伺う。


(――おっ?、口調や表情、変えて来たねぇ……

 いよいよ"ホンネ"の部分――俺を、刀聖を、このソットにまで連れ出した"本当の狙い"に踏み込もうってのか?)

 ――と、その目線の意図を、そう察したソウタは目尻を寄せ、場の状況の変遷を頬杖を突いて見せながら見据える。


("浅慮な議会工作の果て、南北コクエらの同輩と観られたが故に、経済制裁という憂き目に巻き込まれた"――そう、その工作の中心人物であったカゲツネ卿に"わからせ"るのが、このソットの町を会談の場とした狙いというワケね。

 随分と、キツめな皮肉を放ったモノだわ……仕込んだノブユキも、それを察して応じたソウタも)

 ――とは、ソウタの隣で一連を見守ったアヤコの心中。

 彼女は、そう思いながら眉間にシワを寄せ、眼前で卓を挟んで対している、二人の男の顔を見渡す。

(……こういう、イヤらしい面を改めて視ると、今更だけど"大事な娘"をこの子へ嫁がせるのは……些か不安になるわね)

 ――続けて、目線の焦点をソウタの顔へと合わせると、そんな戯言にも触れ、眉をひそめる。


 ソウタとノブユキの、皮肉めいたやり取りの意味を悟ったのは、アヤコだけではなかった。

 その中でも――梟の風貌の父子は、交渉妥結に因る和やかさが膨らみ始めた場の雰囲気に反し、共に苦々しさが伝わる渋い表情を浮かべ……

(――当て付けであったか!、宗家の下僕イヌめがぁ!

 派兵に反対した我らを、世情を読めない愚か者として蔑むかぁ!!!!)

 父――カゲツネは、ノブユキからの文言と目線の意味を心中にて敏感に察し、変わらず無言のままではあるが、怒気が滲む雰囲気で、全身を震わせる。

(――やはり、もはや父上に権を委ね続けるのは無理だ……

 先の大戦時の憤りと怨嗟ばかりを撒き散らし続けるだけでは……このルハが州に限らず、連動してくれている北部一帯の諸侯、果てにはこのハクキ連邦そのものを、苦窮へと追い遣る事になり兼ねない……っ!)

 息子――カゲムネの方は、哀れみと諦めの表情を父の横顔へと向け、何かの決意が滲む雰囲気で、腰に提げた鞘を撫でた。


(……おやおやぁ~?、この場がキナ臭くなるのは、流石にご勘弁よ?

 ”覇者”殿がこの機に、カゲムネ腹心を地元へと帰したのが"クーデターそーいうつもり"を見据えてだろうってのは、想像に難くはないが……制裁も解ける事となった、”今”じゃあないだろ?)

 ――と、その”何か”を目敏く察し、懸念を心中で吐露したのはヒロシ。

 彼は、眼前のモトハルに目線を向け、同時に一廉の武人であれば容易に気付く程度の、威圧を帯びた”凄み”をカゲムネへと送る。

(――控えよっ!、ムネぇっ!!!)

(――っ!?、御、大将ぉ……、三番隊長、殿ぉ……)

 その意味を鋭く悟ったモトハルも、同様に鋭い眼光一つでカゲムネを制し、流石に猛者二人からの無言な威圧にたじろいだカゲムネは、慌てて鞘から手を離し、逆立つ手前だった背中の翼を覆う羽毛をしおしおと宥めさせられた。


「――まっ、とりあえずはコレで、ハクキあんたら制裁解除もくてきは達せられてワケだ。

 さて、これからは……」

 ――と、ソウタは話題を変える態の予告として、そんな前振りめいた文言を溢すと、身を正して真っ直ぐにノブユキの顔を見詰める。


 ソウタ――いや、サトコやシオリも含めた”三者”にとっては……凶刃の変から始まり、聖狭間の戦い、一冬の静観――そして、このハクキとの交渉まで……ココまでの流れは全てが思い通り、想定どおりの展開であった。


(……正直、気持ち悪いぐらいな展開なのはアレだが……俺らの狙いってのは、ココでハクキへと恩を売って、コウオウ解放、テンラク奪還への後ろ盾として立たせる事。

 士団三隊とハクキが組む規模が相手となりゃあ、南北コクエやスヨウだって、おいそれとそれらを抱えてはいられねぇだろうしぃ……ん?)

 ソウタが、一連の計略の総仕上げとして、そんな思惑を纏う提案を切り出そうとした、その時……


 ……………………ミシッ!!!!!!!!!


 ――という、何かが軋む様で、大気そのものが震えるが如き大きな音が、鈍く奔る態で木霊したのだった。
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