流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
205 / 207
哲学

哲学(前編)

しおりを挟む
「――お待たせいたしました、どうぞ、コチラへ……」

半刻ほど、寛ぎの時間を過ごした後――現れた亜人種の文官に誘われ、ソウタたちは屋敷の中でも一際広い一室へと通された。

ソコには、ノブユキを真ん中に、その右側には、ソウタからすれば初見なカゲツネ――そして、その左側には、コレもまた言うに及ばず、初対面となるカゲムネの親子が鎮座し、モトハルは警護的な意味合いで、ソウタたちの背後に跪いていた。


(コレが、当世刀聖様……)

――と、ゴクリと固唾を呑み、心中でそう呟いたのはカゲムネであったが……座した3人は一様に立ち上がり、鬼面を被ったソウタが放つ威圧感を身に浴びながら、揃う態で一礼を示す。



(梟の鳥族が、左右に二人――差し詰め、ルハ州長カゲツネと、その息子のカゲムネってぇトコかぁ?

まあ、言ってみれば、この屋敷の主なワケだし……北部州の動向に多大な影響力を持ってる重鎮であるコトは言わずもがな――この場に同席するっても妥当か)

(旧態然の象徴とも言える、刀聖との会談に際し、南や東を組み込んでは反対や反発が目に見えているでしょうしね……

北部の議会姿勢を切り崩す目論見で、会談の場をこのソットに据えたのなら……私の参加は、大層迷惑な申し出であったでしょうね?、ノブユキ殿にとっては)

ソウタとアヤコはこの様相への各々の見解を心中で巡らしながら、徐に座へと着く。

それに倣い、再び座へと戻った、ハクキ側の3人の内、真ん中に居るノブユキは、開口一番――

「――さて、皇様、及び次世大巫女様よりの書状、恭しく拝見仕りました……」

「なら、解かったはずだろ?、俺らに"制裁"の解除云々と頼まれても、"与り知らぬ事"なんだわ」

――と、丁重に話し始めた所へ被さる様に、ソウタが鬼面越し故にくぐもった声で、それを断ち切る態の物言いを投げ掛けた。

「今、ヨクセがやってる、ツクモ中へ向けての物止め、カネ止めは……"あくまでも"、ヨクセが"勝手に"やってるコト――俺らが指示して、俗世を困らせてるみてぇな言い分は、"三者"へ向けての不敬ってモンだぜ?、"ハクキの"」

表情などは、仮面越し故に定かではないが――口元を緩め、不敵な笑みを浮べているであろう事が、容易に伝わる態度と口調で、ソウタはそんな風に当座の交渉姿勢を表した。


(あらあら……まあ確かに、表向き上を踏まえても、そう応じるのが適当だけれど……その"殺気"は余計というモノよ、ソウタ)

――とは、彼の右横に座した、アヤコの心中……彼女は、苦虫を噛んだように表情を歪め、眼前の3人の様子を伺う。


その3人はというと――その内、両横の親子は、一様に大きな唾を呑み込み、同じく表情を蒼ざめさせていた。


(……凄まじいな。

”トーオウ楼”の折、我が身で直に浴びたリョウゴ先世殺気ソレと、勝るとも劣らぬ"凄み"……継承経た若者らしいと伝え聞くとて、その畏怖に揺らぎは無いか……)

――と、父の方は、以前の経験を引き合いに出しながら、喉元に改めて強い渇きを催す。

(……くはぁっ!、呼吸、出来なかったぁ……"竦む"とは、この様な感覚の事を言うのかと、実感させられるぅ……)

一方――息子の方はというと、全身を駆け抜けた怖気の不気味さを噛み締め、ソウタが被る鬼面を直視出来ず、視線を逸らす。


「不敬の念などは、毛頭ございませんし、"表向き"としては仰る事はご尤もなれど……その制裁の当事者たるヨクセ商会からは、解除の条件は"邪へと転じない証を示せ"との事――我らハクキとしては、証示す術は三者様よりの"お墨付き"のみと考えた末、こうして弁明談判を願ったワケにございます」

残る中央の一人――ノブユキはというと、たじろいだ様など微塵も見せずに、淡々と此度の会談を願った経緯を並べた。

(……流石は、権謀術数が飛び交う”議会”ってシロモノの中を、掻き分けて今の地位に至った"政治屋"ってトコロかな?

"武人に非ず故の鈍さ"を差し引いたとしても、このソウタ殿の"凄み"を浴びながら、たじろぎもせずに自分らの言い分を言い切るなんてね)

――と、ソウタの左隣に座るヒロシは、感心した表情でノブユキの顔を見据え、思わず小さく苦笑いを溢す。


(――ったく、あの師匠が気に入るワケだよ……俺も、"刀聖"っていうこの面倒な立場を、ある程度大っぴらに明かす様になって解かったが……こうして、臆せず接して来てくれる相手は貴重だからな)

ソウタも、仮面の下ではそんな見解を抱きながら、脳裏にはギンやタマの朗らかな表情を浮かべてみせる。

「"お墨付き"、と言われてもねぇ……」

ソウタは、呆れた様な声音でそう呟き、徐に胸前へ腕を組む。

「――まあ、その言い分も的を得ちゃあいるか?、その表情だと、"自覚"はあるみたいだし?」

そう、ソウタが評したノブユキ、そして――カゲムネの表情は、平然とした"それ"ではない、異質な"色"を湛えていた。

「……はい、ヨクセがその意は、我らがハクキの定まらぬ姿を揶揄しての指摘であろうと思っております……」

ノブユキは、感服した様でそう応じ、鬼面からは目を逸らし、その視線をカゲツネへと向けていた。

「"議会制"、という柵ばかりが跋扈する政治体制では、仰られる様な克己とした姿勢などは、容易に取れぬのですよ……」

「おいおい……途端に愚痴を溢すとか、やめてくれる?

それと、議会制や民主主義体制だけを悪者に捉えるのも、実に浅はかな考えだと思うぜ?

単に、大勢の支持を得られない程度の求心性しか示せてないだけだろうよ?」

――と、情けなさ気に首を横に振りながら、独り言ちてみせようとするノブユキに対し、ソウタは辛辣にも甚だしく、また、痛烈にも程がある文言を並べて返したっ!

「……っ!?、かっ……"返す言葉が無い"、とは、この様な時の事を、まさに言うのでしょうな……」

ノブユキも、コレには流石にたじろいで見せ……対面を取り繕うと、茶を一口啜る。

「……まあ、俺らの"嗾け方"にも、実に抽象的な面があった事は否定しねぇし、さも"民主制を廃して、国守専制へと回帰すべしっ!"――ってな解釈に至っちまうのも、否めねぇのかもしれねぇのは認めるがな」

ソウタは、自虐的にそう嘯くと、組んでいた腕を解き、試す様な姿勢で頬杖を突く。

「――アンタも、スヨウノ・ノブタツや、昨夜のモトハル大将と同じく……専制懐古を成すために、反対勢力の駆逐に手を貸して欲しいって魂胆ハラなのかい?」

――と、ソウタは仮面越しのくぐもりに加え、実に"ドスの効いた”重々しい声音で、本来言い難いであろう危うい文言を、場の全員に向けて浴びせ掛ける。


「――っ!?、なんだとぉ?!、統領!!、モトハル殿!!!、うぬらぁ……っ!」

それまで、圧し黙っていたカゲツネも、その"反対勢力"に当たる自分達の進退が掛った文言を受け、堪らず立ち上がり、帯刀が仕舞われた棚へと腕を伸ばす――

「――っ!?、ぐくぅ……」

――が、発言に連なる態で、そうしたカゲツネへと向いた、仮面越しのソウタの顔は、否応無い"圧"を催し……

『まあ、最後までハナシを聞けよ?』

――とでも告げたが如く、血色づいて顔を覆う羽が逆立った、梟の面妖はシオシオと萎え、その場にただ座り込んだ。


「……大将殿が、どうお伝えしたかは図りかねまするが、そこまで短絡的なモノだとは思うておりません。

今の体制こそが、民が……"時代"が、求めた結果であろうと思うております故」

ノブユキは、一瞬張り詰めた場の空気をほぐそうとする様な口調でそう言い、鬼面を見据えてその返答を待った。

「……だろうね。

"その気"だったなら、こんな大仰とした会談なんぞせずに、もっと秘密裏に"コト"を進めんのが常套だろうしな♪」

ソウタは、組んでいた両腕を拡げ、楽し気にそう告げると、先を見据える様な視線を向け……

「――じゃあ、俺らを納得させるだけの、"邪へと転じない証"に心当たりがあるから、この会談を催したと思って良いワケだね?

勿論、"内戦起こして、反対派を屈服させる"――以外のヤツがさ?」

――と、ズイっと前のめりに、その鬼面をノブタツへ近づけた。


それを受けたノブユキは――

「いいえ、心当たりが無いからこそ、ご出座を願ったのです……刀聖様にとっての"邪"とは、如何なるモノの事を指すのかを、お教え頂きたく……」

――と、慄然とした姿勢で告げ返すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...