流れ者のソウタ

緋野 真人

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哲学

父子の軋轢

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翌日――ソウタたちは、モトハルの手勢に導かれ、無事にソットの町へと入った。

そこで、真っ先に案内されたのは、町の最奥――小高い丘の上に築かれた、一件の屋敷であった。

この屋敷は、町の名士に当たり、この辺り一帯――"ルハ州"の州長でもある、カゲツネが居としている屋敷だ。

そう、州長――言わば、このルハ州の"知事"が執務を行い、暮らしてもいる庁舎兼官邸と言った具合の建物である。


その造りとしては――吹き抜けとなっている豪奢な大広間と、それを上まで貫く様に設けられた大階段が印象的な2階建てで、この大広間こそが、今回の会談の場だ。

一階の大広間、及び大階段を上り終えた先の二階には、件の広間を囲む様に細々と客間が並び、コレから入るソウタたちを待ち構えているのは、一階最奥中央の部屋である。


「刀聖様、我らが願いに応じてお目見え頂き、誠に恐悦至極にござりまする……」


――と、屋敷の玄関先にて、鞍上に跨っている鬼面を被ったソウタに対し、その馬首の先で畏まり、恭しく跪いて見せているのは、文官としては最上位の正装と言える、紫の衣に身を包んだノブユキである。

「……」

ソウタは、鬼面を被っているが故に表情こそは解からないが、冷酷な一瞥であろう事が伝わる態度で、無言で応じてみせる。

「……それに、士団三番隊長殿もよくぞ参られた――テンラク様、及び翼域騒乱における苦慮、如何ばかりの苦労かと同情致す……」

――と、ノブユキはあえてかソウタへの取り繕いは避け、話題を転じる態で、馬首を追随させていたヒロシの方へと視線を向けた。

「労りの御言葉、感謝いたします……連邦統領殿」

ヒロシは、直ぐ様にサッと下馬し、跪き畏まる態でノブユキへ謝意を伝える。

「――現在、"正規な"士団長の座は空位が故に、不肖私、三番隊長が天警士団を代表――及び、次世大巫女様が名代務めし非礼、お許し頂ければ祝着にござりまする……」

ヒロシが言上した、形式ばった文言を受け、ノブユキは大きく数度頷く態で、それを了承と配慮の意とするのだった。



「――ふん、いよいよ来られたか……"鬼面刀聖"と"薄ら笑み蜂"」

――と、そんな独り言と共に、一連のやり取りを二階の障子を微かに開けて伺っていたのは、ルハ州の州長、カゲツネだった。

連邦全体の重大事として、此度の会談の場とはなっているが、ココはルハ州長の官邸であり、彼が住まう邸宅――居るのは当然と言えよう。


ちなみに、ソウタの事を指すであろう異名の後に連なった"薄ら笑み蜂"――コレは、ヒロシの事を指している異名だ。

飄々とした態度のまま、時には笑みまで交えた余裕を持った様子で、"突き"を用いる彼の戦闘スタイルを観て、"蜂"を連想した者が居り、更にハクキの者にとっては、大武会にて自国の英雄たるモトハルを苦しめた敵手としての印象が深く、中傷も内包した"薄ら笑み"が付随された仇名である。


「――事実上、当世三者様が俗世に科した、制裁からの赦免を願うために、弁明の機会を自ら設けようというのは解かる……だが!」

カゲツネは独り言を続けながら、目線をずらすと……ヒロシとは逆側で馬首を並べている、アヤコの顔を見やって、歯軋りを催してみせる。

「――何故に!、"かの小娘"が皇様の勅使かぁっ?!、彼奴はこの国とっては重罪人なるぞ!?

それを忘れて!、おいそれと入国を許すとは何事かぁ!!!!」

――と、カゲツネは握った拳をワナワナと振るわせながら憤慨し、眼前に集っている部下らしき亜人種たちに向けて激昂する。

「"父上"……憤慨、御諫めくだされ。

そうは言っても、今は皇様が遣わした勅使――それこそ、"おいそれと"無下にしても良い相手ではございませぬ」

――その部下たちの中でも、カゲツネと同じくフクロウの容貌をした鳥族の者が、ズイと前へと出て彼を制する。


このもう一羽――いや、"もう一人"のフクロウ面な鳥族は、カゲツネの次男に当たるカゲムネ。

彼は、浅慮短慮に見えてしまう父の姿に対し、呆れ気味な物言いでそう宥めた


「解かっておるわっ!、故に、うぬらのみであるこの場で語っておる!」

「それならば良いですが……その様な言動を、もし会談の最中に晒す事あらば、畏れ多くも三者様への礼節を弁えぬ、ルハが者にとっての恥となり兼ねませぬ……」

激昂の勢いのまま、息子の制止に対して反論めいた言葉を吐き捨てる父に向けて、息子は冷淡にそう言い並べ、被せる様に反論しかえす。

「――ふんっ!、"ムネ"よっ!、うぬをモトハルの下へなどに預けたのは失策であったわ!

すっかりコウランが水に慣れ、モトハルやノブユキの様に、かの小娘や宗家を許す様な考えに感化されおってぇっ!」

――と、カゲツネは理路整然とした息子からの言葉に対して、苦し紛れな勢いでそう噛み付く。


そう――カゲムネは昨年頃まで、六年に渡って手勢の一人として、モトハルの下に参じていた経緯を持っていた。

亜人種ならではの相貌ゆえに伝わらないが、彼は御年二十二歳という若者――つまり、多感な時期の殆どを、英雄として名高い"御大将"の下で過ごしていたのである……父とは違い、ソウタの表現を借りれば、"コッチ"へと思想が傾いていたとしても、ある意味当然である。


「かの小娘……その父がっ!、うぬが"母と兄を死へと追い遣った”というのにぃっ!!!!」

「――っ!」

父――カゲツネが、歯軋り混じりに投げ掛けたその一言に、カゲムネは顔を引き攣らせ、返答に困って押し黙る。


言葉のとおり――二人は、かの大獄の折に妻と息子を、片や母と兄を……ヤスミツからの命を帯びた兵の凶刃の元に亡くしていた。

カゲツネが、執拗なまでにアヤコを憎んでいる訳は、その怨嗟に尽きると言える。


「……さりとて、その贖罪は、件の自害に因って果たされたと思うが通念にございます……っ!」

「それが、感化されおった証拠よ!、うぬが感情よりも、他が示す理念を先に置くは、如何にも小賢しき"ヒト"が言い分だわいっ!」

奥歯を噛み締めながら、悔し気に反論を返す息子に、父は、その言葉を千切り捨てる様にそう声を荒げた。

「ふん――まあ良い。

此度の主賓は、あくまでも当世刀聖様……この場においては所詮、小娘と"笑み蜂"は、皇様と次世大巫女様からの書状を携えた使者に過ぎんからな。

要は、それらからも全権を委ねられた、刀聖様の機嫌を損ねなければ良いだけの事よ」

息子に一瞥の目線を投げながら、カゲツネは身を翻し、邸内にてソウタたちを迎えるために部屋から出て行く。

対してカゲムネは、ノブユキとアヤコが、いよいよ正面に対した瞬間までを、障子越しに見定めてから、父の背を追って行くのだった。
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