流れ者のソウタ

緋野 真人

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祖国へ

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「ふふ♪、思えば――こうして樹海に入るのも、二十五年ぶりですね」


テンに跨ったソウタの隣で、葦毛を駆って共に樹海を行くアヤコは、明らかに物騒なこの危険地帯の様相を眺めながら、そんな嬉々とした独り言を呟く。


件の書状が届いてから十日――例の、アヤコの参画に因る混乱こそ多少はあったが、"ソット会談"の手筈は無事整い、いよいよソウタとヒロシ……それにアヤコが、ツツキの地から発つ日がやって来ていた。


互いに、威嚇の類にはならぬ様にと、此度の出席者は最低限の人数に留められる事が定められ、コチラからは、三名の他に、もう一人――

「――レンは、樹海へ立ち入るのは初めてとなりますね……如何です?、悪名高き"世断ちの樹海"に踏み入った感想は?」

「はっ、はい……体感的にはまだ、お昼前の時分であるはずなのに、辺りが暗くて……陽の光を遮る程に高く、鬱蒼とした樹々ゆえかと存じますが、やはり、恐ろしい場所なのだなと実感しております……」

そう――レンも、テンの鞍にソウタと相乗る態で、同行していた。



「――っ!?、レンを世話役侍女に据えて、同行させるだってぇ?!

ココは、"もしも"の時にも戦える、ヒカリってのが相場でしょうよ!?」

四人目――3人の世話役、要は秘書的な立場の同行者を人選する際、アヤコが挙げたこの案に、真っ先に異論を唱えたのはソウタだった。

「"威嚇にならぬ様に少数"――という前置きがあるなら、ヒカリは最もマズイ人選でしょう……あの娘の名は、今ではすっかり"流洲の魔女"として、世界中に知れ渡っているのです。

今、刀聖《あなた》とヒカリが、揃って来るとなったら――向こうは"滅ぼしに来る!!!!"、という疑念を持ってしまうのがオチです」

――と、反対する彼の意見を一蹴する体で、アヤコはそう言い切った。

「タマキ以下、直属の侍女たちの中から選ぶとしても、各々城や領地の事を任せている貴重な人材なのですから、おいそれと一人抓んで同行を命じては、領地運営に支障を及ぼし兼ねませんし、かの小屋での貴方の世話という役目を一旦終えた、あの娘に改めて別途、協力を願うのも一考だと思ったのですよ」

「いや、レンは一応、オウビからの疎開って名目で、城の事を手伝ってるのは、彼女の好意的な独断。

言ってみれば、ヨクセからの"出向"って感じでしょうよ……それを、自分の臣下扱いでアテにするのは……」

アヤコが続けて、レンを薦める事情を並べるが、ソウタも喰い下がって、彼女の主張には暴論めいた影があるコトを追求する。

「……私としては、重大な事とはいえ、このまま無下に、貴方からあの娘を引き離すのは不憫に思ったのです」

――と、アヤコは憐憫な面持ちで、口惜しき様に唇を噛みながら、そう呟いてみせる。

「――っ!、まさか……ヒカリを殊更推す理由は、旅の最中にあの娘を"つまみ食い"する魂胆ではないでしょうね?」

「んなワケないでしょ!、俺はもう、"レン一筋"ですっ!!!!!」


――という激論があった事は、レン当人は知る由も無いのだが、彼女は何時ぞやのヤマカキからの逃避行の時と同じ格好で、テンの背の乗っているのだった。


「――しっかし、いくら威嚇しないためとはいえ……馬三頭にたった四人って面子は、ちいと気の使いすぎじゃあないかね?」

「"樹海の関所まで、コチラから出迎えに行く算段ゆえ、人手の事は心配無用”――だそうだから、この形を取ったワケだけれど、宛ら、その出迎え部隊は実は刺客、アヤコ様を謀殺する魂胆ではと勘繰られても、当然な手筈だよね……これじゃ」

ソウタが溢した、愚痴めいた此度の動きに、ヒロシはそんな補足を付けて、彼の意見に同意してみせる。

「迎えるのは、当世刀聖と名高き"肩当て持ち"――そう考えれば、誅殺謀るは無意味、返り討ちが妥当と気付いているからこそ、この様な手筈に落ち着いたのだろうと思いますよ?

分かってはいた事でしたが、此度の私の入国は、相当に物議を醸したそうですし……」


アヤコが、渋い表情でそう呟いた様に――"やはり"、アヤコの会談への同席を理由とした入国は、ハクキ連邦内に波紋を拡げた。

最も物議を醸したのが、彼女の入国に際しての対応――曲がりなりにも、彼女は"終身入国拒否"という判決が下った、は"大罪人"なのである。

樹海関所を超えた時点で、件の判決を反故にした事を理由に、即刻処刑されたとしてもハクキの法には触れないのだ。


「まあ、今回は"皇様からの勅使"っていう箔も付けてのコトだから、軍や公者筋の暴挙は心配してねぇが、真に怖いのは民者――特に、例の大獄を経ているソットの住民だよ。

タマとギンが、カツトシさんから聞いたっていうハナシじゃねぇが、"理屈や志だけでは測れぬ一面を持つ"のが、"民"ってモンだからね……刀聖《俺》やヒロシさんが居ても御構い無し――とにかく只、アヤコ様を殺《や》れさえすれば、後はどうでも良いと考える阿呆は、絶対居ると思って然るべきだからな……」

ソウタは、苦々しい表情でそんな持論を挙げると、続く物騒とした話題を震えて聞いているレンの背を、優しく撫でて励ましてみせる。


「――おっ?、あの柵が……関所の門、なのかな?」

――と、馬を歩かせ続ける中、ヒロシが遠目に視認したのは……ゴサクが門番を務め続けている、例の関所の趣きであった。

しかし、今は前以て、ソウタたちが通って行くと伝わっているからなのか、門は開け放たれ、先には相当数の兵装に身を包んだ者たちが、列挙整列している姿が見て取れる。

「ほぉ……なかなか、盛大なお出迎え――っ!?」

ニヤリと笑って、列挙整列している様を眺めていたヒロシの表情が、急に驚きのモノへと変わった。

「ソウタ殿――ハクキむこうは、相当な様だよ……」

――そう、ヒロシが引き攣った様で、顎を杓った先に居たのは……大柄な熊族の武将であった。
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