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動き出す世界
接吻
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「――ふふ♪、そうですか、朝食を」
「はい……畏れ多くも、ご相伴を与って参りました」
ソウタへの伝達を終え、クバシ城へと戻ったアオイは、その報告としてアヤコの下を訪れていた。
「――ですがアオイ、"畏れ多くも"は頂けませんねぇ……私の娘と解かったからとて、態度に変化があっては不自然でしょう?
ただでさえ、貴女は当初、あの娘を恋敵と踏んで、些か辛く当っていたのですしね♪」
――と、アヤコは皮肉っぽく、アオイの豹変した様な言葉遣いを指摘して、楽し気にニヤリと微笑む。
「そっ、それはぁ……むっ!、無論!、御前においては、気付かれぬ様に努めております!」
「果たしてそうかしら?、ソウタが言うには……万が一露見する事があったならば、その原因は貴女となる可能性が最も高いのではないかと言っていましたけど?
"何せ、他人の秘め事を村中に言い触らす様な、品性を疑いたくなるヤツですし"とね」
気まずそうな表情のまま、態度だけは胸を張ってみせているアオイに、アヤコは再び鋭いツッコミを投げ掛ける。
「それは寧ろ、ソウタの方でしょうぉ~!
いずれ"情事"の後、悦楽に溺れたが故に箍が外れ、軽率に口走ってしまうのがオチかと思いますが?」
――と、"ソウタが言うには"へ鋭利な反応を示したアオイは、こめかみには青筋も立てて、そんな推察に反論してみせる。
「ふふ♪、その意気ですよ、その意気。
変わらずそうして嫉妬を醸すぐらいでなければ、男女の機微に聡い面もある娘ゆえ、怪しまれてしまうでしょうしね」
アヤコは、微笑みながらそう応じて、話題を変える意思として、側の卓に置かれた茶を一服、口にする。
「ところで――ソウタからの返答は?」
「はっ!、統領ノブユキからの会談要請――請ける旨で話を進めてくれとの由」
――と、顔付きを真面目なモノへと変じて問うアヤコに対し、アオイも同様に暗衆としての面持ちでソレに応じ、場の雰囲気の糸がピンと張り始める。
「――大儀でした。
それと、情勢鑑みれば断わるワケが無いと思い、頭目の貴女へは失礼になってしまいますが、私の判断で先だってショウゾウをノブユキ様の下へ奔らせました――許してください」
「――はっ!、それについてはお気になさらず。
尚、ソウタと息女さ……いえ、レンは翌朝には件の小屋を発ち、昼には入城する算段との事です」
アヤコが、親しい仲での礼儀を果たしながら並べた、アオイがソウタの下に居た間の動きを伝えると、返って来た
のは愛娘夫婦(※一応、まだ婚約まで)の動向を聞き、真面目なモノだった表情が幾分緩む。
「――では、明日、昼食を兼ねた懇談として、皇様と大巫女様にも此度の件を伝えましょうか。
それにしても、今晩が最後の"二人きりの夜"ですか……コレはいよいよ、近々に"孫の顔"が見れる日が訪れるかもしれませんね♪」
――その一言に続いた表情は、緩むどころかデレデレとしたニヤけたモノへと変わっており、折角張り始めた場の雰囲気の糸は、あえなく弛んでしまう。
「二人とも、その辺りは"気を付けて営んでいる"節があります故、そのご期待には沿えないかと思いますが……
特に、ソウタはこれから、満足にレンの側には居られぬ立場――その辺りを心得ておる由と見受けられますので」
「やっぱり、また屋根裏に潜んで、イロイロと探っているのね……
それを"我が娘"にまで行うのは……流石に、不敬に過ぎると言いたくなりますよ?」
――という、何気なく溢されたアオイの悪癖に対し、アヤコは表情を引き攣らせながら、そんな指摘をするのだった……
「――戸締りヨシッ!、さぁて、そろそろ行くかぁ~!」
翌朝――ソウタとレンは、三ヶ月暮らした小屋を引き払い、クバシ城への帰路に着こうとしていた。
春先らしい、柔らかな陽光が包む小屋の屋根の上には、二羽の小鳥が留まっており、その二羽は去ろうと背を向けたソウタの後ろ姿を、幾度も首を震わせながら見下ろしていた。
「……」
「ん?、レン……どうした?
何か、気になる事でもあるのか?」
その矢先、小屋の外観を眺めるレンの表情はどこか物憂げで、ソウタからのそんな問い掛けにも、無言で乾いた笑顔を覗かせるだけであった。
「……いえ、少し、寂しい気持ちになってしまって。
この、ココでの三ヶ月は――とても、幸せな日々だったなぁ……と」
レンは、そっと小屋の外壁を撫で、言葉どおりに寂しげな目線を虚空へと向ける。
「――だな。
ココから発つってコトは、俺にとっても、また世俗の厄介事に首を突っ込まなきゃならねぇってコトだからなぁ……」
――と、ソウタもポリポリと頭を掻きながらそう呟き、腰に提げた光刃の柄を睨んでみせる。
「――だけど、これまでとは違って、俺の方は妙にやる気が出て来てるかもね。
ここいらの面倒な厄介事をサッサと片付けて、早くキミを、正式に妻として迎えたいって気持ちを得たからな」
そう言うとソウタは、寂しさから脱力してしまっているレンの手を取り、そんな歯の浮く様な言葉を紡ぎ、それに驚いている様の彼女へ微笑みを向ける。
「ありがとうございます。
でも、無理はしないでくださいね?、"刀聖様を愛してしまった以上は、会えぬ日々が続く事を覚悟せねばならない"――お正月に婚約の承諾を頂いた際、そう、アヤコ様に説かれて以来、それは重々心得ていますから」
――と、レンは決然とした面持ちで、片手では胸元の襟端を強く握りながらそう言い切り、ソウタが手に取ったの方では、ゆったりと指を絡めて柔和な微笑みを返す。
「……ですが、今はまだ、"刀聖様"じゃなくて、"ソウタさん"――ですよね?」
レンは、何やら不意に俯き、ソウタの手と先に絡めたその指は、それに呼応してモジモジと動き出す。
「その……お城に戻ったら、諸々あって忙しいのでしょうし、何より、みなさんの眼もあるので、あのぉ……」
――と、レンは言い難そうではあるが、何やら色めいた素振りを醸し、そっとソウタの耳元へ口を寄せ――
「……接吻、したいです――お城へ発つ前に、ゆっくり……」
――そう、甘めな声色で囁いた。
その後、例の二羽の小鳥が、何かを真似る態で互いに啄み合っていた事の意味は、推して知るべしである……
「はい……畏れ多くも、ご相伴を与って参りました」
ソウタへの伝達を終え、クバシ城へと戻ったアオイは、その報告としてアヤコの下を訪れていた。
「――ですがアオイ、"畏れ多くも"は頂けませんねぇ……私の娘と解かったからとて、態度に変化があっては不自然でしょう?
ただでさえ、貴女は当初、あの娘を恋敵と踏んで、些か辛く当っていたのですしね♪」
――と、アヤコは皮肉っぽく、アオイの豹変した様な言葉遣いを指摘して、楽し気にニヤリと微笑む。
「そっ、それはぁ……むっ!、無論!、御前においては、気付かれぬ様に努めております!」
「果たしてそうかしら?、ソウタが言うには……万が一露見する事があったならば、その原因は貴女となる可能性が最も高いのではないかと言っていましたけど?
"何せ、他人の秘め事を村中に言い触らす様な、品性を疑いたくなるヤツですし"とね」
気まずそうな表情のまま、態度だけは胸を張ってみせているアオイに、アヤコは再び鋭いツッコミを投げ掛ける。
「それは寧ろ、ソウタの方でしょうぉ~!
いずれ"情事"の後、悦楽に溺れたが故に箍が外れ、軽率に口走ってしまうのがオチかと思いますが?」
――と、"ソウタが言うには"へ鋭利な反応を示したアオイは、こめかみには青筋も立てて、そんな推察に反論してみせる。
「ふふ♪、その意気ですよ、その意気。
変わらずそうして嫉妬を醸すぐらいでなければ、男女の機微に聡い面もある娘ゆえ、怪しまれてしまうでしょうしね」
アヤコは、微笑みながらそう応じて、話題を変える意思として、側の卓に置かれた茶を一服、口にする。
「ところで――ソウタからの返答は?」
「はっ!、統領ノブユキからの会談要請――請ける旨で話を進めてくれとの由」
――と、顔付きを真面目なモノへと変じて問うアヤコに対し、アオイも同様に暗衆としての面持ちでソレに応じ、場の雰囲気の糸がピンと張り始める。
「――大儀でした。
それと、情勢鑑みれば断わるワケが無いと思い、頭目の貴女へは失礼になってしまいますが、私の判断で先だってショウゾウをノブユキ様の下へ奔らせました――許してください」
「――はっ!、それについてはお気になさらず。
尚、ソウタと息女さ……いえ、レンは翌朝には件の小屋を発ち、昼には入城する算段との事です」
アヤコが、親しい仲での礼儀を果たしながら並べた、アオイがソウタの下に居た間の動きを伝えると、返って来た
のは愛娘夫婦(※一応、まだ婚約まで)の動向を聞き、真面目なモノだった表情が幾分緩む。
「――では、明日、昼食を兼ねた懇談として、皇様と大巫女様にも此度の件を伝えましょうか。
それにしても、今晩が最後の"二人きりの夜"ですか……コレはいよいよ、近々に"孫の顔"が見れる日が訪れるかもしれませんね♪」
――その一言に続いた表情は、緩むどころかデレデレとしたニヤけたモノへと変わっており、折角張り始めた場の雰囲気の糸は、あえなく弛んでしまう。
「二人とも、その辺りは"気を付けて営んでいる"節があります故、そのご期待には沿えないかと思いますが……
特に、ソウタはこれから、満足にレンの側には居られぬ立場――その辺りを心得ておる由と見受けられますので」
「やっぱり、また屋根裏に潜んで、イロイロと探っているのね……
それを"我が娘"にまで行うのは……流石に、不敬に過ぎると言いたくなりますよ?」
――という、何気なく溢されたアオイの悪癖に対し、アヤコは表情を引き攣らせながら、そんな指摘をするのだった……
「――戸締りヨシッ!、さぁて、そろそろ行くかぁ~!」
翌朝――ソウタとレンは、三ヶ月暮らした小屋を引き払い、クバシ城への帰路に着こうとしていた。
春先らしい、柔らかな陽光が包む小屋の屋根の上には、二羽の小鳥が留まっており、その二羽は去ろうと背を向けたソウタの後ろ姿を、幾度も首を震わせながら見下ろしていた。
「……」
「ん?、レン……どうした?
何か、気になる事でもあるのか?」
その矢先、小屋の外観を眺めるレンの表情はどこか物憂げで、ソウタからのそんな問い掛けにも、無言で乾いた笑顔を覗かせるだけであった。
「……いえ、少し、寂しい気持ちになってしまって。
この、ココでの三ヶ月は――とても、幸せな日々だったなぁ……と」
レンは、そっと小屋の外壁を撫で、言葉どおりに寂しげな目線を虚空へと向ける。
「――だな。
ココから発つってコトは、俺にとっても、また世俗の厄介事に首を突っ込まなきゃならねぇってコトだからなぁ……」
――と、ソウタもポリポリと頭を掻きながらそう呟き、腰に提げた光刃の柄を睨んでみせる。
「――だけど、これまでとは違って、俺の方は妙にやる気が出て来てるかもね。
ここいらの面倒な厄介事をサッサと片付けて、早くキミを、正式に妻として迎えたいって気持ちを得たからな」
そう言うとソウタは、寂しさから脱力してしまっているレンの手を取り、そんな歯の浮く様な言葉を紡ぎ、それに驚いている様の彼女へ微笑みを向ける。
「ありがとうございます。
でも、無理はしないでくださいね?、"刀聖様を愛してしまった以上は、会えぬ日々が続く事を覚悟せねばならない"――お正月に婚約の承諾を頂いた際、そう、アヤコ様に説かれて以来、それは重々心得ていますから」
――と、レンは決然とした面持ちで、片手では胸元の襟端を強く握りながらそう言い切り、ソウタが手に取ったの方では、ゆったりと指を絡めて柔和な微笑みを返す。
「……ですが、今はまだ、"刀聖様"じゃなくて、"ソウタさん"――ですよね?」
レンは、何やら不意に俯き、ソウタの手と先に絡めたその指は、それに呼応してモジモジと動き出す。
「その……お城に戻ったら、諸々あって忙しいのでしょうし、何より、みなさんの眼もあるので、あのぉ……」
――と、レンは言い難そうではあるが、何やら色めいた素振りを醸し、そっとソウタの耳元へ口を寄せ――
「……接吻、したいです――お城へ発つ前に、ゆっくり……」
――そう、甘めな声色で囁いた。
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