流れ者のソウタ

緋野 真人

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一冬の閑話

墓所

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「レン――」

――と、ソウタは窓から見える、なかなかの枝ぶりを誇る一本の老木を指差し……

「――前に来た時、師匠……先世刀聖の墓にも、参ったのか?」

――そう、何やら賭けにでも出たと言った素振りで、そんな事をレンに尋ねた。

「いえ、私はこの小屋の方を手伝っていたので、ソチラへは……

あの時も、墓所を整えに向かわれた方、お一人しか行っていませんでしたし……やっぱり、偉大な御方が葬られた場所ですから、観光気分で参ってみたいと言うのは、流石に憚られますしね」

「――そっか、なら……これから一緒に、行ってみないか?

俺も、小屋の整備がひと段落したら、真っ先に行かなきゃなって思ってたトコだし、あの老木の下だから、大して時間もかからないから、陽が沈む前に行っておきたい――なあに、後を継いだ"当世"が、参っても良いって言ってんだから、憚る必要なんてないよ」

レンからの返答に、ソウタはそうして誘う意味合いで応じて、彼女の胸先へと手を伸ばした。



(――手、繋いじゃった……)

――とは、ソウタの誘われ、小屋から出て行く、頬をほんのりと紅く染めたレンの心中での声である。


……唐突に抱き着くという、情熱的な再会シーンを見せつけた者のセリフとしては、ツッコミどころ満載と言えるが、その辺りは目を瞑ってやるのが後生であろう。


(あっ、あまりにも自然に手を出されたから、つい……

ソウタさんのこういうトコが、タマちゃんやアオイさんを怒らせて、皇様や大巫女様をヤキモキさせちゃうんだろうなぁ……)

――と、レンは苦笑いを溢し、自分の手を引いて前を行く、ソウタの背を微笑ましく見つめる。

(……いっ、今は私しか居ないんだし、どうせ"最下位"なんだから――ちょっと狡いかもしれないけど、良い……よね?)

レンは、握る手の力を強め、嬉しそうな眼差しを浮かべながら、そのまま歩みを進める。



着いた老木の袂には、清鑑とした石碑が立っていた――ソコに眠る者の名や、没した月日などは一切彫られていないが、佇まいには妙な威厳が醸され、ソコに眠る者の生前を物語っている雰囲気すら垣間見える。


石碑こんなの、改めて造っていたのか……俺が居た時は、埋めただけだったのに。

まあ、埋葬し終えて間々経たぬ内に、"悪さ"に及んで逃げる様に旅立った、"師殺しの悪弟子"じゃあ……知らなくても当然だがな」

ソウタは、石碑を前に屈んで、荷物に紛れさせていた酒が入った小瓶を懐から出し、少量を石碑に浴びせ掛けた後、残った分を供える形で置いた。

(――まあ、生前は会う事叶わずだった、"実の娘"を連れて来てやったんだ……三年のほったらかしは、大目にみてよ)

――そんな事も心中で告げながら、ソウタは静かに合掌し、師の御霊へ向けて礼を尽くす。

「ん……レン、いいよ」

――と、ソウタは石碑の前から退き、後ろでその光景を観ていたレンに、所作の番を譲る。

「はっ、はい!」

レンは――酒の件を省いた形で、ソウタが先にした礼儀に準拠してそれを行い、深く合掌してみせる。

(先世刀聖様――初めまして。

私は、ソウタさんに助けて頂いた、レンと申します――)

そんな、挨拶を心中で述べるレンの背中を、静かに見据えていたソウタは、徐に目を閉じる――


(――よぉ!、やっと帰って来たと思ったら女連れ……しかもそれが、俺の生き別れの娘とはなぁ……)


ソウタの脳裏に、そんな戯れた言葉が響く――コレは、まごう事無く師……リョウゴの声だった。

眼前の墓場から化け出た幽霊――とでも表したくなるが、いくら界気の妙をもってしても、幽霊の召喚や死者との会話が成った前例は終ぞ無く、かといっても幻聴、妄想の類と言い捨ててしまっては些か味気ないと言えよう。

とにかく、ココは黙って、今はこの死者と生者の会話に耳を傾けるとしよう……


(――しっかし、"父さん"としては、"様付け"されて敬語で余所余所しく話されるってのは……結構悲しいな)

(へっ!、仮に国守でも刀聖でもなくて、マトモな家庭に治まってたとしても……アンタみたいな放蕩父親なら、今頃は娘に嫌われて、口も利いて貰ってねぇのがオチだろうさ)

――という、リョウゴの愚痴に、ソウタはなかなかに鋭利なツッコミを見舞う。

(あ~あっ!、コレだから生者ってのは、気持ちが荒んでていけねぇな。

それより……何か"別の用事"が出来たから、わざわざ今日の内に参りに来たんだろうが?)

リョウゴはニヤリと笑って、茶化し返す素振りでそう問うてくる。

(ぐっ……そこまで解かってんなら、俺の"企み"だって、解かってんだろうよ?)

ソウタは何故か頬を赤らめ、投げやりにそう応えると、リョウゴは……

(ふん……まっ、既に死んじまってんだから、今更どうこう言ってもってトコもあるが――良いんじゃねぇの?、アヤコが喜びそうだしな)

――と、同じく投げやり気味に応じて、言い終える頃には破顔も示す。

(……良いのかよ?、んな簡単に認めちまって)

(はぁ?、お前に対して、俺が認めるも何もあるかよ――何せ俺は、おめぇにあの刀を……"世界を滅ぼす力"まで、全部を委ねる事を"認めた"野郎だぞ?

今更、"あの程度の事"で、認めねぇと騒ぐワケにはいかねぇだろうが)

ソウタが、言い澱み気味に何やらの再確認を求めると、リョウゴはそれを一蹴する体で会話を終えようと図る。

("あの程度"って――コレは、アンタの娘にとっての……)

(グズグズと悩んでんじゃねぇよ……おら!、もう俺は消えるからな!

ありがちな決まり文句に沿って、消えてくんなら……"後は、若い者同士で勝手にしろ"ってトコかぁ?)

煮え切らないソウタの言葉に、苛立ちをみせながらリョウゴは、そんな捨て台詞を残して煙の様に消えて行く――


そこで、まるで夢から覚めた様に目を開けたソウタは――

「……そろそろ戻ろうか、レン」

――と、再び手を伸ばし、彼女を帰路へと誘った。



「――う~ん……お昼が遅くなっちゃいましたから、ちゃんとした夕飯を食べる気は起きないですよね……

何か、小腹が空いた時に補う様なモノでも、作っておきましょうか……」

――小屋へと戻ると、レンはそんな独り言を呟きながら、当座の食料が詰まった葛籠を開け、その中身を物色している。


「レン――その前に、ちょっと話をしても良いか?」

ソウタは、居間に座るや否やにそう言って、食料葛籠の前に立ったレンを呼び止めた。
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