流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
188 / 207
一冬の閑話

小屋

しおりを挟む
二人が、各々の回想を辿っている間にも、歩は進み、目的地である小屋が見えて来た。


外観の恰好としては、切り出した丸太が疎らに剥き出しな簡素な造りの木こり小屋と言った態で、それが断熱材替わりに、萱で覆われている。

だが、大きさ――特に、居住部分は"小屋"と呼ぶには憚られる規模であり、その点からも、二人で暮らすには充分なモノであろうと推測出来る。


「――見えて来ましたね」

レンは、馬上から小屋へ向けて指を差し、目的地を無事に視認出来た安堵の表情を示す。

「ん……?、来た事――あるのか?」

「はい――皆さんが、風聖丸に乗ってオウビへ向かわれた後、ヒカリさんから管理を引き継がれた、お城付きの方のお手伝いに」

レンの言動に訝しさを模様したソウタが、振り返ってそう尋ねると、彼女は笑みを浮べ、そう返答をした。

「そっか……そういう意味でも、適任な人選ってワケね」

(――例の怪情報の件が無くても、ココに連れて来る気自体は、満々だったってコトね……

まあ、ココはこの娘にとっても、亡き父が長年を過ごしていた場所であり、その父が俺に……"殺された場所"でもあるんだしな)

――と、ソウタは顎先に手を置き、考えを巡らす態を見せながら、先に観える望郷を潜る景色に、師と過ごした日々と、件の悲しき継承の場面を重ねて、思わず眉間に皴を寄せる。

(確かに――レンは可愛いし、気立ても良いし、正直に言えば……神川様の畔であの時、"一目惚れ"してなかったと言っては嘘になる。

――だけど同時に、俺のこの血濡れた腕には、果たしてこの純真無垢な少女の身を抱く資格は無いとも思えたし、仮に彼女が俺を慕ってくれたとしても、それは"命の恩人"への感謝っていう気持ちが、過分付きで変容しただけに決まってる。

俺は、この娘に相応しくない――今回の事実を知って、改めてソレを確信した。

"運命的な恋愛譚"?、いくら何でも、そいつはキツ過ぎる皮肉ですよ……俺はこの娘にとって、"父親の仇"ってコトにもなるんだからな……)

ソウタは、脳裏にそんな考えが過り、俯きながら身を捩って、両肩に背負っている荷の位置を直した。


「――ソウタさん?、どうかしましたか?」

――と、レンはソウタの一連に異変を感じ、彼の顔色を覗き込むように、そう尋ねてみせる。

「ん?、別に何でもないよ。

懐かしさに駆られて、不意に修業時代のイヤ~な思い出を思い出しちまっただけさ」

ソウタは、気恥ずかしそうに後頭部を掻きながらそう言うと――

(――くそっ!、こういう目敏さ……母親そっくりだよなぁ)

――その心中では、改めてレンという娘の魅力を見止めてしまい、その事を誤魔化そうと歩みを速めた。




小屋へと着き、とりあえずテンの背から荷を室内に降ろしたソウタたちは、既に冬の弱い日差しではあったが、室内に陽光を迎えようと、閉め切られていた戸を開け放った。


「へぇ……ちゃんと、旅立つ前のままにしてくれてたんだな……」

ソウタはそう呟くと、土間から上がった畳の中央に置かれている、こじんまりとしたちゃぶ台風の卓に手を添え、懐かし気にその卓上を撫でる。

続いて彼は、室内を見渡し、目に付くモノ全てに頬を綻ばせた――棚に仕舞われている、"2つずつ"の食器群に始まり、無造作に積まれた、アヤコから勉学のために送られたモノを中心とした書物の類――

「――っ!?、!!!」

――その、一番上に積まれていたのは……世界観に沿った呼び名で言えば、なかなかに卑猥なタイトルが付いた"春画集"――ソウタは、顔色を蒼白にして、レンが居る方向へとその蒼ざめた顔を向けると、彼女はそこに、ナニがあるのかを把握していると解る態度で目を背けている。

「すっ!、すいません……実は、以前訪れた際、観てしまいました。

ほっ!、本来は隠しておくべきモノを、一番上に置いて帰ってしまうなんてぇ……ごめんなさい!」

「……いや、気にしないで――寧ろ、良い機会だから、薪代わりに燃やしてしまおう。

元々、頼んでもいねぇのに"俺も、お前に書物をくれてやるぜぇ♪"とかヌカして、師匠が行商人から買って来たヤツだから、後生大事に保管しとく様なシロモノじゃねぇからな」

――と、恥ずかし気に頬を紅く染め、目を泳がせながら弁明するレンに、ソウタもなかなかに狼狽しながら、コチラも弁明めいた文言を並べる。


そして、泳いだ二人の目線は、奇しくも並んで部屋の隅に畳まれた、"2組の布団一式"へと揃って移った。

すると、二人の狼狽ぶりは、焚火に向けて団扇を仰ぐ様に煽られ、互いに居たたまれなくなってしまう……

特に――ソウタにとって、件の布団が意味するモノは、旅立つ寸前までヒカリと"コト"に及んでいた処……その事は、これまでの流れからして、レンだって当に知るトコロである――もはや、この状況下で、二人が連想出来てしまうのは……"ソレ"一択であった。


「――ううんっ!!!!、このままじゃ寒いよな!、火を熾す準備から始めよう――レン、荷を解いて、持参した分の薪を出しておいてくれ――竈の用意は俺がするからさ!」

――と、ソウタはわざとらしい咳払いを、雰囲気の変わり目として立て、いわゆる"空元気"風に手順を言わばり、この流れを誤魔化そうとする。

「――そっ!、そうですね!、解かりましたぁ~!」

レンも、彼の意図を察して、そうわざとらしく応えると、ぎこちない動きぶりではあったが、頼まれた作業へと取り掛かる。

(ソウタさん――"可愛い"♪

本当は"情けない男"とかって、思うべき場面だったかもしれないけど……私の場合は寧ろ、ソウタさんのこういう"気遣い"が……)

――などと、レンはチラリと横目に、竈の蓋を開ける彼の後ろ姿を眺めながら、そんな事を思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ファンレター~希望、繋ぐ馬へ~

緋野 真人
ライト文芸
【第10回ネット小説大賞一次選考通過作品】 かつて、縁があったサラブレットにファンレターを送る程、その馬を応援していた優斗は、その馬の初重賞制覇が掛かる一戦をテレビ観戦中、ある病魔に襲われて生死を彷徨う事となる。 一命を取り留めた優斗は、その病気の後遺症で身体に障害を負ってしまい、彼がそんな身体で生きていく事に絶望していた頃、その馬……クロダテンユウも次のレース中、現役続行が危ぶまれる大怪我を負ってしまう。 退院後、半ば自堕落な生活を貪っていた優斗は、リハビリを担当していた言語療法士で、幼馴染でもある奈津美に誘われてクロダテンユウの故郷でもある牧場を訪問、そこで謀らずも、怪我からの復帰のために奮闘する彼と再会する。 そこで、クロダテンユウとその関係者たちの、再起に向けて諦めない姿を知った事で、優斗の苛まれた心は次第に変わって行き、クロダテンユウとその関係者たちもまた、優斗の様なファンの思いに応えようと、有馬記念での本格復帰を目指すのだった。 ※…優斗の半生は、病気も含めて筆者の人生を投影した、私小説の意味合いもあります。 尚、『小説家になろう』さんにて、当初書き上げたのが2016年(※現在は削除)のため、競馬描写に登場する設定やレース名などが、現在と異なる点はご容赦ください。 ※2022年10月1日より、カクヨムさんでも重複掲載を始めました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...