流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
186 / 207
一冬の閑話

切り札

しおりを挟む
その後――男時間の入浴も終わり、その中に居たソウタには、アヤコから人伝に『用があるので、自室まで来なさい』という旨の伝聞を貰い、彼女の自室を訪ねていた。


「用って……なんですか?」

ソウタは、先日のコトもあり、些か警戒した面持ちで、招聘の理由を伺う。

「件の小屋で過ごしたいという旨――了承致します。

その"条件"として……レンを共に連れて行って、一緒に暮らして欲しいのです」

単刀直入にアヤコが言い放った、ソウタにとっては、なかなかにショッキングな要求に際し、彼は口に含んでいた、出された冷水を飲み込み損ね、思わずむせてしまう。

「――っ……どういう、コトっすか?」

「……なぁに、単に、身の周りの世話を担う者が必要でしょう?――というコトです。

先に、私からお願いしておいたので、一人暮らしを固持される様なら困ります」

――と、ソウタの動揺を見透かした様に、アヤコは余裕綽々な態度で、そう言い捨てた」

「身の周りって……俺は、元々一人旅の身の上なんですから、一人でも別に支障は……」

ソウタは、渋い表情でそう応じ、煙に巻く気が見え見えな態度をみせる。

「――"母"の目が届く処に居る以上は、"ありがちな流者の旅暮らし”の様な、だらしない生活は許しません。

イロイロと聞こえて来ていますしねぇ……路銀が枯渇して、食うや食わずの野宿生活……みすぼらしい身なりに、口の周りは常に無精ひげ――その様な有様で、"支障など無い"と言おうとしている口は、ドコにあるんでしょうねぇ~?」

アヤコは、完全に優位に立った様で、ソウタにも心当たりはある、旅の流者の放蕩生活の代表例を指折り挙げる。

「――だからって、"専属の侍女を付ける"ってのは……しかも、それがレンってのは、一体、どういう了見なんです?

それに、やたらと"くっつけたがって"いたのは……"ヒカリの方"だったじゃないんですか?」

ソウタも負けじと、アヤコの目的を見透かす素振りで、これまでの計略を看破してみせる。

「ええ――確かに、リョウゴ様から貴方への継承を告げられる前までは、貴方とヒカリが夫婦となって、揃って私に仕えてくれる事が、私のささやかな願望でした。

――ですが、貴方は光刃を継ぐ事となり、私の側からは離れ、ヒカリもまた、貴方との婚姻は望んでいないと言う……ですからコレは、その辺りの私の思惑とは"別のモノ"です」

――と、アヤコがスラスラと、ソウタが含めた指摘に応えていると、彼は驚く様に目を見張って唖然とする。

「あらぁ~?、もしかして、アオイの雑言を真に受けて、ヒカリがまだ、自分との婚姻を望み続けていると思っていたのですかぁ~~?

操も奪っておきながら、三年の間も放ったからしにしておいて……"今でも俺に惚れているはず"は、いくら何でも虫が良過ぎます!」

ソウタの驚き具合が勘に障ったか、アヤコの文言は"お説教モード"へ移行――次々と、ソウタの態度や行動の問題点を挙げ列ね、彼の精神を怒涛の様に追い詰める!


「――ふぅ!、コレで少しは、自分の軽率さが解かったでしょう?」

「……はい。

でも、尚更この度、レンを俺の側へ付けるという言い分は理解しかねます――こんな"サイテー男"の側に、名目上は"ヨクセから預かりモノ"である、彼女を置こうってのは……」

"お説教モード"で、すっかり打ちひしがれた様でも、ソウタは肝心な部分への追及は止めず、自虐も込めた文言で、更にアヤコの意図を探ろうとする。

「それは――あの娘になら、貴方は"悪さ"をしない、出来ないと言える自信が、私の印象としてあるからです」

「……へ?、それじゃあまるで、あの娘になら、俺は一切欲情しない――言うなれば、あの娘には"そーいう魅力"が無いとでも?

……こう言っちゃあ何だが、誰が見ても"上玉"って言う程の美貌の持ち主なのは明らか――女性の容姿を値踏みする趣味はねぇが、あのシオリさんとだって、勝るとも劣らな……」

――と、アヤコが突飛に挙げた根拠に、ソウタが反論を挙げ列ねて行くと、彼女はニヤっと意味深な笑みを浮べた。

「――ソレをいままで、それこそ"二人きりで野宿"、"命の恩人という揺ぎ無い優位性"という、絶好の機会がありながら……手を出していないというのは、貴方はあの娘に"本気で惚れている"――そう、思うからですよ♪」

アヤコは、それこそ自信が確信に変わった事を喜んでみせている、満面の笑みを浮べ、そう言い切り――

「――"愛情"とは、ある意味、対象への保護本能の発露と言えなくもありません――つまり、"惚れている"と"守りたい"は、同一線上にある感情であると、私は思っています。

邪推すれば、貴方は自分が幼少時に経験した悲劇と、彼女の此度の境遇が重なった――その経緯から、凌辱される事を恐れていたあの娘の様子を知っている分、"そーいう目的"で彼女に接するコトが、躊躇われた憶えがあるのでは?」

――という、指摘も付け加えると、ソウタは例の野宿の夜のコトを思い出してハッとなる。

「ふふ♪、図星――の様ですね♪

それに……貴方が更に手を出し難くなる"切り札"だって、今、切るつもりですから」

アヤコは、意味深にそう告げると、何故か身を正し、真っ直ぐにソウタの瞳を見据えた。


「あの娘――レンは、私の娘なのです」


――と、至極真剣な眼差しでそう告げたが、ソウタは……

「……あっ!、あの娘が実は、ツツキ生まれだってハナシのコトですか?、両親がアヤコ様の侍女と近衛だったってヤツ。

それなら、当に知ってます――俺やヒカリのコトを、自分の息子や娘と呼んでるみたく、あの娘のコトも、そう呼ぶようにしたんですね……」

――突拍子も無く放たれたアヤコの主張を、茶化す態でそう濁そうとする。


「――いいえ、"本当の"私の娘……リョウゴ様と私の間に生まれ、私が産んだ正真正銘の"ハクキ宗家の血を引く娘"。

世が世ならば、次のハクキ国守――今ならば神具、"白半玉"のみを継ぐコトが出来る、唯一無二の存在なのです」

――アヤコが明らかにした、衝撃的な事実に……ソウタもまた、"正真正銘"な意味合いで、全身を硬直させるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...