流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
176 / 207
答え

黒き慧眼

しおりを挟む
続いて、ここは数ヶ月前に激戦が繰り広げられた地――ホウリ平原。

そこに、野営を張っている一団が立てている旗印は――"奇しくも"、スヨウ第三軍のモノである。


いや、正しくは『新生』という括りを付くのが適当な、ユキムネが率いる新編成の軍団の陣。

『奇しくも』は、余計な一言ではある。


「ほう――"よもや"な展開ですね」

その本陣で、刀聖撤退の情報を告げられたユキムネは、仮面越しに顎を抑え、掠れた声でそう呟いた。

「何が――『よもや』なのです?」

ユキムネと対して、発言の意図を尋ねたのは、副将であるリノである。

「ふふ――当世刀聖様と、間近に接したリノ嬢からすれば……予想どおりの展開でしたかな?」

ユキムネは、茶化す体でそう言い、彼は側に置かれた茶碗を取り、一服の茶を啜った。

「いえ……大打撃を与えながら、追撃を掛ける事なく退く。

そんな、奇妙に写る一手など――父の教えには無かったもので、御家方様の下で軍師をされていた、三軍将様の見解を尋ねたまでにございます」

リノは、ユキムネの戯れ言を無視して、言葉どおりに今回の刀聖の動きについての見解を彼に急かす。


コウオウ戦役での実績経験と、そこで起きた目の前での父の戦死という出来事は――彼女に劇的な成長を促していた。

もはや彼女は、数ヶ月前に初陣を飾った、齢十七の可憐な乙女武者ではなく――刀聖を前にしながら、死線を潜り抜けた、一介の武士へと育った様相と物言いである。

まあ――初陣と言うには、幼い頃からの養父に連れられての参陣も含めるなら、正しい表現ではないかもしれないが。


「――私の見解ですか?

そうですねぇ……在り来たりとはなりますが、"不可解な撤退"というのが一番適当でしょう」

ユキムネはまず、自虐的な言い訳も混ぜながら、至極当たり前な見解で口火を切り――

「しかし――それはあくまでも"軍事戦略上は"という、曰くが付いて来ますがね」

――明らかに、何かをはぐらかしている体で、独自の見解を織り交ぜた。


「"真の戦"とは――卓に並べた駒遊びとは違い、必ずそこには、政治という利害の要素が付いて回るモノ。

その『利』の部分を得るためには、定石や当然と言える一手を、"あえて打たない"方が後に有利に、いえ、"思惑どおりに"、働くかもしれないという事です」

ユキムネは腕を組み、得意気にリノへ謎かけ染みた見解を付けた。

「――と、言いますと?」

リノは率直に、ユキムネに言葉の意図を再度問うた。

「私の解釈どおりならば――刀聖様は、この翼域を各国、各勢力の"狩場"と化し、奪い合わせる御つもりだと思っています」

「えっ!?」

ユキムネが告げた驚きの見解に、リノは表情を険しく変えて驚愕する。

「――よっ!、世の乱れを鎮める存在であられる刀聖様が、その『乱れ』を助長しておられると言うのですか?」

リノは顔を引き攣らせ、食い下がる体でユキムネにまた疑問をぶつける。

「一言で言えば――"見捨てられた"のですよ。

我ら、ツクモの民はね……」

ユキムネは項垂れ、溜め息混じりに、そう呟き――

「――このホウリ平原にて、刀聖様が光刃現眼せしめ、当世の憂いをあの光の刀で払われ様とされたというのに、その答えとして、我らツクモの民が差し出したのは――"新たな戦乱"という、鎮守を示されたその御意思を踏みにじる所業。

ならば、好き勝手に争い、満足行くまで殺し合えば良い――もう、自分は、いや……皇様や大巫女様をも含めた、この"世界の要たる三者"にとって、もはや民の平穏などは与り知らぬ事。

そんな御意思が、この撤退の意味だと私は思っています」

――残念そうに、陣内のツクモ図を見やり、憂いを帯びた表情でそれに触れた。


「萬神道の原典にまで辿ると――刀聖様には、救世主然とした英雄譚の影に、必ず民への戒めとして、滅びを遣わす、破壊の神としての側面を示す記述があると言います。

あの占報で御見せられた、かの鬼面は……それを意味しているとも言えましょう」


ユキムネは――この場にソウタが居たなら、拍手をしていたと言える満点の見解を付け足した。

やはり、この黒面の策士――只者ではないらしい。


「!!!、それならば――その"発端"を、切ったとも言えるのは……」

「ええ――根本的に言えば、この事態を招いたのは我らスヨウ……そういうコトになりますね。

刀聖様が仰ったという、虐殺事件の真相どおりならば」

ハッとなって、その推察の先にある意味を悟ったリノに、先行してユキムネは自戒を込めた言葉を辛そうに咀嚼する


ヤマカキ事変の真相について、スヨウは未だ関与を認めてはいない――ただ、光刃現眼と邪としての断罪を経て、刀聖自身のテンラク召喚の後は、謀反以前のクリ社の名の下で、事変の再調査が命じられ……どうやら、鬱積した国境警備隊の暴走――という名の人身御供へと収まりそうで、玉虫色な決着を迎える気配であった。


「――そう、思うからこそ、御家方様は先の邪なる行いの贖罪として、私たちをこの翼域へと遣わした……と、思うべきだとも言えましょう」

黒面越しなので、表情こそは解らないが、ユキムネは拳を握り、それをリノの眼前に示した。

「刀聖様に替わって、その鎮守の思いを果たす――我らの本懐は、そこにあると思いませんかな?、リノ嬢よ」

彼はその拳を解き、リノに握手を求める体でその手を差し出した。


リノは、その出された手をまじまじと見やり――

(相変わらず――この、気色の悪い黒面のアヤしい感じは凄くイヤだけど、言ってる事はきっと、おじいちゃんがこの場に居ても言いそうな言葉なんだよね……)

――と、義父に扮するつもりで彼女は、ユキムネからの握手を力強く応じて見せた。


「ふふ――ありがとうございます」

リノの同調に、嬉しさを現す笑い声を乗せて、礼を述べたユキムネは――

(これで――しばらくは、彼女を始めとした旧態の兵たちからの私に向ける疑念も和らぐでしょう。

旧態の兵たちが抱く、前任者から彼女へと続く強い信義と、その身が醸す一種のカリスマ性は、十七の娘の身に余る影響力。

それを活かすには、私の様な者が正しく御す必要がありますからね……)

――と、その心中では、リノとそのシンパの懐柔は成ったとほくそ笑んでいた。


(三者去り、俗世は民の手に委ねられた――その時こそが、"真なる革新"を成す好機っ!)

ユキムネが隠している彼の素顔は、仮面の下で決意に満ちた表情を現わし、強い眼光を据わらせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...