流れ者のソウタ

緋野 真人

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聖狭間退却戦

聖狭間退却戦

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「頃合い――ですね」

――と、籠馬車の中から、シオリは丁度、タマが歩兵の中を突破した右翼の様子を見やり、戦況を察してそう呟き、サトコと何事かを頷き合う。

「ヒカリさん――音響強化の界気、お願い致します」

更に、御者を務めるヒカリへ、これも何事かを頼んだ。



「ぎゃああああっ!」

「うわぁぁっ!」


「まっ、まだバテねぇのかよぉ……もう、ざっと二百は相手に取ってるってのに!」

ソウタを包囲する一団の中で、指揮を取るヤヒコは、四方から襲い掛かっても軽々と捻じ伏せ、八方から攻めてもまとめて斬り伏せて見せる――ソウタの、尋常ならざる動きと、息一つ乱さない無尽蔵に写る体力に、顔を引き攣らせ、部下たちが次々と挙げる断末魔の声を聞いていた。


「おぉぉぉ――っ!!」

「ぐわあああっ!?」


「へへ――そぉらっ!」

「ぎゃああぁぁぁぁっ!!!」


それに加え――まったく違う方向からも、柄が撓る槍の突きの音と、2つの斬撃が、続けて空気を裂く音が響き、それは、何者かの絶叫と共に木霊する。


「たっ、隊長……包囲の一点に、カオリと二刀烈警が――」

「!?、くっ!、くそぉぉっ!」

そこに入った、カオリとハヤトの参戦の報せを耳にしたヤヒコは、ワナワナと手に持つ刀を震わせ、悔しげにそれを、濡れたこの場の大地に突き立てた。


「この場に集う!、荒ぶる武者たちに、皇とぉっ!」

「――次世大巫女がっ!、アマノツバサノオオカミ様より託された、神具が名の下に告げますっ!」

――と、その時、ヒカリが界気で音量を増した声で放たれた、二人の声が戦場の全域に響き渡った。


「――そのっ!、荒ぶる刃を!、一旦収めなさいっ!」

「我らが成そうとする事はっ!、テンラクあまふねが下へ戻る事に非ずっ!

我ら三者は――"人なる獣"が俗世との関わりを断ち、その"人なる獣"に、この俗世を委ねる事と決しましたっ!

我らは、北の果てへと退く――これはそのための行脚でありますっ!」

二人は、力強い物言いのまま、行幸の目的を連合軍へと明かし――

「――へへっ♪、そーいうこった」

――と、二人の声が放たれた時、タカヨシの首筋にドスを突きつけていたリュウジは、ニヤッと笑って、その刃を退いてみせた。


「ふぅ――解ったら、もう止めときなよ。

好んで、光刃コイツに五体を消して欲しいワケじゃねぇんだろ?」

ソウタも光刃を収め、二人の声が響いた瞬間に対峙していた、若い八番隊員の耳元にそう囁いた。


「――これはっ!、アマノツバサノオオカミ様からの啓示であると心得ております。

それほどに、民が我らの手から離れる事を望むのならば、委ねてみるのも一考であろうとっ!」

シオリが得々と告げる、此度の決断の経緯を聞いた、タカヨシは――

「――ならば我らは、既に勝っていたというのか?

三者に"支配"されていた、この世界の古き理に?」

――と、彼女の声の意味を咀嚼し、呆然とした体でそう呟く。

「――そういう事になるね。

でも……僕みたいな、キミたちが言うトコロの"古臭いツクモ人"は、キミたちの考えとは相容れない――だから僕らは、北の果てまで大巫女様たちに付いて行く事にしたのさ」

戦線を突破し、ゆったりとタカヨシの前へと立って、そう言ったのは――返り血をしたたかに浴び、羽織りのあちこちを紅く染めたヒロシであった。

「でっ、では、何ゆえにうぬらは、さっさとは退かず、我らと刃を交わして居るのだぁっ!?、

それが解っていたら、この様な屍の山を築かずに済んだはず――」

タカヨシは、自分の周りに屈している部下たちの遺骸や、前方で刀聖を相手にして果てた、八番隊の若者たちの躯を見やり、理不尽を訴えてヒロシを睨む。

「――僕たちは、その意思を示す意味で、砦を空にして発ったはずだよ?

だけど、キミたちは、それには眼もくれずに……"わざわざ"、この聖狭間で僕たちを待ち構えていたんじゃないか?

この一戦は、それを突破して、無事撤退を果たすための退却戦のきいくさのつもりだけど?、僕たちからすればさ♪」

ヒロシは、ヘラヘラとイヤらしい笑顔を造り、睨むタカヨシの眼光に、寒気も及ぼす程の冷たい眼差しを送る。

「うっ!、嘘だあぁぁっ!、これはっ!、これは単なる見せしめ――っ!?」

「――よく、解ってるじゃないか♪

刀聖様も……占報で、仰っていただろう?、"駄々を捏ねる子たちの、お尻を叩きに行く"って?」

喚くタカヨシの耳元に、顔を寄せたヒロシは小声で、あくどい笑顔でそんな囁きを始める。

「キミたちは、本当に駄々っ子だよ――自由だ、秩序だ、それが民の総意だと騒ぎ立て、何でもかんでも、一新、改革、革命だと、"これまでの事"をとにかく否定する……自分たちが、その"これまで"――先人たちが築いてくれた、礎の上に立っている事を忘れてね。

僕たちは――僕たちだけは、そうはなりたくないと思うから、ツツキへと退くのさ……もう、こんな世の中はウンザリだとね」

ヒロシは、侮蔑の表情で北コクエ軍の悲壮な姿を見渡し、くるりと彼らに背を向け――

「――でも、これはキミたちへの"お仕置き"であると同時に、キミたちへの"戒め"だ。

この俗世を委ねられた、キミたちの行いが眼に余る様なら――刀聖様と僕たちは、樹海の奥から何時でも、キミたちのお尻を叩きに戻って来るよ♪」

――と、振り向く事はせずに、楽しげな声音が醸す不気味さをその背に纏い、彼はまたゆったりとその場から立ち去った。
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