流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
168 / 207
聖狭間退却戦

術中

しおりを挟む
「なっ……何なのだぁ?、この陣形は!」

聖狭間の湿地帯を見渡される場所に、部下と共に馬を並べて居る、タカヨシは愕然としていた。


ソウタたちが取った陣形とは――ミスズ率いる六番隊三千五百と、ヒロシ率いる三番隊三千が、左右両翼真っ二つに分かれて展開し、そのポッカリと空いた中央部には――

「――"本陣"とも言うべきな、皇と大神官が乗る籠馬車を、裸同然に等しく晒し、それを護るは……"たった四騎のみ"だとぉ!?」

――そこには、タカヨシの言葉どおり、サトコたちが乗る籠馬車と、それを護る例の三人……その先頭には、鬼面を被ったソウタが、光刃を抜き放って鎮座していた。

「"武の象徴"の後ろには、「皇軍の女傑』と、物見の報告どおりならば、あの『二刀烈警』――それに、流洲の関では天変地異規模の界気術を使ったという、噂の娘。

烏合で数を成すよりも、精鋭中の精鋭を並べる事で、我らを威圧しようというのか!」

タカヨシは、ゴクリと唾を呑み、額には冷や汗を掻いて唸る。


「将軍――これでは、鬼面の刀聖が孤立している様に見せてはいても、ど真ん中で最も強力な一隊が、全方位に睨みを効かせている様……迂闊には動けませんな」

「ああ……その一隊を抑えようと踏み込めば、主力である両翼に包囲されてしまうし、両翼を牽制しながら攻めては、その程度で打ち破れる相手ではない!」

タカヨシたちは悔しげに、目の前の光景を改めて観直し、この陣形の妙味を噛み締める。


「へへ♪、おめぇらが仕留めたいのは俺だし、捕らえて利用してぇのは――サトコやシオリさんだろ?

来いよ!、この鬼の神様が……たっぷりと遊んでやるからよ」

ソウタは、重苦しい空気が漂い始めた北コクエの兵たちの姿を、遠くに見ながらそう呟いた。



(明らかに――周到に練られていた様相と言える手配りの良さ。

まんまと読まれ……そして、策謀に嵌められたのは、我らの方という事か!

隊長格の策か?、いや――当世の刀聖は、武勇偏向の愚雄ではないと思うべきか……)

タカヨシは心中でそう呟くと、馬首を翻し――

「この戦場――もはや、"詰まれて"おる。

ヤヒコ殿に伝令!、ここは退くべきとの進言を――」


――ドン!、ドン!、ドン!


その時、ツクモの戦においては共通の合図――『全軍総突撃』の布れを示す、三度の足踏みの轟音が聖狭間に響いた!


「!、近い――まさか?!」

「――八番隊長より伝令!」

その足踏みの轟音と、それの音源の近さに顔色を変えたタカヨシの下に、背に旗印を差した伝令係が駆足でやって来た。

「『我ら、突貫せり――後、刀聖の御首みしるしが掲げられる様、ご覧にいれ候』」

伝令係は、跪いて畏まり、殴り書きをした書状を開いて見せる。

「!!!!、愚か者がぁぁぁぁっ!

武勇偏向の愚雄とは、コチラに居たのかぁぁぁぁっ!?」

タカヨシはその書状を受け取ると、使者である伝令係の目の前でそれを破り捨て、まとめて報告されるのも覚悟で、ヤヒコの軽率な行動を罵る。

「仕方がない……我ら北コク三軍、精一杯の援護はすると伝えてくれ。

後は――己が武運に全てを委ねるとな」

タカヨシは、顔中に滲んだ憤怒の汗を拭いながらそう言い、会釈をして去って行く伝令係の背を見送る。


「場の手前――『精一杯』とは申したが、射掛けるだけの援護のみで構わんっ!、自らの退路を保つ事に、全力を注げっ!

この様な、既に詰まれた戦場で――若輩者どもの愚行に付き合い、命を捨てる必要はなぁいっ!

それが!、我ら北コクが送れる『精一杯』だぁぁぁっ!」

タカヨシはまた、憤怒の表情を浮かべ、そう自分の部下たちに下知をした。



その下知を、遠くから漏れ聞いた、例の伝令係は立ち止まり――

「ふぅ――これで、"下拵え"は済んだな。

後は、突貫を逸った八番隊を、袋の鼠とばかりに蹂躙するだけよ」

――と、何やら立場が違う物言いを呟き始めた。


伝令係が、士団の軍装を脱ぎ始め、深く被った陣笠を取ると――そこにあったのは、なんとアオイの凛とした顔立ちである!

そう――この伝令係の正体は、工作活動として連合軍の陣営に潜入していた、アオイだったのである!


実は、この少し前――


「――ちっ!、ナメた陣形だなぁ……あの刀聖らしい、余裕を噛ました陣形だぜっ!」

ソウタたちが構えた陣形を観たヤヒコも、タカヨシと同様に、その奇抜に写る様に眼を見張っていた。


「『かかって来い』って事かよ――上等だっ!、なぶり殺してやんよぉっ!」

だが、彼は――それをソウタからの挑発と理解し、抜刀して興奮している。

「おっ!、お待ち下さい!、隊長ぉっ!」

――と、一人の八番隊員……副官を務めている、ヨシタケという若者が、血気に逸る隊長上司を諌めに掛かった。


「確かに……この陣形は観るに明らかな挑発。

ですが即ち、それに乗るは敵の思う壺――」

「――だからどうしたぁっ!?、そうだとしても、あの両翼との距離の開かせ具合を観ろっ!

踏み込んでも、直ぐには容易に囲みきれはしない距離間――つまりっ!、たった四人で、一万に迫る兵を迎え討ってやる、てめぇらにはそれで充分だって、鼻で笑ってる様な構えじゃねぇかよぉっ!」

ヤヒコは、ヨシタケの進言を一蹴する体で、更に興奮して刀を握る手を震わせた。


(やれやれ――この様な軽率な将の下に着いては、ココの隊員には同情するな)

側で会話を聞いていた、例の伝令係――アオイが扮した八番隊員は、顔を伏せながら渋い顔をしていた。


(さて、"もう一押し"あれば――まんまと、"袋の中に"飛び込んでくれそうだが……)


「――三軍将より伝令!」

――と、その時、北コクの旗印を腰に差した、北コクの伝令係が叫ぶ声がした。


タカヨシは――この様な伝令を、この時に送ってなどいない……つまり!

(――良い頃合いだ、ヨシゾウ)

伝令係の陣笠の下から覗く顔を観たアオイは、そんな事を思いながらほくそ笑む。


そう――この北コクからの伝令は、ヨシゾウが扮した者!、偽の伝令だ!


「『刀聖、言うに及ばぬ愚劣ぶり――祭り上げられただけの愚雄が御首、このツクモの"夜明け"のために、掲げられる様を所望す』」

先に描いた、アオイ扮する伝来係の様よろしく――ヨシゾウが扮する偽の伝令は、跪いて畏まり、殴り書きをした書状を開いて見せた。


無論――この書状は、ヨシゾウが自ら書いたニセモノ。

彼は、筆跡を真似るのが得意で、書状の偽造はお手の物で、彼曰く――昔取った何とやらの数十年ぶりの仕事ではあったが、よ~く注視しなければ見破れない、なかなかの出来栄えである――

「――へへ、へへへへへ……っ!」

――ましてや、血気に逸る若武者の眼力で看破出来る様では、元は付くが三大国の暗衆は務まらないであろう。


「みんなっ!、刀聖の陣――いや、そう呼ぶのも憚れる、たった四人が護る籠馬車に向けて!、突貫を仕掛けるぞぉ~っ!

――おいっ!、タカヨシさんのトコに、伝令しに行って来いっ!」

ヤヒコは、側に置かれた紙に殴り書きで、例の文句を記してアオイが扮する伝令係に手渡す。

「――はっ!」

受け取り、畏まって命に応じたアオイ扮する伝令係の口元が、微かにほくそ笑んでいたのは……その場の誰もが気付いていなかった。



「それにしても――えげつない策を思い付くものだ、ソウタ彼奴め……コレでは我らが、宛ら悪役ではないか♪

意外と頭が切れるトコロもあるからなぁ……そっ!、その、少し危うい感じも、またなかなか……」

一体、ナニを考えているのかはご想像にお任せするが、軍装を脱ぎ棄てたアオイは、顔を火照らせながら、数度頷いてみせるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...