流れ者のソウタ

緋野 真人

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助っ人

反対

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「――皇様、大神官様、ようこそ、我らが北方砦へ」

北方砦の門前に到着した、サトコとシオリを乗せた籠馬車に向けて、ミスズはゆったりと平伏し、二人の来訪への御礼を述べた。

「六番隊長――わざわざの出迎え、痛み入ります」

籠馬車の天蓋をめくり、立場的には最上位となるサトコが、皆を代表して出迎えを労った。

「仔細は、三番隊長からの書状で、理解しておられますね?」

サトコの隣から、シオリが平伏したままのミフユに、来訪の意図について触れると――

「――はい、心得てはおります故、まずは中へ。

随伴の皆様や、三番隊の皆も」

――彼女は、狼族ならではの牙を晒す複雑な表情をして、皆を砦の中へと誘った。



「!?、ツツキに――行かないですって?」

北方砦の指揮室にある、上座へと座ったサトコは、下座で平伏したまま、畏まっているミフユに、驚きの声を送った。

「――はっ!、どうか!、私の気持ちをお察しください……

この奥翼おくよくの地を脱し、おめおめと彼奴らに明け渡すは――六番隊長として、士団員として、何より一介の武人として……それは戦わずして自らの負けを認める恥辱!、この願い――どうか、お許しを頂きたく……」

ミスズは――最大限の謝辞を以て、ツツキへの撤退を拒む意を示していた。

ちなみに、彼女が言った『奥翼の地』とは、世断ちの樹海と接した翼域北部、タマたちが樹海へと踏み入った地帯の事を指す。


「ろっ、六番隊長様……我らは、決然とした意図を持って退くのですよ?

後の憂いが、この世界を満たさぬ事を臨んで」

シオリは顔色を変え、ミスズの説得を始めるが――

「その事は百も承知にござる――故に、退かぬは"私一人"の意思にしか過ぎません。

私以外の六番隊員――三千有余の者には、皇様たちの意に沿う様にと、言い伝えております」

――と、先手を打つ形でミスズは、外に集めてある六番隊員たちの方に手を向け、その隊員たちは身を正して畏まる。

中には――響く、そのミスズの言葉に、悔しげに涙を流しながらうな垂れている者もいた。


「ミスズさんっ!、ちょっと待ってよぉ~っ!」

「やれやれ――ソウタ殿の計らいで、一人で早駆けして追いかけて来たのは正解だったね。

お堅いキミなら、言い出しそうな気もしてたから」

同席を許されていた他の隊長格――ソウタハルと、遅れての合流となるはずだったヒロシも、ミフユの説得に加わった。


「ハルさん、ヒロシ殿――私の、武人としての気持ちを察してください。

ヨシノブ団長やジョウケイ殿を、謀反の末に殺害せしめた彼奴らに、一矢も酬いずに退くワケには参りません!

ですから、私一人で向かっているという八番隊と、北コク三軍を迎え撃ち――立派に、この戦場にて果てる決意にございます!」

サトコたちの側に座した二人の隊長に、ミスズは深々と頭を下げて、自分の意を酌んで欲しいと願った。


その願いを聞き終えたヒロシは、急に顔色を変え――

「ミスズ――忠義や恩義を、盾にするんじゃないよ。

キミが単にツツキの御領主――アヤコ様に対して、"腹に逸物"を抱えているからじゃないのかい?」

――普段の飄々とした態度とは違い、冷たい空気を纏った問い掛けを、ミスズへと投げた。


「!?、そっ、それは……」

ミスズは言葉に詰り、返す言葉が見つからずに目線を逸らす。

「――キミはハクキの生まれで、父殿は先の大戦時に抵抗勢力に組し、国守であるヤスミツ様の命で捕らえられた末、晒し首にされた――これは、キミから直接聞いた身の上だ。

ハクキには、終戦から二十五年を経た今でも――ヤスミツ様の娘で、白半玉御神具も当然の様に継いだアヤコ様が生き延び、お荷物とまで言われてる僻地とはいえ、そこの領主の座へと収まり、一定の権力を与えられている事を――快く思わない者が相当数居ると聞く。

キミは、その筋の考えを抱えているから、ツツキに行くコトは成らないと言っているのではないのかい?」

ヒロシは、口調こそは普段の飄々としたモノだが、その眼光は酷く怒気が滲み、この場の空気を張り詰めたモノに変えた。


「……」

――そんな空気に気圧されてか、ミスズからは、押し黙ったままで返答は出ない。


「図星――と思って良いようだね?

それならば、士団の仲間としては看過出来ないよね……ましてやキミは、一隊の隊長という立場。

私情を挟んで、士団そのもの……つまり、大巫女様の御意思に基づく戦略に、異を唱えるってのはさ?」

ヒロシは険しい表情でそう言うと、自分の羽織りの襟を掴み――

「それがしたいのなら、その羽織りを脱いでからにしなさい。

その覚悟を持って、口にしている決心なんだろうね?」

――と、それを着正す事で、決意の程を示せという威圧をする。


「――っぅ……」

ミスズは、羽織りの袖を握り、声にならない嘆きの息遣いを聞かせ、ホロっと悔し涙を溢し始めた。


「うわぁ……ヒロシさん、ついに泣かせちゃったよ」

ハルは目を細め、眉間にシワを寄せて、ヒロシを睨み――

「三番隊長!、少し、厳し過ぎるのではありませんか?」

――サトコは諌める体で、ヒロシの姿勢に苦言を呈す。

「"士団が大巫女の私兵と化している"――それが、謀反一派が決起に至った理由にしている時勢なのです。

その言い方では、それを認めている様なモノ……確かに、大巫女は士団長の最終人事権者ではありますが、それを行使したのは、後にも先にも『邪』に組したとされた、アキノリ殿を更迭した時のみ。

三番隊長殿――内々の席とはいえ、その発言は撤回を願います」

続けて、シオリは綿々とした公者らしい理論武装で、ヒロシを責め立てる。


「――あれ?、何だか、僕が苛めてるみたいになっちゃったね。

これぞ、"女の涙は"……って言っちゃうと、撤回しなきゃならないモノが増えちゃうだけか……」

ヒロシは、相変らずに飄々と、面倒そうに後頭部を掻きながら――

「――解ったよ、『大巫女様の御意思』は撤回する。

でも、僕は主張を曲げないよ?、今のキミは――"生まれながらの自分"と"士団員としての自分"が鬩ぎあっていて、それで出した結論が、さっき自分で言った様な、一人で残り戦うなんていう自害に等しい暴挙。

ミスズ――僕は、キミの師匠とか言う柄ではないけれど、それと同じくらいに昔から、キミとは同僚として接して来た自負がある。

キミほどの武人を、僕はこの局面で無駄死にさせたくはないんだよ」

――と、軽薄な発言で顰蹙を買いながらも、ヒロシは臆する事無く、強い眼差しをミスズに向けてそう言った。


「ヒロシ殿――なれば私は、どうすれば良いのですか?

士団員として……そして、この世界のためを思えば、ソウタ殿の考えに同調し、行動を共にするは最善の策と思います。

ですが、お察しのとおり――私は、父を殺めた悪君の娘の下に、この身を寄せる気にはなれぬのです」

ミスズは涙混じりの声でそう呟き、建前を捨てたホンネを吐露する。


「"悪君の娘"――とは、ヒドい言い様だね。

アタシも姉様も、アヤコ様とは直に接したし、それとなくツツキの皆からもイロイロと聞いたけれど、イイ領主様だと思ったけどなぁ?」

「僕も、ハルちゃんと同意見だよ。

アヤコ様と直に会った、大神官様やハルちゃんには敵わないけど――ソウタ殿を始めとした、引き取られた孤児たちの姿を見ていれば解る。

その彼らの養母であられる、アヤコ様のお人柄はね」

ハルとヒロシは、アヤコの擁護に周った意見を言うが――

「――二人は『邪』の烙印を捺された、ハクキの者が味わった屈辱を知らぬから、短絡的にそう思えるのです。

しかし、ソウタ殿と接し、その精錬な姿勢を知ってしまった事が――私の考えを惑わすのですよ!」

――ミスズはまた涙ぐみ、悔しげに拳を握る。


(!?、えっ?!、ろっ!、六番隊長様も……ソウタ様の事を?)

(はぁ……また、ココにも"毒牙"の被害者が居たのね。

女人であれば、年齢、種族、不問の猛毒なのね――まったく!)

ミスズが発した、意味深に聞こえてしまう言葉選びに、シオリは驚いた表情で口を覆い、サトコは額を押えて、困った表情でうな垂れる。


語り手の私見としては――二人はナニか、早合点をしているかと思うが。


「今は――退くための議論をしてるけど、それは後々、テンラク様を取り戻すための一計であり、僕らが戦うべきなのは、"今じゃなくてその時"だと思ってる。

そんな気持ちでの決断なら、僕はますます承服出来ないね」

「――アタシも同じっ!、丁度、ツツキから来た娘たちも居るんだからさ?、一度は話を聞いてみれば良いよ。

準備とかも入れれば、何も直ぐにツツキへ発つワケでもないんだから、焦らずに――ね?、ミスズさん」

ヒロシとハルが、議論を一旦しめ様と、ミフユに閑話の時を設ける事を提案した。


「――もっ!、申し上げますっ!」


――その時、一人の六番隊員が、指揮室の襖の外から声高に叫ぶ声が響いた。


「――ゴホンっ!、……どうしました?」

ミスズが咳払いして、涙ぐんだ声音を誤魔化す恰好で応えると――

「はっ、はい!、いっ!、一大事にございます!

けっ、警邏から戻った者が、にっ!、『二刀烈警』を名乗る者を捕らえたと……」

――六番隊員は、声を震わせてそう報告した。
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