流れ者のソウタ

緋野 真人

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誓いの一歩

矛盾

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「ふふ、ふふふふふふっ――待っていましたよ!、救いの神を気取る手品師よ!」

 バルコニー上のユキオは、光刃の切っ先を見据えながら、不敵な笑みを浮べて鬼面の者――ソウタに向けてそう言った。


「やれやれ――俺を呼び出すのに、こんな仰々しい催しまでされちゃあ、来ないワケには行かないでしょ?」

 ソウタは、呆れた物越しをして、からかう様でユキオを見上げる。


「――!?」

 困惑するサトコの耳に、ザシュッと縄を裂く音が聞こえ、その手には拘束が解かれた感覚が伝わった。


「ふっ――被告を監視する立場の者まで、対刀聖の陣に注ぎ込んでは、本末転倒であろうて」

 その縄を裂いた、陣幕の背に潜んでいた者――アオイは呆れた口調で、ソウタを取り囲む南コク兵たちの背中を、一瞥してそう言った。

「――というコトは、ソウタや貴女を差し向けたのは……アヤコ様ね?、アオイ」

 サトコは、久々の自由を感じながら、ソウタとユキオの様子を見据えて、アオイにそう尋ねた。

「ほう?、我の正体に気付いていたか……流石は、天下の"皇"と言ったところか?」

「だって……私の『旧友』の中に、こんな芸当が出来るのは、貴女しかいませんもの」

 したり顔で応じたアオイに、サトコは嫌味も込めた表現でそう返す。

「お前を助けに来たのは、ソウタの差配あっての事よ。

 "一騒ぎ起こすから、その間に"とな――さぁ、機を観て退くぞ」

 アオイは目配せをして、まだ観衆の中に潜んでいる、シュウイチたちの動きを注視し始めた。



「ふん!、裁きの場に呼ばれたと解っているのなら、自分の犯した罪にも気付いているという事ですね?、刀聖よ」

「いんや、言ったろ?

 俺が来た理由は、皇様側の証人としてよ――何だか、沢山尾ひれが付いたハナシに仕上がってて、それを鵜呑みにされてる気がするんでね」

 ユキオとソウタは、互いに不敵な笑みを見せ合い、相対する。

「あなたは、サトコとの親しい――いや、"只ならぬ関係"である事を利用し、皆に分け与えられるべき財の中から捻出された、公金を共に貪っていた事は既に明白、それのどの辺りが"尾ひれ"だと?」

「その『只ならぬ~』ってぇトコさ。

 確かに一度、届け物の仕事は請けたが――コウオウ政府から請けたのは、それ一度きり。

 戦役に参戦した動機は、ツクモ人ならありふれた皇様への義侠心だし、光刃コイツを持たされているモンとしての、責務感ってヤツ。

 それを――随分と色っぽいハナシに仕上げてくれちゃって、こんな仮面を被るハメになったんだよ」

 自身タップリに断罪しようとするユキオに、ソウタも余裕タップリな様子でそう返す。


「『只ならぬ関係』で無くとも――公的な金が、一人の私情一つで、右から左へと流れる……それは、我らが掲げる共営社会の中においては、大罪に値する行為なのですよぉ!

 そもそも!、君主などという"独裁者"の存在を、我々は認めないっ!

 それは刀聖――あなたにも、当てはまる罪なのです!」

 ユキオは、ギリッと歯を軋らせ、ソウタをグッと睨み付ける。

「その光刃なる武器が、真に神話や御伽草子のとおりに、この世界を滅ぼせるモノだとしたら――それを持ち、それを振るう権利を、只一人が独占するのは、平等を旨とするこの共営社会に相応しくないっ!

 あなたはっ!、世界を滅ぼす権利を持った究極の特権身分!、究極の独裁者なのですからっ!」

 ユキオは唾を辺りに撒き散らしながら、熱っぽく語り――

「そうだぁっ!、何故っ!、私たちがお前に滅ぼされなくてはならないっ?!」

「救世主を気取るっ!、エセ手品師めぇっ!」

 ――と、それを援護する様に、他の七人衆や群集の中から野次が飛んだ。


 ――パチパチパチ。


 すると――被告席に居たはずのサトコが、笑みを浮べて大きく拍手をした。

「――明察です。

 刀聖とは、"救いの英傑に非ず滅びの化身"――このツクモに生まれ育った者が、己一人でその結論に至る――確かに、貴方は稀代の思想家ですわね、ユキオよ」

 サトコは、満足気に感服し、悲しそうな眼差しをユキオに向ける。


「!!!、おいっ!、被告の拘束が解かれているぞぉっ!」

 そのサトコの声と様子を観て、ソウタを取り囲む南コクエ兵は色めき立つ。


「へっ♪、流石はアオイ――仕事が的確だねぇ♪」

 ソウタは小声でそう呟くと、ユラァッと残像を残す様なゆったりとした入りで、下段から逆袈裟へと、鞭の様に伸ばした光刃を振り上げたっ!

 撫で斬りの恰好で、スルスルと鞭状の光刃は伸び――次々と、その軌跡の線上にいる南コク兵を切り伏せ、その切っ先はバルコニーの下部へと至ったっ!

 その奇妙な斬撃を観た、被害を免れた南コクエ兵たちはたじろぎ、ソウタの包囲網が一旦解ける。


「――よしっ!、みんなぁっ!、心有る者は、刀聖様と皇様の下へぇっ~!」

「――おぉぉぉぉぉっ!」

 その一撃と、散開が合図だった様に、群集の中からこれまでとは違った雰囲気の声が挙がり――その声の主であるシュウイチたちを先頭に、ソウタやサトコの下へと人々が集まり出す。


「こっ、これはぁ……?」

「おい、七人衆――お前らは、みんなに全てを委ねられた、『民の総意』ってのを請けた指導部なんだそうだな?

 じゃあ今――俺やサトコの周りに集まった人たちって、どーいう意味なんだろうなぁ?」

 うろたえるユキオたちに向けて、ソウタは刀へと戻した光刃を肩に担いでそう言った。

「何を言うっ!、所詮は侍として、公者として!、皇が搾取した益のお零れを得ていた者ばかりであろうがっ!?」

 ユキオは手を拡げ、サトコやソウタの下に集まった者たちを、バルコニーの上から見下し、唾を吐き散らしながら喚く。

共佑党われらはぁっ!、皆導志七人衆はぁっ!、そのお零れに与れる事が出来ない、弱き民者たちの代弁者ぁぁぁぁっ!、それこそが真の民意――っ?!」

 ユキオは、喚き終わる前に、何かに気付いて急に押し黙った。


 その気付き――いや、その光景とは、ソウタたちの下へとドンドン集まって来る、オウクに暮らす民者たちの姿だった。

「なっ……何をしているのです!?、彼奴らにっ!、古き戒めの象徴である者らにっ!、いつまでも付き従っていては、このツクモに変革は起こらないのですよぉっ?!」

 ユキオは困惑し、信じられないと言った形相で皆を見渡す。


「――それがどうしたぁっ!」

「そうよっ!、アタシたちは、変革なんて望んじゃあいない!

 勝手に攻め込んで来て、アンタたちの理屈を圧し付けてるだけじゃないかぁっ!」

「そうだぁっ!、皇様の政治の方が、てめぇらの枡で計った様なやり方より、よっぽど平等で公平だよっ!」

 怒号を交えた、南コクエの占領政策への不満の声が湧き上がり、それらに呼応する様に、ドンドンとソウタたちの下に集まって行く。


「みんなっ!」

 その光景を観たサトコは、感極まったらしく咽び、眼からは涙が流れる。


 場に集まっていた人々の内、約3分の2がソウタたちの周りに集まった所で――

「へっ!、七人衆――これでもまだ言うか?、これでもまだ、コウオウココが欲しいか?」

 ――と、ソウタは更なる不敵な笑みを見せ、ユキオへ返答を即した。

「ぐっ!、いやっ!、全てはお前のせいだぁぁぁっ!

 お前がっ!、その忌まわしき光刃を振るい!、多くのどうしたちを殺める様を、目の当たりにされたが故に!、皆が貴様の殺意に因って抑圧され、あのような主張に至っただけだぁっ!」

 ユキオは、錯乱した様でそう捲くし立て、眼下の浮き足立っている南コクエ兵たちを睨み――

どうしたちよっ!、忌まわしき古き戒め――皇と刀聖をまとめて屠る、またと無き好機ですっ!、

 その古き戒めに毒され、共営社会への志を忘れた、愚かな者たち諸共ぉっ!、成敗してしまぇぇぇぇぇっ!」

 ――そんな一喝を浴びせる!


 その一喝で我に返った、ソウタの一撃からは免れ、彼を包囲していた数百人の兵たちは体勢を戻し、ソウタたちと、それに呼応した民たちにも矛を向けたっ!


「へっ!、ついに本性を現したねぇ。

 てめぇの思想おもうことだけが正しくて、それが認められないのはオカシイと騒ぐ――トンだ駄々っ子どもだぜ」

 ソウタは、面の下で舌なめずりをして、徐に光刃を抜き直したっ!
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