流れ者のソウタ

緋野 真人

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囚われの皇

あからさまな罠

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 さて――前章からの繋ぎを解って貰った所で、場面と時は、先程の酒場の中へと戻る。


「――皇様の命を受け、我ら皇軍はオウクの都と御所を、上洛して来た南コク軍へと、無血で明け渡しました。

 ですが、その後の文官級の交渉の結果、皇様とロクスケ宰相殿は特級戦犯として捕らえられ、それを不服としてカオリが――」

 シュウイチがソウタたちへと、サトコの降伏を告げる占報以降の、コチラ側の経緯を語り始める。


「――サトコを助けるために、母さん……スズと、一騎打ちをしたんだね?」

 ――と、タマはシュウイチの淡々とした説明の前口を打ち、驚きの言葉と共に、険しい表情で仔細を述べる様に促す。

「おいタマ、アオイからそれを聞いた時の気持ちは解るが――ちょっと黙っててくれ。

 聞くべき順番があるんだ、順番がな」

 ソウタは目を細め、同じく険しい表情を見せながらタマを諌める。


 そう――カオリとスズの間にあった、意味深な言葉と微妙な雰囲気の原因は、この一騎打ちの事である。


「カオリは――その一騎打ちに敗れ、その事実が来都した皆同志七人衆へと知れ渡ると、南コクはそれを降伏条項違反だと難癖を付け、併合後の民の生活の変容を和らげようと模索していた、更なる文官級交渉は決裂。

 皇様や宰相の行方は、我ら残党には知らされず……民たちにとっては、全面的な共営社会との同化を強いられる事となった結果が、今の都の有様にございます」

 シュウイチはそれを伝えながら、苦悶の表情共にうな垂れ、悔しげに拳を震わす。


「――ですがっ!、カオリさんを責めずに願いますっ!、彼女の行為は、元を正せば我らの意思、我らがけしかけたに等しき事っ!

 都の民を苦しめたのは、我らの浅はかな考えに因るモノにございます」

 一人の元皇軍兵が、涙を垂らしながらそう懇願し始め――

「――トシイエ二軍将が、若い我らをこの都に残したのは、皇様と民の身を案じての事。

 それを思えば、皇様の御意思とはいえ、それを無血にて降らせるは、武人としての意地が成り立たぬ――そんな、我らの声を聞いて、カオリさんは……」

 ――と、もう一人は口を真一文字に結び、深くうな垂れた。


「まあ、あの人の気性じゃ、南コクれんちゅうが御所に踏み入ってるだけでも、我慢ならねぇ気持ちだったろうし、アンタらがけしかけなくても、自ずとそうなったんじゃねぇの?」

「そうでしょうな、私もあのとは腐れ縁にございます故、ソウタ殿の仰るとおりだと思います」

 ソウタのカオリ評に、シュウイチは苦笑いをしながら同意する。

「皆で、敗戦と己らの愚考を悔い、酒に頼って、その失態を忘れようとしていた所に――そこのアオイさんに声を掛けられ、ソウタ殿の参戦を聞かされた時には、胸の奥が震え申した」

 その後、シュウイチが周りの皆を見渡しながら、自分がソウタたちをこの酒場に招いた理由を語り、互いの経緯を話し終わった。


「とにかく――大体の事態は解った。

 さて、どう動こうかねぇ?」

 ソウタが困った表情で、無精髭が伸びた顎をスリスリと擦って居ると――

「――御頭、それにソウタ」

 ――そんな小声が、天井の方から響いた。


「ショウゾウ――何か解ったか?」

「ショウゾウさん、ご苦労さんでした」

 アオイは、その声の主の正体と与えた指示の結果を、ソウタは、その労いの言葉を、同時に天井へ向けて言った。

「皇様とカオリは、並んで仮牢に入れられている……宰相ロクスケは、スヨウとの外交に利用出来ると踏んでか、オウクからは離れた場所に幽閉されたらしい。

 仮牢の方は――南コクの連中、戦勝に気が緩んでいるのか、警戒は手薄だ。

 俺と御頭、それにヨシゾウでかかれば……少なくとも、皇様御一人の救出ならば難しくない」


 ――おぉぉぉぉっ!


 天井裏から響いた、光明に満ちた声と言葉を聞き、酒場に集まっている元皇軍の面々から歓声が挙がった。


「それと――七人衆は、皇様を公然の万座へと引き摺り出して、公開裁判に掛ける思惑だそうだ。

 時は四日後の夕刻、処は御所下の広場」


「!?」

「なっ!、なんだとぉっ?!」

「――ふざけるなっ!、彼奴らめ……始祖神の末裔に対して、何様のつもりだぁっ!」

 ソウタの参戦に、すっかり水を得た魚の如く、元皇軍兵たちの意気が挙がる。



「そっか――やっぱ、先を急いで来て正解だったぜ……

 んな期日を付けて来た辺り、俺が潜入してるコト、潜入して来そうなのにも、勘付いてはいると思って掛かるべきだしな」

 ソウタのそんな独り言の様な呟きを聞き、シュウイチは――

「ええ、彼奴らは執拗にソウタ殿の行先を尋ね、神言の間の中を開示せよと迫っておりました――かの場に、蓄財を隠しているはずだからと。

 恐らく、神言の守を解くためと、刀聖様という存在を否定するため、ソウタ殿を誘き出し、捕えようと画策しておるのでしょう……」

 ――と、彼は苦々しい表情で、まだ残っていた盃の中身を口にして、苛立ちを誤魔化そうとする。


「ソウタ殿を……"刀聖様"の捕縛を画策か。

 不信神論者も、ソコまで至れば救い様が無い上に滑稽よな……界気などの神憑った奇跡が、日常生活にも浸透している、このツクモで生まれ育ちながら、それらを軽視した思想に及ぶなど……」

「そうだな――たとえ直には知れず、触れられずと言えど、刀聖の御業を人の力や術で否定、抗おうとするなど……この世界に生きる上では、常軌を逸している発想と言えなくもない」

 ソウタたちの会話に耳を立てていた、ヨシゾウが挙げた共佑党評に、ショウゾウがそんな換言をする。


「まあ、裏を返せば、四日後までは"早まった事"はしねぇとも思える……

 出来れば、"イロイロと仕込みたい"と思ってたトコだし、その"あからさまな罠"――ありがたく、掛かってあげようじゃないの♪」

「――っ!?、皇様の救出は難しくないのでしょう?、でしたら早速、皇様の身柄を解放するのが肝要では……」

 ソウタの含みある言動に、些か異を唱えようとしたシュウイチの唇の前に、ピンと立った人差し指が立って、それを遮った。

「シュウイチさん――スヨウん時、ホウリ平原ん時と同じさ。

 大事なのは……どう、"決定的な一手"で、相手を"ぐうの音"も出ねぇ程、黙らせるかなんだよ♪」

 ソウタは、チョイチョイと皆を周りに手招きして、不敵な笑みのまま声を潜めた。
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