流れ者のソウタ

緋野 真人

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囚われの皇

酒場

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 徐々に、木枯らしへと変わり始めたと思える、冷たい風がもたらした身に刺さる様な寒さに、オウクに居る多くの人々はその身を震わせ、暗んだ表情で火の気の前でうな垂れていた。

 そんな気温の中――人々の恰好はといえば、まあ、面白い様に皆が違わず、薄いベージュ色の民衣。

 ちなみにコレ、生地はかなりの薄手で、このぐらいだと火の手が無ければ辛いレベルだ。


 オウクを制圧した南コクエ軍が、真っ先に行ったのは――定住者の資産の把握とその接収だった。

 接収対象には、個々が持っている着物の類も含まれており、それらは有無を言わさず軍が接収――いや、"没収"され、その代わりに一人につき2着分の民衣が配給されたのである。


「――ふぃ~っ!、ようやく、火の気に在り付けたぁ~!」

「――ったく、もう冬になろうって季節に、これ一枚で過ごせってかぁ?」

「温暖な気候の、南コクの人たちは解からないんだろうねぇ……これじゃあ、ヘタすりゃ凍死者が山の様に出るよ」


 民衣姿で、オウクの人々が寒空の中、そんな愚痴を溢しながら行っている作業とは――接収された着物の類の運び出し。

 接収された物は、一旦全てを南コクエの首都であるシバクに集められ、そのほとんどは他国に輸出され、その交易収入は全て、南コクエの国庫へと入り、国の運営に使用される事となっている。


『――"平等"を旨とする共営社会において、突き詰めれば"金"という概念すら、不要となるべき。

 しかし、この世界にはまだ、それを理解しない者も未だ多く……遺憾ながら、我ら崇高なる者たちは、その様な愚かな者どもと、まだしばらくは付き合って生きて行かねばなりません。

 ですから、接収した物で得た金は、彼奴らとの関係をやり過ごすために使う事を許して欲しい――この共営思想が、このツクモの隅々まで行き届く、その日まで……』


 ――ユキオは、南コクエ建国の演説にて、そう語り――民全員から、資産を接収する事を宣言。

 これに因り、一時期南コクエの経済は大混乱と化し、南コクエから脱走する『脱南者』が続出したりもしたが、皆同志七人衆は、懐柔と強権――"アメ"と"ムチ"を巧みに操り、建国以来の十余年、その描く理想の甘美さから来る、人心掌握術のみで、一介の大国を率いて来た。

 その理由とは――七人衆かれらの政治手腕の巧みさというよりは、ツクモの民の政治的知識や、概念の幼さから来ているのかもしれない。


 街角に、緊急的に設けられた、実に簡素な焚き火に群がった人たちが、小声で先程の様な愚痴を溢していると――

「――そこぉっ!、休憩はもう終わりだぁっ!

 他の者にも、"平等に"休ませるためには、駄弁っているヒマなどなぁいっ!」

 ――そんな叱責が『指導同志しどうどうし』と書かれた腕章をした男から響き、彼はピンと張った鞭で地面を叩き、恫喝とも言える勢いでそう喚き散らす。


「ちょいと指導同志さん――この恰好じゃ、寒くて仕事が捗らないよ。

 丁度、運び出そうとしてんのは着物なんだし、何か、一枚羽織るモノだけでも――」

「――ならんっ!、本国の同志諸君は、この恰好で同様の労役をこなしておるのだっ!

 我らだけが、その様な"贅沢"をする事は、この共営社会ではまかりならんっ!」

 渋い表情で、仕事に取り掛かろうとする者の提案を、腕章をした男は自分もガタガタと震えながら、決意に満ちた表情で、躊躇い無く進言を一蹴する。


 この腕章をした男の出身は、シバクの都――ツクモの中でも、南方に位置する国土を有する南コクエの中でも、シバクはより南方に位置し、常夏とまでは言えないが、冬となっても雪などが降る事は、年に一度か二度、あるか無いかという気候。

 対してコウオウ――このオウクの都は、流石に雪国とまでは言えないが、その所在地は台地でもあるため、その標高の分だけ冬は寒く、冬場はチラホラではあるが、根雪が残る時期もある土地柄――まさに、一種の"カルチャーギャップ"である。

 全てにおいて、"平等"を掲げる南コクエの思想――その版図が拡がり、その社会に暮らす者が増えれば、この様な気候や価値観の違いに因って、その突き詰めた理想の下では弊害も出てくる。

 それをまだ、この様な思想が生まれたばかりの南コクエ――いや、それを束ねる皆同志七人衆は、それをまだ知らないし、気付いてもいない……


「――さあっ!、仕事に取り掛かるのだぁっ!、共にっ!、この社会を営むためにっ!」

 ――

 ――――

「――よしっ!、今日の労役は終わりだぁ!、皆!、帰ってよろしいっ!」

 腕章をした男の号令を期に、集まって――いや、集められたオウクの人々は散り散りに帰路に着いた。


 既に、街角を夕日が照らす時分――その帰路に着いた人々の中に、民衣をたくし上げ、フードの様にそれを深く被った、体型的に男だと解る者が、とぼとぼと歩いている。


「……」

 その男は、何を語るわけでもなく、黙々と通りを歩き――ふとした所で、その男は狭い路地へと進路を変えた。

 更に男は、まだまだ黙々とその路地を歩き、行き着いたのは――小さな居酒屋風の暖簾の前だった。


 男が、ゆっくりと暖簾を潜ると――小さな居酒屋の中は、満員と言って良い程の人々の姿で満ちていた。

 だが、その場は潜む様に身を縮めた者が殆どで、目の前の卓には、盛切り酒が置かれてはいるが……疲れきった、生気を失った表情で、酒を"楽しんでいる"とは、とても思えない様相である。


「――よっ、ご苦労さん」

 カウンターに座った先程の男の前に、声を掛けて来た店主らしい男が、出した茶碗へと、そんな労いの言葉を合図に、トクトクと酒を注ぐ。

「……ありがとう」

 先程の男は礼は言ったが、茶碗に口は付けないまま――

「――物資という物資が接収される中、皆のために酒を振舞って頂き、感謝に堪えませんよ、店主殿」

 ――そんな畏まった物言いで礼を述べ、フードの様に被っていた衣を下ろす。

「なぁに、礼を言われるコトじゃありませんよ。

 アンタらは、最後までこのまちを守って居てくれた――"皇軍"の人たちなんだから、余所余所しいのはナシだぜ、"シュウイチ"さんよ」


 そう――男の正体は、コウオウ第二軍所属にして、コウオウ戦役では、大将カツトシの副官を務めていたシュウイチ。

 そして、この裏びれた居酒屋に集まっているのは、このオウクに残されていた、皇軍の面々である。


「守っていたなどと言われるのは――おこがましくて、恥ずかしいですよ。

 我らはただ、ヨクネ峠へと参じれなかった、死に損ないの集まりにしか過ぎませぬ」

 シュウイチは、酒の水面に映る自分の顔を見据えながら、情けなさそうに今の自分の状況を自戒する。

「何を言いなさる――アンタらを、オウクに残すと決めたのはトシイエ様の差配。

 アンタらは、その与えられた任務を、ちゃんと務めてくれていた……だから、目立った混乱も無く、皇様がお決めに、お望みなられたとおり、無血でこの都を降らせる事が出来たじゃありませんか?」

 店主は、付き出しを茶碗の横に出しながら、そう言ってシュウイチを慰める。

「ほら、呑んで、喰ってくだせぇな。

 こんなモンと、南コクの連中の目を盗んで仕込んだ、出来の悪い手製酒ではごぜぇますが、陰気を掃うぐれぇにはなりましょう」

 店主はニコリと笑ってそう言うと、付き出しの干乾びた干し肉を指差して、シュウイチに小さく会釈をする。

「――店主殿、ありがとう……」

 そう言って、シュウイチが干し肉を口へと放り、続いて酒にも一口着けた所に、丁度また、誰かが暖簾を潜り、店内へと入って来た。

「いらっしゃ――っ?!」

 その"誰か"の風体を見た店主の顔色は変わり、店主と同じく、その"誰か"の風体が見える者たちの顔色もまた、総じて血色を変えた。

 人々が警戒を強めた理由は、民衣姿ではなく、頭巾で顔を隠した旅装束である事だった。

 その"誰か"――いや、"彼ら"は五人の団体で、その謎の五人組は迷う事無く、シュウイチの横へと座り、その対応に、店主は明らかに困惑を見せる。


「店主殿――彼らに酒を……いや、お一人は"下戸"、もうお一人は"未成年"ゆえ、酒以外のモノも願えますかな?」

 謎の五人組の事を知っている素振りで、シュウイチが彼らに代わって注文をする。

「……なんでぇ、シュウイチさんの連れですかい――驚かさないでくだせぇよ。

 このご時世――ヘタすりゃ、民衣着てねぇだけでも、南コクの連中にしょっ引かれるんスから……」

 そう言って、店主が振り向き、準備を始めてカウンターから奥へとしけ込んだトコロで、謎の五人組の一人が急に手を挙げた。

「え~っ!?、アタシも、お酒が良いのにぃ~!」

 その手を挙げた一人は、甲高い少女だと解る声で、シュウイチの注文にケチを着ける。

「"タマ嬢"――『酒は十八になってから』、そうカオリに言われていたのではありませんか?」


「――えっ!?」

 シュウイチの指摘に、驚きの声を挙げて応えたのは、手を挙げた少女らしき者ではなく――周りで、そのやり取りを聞いていた者たちで、その中には、驚きついでに立ち上がり、目を見張っている者も居る。

 よく観ると、シュウイチが漏らしたその"正体"を裏付ける様として、少女らしき者の尻からは尾が伸びており、それを観た、周りの者たちはワナワナと震え出す。

「もっ、もしや、勲金等の――っ?!」

 震えながら、周りの者たちの一人は、興奮気味に少女らしき者に素性を問い掛ける。


「ねぇ"ソウタ"、もう顔出しても良いでしょ?、お酒が出て来ても、これじゃあ呑み難いし」


「――っ!?、!!!!!!!!、えぇぇぇぇっ!?」


 少女――いや、もう誤魔化さずとも良いだろう。

 タマは、シュウイチの隣に座った者に向かって、顔を隠していた頭巾を、了承を得ないまま脱ぎ、その可愛らしい顔を晒す。

「――ったく、今日はとりあえず、シュウイチさんと内密にっていう、俺の思惑が台無しじゃねぇか」

 ――と、シュウイチの隣に座る男は、そう愚痴を溢しながら、自分もおもむろに頭巾を外す。

「みんな――待たせてちまってすまねぇ。

 不肖、流れ者のソウタ――恥ずかしながら、帰って参りました」

 照れた素振りで、ソウタは会釈をして、酒場に集った皆を見渡す。

 シュウイチを始めとした元皇軍の面々は、一斉にソウタの前に平伏し、その素振りを見やった彼は、恥ずかしそうに苦笑いを覗かせ、こめかみを掻く。


「お~いっ!、シュウイチさぁ~ん!、酒以外ってぇと、豆茶ぐれぇしか出すモンが……って、あぁんっ?」

 裏から、豆茶を取って来た店主は、店内の一変した空気に驚き、あんぐりと口を開けてその光景をポカンと見詰める。

「店主殿――当世、刀聖様です」

「!?、!!!!!!、えええっ?!」

 シュウイチがボソッと言った、至極端的な説明を聞き、店主はバサッと豆茶の袋を廊下に落とし、ワケもイマイチ解らないまま、彼もソウタに対して平伏をする。


「ふん、初めて観たな♪、ソウタが刀聖らしい扱いをされておる姿は」

 そう言いながら頭巾を外し、ソウタの隣に座わっているのは、アオイで――

「――オウビは、流者の街ですからな。

 敬い方が、民者や公者とは違いましょう」

 そのまた隣の者も頭巾を外し、アオイの言葉にそんな補足をしたその者は――ヨシゾウである。

「あっ!、豆茶なら、牛の乳をたぁっ~ぷり入れて欲しいんだけどぉ……」

 店主へ向けて、そんな要望を伝えるタマに――

「――物資を接収されている状況だ、ワガママは控えるべきだな」

 ――と、彼女に釘を刺したのは、銀毛に覆われた尾をぶら下げたギンだった。


「シュウイチさん――大まかな現状は街の、国自体の澱んだ雰囲気で解ったが――何があったのかを、詳しく聞かせて欲しい」

 ソウタは、平伏しているシュウイチに、険しい面持ちでそう尋ねた。
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