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陽を掲げた魔女
流洲の関
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水深が浅めで、流れも緩やかなの小川の辺に、ヒュゥゥゥッと一陣の寒風が吹いた。
その、秋らしさも覚える風が吹く、まだ朝とは言い難い薄暗さに包まれた"流洲の関"、南コクエ軍の陣で、軍勢の全権を委任されている、共佑党のが言う所の"同志"――ヨシミツは、その小川を挟み、陣とは言い難い一団の姿を見つめていた。
「やはり――抵抗しますか、オウビの衆は」
ヨシミツが、そう呟いて見詰めていたのは、武装とはこれも言い難い、刀こそは手にしていても、鎧の類はほとんどの者が着ておらず、襷掛けで着物の袖を括り、裾はたくし上げただけの、いわゆる"喧嘩装束"のヤクザ者が大勢を占めた、オウビの衆――いや、"オウビ軍"の一団であった。
この付近を流れる小川は、ミモト川と源流を同じとしている支流にあたる川で、コウオウと流領とを分かつ、一種の国境と化している場所――それを人々は、その辺を『流洲の関』と呼んでいる。
南北コクエもそうだが――この世界は、川の流れを国境の規準に用いる例が多い。
だが、ここは川と呼ぶのが憚られるほど浅く、対岸距離も狭い――なので、歩いて渡るのが一般的。
おまけに、関所の一つでもあるかと言えばそうではなく、南コクエ軍がそのまま侵攻して来ても驚けない防備の薄さではあるが、南コクエ軍がこの場に留まっているのは――共営社会云々を掲げる彼ららしい、一種のパフォーマンスである。
「――数は?」
「はっ!、陣から見える様子を推測すると、ざっと五百――目撃報告があった、伏兵などを足しても、一千にも満たない数かと」
ヨシミツが尋ねた、偵察などの結果を兼ねたオウビ軍の戦力分析に、副官の立場の男は、余裕も覗く微笑を浮べながら答えた。
「図らずも、北コクエの好景気で、近隣に在留している傭兵が少ないのは吉兆――ヨクネ峠と言い、我らの武運は良好ですね」
徐々に白んできた、東の空を見据え、ヨシミツは――
「武器を携えた一団が、我々の前に立ち塞がったという事は――抵抗の意思があると見るのが妥当。
同志たちに、夜明けを待っての侵攻の布れを!」
――顔をしかめ、悲痛な面持ちでそう副官に下知をした。
「はっ!」
全軍に伝えようと駆け出す副官の背を見送り、ヨシミツは――
(……一千程度のヤクザ者の集まりに過ぎぬのに、一国家の軍勢に刃向かうなどと――なぜ、我らが掲げる共営社会の実現を理解してくれぬのか……)
――と、心中に憤りと悔しさを抱え、彼は側に置いていた茶碗を手に取り、濃いめに淹れた暖かい豆茶を啜った。
「――うぃ~っ!、寒ぃなぁ……年寄りの身には堪えるぜ」
対陣先にはためく、南コクエ軍の国旗を見据え、喧嘩装束を着たチョウゴロウは、コチラも手にした茶碗に入った、暖かい豆茶を啜り、気温への愚痴を溢した。
ちなみに――この豆茶には隠し味と身体を温めるために、少量の酒が入っている。
「大親分――何も、親分自ら出張るこたぁ……」
「――何言ってんだぁ、この喧嘩は、オウビの街が伸るか反るかの大博打!
それに、寄り年を理由に寝ていられるほど、余裕がある喧嘩なのかってんだ!!」
心配そうに、チョウゴロウの身体を気遣う子分の一人に、チョウゴロウは礼を込めた笑顔でそう言い、流洲の関を跨ぐ、街道沿いを囲む林を見やり――
「――オウビは、ソウタに命を張ったんだ……それが跳んでじまって、くたばるんなら、この戦に出張ってくたばる方が、よっぽど酔狂で"粋"だろうよ?」
――と、楽しそうに、その場には居ない誰かに問い掛ける体で呟いた。
その、チョウゴロウの視線の先――林の中には、約二百人のオウビ軍を率いる形で、テンに跨った例の鬼面を被ったソウタの姿があった。
「――ヒカリ、良いか?」
「うん……あんっ、待ってぇ――もう、ちょっと……」
ソウタは、共にテンの背へと便乗して、自分の腕の中で目を瞑り、集中して界気を練成しているヒカリに、何事かを確認する。
その光景を、二人の後ろから眺めているハルは――
(うわぁ~っ!、『あのコト』を聞いた後だと、この二人のこーいう会話は、刺激的だよぉ~っ!)
――などと、赤面して、一人で身悶えしていた。
この、約二百のオウビ軍が、先程の副官が言っていた伏兵勢力。
この一隊は林に潜み、侵攻を開始した南コクエ軍に横槍を入れる思惑でここに居る――というのが、南コクエ軍の読み。
それは確かに、戦術的なセオリーだろうし、オウビ軍の思惑としても、それはほぼ正解――だが、その場に揃う顔触れを観て――いや、読んで欲しい。
この二百の中には『鬼面の刀聖』ソウタ、『北方の魔女』ヒカリ、『天警士団十番隊隊長』ハルに加え――コウオウ戦役の勲金等である『無手の美少女』タマと、『黙狼の狩人』ギンもいて、戦力的には、数の少なさなどは論外と言って良い顔触れなのだ。
ちなみに――皆の名前の前に付けた異名の類の命名者は、ハナである。
それぞれの異名は、風聖丸での船旅の中で彼女が、皆に様々な――まあ、取材と呼ぶのに適当なインタビューを敢行していて、それを元に名付けたモノだ。
戦場取材が専門である彼女は今、この場には赴かず――オウビにある全報の支社にて、滞っている全報の発行を、再開させるために尽力している。
それに至ったのは――謀反一派に占拠されているはずの本社から、彼女の知る真実とはまるで違う、謀反一派の行動を褒め称え――"解放の志士たちの主導で、これから維新へと向かうツクモにとっては、古き戒めを掲げる刀聖こそが『邪』である"――という、ツクモ史上初めての"論説"を載せた刷り版が届いたからだった。
「――ふっざけんじゃないわよぉっ!
新聞社の主張を入れない様に心掛け、淡々と"事実だけを報せる"っていう、この世界の新聞のイロハを知らないのが丸解かりじゃないっ!
よしっ!、オウビ支社には、単独で発行出来る設備がある――アタシたちで、本当の正しい全報を発行するわよぉっ!」
――と、ハナはオウビ支社の皆を鼓舞し、新聞の発行に勤しんでいる。
その第一報は、ソウタたちが南コクエ軍を退けた事実となる事を信じて。
その、秋らしさも覚える風が吹く、まだ朝とは言い難い薄暗さに包まれた"流洲の関"、南コクエ軍の陣で、軍勢の全権を委任されている、共佑党のが言う所の"同志"――ヨシミツは、その小川を挟み、陣とは言い難い一団の姿を見つめていた。
「やはり――抵抗しますか、オウビの衆は」
ヨシミツが、そう呟いて見詰めていたのは、武装とはこれも言い難い、刀こそは手にしていても、鎧の類はほとんどの者が着ておらず、襷掛けで着物の袖を括り、裾はたくし上げただけの、いわゆる"喧嘩装束"のヤクザ者が大勢を占めた、オウビの衆――いや、"オウビ軍"の一団であった。
この付近を流れる小川は、ミモト川と源流を同じとしている支流にあたる川で、コウオウと流領とを分かつ、一種の国境と化している場所――それを人々は、その辺を『流洲の関』と呼んでいる。
南北コクエもそうだが――この世界は、川の流れを国境の規準に用いる例が多い。
だが、ここは川と呼ぶのが憚られるほど浅く、対岸距離も狭い――なので、歩いて渡るのが一般的。
おまけに、関所の一つでもあるかと言えばそうではなく、南コクエ軍がそのまま侵攻して来ても驚けない防備の薄さではあるが、南コクエ軍がこの場に留まっているのは――共営社会云々を掲げる彼ららしい、一種のパフォーマンスである。
「――数は?」
「はっ!、陣から見える様子を推測すると、ざっと五百――目撃報告があった、伏兵などを足しても、一千にも満たない数かと」
ヨシミツが尋ねた、偵察などの結果を兼ねたオウビ軍の戦力分析に、副官の立場の男は、余裕も覗く微笑を浮べながら答えた。
「図らずも、北コクエの好景気で、近隣に在留している傭兵が少ないのは吉兆――ヨクネ峠と言い、我らの武運は良好ですね」
徐々に白んできた、東の空を見据え、ヨシミツは――
「武器を携えた一団が、我々の前に立ち塞がったという事は――抵抗の意思があると見るのが妥当。
同志たちに、夜明けを待っての侵攻の布れを!」
――顔をしかめ、悲痛な面持ちでそう副官に下知をした。
「はっ!」
全軍に伝えようと駆け出す副官の背を見送り、ヨシミツは――
(……一千程度のヤクザ者の集まりに過ぎぬのに、一国家の軍勢に刃向かうなどと――なぜ、我らが掲げる共営社会の実現を理解してくれぬのか……)
――と、心中に憤りと悔しさを抱え、彼は側に置いていた茶碗を手に取り、濃いめに淹れた暖かい豆茶を啜った。
「――うぃ~っ!、寒ぃなぁ……年寄りの身には堪えるぜ」
対陣先にはためく、南コクエ軍の国旗を見据え、喧嘩装束を着たチョウゴロウは、コチラも手にした茶碗に入った、暖かい豆茶を啜り、気温への愚痴を溢した。
ちなみに――この豆茶には隠し味と身体を温めるために、少量の酒が入っている。
「大親分――何も、親分自ら出張るこたぁ……」
「――何言ってんだぁ、この喧嘩は、オウビの街が伸るか反るかの大博打!
それに、寄り年を理由に寝ていられるほど、余裕がある喧嘩なのかってんだ!!」
心配そうに、チョウゴロウの身体を気遣う子分の一人に、チョウゴロウは礼を込めた笑顔でそう言い、流洲の関を跨ぐ、街道沿いを囲む林を見やり――
「――オウビは、ソウタに命を張ったんだ……それが跳んでじまって、くたばるんなら、この戦に出張ってくたばる方が、よっぽど酔狂で"粋"だろうよ?」
――と、楽しそうに、その場には居ない誰かに問い掛ける体で呟いた。
その、チョウゴロウの視線の先――林の中には、約二百人のオウビ軍を率いる形で、テンに跨った例の鬼面を被ったソウタの姿があった。
「――ヒカリ、良いか?」
「うん……あんっ、待ってぇ――もう、ちょっと……」
ソウタは、共にテンの背へと便乗して、自分の腕の中で目を瞑り、集中して界気を練成しているヒカリに、何事かを確認する。
その光景を、二人の後ろから眺めているハルは――
(うわぁ~っ!、『あのコト』を聞いた後だと、この二人のこーいう会話は、刺激的だよぉ~っ!)
――などと、赤面して、一人で身悶えしていた。
この、約二百のオウビ軍が、先程の副官が言っていた伏兵勢力。
この一隊は林に潜み、侵攻を開始した南コクエ軍に横槍を入れる思惑でここに居る――というのが、南コクエ軍の読み。
それは確かに、戦術的なセオリーだろうし、オウビ軍の思惑としても、それはほぼ正解――だが、その場に揃う顔触れを観て――いや、読んで欲しい。
この二百の中には『鬼面の刀聖』ソウタ、『北方の魔女』ヒカリ、『天警士団十番隊隊長』ハルに加え――コウオウ戦役の勲金等である『無手の美少女』タマと、『黙狼の狩人』ギンもいて、戦力的には、数の少なさなどは論外と言って良い顔触れなのだ。
ちなみに――皆の名前の前に付けた異名の類の命名者は、ハナである。
それぞれの異名は、風聖丸での船旅の中で彼女が、皆に様々な――まあ、取材と呼ぶのに適当なインタビューを敢行していて、それを元に名付けたモノだ。
戦場取材が専門である彼女は今、この場には赴かず――オウビにある全報の支社にて、滞っている全報の発行を、再開させるために尽力している。
それに至ったのは――謀反一派に占拠されているはずの本社から、彼女の知る真実とはまるで違う、謀反一派の行動を褒め称え――"解放の志士たちの主導で、これから維新へと向かうツクモにとっては、古き戒めを掲げる刀聖こそが『邪』である"――という、ツクモ史上初めての"論説"を載せた刷り版が届いたからだった。
「――ふっざけんじゃないわよぉっ!
新聞社の主張を入れない様に心掛け、淡々と"事実だけを報せる"っていう、この世界の新聞のイロハを知らないのが丸解かりじゃないっ!
よしっ!、オウビ支社には、単独で発行出来る設備がある――アタシたちで、本当の正しい全報を発行するわよぉっ!」
――と、ハナはオウビ支社の皆を鼓舞し、新聞の発行に勤しんでいる。
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