流れ者のソウタ

緋野 真人

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鬼面の道化師

鬼面の道化師(後編)

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『このツクモに住まう、数多の方々――界気鏡越しに失礼する……』

 界気鏡に映し出された、憤怒相の鬼面を着けた男は、能面越しのくぐもった声で、そう話し始めると、手に持った刀身が付いてはいない、柄だけの刀から――神々しい光に包まれた刀身を出現させ、画面に向けてそれを掲げた!


「――我はっ!、当世刀聖であるっ!」


 鬼面の男は、そう呼ばわると光刃を振るい、今居る部屋の壁に傷を付けて見せたっ!


「!!!!!!!」

 各地の広場に集まった聴衆の殆どは、一斉に界気鏡の画面に向けて平伏した。


「――っ!、ソウタ……まったく、何と言う格好でっ!」


「ふっ!、あ奴めぇ……一体、何の酔狂か?」


 その中でも、ツツキで観ているアヤコは呆れた様子で顔を覆い、オウビの街頭で観ているアオイは、苦笑を漏らす。



『――さぁて、まずは、こんな面を被って、万座に向かって話しているっていう、数多の方々への非礼を詫びよう。

 あと、恰好からして胡散臭そうに見えるかと思って、光刃コイツで壁を傷付けて見せたが……弁償すんのも大変だから、こんなモンで勘弁して欲しい――俺、ビンボーなモンでな♪」

 鬼面の男はまず、快活にそう言って、頭を掻きながら聴衆に向けて詫びて見せる。


「ぷっ♪、当世こんどの刀聖様って、面白い御人だな」

 界気鏡越しの聴衆の中から、そんな歓声も起きる中――ソウ……ではなく、鬼面の男は――

『――んで、こんな面を被ってるのには二つ、理由がある。

 その一つは――刀聖と言ったら、絵草子とかの印象で、この鬼の面の下には美男子が居ると思っている人が多いと思う。

 ところがっ!、この下にある顔は至って平凡っ!、これじゃあ、刀聖の威厳ってのも丸潰れだろぉ~?、だから、ココの倉にあった鬼面練り用のを借りたワケさっ♪』


 ――アハハハハハッ!

 画面越しの聴衆たちの笑い声が、ツクモ中の所々で湧き上がり――

「――とっ、当世刀聖様とは、芸人か何かなのですかねぇ?

 キョウカの街の高座にお呼びしたいぐらいですよ、くっくっくっ……」

 ヒコザも笑いの声の中に、その下卑た笑いを混ぜたが、側で共に座に居るショウは、顔面を蒼白にして画面を食い入って観ている。


『――で、この面の理由二つ目~っ!

 それは――俺の今の気持ちと、この面の顔が一致してるってぇコトさ……』

 鬼面の男は、急に声のトーンを変え、その様と憤怒相の鬼面が妙に交わって、今までの笑いも佩びた空気を一変させる。

『俺が、ちょいと目を離した隙に、あちらこちらで"悪さ"が始まったみてぇだね?

 刀聖ってのも、随分とナメられたモンだぁ――刀聖おれ光刃コイツを晒しても、戒めるどころか、悪さに拍車を掛けるなんてさ?」


「とっ!、刀聖様がお怒りじゃあっ!、ツクモは――この世界は滅んでしまうぞぉっ!」

 聴衆の中から、そんな声が挙がり始める――特に、高齢の者や敬謙な萬神道信者に見える者たちなどは、合掌した両手を震わせていた。


『――おっと、実はこの占報、主役は俺じゃあない。

 でも、その前に、この事を喋った方が、みんなも解り易くなるかと思ったモンでね……んじゃっ、主役の登場――どうぞ、入ってください』

『皆様――』

 鬼面の男が、手招きをして呼び込んだのは――


「!、シッ、シオリ様だぁ……」


 ――ウォォォォォォッ!


 ――と、"黒地の祭祀着"を纏ったシオリの登場に、聴衆は沸き立ち、世界中がどよめきに包まれ、その中の数人が――

「――おい!、大神官様が……"喪服"を着てるぞ!、これって……」

 ――シオリの服装が放つ違和感に気付き、その恰好の意味を悟った者は驚きと、一足早い悲しみにうな垂れ始めた。


「――っ?!!!!!、くぅあっ……!!!!」

 その中でも――御船板の館で観ているショウは、急に立ち上がり、蒼ざめた驚愕の表情を浮かべ、ガタガタと震えながら、声を詰まらせていた。


 大神官が、黒地の祭祀着を着て、界気鏡の画面に映る――その意味とは、"当世大巫女の死を報せる"という意味なのである。


「――ダメだぁっ!、それをっ!、それを言われてわぁっ!」


『このツクモせかいにとっての訃報を、皆様にお伝えしなければなりません――先日、当世大巫女……ユリ様が、お亡くなりになりましたぁ……」


 ――オォォォォォッ……

 シオリが伝えた、その訃報を聞き……驚きの溜め息、そして咽び泣く声――世界中が、悲しみの声に包まれる。



『死因は――秘伝の毒薬用いた自死っ!』


「――えっ!?」

「なっ……なんだよぉっ!、それぇっ!?」


 シオリが、ボロボロと涙を流しながら伝える、ユリのまさかの死因に――悲しみの声は、驚愕を表すモノへと一気に変じた。


『――これに至る経緯も、全てお伝えします。

 皆様、心してお聞きください――先の秋分祭の折、テンラク様では……』


「それを!、それを今、言われては成らぬのだぁ!、我々が望む変革がぁ……」

「――そうですね。

 直ぐに、この占報の認証を外してください――権利を行使できる限り、全てっ!」

 うな垂れて悔しがるショウの横で、ヒコザは冷静に下知をして、自分たちにとっては流布されてはマズ過ぎる、真実の伝播を防ごうともがき始める。


 ヒコザの命令で、北コクエや翼域内で実効支配を及ばせている区域では、続々と占報が遮断されるが――シオリは、テンラクで起こった謀反とその経緯、その後のユリの自死と、自分の下にその報せが届くまでを得々と話し続け――

『――私が、ユリ様より、御神具を継ぐ事となった事を、皆様にお伝えするため……当世刀聖様の御助力も受け、このオウビの地から、お話致しました』

 ――そう言って、話し終えたシオリは、目尻に溜まったユリの死を受けての涙を拭い、深く一礼する。


『――そーいうコトでした……さて、ハナシは戻るが――』

 一礼したシオリの前へと、カットインする体で画面へと戻った鬼面の男は、ニヤっと笑って――

『――大巫女を自死まで追い込めるたぁ、随分と士団も偉くなったもんだな?

 いや――それが、流行りの『民意』ってヤツだとでも言うのかね?、あの大巫女への不満――俺は、終ぞ聞いた事ねぇけどね?

 南の方もだな……大層な理屈を着けちゃあいるが、てめぇらの理想だけに突っ走って、それに矛盾する皇や君主制は、滅ぼさなきゃダメだと?

 はっ!、平和と共営を掲げたヤツらが、解決を戦に頼るってのは、それこそ本末ナンチャラじゃあねぇのかい?

 俺に言わせりゃあ、どいつこいつも――捏ねてる駄々だけが正しいと喚いている、ワガママな子供ガキにしか見えねぇがね?』

 ――と、完全に小馬鹿にした態度でそう言った。

『子供の頃――母ちゃんに言われなかったかい?、”ワガママ言う子は、大晦日に鬼の神様から叩かれるんだよっ!"ってさぁ?

 だから――暦の上ではちいと早いが、"鬼の神様"が叩きに行ってやるよ♪」

 鬼面の男が、そう捲くし立て、再び光刃を抜いた所で、占報は終わるのだった。
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