流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
116 / 207
樹海のヌシ

連携

しおりを挟む
「悪いが――積もる話は後にして貰おうか?

 今は、オロチへの対応が先決ゆえな」

 アオイは、オロチを見据えたまま、泣きじゃくる枝上のミユに、冷たくそう言い放った。


 ソウタが視線を外した意味を察し――アオイは、憎まれ役を買って出たのだ。


「……うえっぐ、はい――すい、ませぇん……」


 ――キッシャァァァァッ!


 再会出来た安堵を切り裂く様に、ソウタに斬撃を脳天に入れられたオロチの一首が、けたたましく憤怒の叫びを挙げた。


 そこに――

「――アオイちゃんっ!」

「ソウタ殿!」

 ――と、アオイとソウタを追って来た、ヒカリとハルも合流を果たす。


 その、ソウタが連れて来た顔ぶれを見やり、タマは――

「ふ~ん……やっぱ、相変らずモテモテだねぇ?」

 ――と、こめかみをヒクヒクと震わせながら、目を吊り上げてソウタを睨み、皮肉タップリの問い掛けをする。


「何か――やたらと、トゲのある言い様だな……」

 ソウタにも、その皮肉はグッサリと突き刺さり、彼は顔をしかめる。

「ソウちゃん、この猫族の子と、狼族さんは?」

 まだ、状況が掴めないヒカリは、オロチの動きを注視しながら、ソウタに疑問を投げる。

「こいつらは、俺の知り合いで――多分、"大事な用"があって、俺を追って来たんだと思う」

 ソウタは、タマとギンを見渡し、ニヤっと笑う。

「おい――さっきのミユちゃんの様子からしても、話したい事は山ほどあるんだろうし、俺も聞きてぇ事がたんまりとある。

 まずは、"オロチ狩り"を手伝ってもらうぜ?」

「ああ、願ってもない――文献にも載る程の怪物を狩るなど、狩人冥利に尽きるからな」

「そうだね、アタシも――"こんなの"に、食べられたくはないよ」

 ソウタの要請に、ギンとタマは小さく頷いて応じる。

「よし――ギンは後ろに下がって全体援護、タマは俺と一緒に前衛だ」

「――承知」

「うん!」

 ソウタの指示の意図を瞬時に感じ取り、素早く位置に着くギンたちの様を見て、ハルは――

(コウオウからの資料を読んだだけだけど、さっすがはコウオウ戦役の勲金等トリオ三者――ホウリ平原で功を挙げたのも、ナットクの動きだわ)

 ――と、ソウタが知り合いと言っただけの二人が、コウオウからクリ社への報告に記述があった、"コケツのタマ"と"セイクのギン"である事を見抜き、その動きに目を見張る。


 普段は、軽薄に感じる言動や様子が目立つハルだが、そこはやはり、若くして士団の一隊を取り仕切る傑才の持ち主。

 コウオウ戦役の報告にだって、しっかり目を通しているのである。

 それに、天警本陣でも、即座にソウタの力量を見抜いていた様に――人を見る目の方も優秀である。


「――ヒカリ、枝に上がってミユちゃん……逃げている娘の警護に回ってくれるか?」

「うん、わかったよ」

 ヒカリも、ソウタの指示に応じ、慣れた動きでサッと枝へと昇って、ミユにニコッと笑顔を見せて安堵を誘う。

(それにしても――テンラク様を出たコトすらないミユが、樹海こんなとこにいるなんて、まさか、テンラク様で……何かあったってコト?)

 ハルの表情からは、普段の快活な様子は消え、彼女は険しい様子で大木を見上げる。

「アオイは、遊撃を頼む――ハルは……前衛で良いな?」

「ふん!、お前の指示など、受けたくはない……しかし、悔しいが的確なのでそうしよう」

「はぁ~いっ!、うふふふ♪、オロチの首を持って帰ってぇ――士団の英雄に、名を列ねてやるわ!」

 アオイは、不満気に頬を膨らませながら、用意してあった暗器に界気を込め始め、ハルはニヤッと笑みを見せながら、嬉しそうに抜刀して、ソウタとタマの横に並んだ。

「――よし、さぁて……ツツキ名物、オロチ料理の下拵えと行くかぁ!」

 皆への指示を終えたソウタは、刀の切っ先を下段へ下ろして身構える。

「おっ、"オロチ料理"って……アレ、食べれるの?」

 タマは、腰を折られた態で、構えを取るのを躊躇し――


 ――キッシャァァァァッ!


 ――と、興奮して、敵意満々で自分たちを睨んでいるオロチを指差して、誰にとも無く尋ねる。


「そうだよぉ~♪、オロチのお肉は――舌の上でとろけそうなぐらい柔らかくて、噛むと口中に芳醇な旨味が弾けてぇ……」

 そう、嬉々として答えたのは、枝の上でオロチを見据えるヒカリ――彼女は、若干だらしない表情で、完全に"食材"として、オロチを見ている。

「へっ、へぇ……それはちょっと、やる気が出る情報かも」

 それを聞いてタマも、わざとらしく舌なめずりをして見せた。


「――与太話はそれくらいにしろ。

 美味い代わりに、お伽話になるぐらい、ヤバい獲物なんだからっ!」

 ソウタは、低い体勢から一気に駆け出して、先程、脳天に一撃を入れたオロチの一首に襲い掛かるっ!


 ――シャァァァァッ!


 ソウタの動きを見て、他のオロチ――計三首は、彼を食い止めようと、連携して手負いの一首の周りに集まり、一斉に彼へ噛みつこうとするっ!


 この三首、今後は"壁役の三首と"呼称しよう。


 そこに――ギンが放った矢と、アオイが投げた短刀状の暗器(※共に界気タップリ)が、飛んで来て――


 ――ピギャァァァッ!

 ――ヒギャァァァッ!

 ――と、その内の二首へと突き刺さり、悲鳴を挙げながら、その二首は怯んだ。


 援護をしたギンとアオイの後ろに、鈍くてアヤしい光が三つ蠢く――これはまるで、指揮官の様に後方で戦況を見据えている、太くて大きい一首以外の三首だ!

 先の三首が壁役なら――この三首は奇襲役。

 奇襲役の三首は茂みに潜み、ゆっくりとギンたちに近付く。


(!?、血の……ニオイ!)

 ギンは、臭気から危機を感じ取り、警戒して後ろへと振り向く。

 この三首は先程、ギンたちに追い払われた連中――その時の傷から滴る血のニオイが、ギンの鋭敏な鼻を突いたのだ。


 気付かれた事を悟った、奇襲役の三首は、已む無しと茂みから飛び出し、まだ矢を番え始めたばかりのギンに襲い掛かるっ!


 ――ヒャアァァッ?!

 だが――ギンを襲おうとした奇襲役の三首は、突然動きが鈍く……いや、地上を這っていたはずの蛇体が動かせなくなり、奴らは、奇妙な鳴き声を呻きながら、彼らにとっては"足下"とも言える、蛇体に目を向ける。

 ピッ――ピギァァァッ!?

 地を這っていた蛇体は――なんと!、凍りついて動かせなくなっており、奴らは混乱気味に首を振るう。

 蛇体を凍らせたのは――もちろん、氷結界気を扱えるヒカリ。

 彼女は、蒼い界気と白い界気がマーブル状に混ざり合った光球を片手に持ち、それを奇襲役たちの方へと向けて掲げている。


「こっ……これは?」

 その光景に驚いたギンは、矢を番える手を止め、枝上のヒカリを見上げる。


「あっ、ギンさん――で良いのかな?、後ろは私が抑えておきますから、気にせず前衛の援護をお願いします」

 ヒカリは、ニコッと笑ってギンに会釈をし、壁役がいる方を指差した。


 壁役がいる方では、タマが残りの一首に飛び掛って――

「――打撃を弾くんなら、こうだよぉっ!」

 ――と、抱きつく恰好で一首を掴み、その頭部を地面に叩きつけるっ!


「――やああぁぁっ!」

 続いて、ハルは界気を纏わせた刀を巧みに操り、壁役が四散して無防備となった、手負いの一首の蛇体に鋭利な一撃を見舞うっ!


「へへ♪、みんな――あんがとよっ!」

 皆の見事な支援を見やり、ソウタは含み笑いを見せながら、刀身を諸手で振り被り、手負いの一首をバッサリと逆袈裟懸けに両断して見せた。


 怯んでしまった壁役の残り二首は、呆然とした様子で――両断されて地面に横たわった一首を見やり、恐れも覗ける体で、太く大きな一首の周りへと退いた。

「ソウタ殿――もしかして、あの大きいのが?」

 その様子を見たハルは、険しい表情でソウタにある推測の是非を尋ねた。

「ああ、アレがオロチの本体――いんや、ありゃあ他の七首の"母親"だな」


 この、太く大きな一首を根幹にして、枝分かれの様に残りの七首が生えた様な恰好が、オロチの容貌である。


 その"枝分かれ"という表現は実に適当で、ソウタが『本体』や『母親』と表した様に、他の七首は太く大きな一首が生み出した、子供たちの様な存在なのだ。

 子供とは言っても、残りの七首は成長もせず、繁殖能力も持たないため――母親たる大きな一首にとって、他の七首は、言わば大きな手足の類に近いのだが。


「ねぇ、ソウちゃん?

 お母さんは獲っちゃダメなんだし、コッチの凍らせておいた三本を合わせれば四本――これぐらいで良いんじゃなぁ~い?」

 ――と、奇襲役三首をたった一人で、しかも涼しげな表情で抑えているヒカリは、ソウタに狩りの終了を提案する。


 オロチ狩りにおける、暗黙の鉄則とは――七首の母親である、本体は"狩らない"事だ。


 オロチは、獰猛で残忍な凶獣であると同時に、この樹海にしか生息していない、超が幾つも付く希少生物でもある。

 一節では、天船降臨よりも前からこの樹海に生息していて、今の本体は子孫などではなく――脱皮を繰り返しているだけの、数千年に亘って生き続けている、唯一無二の固体なのではという学説までがあり、そんな存在を狩り、あまつさえ喰おうとするのは、生態系状禁忌な行為と言っても良い。

 尤も――オロチを狩ろうなどという輩は、その超絶美味の肉に魅了されたツツキの衆ぐらいだし、本体の戦闘力は、他の七首との比ではないと、例のハクキ第五軍の逸話にも伝えられている事を思えば、本体には手を出さないのが懸命なのである。


「そうだなぁ……三本もあれば、使節団の皆に振舞うのに充分だな」

(それに――"オロチ喰いたい"は方便、俺の目的は、タマたちの救援だったしな)

 ――と、ソウタはヒカリの提案に賛同しながら、心中では、そんな裏事情も吐露していた。


「じゃあ――捌くとするかぁっ!」

 ソウタは、刀をダラリと下げ、その刀身が反射した木漏れ日の逆光を、奇襲役の一首に向けながら、実に不気味な笑顔で、ゆっくりと近付いて行く。

 ――ピッ!?、ピギャァァァァ……

 その一首は――そんな、脅え震える様な情けない声を鳴らし、ソウタの瞳を見詰める。


「うんっ!、じゃあ――私も手伝うね♪」

 ヒカリも、ソウタに似た不気味な笑顔を催し、片手に轟々と渦巻く、鎌鼬と化した鋭利な風の界気を纏わせる。

 ――ヒッ!、ヒギャアアアアッ!

 ヒカリの目線に入った一首は、ブンブンと首を横に振って、命乞いの様な眼差しを彼女に向ける。


 その後――この場で起こった、ソウタとヒカリに因る"オロチ解体ショー"については、あえて語らずにおくのが賢明であろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...