流れ者のソウタ

緋野 真人

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あえて、身勝手な一人に

再会

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「あっ!、領主様だぁっ!」

ソウタが辺りを伺うより先に、村の子供たちが、近付いて来る提灯に気付き、指を差して笑顔を見せた。


「!、領主様ですって?!」

その声を聞いたシオリは、慌てて席を立ち、子供たちが指を差した方を見詰めた。

その視線の先にいたのは――側近である、タマキが持つ提灯に照らされた、アヤコの姿だった。


アヤコは、ゆったりと、場に居る全員を見渡し――

「――査察団の皆様、テンラク様より遠路遥々のご足労……痛み入ります。

ツツキ領主、アヤコにございます」

――と、アヤコは深々と一礼し、査察団の厳しい旅程による疲労を労った。


「――解った、警護に加わる、じゃあな、お前たち」

状況を察したアオイは、ぶっきらぼうに二人へそう伝え、夜闇に溶ける様にその場を後にした。


「ソウタ――御頭の呼び出しとは別に、お前に会わせる様にと、御家方様から仰せつかっている者たちが居る」

アオイが去ると同時に、ショウゾウはソウタに向けて、同じくしゃがれた声でそう告げる。

「俺に?、……誰っスか?」

「ここへ、案内はした故――もう時期来るであろうから、しばし待て。

では、伝えたぞ?」

そう告げ加えると、ショウゾウも微かな音だけを残して、茂みから姿を消した。


「俺に用……ヒカリ、心当たりはあるか?」

「ううん、解らない――でも、そういえば……今日は、風聖丸の来航があったはずだから、ヨクセさんの人かなぁ?」

ショウゾウの言葉が腑に落ちない、ソウタからの尋ねに、ヒカリは思い付く限りの答えを言う。


「アヤコ様――査察団長、シオリにございます」

査察団の長として、アヤコと相対したシオリは畏まって一礼する。

「こちらこそ、長旅ご苦労様でした……大神官様」

アヤコも、同じ様に畏まり、彼女は加えて深々と拝礼した。


クリ社内での立場から言えば、ツツキの領主よりも、大神官の方が格上である――故の、作法の違いであった。


「お早く、面を上げて下さい――若輩者の私に、正しい拝礼は無用にございますし、何よりこの使節交流は、合衆連邦の干渉を挟まないモノなのですから、件の戦犯としての遠慮も必要ございません」

「ありがとう――御心遣い、感謝します」

シオリの申し出を聞き、アヤコは礼を言って軽く会釈をした。

「そういえば――どうやら"息子"が、護衛衆に加わっているとか。

粗相などは、ございませんでしたか?」

アヤコは、遠くに見えるソウタの方へ目配せをし、不敵な笑顔でそう尋ねた。

「……息子?、あっ!、ソウ――いっ、いえ、刀聖様の庇護のおかげで、とても心強い旅路でございました」

シオリは、アヤコの言い回しに気付き、共にソウタの方を観ながら小声でそう囁いた。


二人が、ソウタについての談笑を始め様とした、その時――

「――ソウタさんっ!」

――と、ソウタの名を叫ぶ声が聞こえ、二人はその方角を凝視する。


「ん?」

ソウタの耳にも、もちろんその叫びは聞こえ――彼が、その声の方へと振り向くと、真剣な表情で息を切らさせて立ち竦む、レンの姿があった。

「!!!!!、えっ!?、レ……ン?」

ソウタは、状況を上手く咀嚼出来ず、彼の認識ではオウビに居るはずのレンの登場に、困惑して口をあんぐりと開ける。

「――っ!」

レンは、感極まった様で、ボロボロと涙を溢し、唐突にソウタの胸へと飛び付き、彼へと抱き着いたっ!


「?!」

「!!!!!?」

「!、あらぁ……」

順に――側で見ていたヒカリ、離れて見ていたシオリとアヤコは、突然のレンとソウタの抱擁に、驚いて言葉を失う。


「やっと――やっと!、もう一度会えましたっ!」

レンは、自分がしている大胆な行動には一切気付かず、ただ、ソウタとの念願の再会を喜び、抱き締める腕の力を強めた。

「うっ、ううぅ……会えた、会えたんだぁ……」

レンは泣きじゃくり、更にソウタと密着して、彼の胸に頬を埋める。


一方のソウタは――伝わって来る、レンの肢体が放つぬくもりや、その柔らかい肌触りが醸す、濃密で無垢な色香に……陶酔気味で、自然と手を彼女の後ろへと回そうとする。


「!?、!!!!!!!!!、なっ!、なんなのだぁっ!、あの娘わぁぁぁぁっ?!」

アヤコの警護のために、その様を遠くから観ていたアオイは、顔色を真っ赤にして、両拳を握り締めて、ワナワナと震わせている。

「何でも――例の虐殺事件の生き残りらしい。

あの娘を、虐殺の憂き目から救ったのが、他ならぬソウタだそうだ」

――と、共に側で潜んでいるショウゾウは、アオイの疑問に、素直で端的な答えを伝えた。

「……そうか、ソウタも珠には、刀聖に相応しい事を――ではぬわいっ!」

アオイはまず、そんなノリツッコミを決めてから――

「わっ、解ったぞぉ……やはり、奴はこの三年、各地で相当な数の女子おなごと、浮名を流しておるのだっ!

きっと、あの娘には、命の恩人という立場を盾に、"アレ"や"コレ"やを……」

――と、アオイは恥ずかしそうに口元を抑え、遠くのソウタを睨む。

「可哀想な娘よ……既に、奴には妻に等しき相手が居る事も知らず、その気にさせられてしまったのだろう。

まさか、あの男が、罪作りな色魔だとは思えずに……」

アオイはそんな、もの凄く勝手な推測をして、レンに同情した。


「……」

アヤコと並んで、ソウタたちの抱擁シーンを『眺めてしまった』シオリは、口をあんぐりと開け、微動他にせず立ち竦む。

これはもはや――驚き過ぎて、"固まっている"と表した方が解り易いかもしれない。


(あ~……姉様は、根っからのクリ社育ちだから、こーいう場面に面を喰らってるのよね。

各言うアタシも、同じではあるけど――アタシの場合は、これから"ナニ"が始まるかの方が、キョーミ深くて大興奮だわっ!)

ハルは……側で固まっているシオリの様を横目に、鼻息を散らして抱き合う二人を凝視する。



「ふぅ……」

シオリと並んで、抱擁シーンを目撃していたアヤコは、そんな小さな溜め息を吐くと、おもむろに前へ出て――

「レン~!

気持ちは解りますが――もう少し、場を弁えた方が良いかと思いますよぉ~♪」

――と、口元に笑みを称え、からかう様に諌める言葉を言う。


「……ふぇっ?」

レンは、その声に反応し、ゆっくりとソウタの胸から面を上げ、とろけた様な虚ろな眼を、彼の顔へと向けた。

「――っ!!!!!!!!!!!!!」

「レッ、レン……」

改めて顔を会わせた二人の様子は、レンはシオリ以上に驚愕して固まり、ソウタは顔を真っ赤にして照れて、一言彼女の名を呼んだだけで、互いに恥ずかしそうにうな垂れる。

「すっ!、すすすすすすすすすすっ!、すいませんっ!!!」

レンは、慌ててソウタから身体を離し、深々と低頭してフルフルと震える。

「いっ、いや良い――それより、何でキミがツツキに?、一体どういう……」

ソウタは、今までの抱擁など無かったかの様に、真剣な表情で自分が知る事態との急変について尋ねる。

「はっ!、はいっ!、あっ、あのぉ……」

一気にシリアスモードに転じたソウタとは違い、レンは自身が今していた、大胆過ぎる行為の余波で、思う様に言葉が紡げない。


話題の気配が替わる事を察したヒカリは、その隙に、遠慮めいた態度を醸して、フェードアウトしようとするが――

「……おいっ!、どうしてソコで、"妾"に遠慮するんだっ!」

――と、アヤコたちの側に移動しようとした所で、アオイが声音こそは囁く程度だが、怒っていると解るニュアンスで呼び止める。

「どうしてって……大事なお話っぽいよ?

それに――アオイちゃん、あの娘を"妾"呼ばわりは、どうかと思うけどなぁ……」

ヒカリは――実に達観した素振りで、ソウタとレンの様子を見やっている。

「おまっ……!、いや、コレも"正妻の余裕"というヤツか……」

「アオイちゃん……いい加減、怒るよ?」

アオイの執拗な"ソウタ弄り"に対し、コレもまた"正妻の某"なのか、ヒカリは彼女に冷めた眼差しを向ける。



「それは――私からお話致します、ソウタ殿よ」

動揺しているレンに替わって、側の茂みを越えて来たのは、ユキと手を繋いだヨシゾウだった。

「ソウタさん――お久し振りです」

「!?、ユキだってぇ?!、それに、アンタは……」

意外なユキの登場にも、ソウタは心底驚き――同時に、この二人を連れているヨシゾウの身なりを見据えてみると、ソウタは鞘に手を掛け、鋭い眼光をヨシゾウに向けた。


「おい――どうして"鳳凰紋の鞘"を提げてるヤツが、この娘たちを連れてる?」

(!!!!)

殺気も帯びたソウタからの問いに、ヨシゾウは圧倒され、呼吸すら間々ならずに押し黙った。


そのソウタが放つ殺気には――ハルにも、アオイにも、そして、界気を使った戦闘にも覚えを持つ、ヒカリにも伝わり、彼女らも一斉に息を呑む。


(こっ、これが刀聖様の剣気――っ!、これほどとは……)

ようやく呼吸に有り付けたヨシゾウは、心中で今の感覚を思い出して恐怖した。


「ソウタ――その方は、スヨウと袂を分かち、ヨクセに組した者です、柄を収めなさい」

既に、刃の一部(※実刀)を晒しているソウタに、アヤコは簡素に事情を告げて彼を諭した。

「……じゃあ、仔細を話して貰いましょうか?」

――

――――

「――そうか、オリエさんの屋敷にまで……くそっ!、甘かったな」

レンたちの経緯を聞いた、ソウタは下唇を噛み、悔しげに拳を握った。

「幸い――屋敷の半壊程度で済んで良かったと、頭領は申しておりました」

ヨシゾウは、こめかみに冷や汗を滲ませながら、ソウタの方に顔を伏せながら話す。

「抜刀しようとして、ビビらせておいて何だが――俺に、敬語は要らないっス。

アンタ、見たところ侍だろ?、若造に……諂うのは本意じゃねぇでしょ?」

――と、ソウタはヨシゾウの態度から察して、無礼講で話す事を望んだ。

「かたじけない――心遣い感謝する。

『暗衆泣かせ』の異名も持つ、この地になら――スヨウも手出しは出来ぬと思うた疎開だ。

レン嬢の事は、身命を賭してでも守る覚悟ゆえ、任せてくれ」

ヨシゾウは胸を張り、ソウタに鞘を持ち上げて見せて意気込みを示す。

「その前に――鞘の拵えを直さねばな。

一日で、二度も懸念を与えている様では、私もたしなみが甘い」

ヨシゾウは微笑し、自らへの皮肉を込めてそう言った。


「レン、ユキ――ごめんな。

俺の詰めの甘さのせいで、怖い思いをさせて……」

ソウタは、レンとユキに向けて頭を下げ、二人に詫びた。

「そっ、そんな、謝らないでください……」

レンは、謝意を示すソウタの態度に、オロオロと狼狽し――

「そうですよ。

おかげで私たちは、船旅なんていう、貴重な体験が出来たんですよ♪」

――ユキは両手を合わせ、楽しげに口元を綻ばせた。


「――ソウタ」

ソウタたちの会話が一段落着いた所に、アヤコが割って入って来る。

「アヤコ様……査察団護衛に参じた経緯ではありますが、ソウタ……ツツキが地に戻りましてございます」

ソウタは仰々しく畏まり、アヤコに帰郷の旨を告げた。

「本当に、よく戻ってくれました」

アヤコはまさに、母の眼差しでソウタを見詰め、彼の手を両手で包む様に握った。

「はっ、はい……手紙一通ふみひとつも遣さず、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」

ソウタは、唇を強く結びうな垂れ、アヤコにも詫びを入れた。

「詫びる必要などありません――貴方は、このツクモで何を成すべきかを求め、旅に出たのですから。

私たちを気遣う必要など……」

アヤコは、諭す様にそう言うが、表情はそんなソウタの思いを喜んでいるのは見え見えだ。

「――だけれど、"契りを結んだあいてぐらいには気を遣った方が、素敵な殿方ですよ?」

――そう、アヤコは微かに小声で呟き、ヒカリの方へと目配せをして、からかう様なウインクをソウタに見せた。

「ところで――貴方に会わせたい人がおります。

明日……城に着いたら、私の私室を訪ねてくれるかしら?」

そこまでを言ってから、アヤコは口元をソウタの耳に寄せ――

「――"神言の秘密"を知る御方です。

刀聖である貴方に、会うために来られた方故……そのつもりで」

――と、険しい面持ちで囁いた。

「!、神言の?、一体……」

「それも明日――この様な場でありますしね」

アヤコは、額に冷や汗を滲ませながら、ソウタの問いに答えると――

「――査察団の皆様、今宵はこの地にて、ゆるりとは行かなくとも、長旅の疲れを和らげください。

では、改めて明日……」

――と、領主としての顔付きへと戻り、査察団への挨拶を終えた。
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