流れ者のソウタ

緋野 真人

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あえて、身勝手な一人に

帰郷

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――ソワソワ、ソワソワ……

そんな、有り得ない効果音が本当に聞こえているかの様に、ヒカリは心ここに在らずな様子で、何度も樹海の方を見渡している。

時には、そんな落ち着きの無い動きのせいで、ほんの少しだけ乱れた髪を直したりして。


空の明かりは、既に陽光から月光へと替わり――立てられた柱には松明が翳され、夜闇に暮れた樹海とツツキの狭間に、馬の蹄が大地に踏み込む音が響き始める。


「!」

その音を聞いたヒカリは色めき立ち、狭間へと目を凝らす。


「ふぅ――すっかり、暮れちまったなぁ」

その蹄音の主の背に乗るソウタは、顔を引き攣らせ、樹海の木々の隙間から見える月を指差してそう言った。

「何故――月を見上げる必要がある?

眼前に、煌々と松明が点っておるのに……お前は、そんなに風流人だったとはなぁ~!」

同じ背に跨っているアオイは、完全にソウタを小馬鹿にしている。

「ぐぬぬぬぅ……」

ソウタは、こめかみをヒクヒクさせながら、俯いてだんまりを決め込む。

「まるで……妻には内緒で、遊郭に遊びに出た亭主よなぁ?、

さては、この三年――相当、あちこちで"悪さ"を働いて来た覚えでもあるのかぁ?」

アオイは、勝ち誇った様な表情でそう言い、実に楽しげである。

「お前――いい加減にしろよ?

人を、宛ら色魔の様に言いやがって」

俯いているソウタも、流石に我慢の限界らしく、ボソッとアオイを諌めようとそう言った、その時――

「――その声、その馬に乗ってるのは……アオイちゃん?」

――と、暗がりから近付く鞍上に向けて、ヒカリが尋ねる声が聞こえた。

「ああ、そうだっ!

お前が……帰りを待ち望んでいる男が駆る馬に便乗しているっ!」

(――っ!)

ヒカリは、そのアオイの返事の意を察すると、蹄音が近づく方向へと駆け出した。

ソウタも――そのヒカリの声と足音を聞き、背筋をビクッと震わせ、観念した様で松明の方へと振り向き、目を凝らす。

丁度、テンの馬首が松明の灯りに灯された所で、二人は顔を会わせ――ソウタは鞍上から見下ろし、ヒカリは口元を緩め、頬を緩ませながら見上げる。


「……ヒカリ」

「お帰りなさい――ソウちゃん」


その時――男は、申し訳なさそうに目を逸らし、女は、嬉し涙を瞼一杯に溜めて、笑顔を男へと向けた。




「ツツキ査察団長――シオリにございます。

皆様、この度は急な申し入れを汲んで頂き、団長として感謝に堪えません」

査察団全員が樹海から出て、出口付近の加工場周りに集まった所で、シオリは用意をしてくれた村人たちに、感謝の意を表した。

「そんなぁ、頭をお上げ下さいや、大神官様。

アタシらみてぇに、辺鄙なトコに住んでるモンにとっちゃあ、樹海の外から来てくれた人は、とっても大事なお客人だよぉ」

リーダー格の女性が、バシバシとシオリの肩を叩き、実にフレンドリーに歓待の意を返した。

「さぁ、た~んと喰ってくださいな。

田舎料理でお恥ずかしいけど、量だけはたっくさん用意してあっからさぁっ!」

「はい――では皆さん、いただきましょう」

リーダー格が両手を広げて示した、多くの大皿に盛られた料理を眼前に、シオリは笑顔で皆に食事を促した。


「うっわぁ……これが『刺身』っていう、魚を生で食べる料理かぁ……」

食事の喧騒が響く中、全報記者のハナは顎に手を置き、箸に挟んだ刺身を仰々しく眺めていた。


ツクモにも、生魚を食べる風習はあるが――冷凍、冷蔵技術に乏しいため、その風習は、海に面した沿岸地域に限られる。

そのため、内陸に位置するテンラクに居を構えている者にとって、刺身などは、食べる風習のある場所でしか御目にかかれない、まさに『レア』な珍味なのである。


「う~ん……アタシはニガテだなぁ。

生魚の味やニオイって」

そんな珍味に群がる者たちを横目に、そう呟いて別の料理を食べているのは、護衛団長として上座に座っているハルだ。

「あれ?、姉様……食べてないね?」

同じく上座に――要は、ハルの隣に座るシオリの箸が、あまり進んでいない事にハルは気付いた。

「……」

だが、ハルの心配そうな尋ねに、シオリは虚ろな瞳をして――無反応である。

(?)

不思議に思ったハルが、そんなシオリの虚ろな目線を辿ってみると――そこに有った、いや『居た』のは、ソウタ、アオイ、そして……ヒカリの幼馴染同士3人で、寄り集まっている様子だ。

(ははぁ~ん……)

ハルは、心中でそんな唸りを挙げ、したり顔でシオリの横顔を見やる。

「寂しいんですかぁ?、ソウタ殿が側に居なくて?」

「!?、えっ?」

ニヤニヤと笑いながらのハルの尋ねに、シオリは我に返って振り向く。

「ふふっ♪、やっぱ、ソウタ殿の名前には反応してくれましたね。

故郷の旧友たちに、ソウタ殿を獲られたみたいで……食べ物も咽に通らないカンジでしたもん♪」

ハルは得意気にそう言うと、期用に箸で焼き貝から貝柱を獲ってみせる。

「そう――かもしれませんね」

ハルのからかいに、シオリは意外にも、それを認める返答をした。

「!?、ウソ……姉様が、素直にそーいうコト言うなんて!

きっと、明日は天気悪いわっ!」

驚いたハルは、口に含んだ貝の『ヒモ』を口元から垂らし、それを啜ってゴクリと飲み込んだ。

「あっ、貴女が思う様な、男女の機微に関してではなく――その、所詮、私たちとソウタ殿とは……まだ、一月足らずの浅い仲なのだなと、思い知らされたというか……」

シオリは俯き、言葉を撰んで今の気持ちをハルに説明を始める。

「私たちとの時とは、明らかに違う――幼馴染同士ゆえの、昔から知る互いの『空気』が有る様な感じがして、それは、どんなに親しくなっていても、補いきれない大きな開きがあるのだなと思っていたのです」

ハルが表した様に、寂しそうな表情で、シオリは三人の姿を見詰める。

「なるほど……『いくら超絶美女の私でも、ココでソウタ殿を落とすのは難しそうだわぁ』と?」

「ハルちゃん――そろそろ、本当に怒りますよ?」

シオリは真面目に答えたはずなのに、それを更に茶化そうとするハルを、シオリは冷たい一瞥で叱った。



「三年ぶり――か」

「うん、そうだね……」

「手紙すら、一度も遣さずにな」

シオリが、羨望を交えて観ていた、幼馴染三人の会話というのは――


「髪――短くしたのか?、子供の頃から、ずっと伸ばしていたのに」

「うん、そういえば……切るコトにしたのは、ソウちゃんが旅立ってからだったっけ……」

「それはそうだろう!、"身を捧げた"男が、逃げる様に側から去っては、心境を変える事柄が無くては――」


――所詮は、この程度の近況報告が関の山である。


「おい――俺は、ヒカリと話してんだよっ!

イチイチ茶々入れんじゃねぇっ!」

ソウタは眉間にシワを寄せ、ヒカリとの会話に割って入るアオイに、苦情を言う。

「ほぉ~?、随分と強気になったなぁ?

ヒカリが、以前と同じ様に接しているから、禊を終えられたと思って!」

アオイは先程まで、ヒカリと会う事を躊躇していたはずのソウタが、今度は望んで話している点を指摘した。

「――っ!、ぐぬぬぬっ……」

図星らしく、ソウタは返答に困って、悔しげに拳を握る。

「アオイちゃん、ソウちゃんが帰らない事を責めてはダメだって、アヤコ様にも言われたでしょ?

刀聖様として、世界中を旅している途中なんだから」

ヒカリは、人差し指を立て、アオイを諭す様にそう言った。

「お前は――"例外"であろうよ、言って良い……立場であろうて?

何せお前は、コイツと……」

アオイは、ソウタを鋭く睨み、同時に恥ずかしそうに頬を赤らめ、複雑な表情をする。

「そっ、そりゃあ確かに、私とソウちゃんは『そーいうコト』もあった仲だけど……私はそれを理由に、ソウちゃんを、刀聖様を――自分の側なんかに、縛り付けたくはないって、皆に言ったはずだよ?」

ヒカリは、赤面しながらも、意外にアッサリ、ソウタとの『只ならぬカンケイ』を認め、しかも――

「おい……ヒカリ?

俺との"コト"を今――『皆に言った』って、言わなかったか?」

――ソウタの指摘のとおり、恐らく少なくはない人数に、二人のカンケイを吐露している事も明かしている……

「うっ、うん……実は、言っちゃったんだよね。

アヤコ様には、言っておいた方がと思って、お話したら――それが、いつの間にか、ツツキ中に広まっていて……」

ヒカリは俯いて赤面し、モジモジと指を絡めながら、ソウタに詫びる体で言う。

「いや……『アヤコ様には』って、その時点で、もうオカシイ……おっ!、俺たちは、いわゆる『秘め事』をだな――」

ソウタも俯いて赤面し、困惑気味に頭を掻く。

「――でも、"アヤコ様が言い触らした"とは、とても思えないないな?」

「ソウちゃんっ!、ソコなんだよっ!」

ソウタが抱いた疑念に、ヒカリは、熱を込もった力感溢れる声で相槌をする。

「言い触らした人が――居るんだよっ!」

ヒカリは――アオイの顔を、ビシッと力強く指差したっ!

「うっ……」

指差されたアオイは、明らかにバツが悪そうな表情を見せて押し黙る。

「あっ、"あの晩のアノ時"――この娘は、天井裏に忍び込んでて、全部観ていたんだよっ!」

ヒカリは、恥ずかしそうに顔面を真っ赤に染め、フルフルと指した指先を震わせる。

「まっ!?、マジか?、アオイ……お前、そんな悪趣味なコトを?」

ソウタに至ってはもう、恥ずかしさは通り越して、アオイの衝撃的なヒミツに愕然とする。

「あっ!、あれは不可抗力だと謝っただろう?!

寝込みを襲って――今夜こそ、一本を獲ると忍び込んだら、おっ、お前たちがぁ……」

アオイは、その時に観た光景を思い出し、二人から目を逸らして頬を赤らめる。

「ほっ、惚れている男が、自分以外の女を抱く様を見せられた……私の方が被害者であろうよ!」

アオイは、ボソボソとそう呟き、赤らめた頬を膨らます。

「私の潜入に、気付かないお前も悪いのだ!、普段は、見透かした様に看破してみせるクセに……」

「むっ!、無茶を言うなよ……俺だって、"アノ場面"でそんな余裕無いわっ!」

アオイからの身勝手な指摘に、ソウタが意味深な返しで応じると、ナニかを思い出しているのか、3人は揃って赤面を濃くして、一様にうな垂れた。


「まあ――ちゃんと謝ってくれたから、観てたコト自体は許したんだけどね」

意気消沈のアオイを気遣ってか、ヒカリは哀れむ表情で微かに微笑んだ。

「俺は、そんな簡単に許せねぇよぉ~!

あ~~~~~っ!、ココまでは来たけど、そんなコト聞いたら、ますます帰り難いじゃねぇかぁ~っ!」

ソウタは頭を抱え、溜め息も交えて脱力した。


「――御頭」

「!」

談笑している、三人の側の茂みから響いたのは――またも、ショウゾウのしゃがれた声だった。


「"御家方様"のお見え故、御傍に警護の下知がありました――お戻りくだせぇ」

ショウゾウは、茂みに身を潜めたまま、頭目であるアオイに任務に加わる事を促した。

「!、アヤコ様が?」

その報せに、先に反応したのはソウタで、彼はキョロキョロと辺りを見渡した。
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