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ヨクネ峠決死戦
歪な戦況
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予期せぬ大巫女の自害に、テンラクの街が騒いでいる頃――コウオウの国、南西端にあるヨクネ峠では、侵攻して来た南コクエ軍と皇軍が睨み合っていた。
ヨクネ峠とは、南コクエとコウオウの国境基準の役割を果たしている場所で、関所を兼ねた双方の砦が設けられている。
しかし、現在は南コクエに同調した民兵組織の一派が、コウオウ側の砦を制圧していた。
両軍睨み合いの簡易な構図としては、この制圧された砦を挟み、砦を奪還しようとしている皇軍と、砦に篭るシンパと合流し、そこを拠点に本格的な侵攻に突入したい南コクエ軍――といった様相だ。
「――良いかぁ?!、この奪還戦がぁっ!、皇国の存亡を左右する、重大な一戦である!
皆、しかと心得ておるなっ!?」
眼前に居並ぶ、数千名の皇軍兵に対し、最前列の馬上からそう呼ばわったのは、総大将代理であるトシイエだ。
――ドン!、ドン!、ドン!
兵士たちは、返事の代わりに、全軍総突撃を表す三度の足踏みをして応じた。
「――ふんっ、堂々と突撃ってかい。
悪く言えば……"ナントカの一つ覚え"だねぇ」
砦を挟んでいても聴こえて来る、皇軍の様子と策を表す足音に、南コクエ軍に参陣しているスズは、側の卓に頬杖を突き、呆れた様な笑みを浮べながら、そう呟いた。
「でも、辺りを見渡してみりゃあ――それぐらいしか、手が無いのも確かだがね」
スズは、卓に置かれていた、砦の周辺図を弄ぶ様にトントンと指で突く。
「本当に――こちらの思惑どおりに動いてくれましたな」
そう、スズに相槌を打ったのは、甲冑姿の男で……彼は、南コクエ遠征軍の全権を任されている、総大将"的な"立場である、ヨシミツという男である。
"平等と共営"を主幹とした思想を掲げる、南コクエ軍では――役職や、階級の類の上下関係は、原則的に廃されている。
指揮系統云々などの理由で、軍隊としてそれはありえない事柄なのだが、当国の最高意思決定機関である皆同志七人衆が全権を委任したという"理屈"を全面に出す事で、その同じ理屈を使って、指揮系統の存在を確立し、ちゃんと軍隊の体を保っているのが、驚きの一つと言える。
「貴女が――カツトシを暗殺した事が、良い方に効いた結果ですな」
そう言って、割って入るように、卓上の地図へと指を向けたヨシミツは――
「あのカツトシならば、きっと、砦の奪還を後に廻して、もっと地の利が使える場所に陣を敷くはず――その方が、コチラとしては厄介であったというのに、後を引き継いだトシイエは、かの砦の奪還を優先した。
この戦――もはや、先に峠の上部を制した、我らの勝ちに等しい状況でしょう」
――と、細い峠道に列を成した体で並べられた、皇軍を表す白い駒を、ひょいと一つ指に挟んで、ブラブラと振るって見せた。
「そうだねぇ――コッチにとっちゃ、敵の領内なのに、皇軍が、攻め手になっちまってる状況……峠を昇ってくる先鋒を矢や界気で削ってりゃあ、それだけでも勝てる構図だねぇ」
スズは、キセルに火を点け、呆れた素振りで白い駒を一瞥した。
(――しっかし、大将一人、殺られちまっただけで、こうもグダグダな展開に流れて行くとはねぇ……
アタシにまず、カツトシを殺るように頼んでみせた、あの皆同志ナンチャラって連中の慧眼も、あながち間違ってちゃあいないってコトかい)
スズは、鼻腔に煙を燻らせながら、これまでに至る諸々に思いを馳せる。
(いや、慧眼――というよりは、"周到さ"かね?
何でも、例のカクメイとやらの前から、あの面倒な思想を根気よく広めてて、それで出来たシンパを使って、今の有利な戦況を作ってる……
秋分ん時だって、まだ戦時下と言って良い中を、アタシみたいな暗殺者が容易に入り込めたのだって、そのシンパの暗衆染みた手引きがあってこそ……
この社会の"底の方"に凝り固まってた、"イロイロとどす黒いモン"を上手く使って、てめぇらの手駒に仕立てる――あのユキオってオッサンが『百年の計』と、嬉々としてほざいてたのも、この戦況見れば納得かもね)
スズは、皮肉めいた笑みを浮かべ、共に並ぶ、コウオウ国全体の地図へと視線を移す。
そこに示されているのは、まだら模様が如く散りばめられた、現況の勢力図で、これもまた、コウオウ側が白、対して南コクエ側は赤で示されていた。
(本格的に、アタシらを加えた本隊が出張る前から、こうして"虫食い"気味に要衝抑えられちまったら、皇軍としちゃあどうにも動き難いのは当然――それが、素人だらけの"南コク"が、曲りなりにも職業軍人揃いの皇軍と、五分を張れてるカラクリ。
もう、戦闘力が、戦の結果を左右する時代じゃあねぇってコトか?、傭兵稼業としてはゾッとしないねぇ……)
そんな独り言を心中で紡ぎ、身震いしながらスズは、キセルの灰を地面に落とし、再び皮肉めいた笑顔を作る。
「……スズ様?、如何致しました?」
――と、スズが見せた表情を訝しげに見やったヨシミツは、甲冑を鳴らしながら、怪訝とした顔を覗かせる。
「――ん?、いや……別に何でもないさ。
ただ……ちいと、寂しくなりそうかもなって、ふと思っちまっただけさ」
スズがまた、意味深に頬を緩ませながらそう言うと、ヨシミツは――」
「むっ……コレは失敬。
少々長く、この本陣に留め過ぎておりましたかな?
最早、雌雄決する時も近いですし、どうぞ、コケツがお仲間の下へお戻りくだされ」
「ああ、そろそろ、そうさせて貰うつもりさ――で?、アタシらコケツは、最前線で、昇って来れたのを各個撃破すりゃあ良いんだね?」
キセルを斜めに咥え直したスズは、側に立て掛けていた短槍をヒョイと担ぎ、陣の天幕の出入り口へとおもむろに向かう。
「ええ、世界に轟く、コケツ衆が武勇の冴え――期待しておりますよ」
ヨシミツはニヤリと笑って、世辞も含めた言い方でスズの背を見送った。
ヨクネ峠とは、南コクエとコウオウの国境基準の役割を果たしている場所で、関所を兼ねた双方の砦が設けられている。
しかし、現在は南コクエに同調した民兵組織の一派が、コウオウ側の砦を制圧していた。
両軍睨み合いの簡易な構図としては、この制圧された砦を挟み、砦を奪還しようとしている皇軍と、砦に篭るシンパと合流し、そこを拠点に本格的な侵攻に突入したい南コクエ軍――といった様相だ。
「――良いかぁ?!、この奪還戦がぁっ!、皇国の存亡を左右する、重大な一戦である!
皆、しかと心得ておるなっ!?」
眼前に居並ぶ、数千名の皇軍兵に対し、最前列の馬上からそう呼ばわったのは、総大将代理であるトシイエだ。
――ドン!、ドン!、ドン!
兵士たちは、返事の代わりに、全軍総突撃を表す三度の足踏みをして応じた。
「――ふんっ、堂々と突撃ってかい。
悪く言えば……"ナントカの一つ覚え"だねぇ」
砦を挟んでいても聴こえて来る、皇軍の様子と策を表す足音に、南コクエ軍に参陣しているスズは、側の卓に頬杖を突き、呆れた様な笑みを浮べながら、そう呟いた。
「でも、辺りを見渡してみりゃあ――それぐらいしか、手が無いのも確かだがね」
スズは、卓に置かれていた、砦の周辺図を弄ぶ様にトントンと指で突く。
「本当に――こちらの思惑どおりに動いてくれましたな」
そう、スズに相槌を打ったのは、甲冑姿の男で……彼は、南コクエ遠征軍の全権を任されている、総大将"的な"立場である、ヨシミツという男である。
"平等と共営"を主幹とした思想を掲げる、南コクエ軍では――役職や、階級の類の上下関係は、原則的に廃されている。
指揮系統云々などの理由で、軍隊としてそれはありえない事柄なのだが、当国の最高意思決定機関である皆同志七人衆が全権を委任したという"理屈"を全面に出す事で、その同じ理屈を使って、指揮系統の存在を確立し、ちゃんと軍隊の体を保っているのが、驚きの一つと言える。
「貴女が――カツトシを暗殺した事が、良い方に効いた結果ですな」
そう言って、割って入るように、卓上の地図へと指を向けたヨシミツは――
「あのカツトシならば、きっと、砦の奪還を後に廻して、もっと地の利が使える場所に陣を敷くはず――その方が、コチラとしては厄介であったというのに、後を引き継いだトシイエは、かの砦の奪還を優先した。
この戦――もはや、先に峠の上部を制した、我らの勝ちに等しい状況でしょう」
――と、細い峠道に列を成した体で並べられた、皇軍を表す白い駒を、ひょいと一つ指に挟んで、ブラブラと振るって見せた。
「そうだねぇ――コッチにとっちゃ、敵の領内なのに、皇軍が、攻め手になっちまってる状況……峠を昇ってくる先鋒を矢や界気で削ってりゃあ、それだけでも勝てる構図だねぇ」
スズは、キセルに火を点け、呆れた素振りで白い駒を一瞥した。
(――しっかし、大将一人、殺られちまっただけで、こうもグダグダな展開に流れて行くとはねぇ……
アタシにまず、カツトシを殺るように頼んでみせた、あの皆同志ナンチャラって連中の慧眼も、あながち間違ってちゃあいないってコトかい)
スズは、鼻腔に煙を燻らせながら、これまでに至る諸々に思いを馳せる。
(いや、慧眼――というよりは、"周到さ"かね?
何でも、例のカクメイとやらの前から、あの面倒な思想を根気よく広めてて、それで出来たシンパを使って、今の有利な戦況を作ってる……
秋分ん時だって、まだ戦時下と言って良い中を、アタシみたいな暗殺者が容易に入り込めたのだって、そのシンパの暗衆染みた手引きがあってこそ……
この社会の"底の方"に凝り固まってた、"イロイロとどす黒いモン"を上手く使って、てめぇらの手駒に仕立てる――あのユキオってオッサンが『百年の計』と、嬉々としてほざいてたのも、この戦況見れば納得かもね)
スズは、皮肉めいた笑みを浮かべ、共に並ぶ、コウオウ国全体の地図へと視線を移す。
そこに示されているのは、まだら模様が如く散りばめられた、現況の勢力図で、これもまた、コウオウ側が白、対して南コクエ側は赤で示されていた。
(本格的に、アタシらを加えた本隊が出張る前から、こうして"虫食い"気味に要衝抑えられちまったら、皇軍としちゃあどうにも動き難いのは当然――それが、素人だらけの"南コク"が、曲りなりにも職業軍人揃いの皇軍と、五分を張れてるカラクリ。
もう、戦闘力が、戦の結果を左右する時代じゃあねぇってコトか?、傭兵稼業としてはゾッとしないねぇ……)
そんな独り言を心中で紡ぎ、身震いしながらスズは、キセルの灰を地面に落とし、再び皮肉めいた笑顔を作る。
「……スズ様?、如何致しました?」
――と、スズが見せた表情を訝しげに見やったヨシミツは、甲冑を鳴らしながら、怪訝とした顔を覗かせる。
「――ん?、いや……別に何でもないさ。
ただ……ちいと、寂しくなりそうかもなって、ふと思っちまっただけさ」
スズがまた、意味深に頬を緩ませながらそう言うと、ヨシミツは――」
「むっ……コレは失敬。
少々長く、この本陣に留め過ぎておりましたかな?
最早、雌雄決する時も近いですし、どうぞ、コケツがお仲間の下へお戻りくだされ」
「ああ、そろそろ、そうさせて貰うつもりさ――で?、アタシらコケツは、最前線で、昇って来れたのを各個撃破すりゃあ良いんだね?」
キセルを斜めに咥え直したスズは、側に立て掛けていた短槍をヒョイと担ぎ、陣の天幕の出入り口へとおもむろに向かう。
「ええ、世界に轟く、コケツ衆が武勇の冴え――期待しておりますよ」
ヨシミツはニヤリと笑って、世辞も含めた言い方でスズの背を見送った。
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