流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
99 / 207
決意

託された望み

しおりを挟む
「ふあぁぁぁっ……退屈、だねぇ」

昼下がりのテンラクの中にある、行きかう人々は疎らどころか、ほぼ皆無な裏路地の一角。

そこに座っているタマは、そんな愚痴を溢しながら、摘んだ薄で小石を突いたり、その薄を鼻の下に挟んだりしていた。


「そう愚痴るな、これもハヤトとの約束の一環だぞ?」

共に居るギンは、タマをそうやって宥め、自分は弓の弦を張り直したりして、暇を潰しているのが明らかな素振りである。


ハヤトが、ユリの私室へと繋がる抜け穴へと姿を消してから、二人はこう言った拍子で、この抜け穴の見張り役を請け負っていた。

場所の様子を大まかに説明すると、そこは御船板館の側にある水路へと繋がる、格子状の門の前である。


「ここが、オッサンの『昔の女』の居る場所に忍び込むための『秘密の抜け穴』の入り口って――ホント、"秘密のナンチャラ"が、好きなオッサンだよね」

タマは、今度は薄をタバコのように噛んで、フラフラと揺らしながら、格子状の門を眺めた。

「何でも――あのフジというヒトの話では、その昔の女は"やんごとなき立場"の女性らしい。

そんな恋人との逢引のために、ハヤトはこの抜け穴を使っていたそうだ」

ギンは、弦の張り具合を吟味しながら、フジに聞いたというハヤトの若い頃の話を口にした。

「何だか――今のソウタとサトコみたいだねぇ。

あのオッサンも、若い頃は"スケコマシ"だったってコトかぁ……」

タマは、ふっと薄を吐き出し、それを水路の流れへと乗せた。

「……あれ?」

その刹那――タマは突然、ピクッと猫耳を震わせ、上部に見える御船板へと続く道を見上げた。


この耳の震えは――何らかの異変を感じた証である。


「何だか……急に、騒がしくなったな?」

「うん――さては、何かやらかしたのかな?、あのオッサン……」

同じ様に異変を感じたギンも、険しい表情で、辺りに拡がり始めた慌しい人の動きを見やり、タマは顔をしかめ、ほぐれていた体勢を正し始める。




「手配書で見慣れているはずの"八字背渡し"――『二刀烈警』ですっ!

見つけたら、決して功に逸らず……直ぐに!、隊長級わたしたちへ知らせなさいっ!」

館の正門の前では、ハヤトの捜索に動員した連中に、ルイは厳しくそう下知をして、彼らを送り出すと、自分も数人の手勢を率いて、街中の道を駆け出す――

(――ん?)

――その途中、彼も亜人種ならではの感覚で、辺りの様子に何らかの違和感を感じたルイは、手勢に合図をして、行進を止める。

(……血のニオイ?、士団員われわれ以外の、戦いに通じた者のニオイと気配か?

一体……どこからだ?)

ルイは、周辺一帯へと感覚を研ぎ澄まし、その違和感の正体を探ろうとする。

(――下水路の方に、誰か、居る気配がする!

逃走路としても、適当と言え……)

ルイは、眼下に見える水路の流れを、少しずつ目で追い――

「――居たっ!、そこな二人っ!、そんな所で何をしているのですっ!?」

――と、タマたちの姿を微かに視認し、急いで二人に向けて叫んだ。


「――なあに?、狐族さん。

アタシたちは、ココで待ち合わせをしてるんだけど?」

グングンと近付いて来るルイに、タマは、ブスッとした表情でそう答え、隣のギンも続いて頷く。

「待ち合わせ……ちょっと、不自然に過ぎる場所ではありませんか?

天警士団――七番隊長のルイと申します、少し、お話を聞かせてください」

タマたちに険しい表情を向け、ルイは役職込みの丁寧な名乗りを挙げて、二人に職務質問を求める。


(士団の七番隊長――よもや、謀反の中核のお出ましとはな)

ギンは、近付いて来る者の素性を察し、何時、戦闘になっても良い様に、弓を握る手に力を込める

「狼族の貴方、その私への殺気――何のつもりですかな?」

ギンの動きを、聡く感じ取ったルイは、ギンの弓を握る手を指差して彼を睨む。

「ふっ……見た目どおり、田舎者の狩人なのでな。

近付いて来るモノには、どうしても、な?」

適当な理由を付けて、疑いをやり過ごそうとしたギンは、不敵な笑みを見せて、敵意ではないと弓をぶらぶらと振るう。


「――ふぃ~っ!、よぉ、待たせたな……って、んっ?」

――と、そこに、水路の奥から飄々と現われたのは、この状況を知らずに姿を現した、ハヤトであった……


「あっ……」

「……あっ!」

その登場の仕方と、そのタイミングの悪さに、タマたちを始め、その場に居る者全てが、呆気に取られて固まった。


「――にっ!、二刀烈警!」

ハヤトの登場に、ルイたちは動揺しながらも的確に動き、ルイは後方へと下がり、得意の火の界気を両手に込め、手勢の数人は、ルイを守る様に前に出る。

「――ちっ!」

一方、ギンの舌打ちが合図となって、3人もギンが下がって後方で弓を構え、タマは最前線で無手の『型』を造り、ハヤトは、その直ぐ後ろで二刀揃って抜刀する。


ハヤトたちは、3人での戦闘は初めてのはずなのだが、阿吽の呼吸よろしく、実に堂に入った連携を見せている。


「ギン――なるべく早く、"とんずら"を決め込みてぇ。

おめぇの弓で牽制して、何とかやり過ごせねぇか?」

ハヤトは、小声でそう言い、焦りの色を滲ませる。

「……どうした?、やり合えない相手や数ではないぞ?

俺たちに、"一暴れ"を望んだ、アンタのセリフとは思えんな?」

「そうそう――それに、連れ出すって言ってた、オッサンのカノジョはどうしたのさ?」

ギンの応答に加え、タマは想定外なハヤト一人での帰還を、訝しげに思って尋ねた。


「へっ!、隊長格を前にして、"やり合えねぇ相手じゃねぇ"とは――俺は、とんでもねぇ奴らを誘ったみてぇだな♪

状況と目的が、大きく変わっちまってな……それに関しても、ちゃんと話てぇからの"とんずら"だ――頼む」


ハヤトの願いと同時に、二人は無言のまま、ギンは弓に矢を番え始め、タマはルイの手勢に向かって駆け出すっ!


「!!!!、ぐほぉ――っ?!」

タマのボディーブローが、手勢の一人に見事に決まり、その手勢がうつ伏せに倒れ込む所に、ルイの火球が間髪入れず、タマへと向かって飛んでくるっ!

「!?」

「――タマぁ!、伏せろっ!」

不意に迫る火球に対し、反応が遅れたタマは、思わず動きが止まったが……ギンの声に反応して、サッと伏せると、白く光る風の界気を纏わせた矢を放ち、火球を相殺した!

「くっ!、やるぅっ!?」

ルイが悔しげに舌を鳴らし、火球の煙が掃われた後の眼前には――既に、3人の姿は無かった。

「ちいっ!、まだ近くに居るはずっ!、なんとしても探し出すのですっ!」

ルイは、苛烈な下知を振るい、手勢たちに逃げられた3人を追わせた。




「?!、オッサンのカノジョ――自殺、しちゃったの?」

逃走の最中――ハヤトから聞かされた潜入の顛末に、タマは哀れむ眼差しを、ハヤトの横顔へ向ける。

「ああ、俺が来たおかげで、逆に決心が着いたなんて言ってよ……へへっ、助け出すどころか――トンだ死神だったな、俺は」

ハヤトは、悔いと悲しみが混じる複雑な表情を見せた後、彼らしい不敵なな笑みも覗かせて、二人にそう話した。


「助け出す相手が亡くなっては、それを援護するつもりの俺たちはお役御免――というコトか」

並んで駆けながらギンは、自分の顎に手を当てて渋い顔をする。

「いんや、別口で――アンタらに頼みてぇコトが出来た」

ハヤトは、そんな前口を打ちながら、懐をまさぐり――

「これを――ツツキに向かってるっていう、"大神官の嬢ちゃん"に渡して欲しいってのが、アイツの最後の望みなんでな」

――ユリから託された、紫珠輪を二人に見せた。


そう――ユリが撰んだ、紫珠輪の継承者……つまり、"次の大巫女"に指名されたのは、シオリなのである!


「その大神官の嬢ちゃんは今、アンタらが探してる、刀聖サマと一緒に居るってんだろ?

だから――よっ!」

――と、ハヤトは紫珠輪と花押の印象、そして、一通の封筒をタマたちに投げ渡し、急に踵を返して立ち止まる。


「追っ手はっ!、このオッサンが引き受けっからよっ!、刀聖んトコに行く"ついでに"渡してやってくれやっ!」

ハヤトは、抜刀しながらそう言うと、先ん出た二人に目掛けて片手を挙げ、ニヤッとまた不敵な笑みを見せた。


「え~~~~~っ?!、カノジョの頼みを、アタシたちに丸投げしちゃうのぉ~~~っ?」

タマは半身で振り向き、呆れた素振りで顔をしかめ――

「良いのか?、故人の頼みは――"お前に"という事なのだろう?」

――と、ギンも冷静にそう諌めて、表情を曇らせた。


謀反一派あいつらが、血眼になって探してるのは俺で……その俺が、紫珠輪そいつを持ってると思ってるはずだ――てぇこたぁ、俺は囮に最適で、紫珠輪そいつを誰かに任せた方が得策だろ?」

ハヤトは、遠目に追っ手を視認し、二刀の刃を返してニヤッと笑う。


「いっ!、居たぞっ!、二刀烈警だぁっ!」

ハヤトが思惑を説明している間に、彼の姿を視認した追っ手が、ワラワラと一団になって近付いて来る。

「――さあ、行けぇっ!!!、刀聖サマと大神官によろしくなぁっ!」

ハヤトは、振り向かないままそう叫んで、追っ手の一団へと突撃した!


戦闘へと突入するハヤトの後ろ姿を、頼みへの返答をする合間も無く見送った、タマとギンは――

「――ギン!」

「ああっ!」

――渡された物を懐に仕舞い込み、頷き合って駆け出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...