流れ者のソウタ

緋野 真人

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決意

綱の先で

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「!、ミユ――良かった……」

3人が、せっせと綱に掴まって崖を昇り始めた頃――御船板館の私室に居た大巫女ユリは、茶器を乗せた盆を持って入って来た、健常そうなミユの姿を見て、彼女を側に抱き寄せて頭を撫でた。


あの謀反の騒乱が一段落し、テンラクの街はとりあえずの落ち着きを取り戻していた。

謀反一派やそれらが呼び寄せた、北コクエから派遣された者たちの介入下とはいえ――そこに居る者たちの生活は、ほぼ元どおりだと言える、平穏を感じれるモノとはなっている。


そんな渦中、事実上の軟禁状態である大巫女ユリが願った事とは、あの時を共に過ごした、ミユと再会する事であった。

言うなれば、彼女への"ご機嫌取り"の一環として、今は出自でもある孤児院へと身を寄せているミユが、ここ御船板館へと呼び出され、こうして再会の機会が与えられたのである。


「大巫女様――お気にかけて頂き、痛み入りまする」

ミユは、ユリの身体から離れると、深々と拝礼してユリに改めて挨拶をした。

「面を、お上げなさい――本当に、無事で何よりでした」

ユリは、本当に安心した様子で微笑み、嬉し涙も流しながら、ミユの手を握る。

「ところで――姉はどうしたのです?、私は、姉妹二人との面会をと申し渡したのですが……」

ユリがそこまでを口にした所で、ミユは酷く表情を曇らせる。

「……ミユ?」

その表情の意味を察したユリは、険しい顔付きをして、ミユを優しく問い詰める。

「はい……姉は、辱めを受けると察し、ならばと自害――して、おりました……」

ミユがボロボロと涙を溢す様を見て、ユリは驚愕した口を開ける。

「――っ!!、では、あの去り際の、五番隊長の言葉は、やはり……っ!」

ユリは、痛恨の涙を溢しながら大きくうな垂れ、冒頭は気丈に話しては居たミユも、ついに堪らなくなって嗚咽を漏らす。

「――くっ!、謀反人たちに凌辱された娘が居るらしいとの報は、人伝に知っていましたが……なんと、なんというコトにぃ!」

ユリは、一応は自分の下にも流れては来る、様々な事柄に関する報告を聞き――公邸に押し入った連中が犯した事についても、朧気な内容までは把握していた。

だからこそ――双子姉妹の動向が気になり、面会を願ったのである。


「――ミユ、ごめんなさい。

私が、私が……っ!」

ユリは、ミユの身体を再び抱き寄せ、涙を流しながら彼女の頭を優しく撫でる。


「おっ、大巫女様のせいではございません――本当なら、姉さんが近習役に決っていたのに……私が、気安く替わったりしなければ……」

ミユは、近習役の交替を強く悔いていた。

自分なら――たとえ、凌辱されたとしても、姉の様に、自死を選んだとは思えないからである。


一通り、謀反後のお互いの動向を話し終えたユリとミユは、正面に互いを対して座し、ミユはユリが点てた茶の気泡を見詰める。

「大巫女様、テンラク様は――このツクモは、この先一体、どうなってしまうのでしょう?」

ミユは途方に暮れた体で、俯きながらユリにそう尋ねた。

「まだ、子供だと言っても良い年頃のあなたに、そんな心配をさせてしまう――本当に、私はダメな大巫女……いえ、それ以前にダメな大人ね」

自分の分の茶を点て、ユリは自戒を込めたそんな返しをして――

「大丈夫よ、あなたは直に接していたはず――この乱れを払ってくれるであろう者と」

――と、手元の茶筅を止め、上目遣いにミユを見る。

「刀聖――様ぁ……」

ユリの言葉の意味を察したミユは、天井を見上げ、ソウタの優しい表情を思い浮かべる。


(ココでの謀反、南コクエの占報――このツクモに漂う混沌はついに極まり、新たな戦乱として噴出してしまった……これを払えるのは、もはや光刃の輝き以外に無いと言わざるを得ない。

だけれど、今の私は――それを、当世の刀聖に、伝える術が見つからない!)

茶を呑みながら、ユリはそんな事を考え――眼前の少女の姿を見据え、切なそうに茶碗を卓上に置いた。




ユリとの面会を終え、御船板を後にしたミユは、既に滲み出した夕焼けが空を照らす、人気の少ないうらびれた道を、件の孤児院への帰路として歩んでいた


――ガサッ!


「……えっ?!」

孤児院まであと僅かという場所に至った所で、不自然な様子で木立が揺らいだ。


――ガサッ、ガサガサッ!


「えっ?、ええっ!?」

木立が揺らぐ回数が増えるに連れ、ミユの反応にも少し脅えが混じる。

木立が揺れる音がふいに止み、ミユは恐る恐る――

「のっ、野良猫……かなぁ?」

――と、恐怖と興味が入り混じった声音で呟き、木立へと近付く。


「――ぷふぁっ!」

「!!!!!!!!?!」

ミユは、木立の中から現われた、猫は猫でも、小柄な猫耳少女の登場に驚き、思わず息を呑んで固まる。


「ふぃ~~っ!、なぁ~にが秘密の道よぉっ!

はぁ、やっと道らしい道に出れたよぉ~……って、あれ?」

猫耳少女こと――タマは、ふと目が合ったミユの顔を、キョトンとした顔で見詰めた。

「なっ!、ななななななななんですかぁ!、あなたはぁ?!」

鉢合わせに驚き、一瞬息を呑んだミユは、抗議を込めてタマに詰め寄る。

「へっ?、ああ~っ!、ゴメンゴメン――驚かせちゃったね♪」

対するタマは、文面の割に謝る姿勢がまったく感じられない口調で、猫耳の裏を掻きながら、軽く頭を下げる。

「――で、ココはどの辺?、テンラクの中に……入れた?」

(!?、てっ……テンラク様を呼び捨てぇ?

私も、言葉使いをちょくちょく姉さんや大神官様に叱られてるクチだけど――そんな畏れ多いことばの使い方する人なんてっ!)

特性の夜目を用いて辺りを見渡し、現在地を確認しようとしているタマを、ミユは眉間にシワを寄せ、心中では憤慨しながら、無作法な猫族を睨む。


「登りきったら、西の隅にある孤児院の側に出るって言っただろ――って、ありっ?」

タマに続いて、武器えものの二刀を、八の字渡しに背負ったハヤトが、夜道へと現われた。

「――ちっ!」

「――?!、むほっ!?」

ハヤトは、ミユの存在を目視した途端、これまでの態度からは想像出来ない俊敏さを見せ、一気に彼女の口を塞いだ。

(!?、オッサン――っ!)

その体裁きに目を見張ったタマは、ここでようやく、ハヤトの実力を垣間見て目を据わらせる。

「おタマちゃん――俺たちは、"かなりヤバ目"な入り方をしてんだからさ?

出くわした人と談笑してる場合じゃないでしょ?」

冷徹なまでにハヤトはそう言い、背負った刀の柄に手を伸ばす。


(!?、私――このおじさんに殺されるっ?!)

口を塞がれたまま、その抜刀へと至りそうな様を見て、ミユは心中でそう察し――

(――別に、良いかぁ。

姉さんと、また会えるんなら……)

――と、達観した様子で目を閉じ、口元にはうっすらと笑みまで浮べた。


(この娘……)

そのミユの態度に、ハヤトは少しだけ驚いて、動作を躊躇する。


「ちょっとオッサンっ!、それはやり過ぎでしょっ!?」

その間隙を突く様にタマは、ハヤトの肩を掴んで彼の姿勢を諌めようとする。

「俺も――タマと同意見だな。

言いたい事は解るが、娘一人の生殺を決するには、いくら何でも火急に過ぎる結論ではないか?」

タマに加えて、遅れて綱を登り切って来たギンも、鋭い目付きでハヤトを睨む。

「――ちっ!、わーったよぉ!、悪ぃな、嬢ちゃん」

ハヤトは、チンッと刀を収め、ミユもすんなりと解放する。


解放されたというのに、逃げる姿勢を見せないミユの態度を、タマは訝しげに見やりながら――

「ごめんねぇ~♪、ヘンなオッサンが、怖いコトをしちゃってさ」

――と、パンパンと着物に着いた埃を払ってやり、簡素な謝辞を述べた。

「いえ、私も……驚いた拍子で取り乱してしまって、失礼しました」

ミユは少し、残念そうにそう応じて、3人に向けて頭を下げる。

「詫びるべきなのは、俺たちの方だというのに……拍子を抜かれたというのは、寧ろこちらのセリフだな」

ギンも、タマと同様訝しげに、ミユの不思議な対応に顔をしかめた。


「その見た目の歳で、その堂に行った口ぶりと物越し――嬢ちゃん、仕女見習いだな?」

ハヤトは、ミユの身分を見透かし、少し畏怖も感じる体で彼女に素性を問う。

「はい――大神官公邸付きとして、仕女務めを学ばさせて頂いている、ミユと申します。

ソチラのアヤしいおじさんと、猫さんと狼さんが――テンラク様に何の御用ですか?」

ミユは、驚くほどに冷徹に、そして臆する事無く、3人に素性を問い返した。


「こいつぁ……よっぽどキモが据わった嬢ちゃんだなぁ。

いや、何だか……どっかが一本、外れちまったのかな?」

ハヤトは、ミユの対応から感じた、タマと相対していた時との変貌ぶりに際し、そんな表現をしてニヤッと笑う。

「"大神官"って――サトコが言ってた、あの『凄い美人』のコトぉ?

ねえねえギン、その凄い美人なら、ソウタのコト、知ってるかなぁ?」

タマが、ミユから聞こえた単語に反応し、何気無くソウタの事を話題に挙げると――

「――えっ⁉、猫さん……刀聖様の事、ご存知なのですかっ?!」

――ミユは、血相を変えて、タマの襟にしがみ付いた。


「君は――刀聖の本名を知っているのか?」

ギンは目を見張り、ミユの肩を掴んで逆に問い返す。

「はい、刀聖――ソウタ様は、数日の間、私が居た公邸にご逗留されていたので……」

「!」

ミユの言葉に、タマとギンの顔はパアッと明るくなり――

「――タマ」

「ギン……いきなり!、大当たりだよぉっ!」

――と、笑顔を互いに見合わせ、背丈の差が著しい、歪なハイタッチを交わした。
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