流れ者のソウタ

緋野 真人

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聖地動乱

聖地動乱

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「タマさん――ギン殿……本当に、申し訳ない」

早朝の御所西門前で、悔しげに口を結び、旅装束のタマとギンに詫びているのはカオリである。


「別に良いよ。

かなり、長居もしちゃってたし……潮時といやぁ、潮時だしさ」

カオリの詫びに、タマは可愛らしい微笑みで返す。

「アンタが詫びる事ではないだろう?、お偉方の会議で決った事なのだからな」

辛そうに頭を下げるカオリの肩に、ギンは励ます様に手を置いた。


南コクエからの宣戦布告を受け、コウオウ政府はカツトシ暗殺の件に際して、元々予定にあった様に、占報の翌日に御前会議を開いた。

その話し合いの中で、タマとギン――二人の流者義兵の処遇についての検討が起こり、カツトシの肝煎りだった二人の登用は、"これまで"という事に決したのである。


「――だからこそ、なのです……この再びの有事迫る中、勲金等のお二人を野に放つなど、先日の会議での決定はやはり不条理です!

何より、皇様の本意だとは、とても思えませんから……」

カオリは、ギリッと歯を軋らせ、門の柱に拳をぶつける。


カオリの印象のとおり、今回の御前会議は異質なモノとなった。


サトコから見て、右側に座る武官たちの半数は、突然の布告に対して抗戦を主張。

戦勝経験から来る自信と優越感からか、先の戦役時とは一線を画す、積極的な発言も多く聞かれた。


一方、サトコから見て、左側に座る文官たちと、右側の武官たちの一部――情報収集や物資輸送などの後方支援を担当する、第三軍将ナリトモと、第五軍将ヒロシゲらは、不戦……いや、最終的には、降伏の検討すら願う発言をしたのだった。


「――貴様らぁ!、血迷ったかあっ!?

皇軍総大将を暗殺せしめたかもしれぬ者たちの、軍門に降れと言うかぁっ?!」

「反皇を掲げる連中に降るは、皇様の存在自体を滅し兼ねない事態!、それを、各々方は本気で仰っているのですかぁっ!?」

実戦部隊の将である事から、カツトシの代理も任じられた第二軍将トシイエと、第一軍将エリカは激しく憤り、不戦を主張した者たちを恫喝した。


「そうは仰るがっ!、ただでさえ、未だ講和ならないスヨウにも気を向ける必要があるのに、西の南コクエとも戦端を開くのは……無謀過ぎるというモノです!

それに、共営社会主義を奉じるべきと、布告に呼応した民や兵の一部が――国境砦を占拠して蜂起し、既に敵本隊を国内に迎え入れようとしている始末ですぞ?!、完全に先手を打たれた恰好に、打開策があるというのですかぁっ?!」

「……仮に、派兵に及ぶにしても、収穫が始まったばかりのこの時期に、用意できる糧食の量は……たかが知れている」

「今の我が国に、兵糧を充分に買い付けるだけの余裕は……くぅっ!」

「もちろん、降るは苦渋苦肉の、最終最後の選択肢――ただ、考えの内に入れておくべきではないかと言うておる!

万が一、降伏そうなったとしても、文官勢われらが国体の……皇様の御命の護持に、身命を賭して力を注ぐ故、信じて欲しいっ!」


対して――ナリトモは、前線から伝わってくる過酷な戦況を、ヒロシゲと財務担当のアキツグは、厳しい懐具合を吐露し、宰相ロクスケは、それら発言の意図を補足して、現状を冷静に見た見解を、抗戦を主張する者たちに示した。


その両者の意見を聞き、方針を決するべき皇――サトコは、度重なる宣戦布告の連続に加え、信じていた民たちの中から、それに呼応し、じぶんに向けて、反旗を翻したという事実に、愕然として途方に暮れていた。


結局――サトコは方針を決する事が出来ず、紛糾したまま、御前会議は閉幕。

最終的には、両者の話し合いに委ねられ、協議の末の折衷案として出されたのは"侵攻本隊を領内国境付近にて、一戦必勝を旨として迎え撃つ、もし、それに敗れたのなら――降るも已む無し"であった。


その際、今だ残る二人の義兵――ギンとタマの処遇も、両者の間で話し合われ、財政難を理に挙げた以上、正式に禄を食んでいない、二人をこのまま止め置くは理に叶わずと決し、二人は野に放たれる事となったのだ。


「一騎当千のお二人を失うは、戦力面に大打撃は明らか――それを、屁理屈を並べ立てて野に放つなど!」

「まあまあ、カオリ、そんなに怒らないでよぉ~

当の本人たちが、納得してんだからさ」

柱を傷付けそうな勢いで、拳をぶつけたカオリを、タマは柔和な態度をして彼女を諌めた。

「それに、俺たちは――罷免を口実に、戦局を左右する任務しごとを、エリカから頼まれたと思っているぞ?」

ギンも、狼族にとっての笑顔である、口を開けて牙を晒す表情をして、カオリにそう伝えた。


「ええ、刀聖様――いえ、ソウタ殿に現状を伝え、再びの御助力を願う事……それが、事態を覆すに至れる、唯一の方法さく!」

丹田に力を込め、歯を喰いしばって見せるカオリは、既に前線へと赴いたエリカが一縷の望みとして挙げ、一軍将の代理としてサトコの側に残ったカオリに託した、ソウタの再召喚案を述べる。


「うん、刀聖に頼っちゃうのは……ちょっと反則かもしれないけどね♪」

タマは、カオリにウインクをして、ニヤッと笑って見せる。

「アレだけ惚れられている、スメラギの危急だ。

それに、駆け付ける気が無い男ではないだろう?、ソウタは」

「ふふ♪、意外ともう――その辺まで来ていて、ほんの僅かなお別れになっちゃうかもね♪」

ギンは、自分のソウタ評を述べ、タマは自信満々に胸を張り、荷物を背負い直した。

「我ら――いや、皇様の行く末は、お二人の双肩に懸かっております!

どうかっ!、どうかよろしくっ!」

カオリは、二人の手を強く握り、旅立つ二人にコウオウと、サトコの行く末を託したのだった。




「――ヒロシ隊長!、テンラク様の本陣から、書状が届いておりますっ!」


場面は替わり――ギンたちの旅立ちと同じ日の午後。


翼域の東側を担当する、天警三番隊が詰める東砦――方角のみという、実に安易なネーミングではあるが、天警各隊が詰める砦は大体、そんな方角をストレートに載せただけのモノがほとんどで、洒落っ気の無さは言わずもながである。

その東砦に届いた一通の書状を、慌てた様子で隊長であるヒロシへと持って来たのは、副官であるシンジロウという若い士団員だ。


「ふぅ、やっと来たかい。

無事に、砦へ参じた旨の書状を送ってから、早七日――返事、遅すぎだよねぇ。

――で?、遅れた理由や文面なかみは?」

報せを聞いた三番隊長ヒロシは、安心感に抗議を混ぜた口調でそう言って、部下であるシンジロウに向けて掌を返す。

「は?、まだ、封を切っていませんが……」

シンジロウは拍子抜けを喰った体で、あんぐりと口を開ける。

「あれぇ?、ひょっとして……僕に遠慮してるのかい?

隊長ってぇコトにはなってるけど、ココに根を張って、東地域このへんを守っているのは、実質キミなんだよ?

隊長なんてのは、何かがあったら責任を取るだけか、テンラク様から急いで駆け付けるだけの怠け者さ。

ココに届いた書状を、真っ先に検める権限があるのは――キミの方だと、僕は思ってるんだけど?」

ヒロシは得々と、そして飄々と自分の隊長論を並べる。

「いっ、いえっ!、隊長が居られる時は、隊長が先に検めるのが筋でございますっ!」

――が、シンジロウは強くそう主張して、書状を前に差し出す。


どうやら――この手のやり取りで、シンジロウはヒロシの独特な言い回しに、煙に撒かれた体を喰らった経験が有る様だ。


「そうかい?、じゃあ、見させてもらうよ……」

ヒロシは、実に面倒臭そうに書状を受け取り、パラパラと封を切ると、先程までとは一線を画す、険しくマジメな顔付きで、書状を食い入る様に観る。

「たっ、隊長?」

本当に、シンジロウはヒロシという男の性格を熟知しているらしく――その、彼が見せた尋常では無い顔付きを観て、息を呑みながら声を絞り出した。

「……読んで、みると良いよ」

ヒロシは、ギリっと歯を軋らせ、投げ捨てる体で書状をシンジロウに渡す。

「……!!!!!!!?、こっ!、これはぁっ?!」

書状を読んだシンジロウは、驚愕して全身を震わせ――

「……『――去る秋分祭の夜、我らは天警士団に改革の息吹を吹かせるため、古き戒めを今だに敷く士団長ヨシノブを殺害せしめ、その改革を抗う一番隊長ジョウケイ以下、抵抗する士団員を殺害及び制圧し、テンラク様を押さえた事をここに宣言す。

以降、テンラク様の統治、及び街の運営に関する事柄は、それらの人材の派遣要請に快く応じてくれた、コクエ立憲民主共和国北コクエの有志に委ねる事を、改革に参じたクリ社神官長トモノリ殿と、各四隊の隊長の合議にて決した事を、担当地域に参勤中のヒロシ三番隊長殿にお伝え申す――』……」

――彼は、書状の文面を音読し、それを終えると呆けた様に書状を畳の上に落とした。


「――シンジロウ君」

書状を渡した後は黙って目を閉じ、黙ってシンジロウの音読を聞いていたヒロシは、冷たい声音で彼の名を呼んだ。

「――っ!?、はっ!、はいっ!」

「急ぎ――北方砦のミスズちゃんと、連絡つなぎを取りたいんだ。

早馬を扱える人を、呼んでくれるかい?」

言葉の文面こそ、丁寧で落ち着き払ったモノに読めるかもしれないが――ヒロシは、凄まじく鋭い眼光をシンジロウに晒し、六番隊長ミスズへ、使者を立てる事を命じた。

「はいっ!、心得ましたっ!」

シンジロウも、有事故の引き締まった顔付きで小さく頷く。

「その、"ついで"で良いから――隊の皆を、砦の広間に集めて欲しい……で、僕がこう言ってたって、伝えてよ。

"皇様の御下たる、コウオウが地揺れ動き、始祖神様眠る、テンラク様もまた乱れた――聖なる翼域の地を警す事を旨とする、士団ぼくらの戦が始まるよ"ってね?」

ヒロシは、刀の鍔を鳴らして、その音を戦鐘の代わりとした。


この、ヒロシが部下に告げる様に命じた言葉は……後に"聖地動乱"と呼ばれる事となる、血染めの秋分から始まった、この大戦乱を表す一節として、後世に渡って語られて行く事となる……


シンジロウが、慌てて部屋から出て行った事を確認し、ヒロシは、側に置いていた浅黄色の羽織りを着直して、虚空を見詰める。

(士団長、ジョウケイさん――僕は……僕はっ!)

ヒロシは唇を固く結び、恩人でもある二人の死を悼み、両目から大粒の涙を流した。
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