流れ者のソウタ

緋野 真人

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聖地動乱

笑う者

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「――ついに、始まったか……」

ここは、スヨウの都、オウザン――そこにある、ヤグリ城の主殿で、南コクエからの占報を観ていたノブタツは、ニヤッと笑って、側に置かれた茶碗を啜る。

「ええ――"次幕"を開けたのは、皇と刀聖の協演を、快くは思わない南コクエ――"やはり"を、付けても良い程、思ったとおりの展開ですね」

ノブタツの呟きに、側からそう相槌を打ったのは、相変わらず黒い能面を被った、アヤしさ満々なユキムネである。

「常に『反皇』、『反君』とほざき、言わば"反保守"を全面に掲げていた国だけに、此度の光刃現眼で、その象徴とも言える皇と刀聖を、まとめて屠る好機と思うはず――という、お前の解説のとおりとなったな」

画面上では賞賛を浴びているユキオの顔を、苦々しく思いながら、ノブタツはそれが映る界気鏡を睨む。


――"反君"とは、文字どおり、君主制に反対しているという意味――南コクエは、絶対王政を固持し続けている、スヨウへの批判もしているのだ。


「南コクエの様な思想かんがえかたは、究極的に言えば、全ての国家――つまり、世界中が、彼らの考えに従う様にならなければ、真の意味では成立足り得ない。

自ずと、世界を征するという発想になる事は必然――政府無き空白地帯に等しい、翼域に綻びが生じれば、必ず動くと思っていましたよ」

能面越しなので定かではないが、ほくそ笑んでいるのが丸解りな口調で、ユキムネは自分の考えを再度解説する。

「じゃが――"我らの出番"は、まだ先であろう?

刀聖の助力があったとはいえ、我らを退かせて見せた皇軍は、易々とは敗れぬはず……」

「――ですが、少々胸騒ぎが致します。

念のため、二軍をコウオウや南コクエとの境に展開させ、防備を固めた上で、迅速な動きが出来る様にするのが、よろしいかと存じます」

ユキムネは顎に手を置き、考え巡らせるフリをして、ノブタツにそう進言した。

「そうだな、我が軍師殿が、そう言うのならばそうしよう」

ノブタツは得心して頷き、残った茶を飲み干した。




「ふむ――丁度、南も動いてくれましたか。

格好の目晦ましとなって貰えて、なんとありがたい」


場所は替わって、北コクエの都である――キョウカ。

かつては、国守が住む城があった場所に造られた、民政館みんせいかんと名付けられた、立派な屋敷の広間で、占報を眺め終え、上品に口元を抑えながら、嬉しそうにそう呟く、この恰幅の良い初老の男は――北コクエ"民守"、ヒコザである。


「はい、士団一派の決起も上手く行った様ですし――全てが、我らの思惑どおりに動いております」

そのヒコザの前に座する、外交担当の文官――サキチは、小脇に抱えた文書や書状の束を前に置き、淡々とそう述べた。

「くっくっくっ♪、

戦とは、本当に金が掛かりますからねぇ……僅か三か月足らずの間に、続けての出兵となると、皇様もお気の毒ですなぁ」

ヒコザは、イヤらしい口調と声音でそう言い、側に置かれた世界地図のコウオウ国を現す場所を撫でる。

「公文書上ではありますが、先日の論功行賞にも、かなりの額を注ぎ込んだ模様――文官たちの戦費の用立ても、大変な苦労となるでしょうね」

サキチは、一通の文書を開き、これにも淡々と応える。

「――では、軍資金をお貸しする用意があると、手紙ふみでも御送りしましょうかねぇ?

まあ、それなりに高利を頂かなければなりませんが♪」

ヒコザは、ニヤニヤとまた地図を撫で、今度は天京の場所を指で突く。

「"戦時下での国同士の金融は御法度"、そんな宗教上の戒律に凝り固まったクリ社なるモノは、もう無いに等しいのですから、戦いたいものたちに、軍資金を貸し出すというのも――良いビジネス商売になるかもしれませんねぇ♪、くっくっくっ……」

ヒコザは、笑いが止まらない体で、聞くに絶えない様な下卑た笑い声を漏らす。


「"人もまた、獣の一種に過ぎない"――それならば、人もまた、欲のために動くのが本質。

その、"人の欲"を体言するのに、金銭欲ほど適したモノは無い……」

サキチは目を細め、冷ややかな物越しでそう呟く。

「くくっ♪、私があなたに教えた言葉ですねぇ。

自讃になってしまいますが、本当に言ったとおりだと解るでしょう?、このキョウカの賑わいと、好景気に沸くみなさんの鋭気が、漲る顔を見れば」


ヒコザが指差した、館の窓から観える市場の遠望には――彼の言葉どおり、溢れんばかりに市場に集った、商人や買い物客の顔は、実に幸せを感じる笑顔を見せている。


「人は――欲を満たす事を尊ぶ獣。

故に、その体言である、金を儲けられる様にしてくれる者を、リーダー指導者として欲しているはず。

それが、ヒコザ様が民守選挙に打って出た理由でしたね」

サキチは、懐かしむ様にそう言って、壁に掛かったヒコザの肖像画を見やる。

「――とはいえ、"南"の言う様に、全ての方を同列にし、同等の幸せを与えるなど……所詮は"獣の集団"である、人間社会わたしたちには、出来ない芸当なのです。

ならば、商売と同じ様に、"売り手と買い手"――即ち、"儲ける者"と"儲けさせる者"の、二つの立場に人を分かち、この国のみなさんには、その"儲ける者"へと誘う事が、この国の民守たる私の使命!」

ヒコザは、サキチの言葉に、相槌を打つ様にそう言って、芝居が掛かった様で両手を広げる。

「他国には、戦をドンドンして貰って、武器や糧食を私たちが他国に売る――その仕組みを、出来るだけ続けさせるには、余計な教えに縛る、萬神道とクリ社はハッキリ言って邪魔な存在!

此度の変容に因り、士団の皆様のご希望どおり、私たちの管轄に置く事で――信仰心のための神事を行うだけの存在になって頂けそうなのは祝着です。

これで、通貨の発行権を得る事や不動産の売り買いの自由化などで、新たな"儲け口"も民に供給出来る――オマケに、これからは士団同士の諍いもあるというのですから、武器や糧食の生産力の向上は、必須の政策ですねぇ……くっくっくっ♪」

民政館の広間には、再びヒコザの下卑た笑い声が響いていた。
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