流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
76 / 207
会談

会談(後編)

しおりを挟む
「――コウオウ戦役に至った経緯と、それについての貴方からの一報については、皇様からの書状ふみで、大旨理解出来ました。

ツクモの『文』を司る、大巫女として、当世刀聖様の働きに、まずは厚く御礼を申し上げます」

ユリは、身を退いて畏まり、深く低頭して礼の意を表する。


「――それで、御所の神言に至ったとの……あらっ、そう言えばっ!」

ユリは、面を上げて、更なる本題に入ろうとした所で、彼女は何かを思い出して口を抑える。

「まだ、紫珠輪しじゅりんの"しゅ"を、茶室に敷いていませんでしたね、ごめんなさい」

ユリはそう言うと、首に巻いた首輪状の首飾りに嵌められため、紫色の宝玉に触れ、何事かをブツブツと呟くと、その呟きに応える様に、紫の宝玉は淡く光り出した。

「はい、終わりましたぁ~!」

「――それが、歴代の大巫女に伝わる神具……紫珠輪ですか」

何事かを終え、紫珠輪から手を離すユリを、ソウタはジッと見詰めながら尋ねた。

「ええ、これで、この茶室には、"紫珠輪の結界"が敷かれました――この結界に因り、今は誰もこの茶室には出入り出来ません。

会話が外に漏れる事もありませんから、要は、御所の神言の間と同等の機密性を、この茶室は有したのです」

ユリは、紫の宝玉を光りが消えるまで見据え、自分が今していた事の意味を語り――

「――それと、きっとご存知なのでしょうけど、一応、知らせておきましょう。

この紫珠輪が敷く結界は、たとえ貴方の"光刃を持ってしても"、破って出入りする事は叶いませんから♪」

――と、結構重要な事柄を、思い出した様にユリはサラッと付け加えた。

「――てぇコトは、同時に俺は、大巫女様にこの部屋の中に封じられたって、ワケですね?」

ソウタは、冷静に腕組みをし、怪訝とした表情を浮べながら再度問うた。

「うふふ♪、本当に、当世の刀聖は物分りの良いコト……ええ、そのとおりです。

刀聖あなたの、光刃が"比類無き矛"ならば、大巫女わたしの紫珠輪が周りに敷く結界は、光刃ですらも破れない"比類無き盾"――私たち大巫女の身が、その紫珠輪の力で常に護られているのと同時に、大巫女とは、絶対的な武力である刀聖を抑止出来る、唯一無二の存在なのです。

私たちは、こうして、友好的に茶などを交わしてはいますが――考え様に因っては、天敵同士なワケですね、うふふ♪」

ユリは、口元を抑え、楽しそうに笑う。

「さあ、結界もちゃんと敷きましたから、貴方がヤマカキでの事変ことに遭遇し、コウオウ戦役にも参じての、貴方の見解を聞かせて貰いましょうか?」

――

――――

――――――

「――そう、ノブタツ様とも……」

「ええ、街道で出会いまして」

ソウタは、コウオウ戦役の顛末に加え、先日のノブタツとのやり取りについても、ユリへ話した。

「貴方が邪と断じた、スヨウの振る舞いについては――当世の大巫女として、一分一厘の否すら無く、貴方の決断を支持します。

それに、皇様――そして、刀聖あなたの御意思のとおり、神言の真実を晒す事になり兼ねない、スヨウの真の目的の露呈も……避けるべきでしょうね」

ユリは、グッと唇を噛み、もどかしい気持ちを表す。

「――とはいえ、此度のスヨウの行いに関しては、確かに断罪するに値すると思いますが……今のツクモは、この"世界の真実"を知る、私たちだけで……各国を、民の意思を、一枚岩にする事は出来ないでしょうね」

「ええ――今、この世界の"主権"を有するのは、"神言を知る君主たち"ではなく、"事実を知らない大勢の民"――ソコに踏み込もうとすれば、どんな事柄であっても、必ず反対する者が出て来て、円滑にはモノゴトが定まらない。

きっと、それを成すには、スヨウの真意を、何れは神会の秘密そのものも、晒す必要が出て来ます……そうなれば、数千年に渡って根付いた、この世界の秩序は崩壊へと傾く事になるでしょう」

ユリが、25年前と今との状況の違いを説くと、ソウタはそれを早々に察して補足した。


「……モノ解りが良い刀聖って、何だか、可愛げが無いわね」

ソウタの利発な面を目の当たりにし、ユリは口を尖らせて拗ねて見せ、そんな事を呟く。

「へっ?!、そんなぁ……」

ソウタは、ユリのその軽口に対し、困惑した表情を浮べる。

「うふふ♪、冗談ですよ、利発な刀聖というのも、混沌に浸る今の世にとっては良いコトです。

それにしても――"民意という名の怪物"ですか……ノブタツ様も、随分と言い得て妙な事を」

そう言って、ユリは顔をしかめ、軽く溜め息を吐く。


「北コクエの選挙の後から――矢継ぎ早に、クリ社や大巫女わたくしへの進言が、沢山ヒコザ様から送られて来ているのですが、民を"潤すため"にと――宅地取引の自由化、統一通貨の廃止と国ごとの独自通貨の導入など、どれも、アマノツバサノオオカミ様が禁忌として久しい、人心を乱す悪手な経済活動への変革を求めるモノばかり。

そんな戒律を理由に、突っ撥ねた後は……"それが、北コクエの民の意思にございます故"と、古からの戒めが通用しない勢い――確かに、その様は"御し難き怪物"と言えなくもありません」

ユリは、口を強く結んで、もう一度溜め息を吐いた。

「ソウタ、利発な当世の刀聖と見込んで尋ねます――貴方は、南北コクエやハクキ連邦へ、ノブタツ様が抱く危惧――どう考えています?」

ユリは、手の平をソウタへ向け、発言を促した。

「そうですね……それが、ヒトが暮らしを紡ぐ世界ばしょに取って、必ず通らなければならない通過儀礼みちのりだと考えれば、仕方ないコトかもしれないと思います」

ソウタは身を正して目を瞑り、ユリの問いに答え始める。

「――でも、それらが、このツクモを"かつての世界"の様に、滅びへ向かわせるとしても……それは、まだまだ遠い未来の話では、とも思っています」

「私も――まったく同じ意見ね。

"かつての世界"との決定的な違いは……まだ、ツクモには、映像に出ていた様な、大地を焼き払う鉄の怪鳥を造る事や、ヒトを獣と混ぜて造り変える様な、神掛かった技術を得るには至っていない――滅びに向かうのなら、それぐらいに至っていなければ無理でしょうし、至っていない今なら、相応の対処も出来る――と、私はノブタツ様に言ったわ」

ソウタの主張に、ユリはまたも同意したが、含みのある語尾を残して、残っていた茶を一口飲む。

「でも、ノブタツ様は、去り際にこれを付け加えたわね――『ただし、ツクモには、その"かつての世界"からの遺産である"天船"と、かつての世界には無かった"界気"があるコトをお忘れなく』――と」

ユリは、茶碗を退かせた口を結んで、険しい表情を浮べる。

「――なら、それに俺も付け加えましょうか?」

ユリの返答を聞き終え、ソウタも茶を一口含んで喉を潤し、呟く様にそう言うと――

「――"刀聖と光の刀"も、ツクモにはる。

それがこの……何かを、誰かを"滅ぼす事しか出来ねぇ"――この力の意味じゃないですかね?

そのために、刀聖おれたちは、こんなヒトが持つには過ぎた、ムダな力ってのを持たされてるんだと」

――ニヤッと笑って、溜め息を吐きながら、光の刀を収めた鞘を掲げた。


「解りました。

私の用向きはこれで終わり――ソウタ、私の召喚に応じてくれて、どうもありがとう」

ユリは、ソウタの強い言葉に応じる様に、小さく会釈をして、彼を労う言葉を言って――

「――で?、貴方はこの後……どうするつもりなのです?」

――と、この後の事を尋ねた。


「う~ん……スヨウが、直ぐにもコウオウへ再侵攻したり、山越えして、他国に攻め入るなんて事は、流石に考え難いでしょうから――しばらくは、また宛ての無い流者としての生活でしょうね」

ソウタは、顎に手を置いてそう語る中、心中に――

『いつか、一度は帰って、安心させてやれよ?』

――という、スグルの言葉が頭を過ぎる…

「――せっかく、テンラク様まで来たので、一度、ツツキに顔を出すのも良いかと」

ソウタがそう言って、何気無く近々の予定を吐露すると、ユリは、驚きと喜びが交じった表情をして口を覆う。

「あらっ?!、なんて奇遇!

丁度、ツツキに、使節団を送る予定があるのよ!」

ユリは、パンッと手を叩き、嬉しそうにソウタへにじり寄る。

「同行――お願い出来ない?

まあ、クリ社からの仕事は給金が安いって、流者たちには不人気なんだろうけど……」

腕組みをし、自虐染みた事を言うユリは、突然ピッと指を立て――

「――使節を務めるのはシオリなので、"あの"超絶美女と、給金貰いながら旅が出来る特典付きよ♪、如何かしら?」

――と、楽しげに、そして、ニヤニヤと笑いながら言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...