流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
75 / 207
会談

会談(前編)

しおりを挟む
「――如何でした?、新たな刀聖の印象は」

御船板の館の奥に設けられている茶室で、一服立てて見せた大巫女ユリは、その茶を目の前に座する士団長――ヨシノブへと差し出した。


「先世殿とは……少し、趣きが違う雰囲気の持ち主でしたな。

洗練――されているというか、幾ばくか育ちが良さそうというか、見るからに"好青年"という印象を受けました」

茶碗へと手を伸ばし、丁寧にそれを回し終えるまでに、ヨシノブはソウタへの短評をそう述べる。

「私と、ほぼ同じ感想の様ですね。

例のアヤコの活動は、こういう形で実を結んだのですね」

ユリは頬を緩め、口元を抑えながら上品に笑う。

「――ですが、"やはり刀聖"という面も、見せ付けられました。

剣の腕や、戦闘の素養は言わずもがなですが、二十歳あのわかさで、あの落ち着き様――流石は、先世の教えの賜物か、それとも、心根から『何か』が欠落しているのか……戦いに対し、呆れに似た感情を覗かせる所は、先世そっくりでした」

ヨシノブは、ソウタがヤヒコを沈めて見せた時の様子を思い出し、額に冷や汗を滲ませる。

「実に、優しい気遣いを見せてくれる青年だったと、シオリも嬉しそうに語っていましたから、リョウゴが粗暴な振る舞いの下に、心根の優しさを秘めていた様に――"その辺り"も、きっと似ているのでしょうね」

ユリは、自分へと立てた茶を一口飲み、また嬉しそうに微笑む。

「――で?、何時、お会いになるので?」

ヨシノブは、飲み干した茶碗を、ユリの前へ差し出しながら、ソウタとの会談について尋ねる。

「明日の午後、この部屋に招く旨を、先程シオリに伝えました。

丁度、公邸に帰って、その旨を彼に伝達している頃でしょう」

ユリは、茶室の欄間から見える、夕焼けが滲む赤い空を見上げ、茶をもう一口飲んだ。



「くそぉっ!」

同じ頃――本陣にある隊長級の者に宛がわれている一室で、壁を叩いて悔しがっているのは、ソウタへの無謀な挑戦で、恥を晒したヤヒコである。


「――つぅ!?、痛てててっ……!」

壁を叩いた振動が、ソウタの胴払いを喰らったみぞおち付近へと伝わり、ヤヒコは奔った痛みに苦悶の表情を浮べる。

痛みが少しずつ止んで行く中、ヤヒコは、ソウタとの対峙から斬撃を喰らうまでの一連を思い出す。

(まったく、見えなかったワケじゃないし、防御に周った俺の選択は正しかったはず――でも、アイツの一撃は、俺の想像を易々と超えた重さだった)

ヤヒコは、壁に立て掛けてある、圧し折られた竹刀の残骸を見やり、ゴクリと一息に唾を呑む。

「――あれが、刀聖……」

そう、呟きながらヤヒコは、ギリっと歯を軋らせ、みぞおちに響く痛みなど構う事無く、またも悔しげに数回壁を叩く。

壁を叩くヤヒコの脳裏へと次に浮かんだのは、ソウタの一撃に因る卒倒から意識を取り戻した、この部屋にやって来たヨシノブの姿へと変わる――

『――無様であったな。

これで少し、身の丈というモノを思い知ったであろう……』

そう、蔑む様な目線で自分を一瞥し、吐き捨てる様にそう言った、ヨシノブの冷淡な表情に続き――

『――ホント、バカとしか言い様無いわっ!

ただでさえ、歳が同じだからって、一纏めにされてるのにぃっ!、アンタは士団の恥晒しよ!』

――ヨシノブに連れなって来た、ハルの罵倒が耳に木霊する。

そして――

『――ヤヒコ様、余りお気を落とさずに……』

――と、帰り際に見舞いに来た、シオリの優しげな声音と、その時、右手を握ってくれた彼女の柔らかい手の感触を思い出し、ヤヒコはそれを慰みにして、猛る心を収めようとする。


「――荒れてるね」

悔しげに上半身を震わせているヤヒコに、背後から声を掛けたのは、いつの間にか部屋の入り口に寄りかかっていたショウである。

「……なんスか?」

ヤヒコは、横目にショウを見やり、捻くれた一言で応じてみせる。

「いやぁ、壁を叩く音が聞こえたから、何事かと思ってね」

ショウは、飄々とそう答え、ゆっくりとヤヒコが居る一室へと足を踏み入れる。


「今度はショウさんかぁ……さて、俺にナニを言いに来たんスか?

団長みたいな侮蔑ですか?、それともハルみてぇな罵倒っスか?」

ヤヒコは、またギリっと歯を軋らせ、苛立ち全開でショウに絡んだ。

「ふむ――私は、そうだねぇ……」

ショウは、ナマイキなヤヒコの言動や振る舞いには一切触れず、ココにおいても飄々とした態度を崩さずに、顎へ手を当て――

「――オゴるから、一緒に呑みに行かないかい?、そんなお誘いかな?」

――と、ニヤッとした含みのある笑顔を見せながら、そう言った。






「――大巫女様、刀聖様をお連れしました」

翌日の午後、ソウタはシオリに連れられ、ユリが待つという茶室の前まで来ていた。


「どうそ、お入りなさい――ソウタ」

茶室の中から、シオリの申し出に応え、中に居るユリの優しげな声が響く。

「はい、失礼致します」

ソウタが、茶室への障子に手を伸ばすと――

「大巫女様、刀聖様――では、私はこれにて……」

――シオリは、緊張気味に畏まり、ソウタへと頭を垂れた。

「へっ?、一緒に――来ないんですか?」

テンラクに着いた一昨日から、基本的には常にソウタに付き従っていたシオリが、場を去ると聞き、ソウタは一抹の寂しさを感じさせる面持ちと口調で、シオリにその理由を問うた。


「えっ!?」

ソウタの面持ちと口調を見聞きし、シオリは少し、頬を赤らませ、驚きの声を漏らす。

「こっ!、茶室ここは――大巫女様が、大事なお客様をもてなし、大事な会談をする場所ですので、私などが、安易に同席出来る場所ではないのです」

シオリは、恥ずかしそうに俯き、声を震わせながら返答する。

「……そっかぁ、なるほど」

ソウタは、それがきっと、"神言の間"と同質の理由であるのだと合点し、納得して頷く。


「あらぁ?、四十路のおばさんだけでは、ご不満かしら?」

――が、ソウタの残念そうに聞こえた口調を冷やかす様に、そうツッコンだのは、茶室内のユリだ。


「大巫女様……ただ単に、士団長との謁見にも同席されていたからですよ。

深い意味は無いですって!」

ソウタが、呆れ気味にそう返すと、シオリは落胆と安堵が入り混じった表情を見せ――

「でっ!、では、失礼致します――大巫女様、刀聖様」

――と、シオリは困惑気味にそう言って、逃げる様に場から去って行く。


(――これまで一切、色恋に興味を見せなかった、あのシオリが……うふふ♪、何だかとっても、新鮮で意外な反応ね♪)

茶室の中で、茶釜の湯を汲みながらユリは、楽しそうに口元を覆って笑う。

「さあ、立って居ないで、お入りなさい。

積もる話がある故、私は召喚よびだしたのですし、貴方の方も……"それ"が有るから、快く応じたのでしょうから」

ユリはそう言って、茶釜の上に杓子をトンっと置いた。



茶室に入り、早速ユリが立てた一服を、ソウタは作法どおりに丁寧に飲み干し、茶碗をスッと彼女の前に差し出した。

「――なかなか、堂に入った作法でしたね、感心しました」

「恐れ入ります――」

ユリは、口元に手を置き感嘆の意を言葉に示し、ソウタはそれをありがたく受けた。


「――先世リョウゴだなんて、"盛っ切り酒"をガブ飲みをする様に飲んだというのに……うふふ♪、本当に、時世は変わったのだと実感しますね」

ユリは、嬉しそうに微笑み、もう一服を立て始める。

「よくご存知ですね、"盛っ切り酒"なんてモノを……」

「ええ、リョウゴたちに――忍んでは、市街に連れて行かれて、イロイロと教わりましたから」

ユリは、懐かしそうにそう言って、ふと中空を見上げる。

「言葉使いや、作法を教えたのは――アヤコかしら?」

「はい、ツツキを出ても困らない様にと、アヤコ様の慈悲に触れた孤児わたしたちは、みっちりと礼儀作法を仕込まれたモノですから。

私の様な、下賎な出自の者にとっては――先世との剣の修行の方が、楽だと思ってしまうほどでしたよ」

ユリの問いに、ソウタはジョークも交えて応じた。


ユリが、昨日さきほどのヨシノブとの会談で触れた、"アヤコの活動"というのは、北方の僻地――ツツキの領地経営という難儀な労務とは別に、彼女は自分の父が引き起こした先の大戦で生じた、戦災孤児たちを率先して手元に引き取り、蟄居先のツツキへ同伴させて育て上げる事を"もう一つの贖罪"としていた。

ソウタは、厳密に言えば、戦災孤児ではないのだが――

『――もう、一人が増えたトコロで、何の問題ではありませんし、リョウゴ様に育てられては、とんでもない大人にされかねませんっ!』

――と、幼いソウタを夜盗から助けたリョウゴが、とりあえずに連れて来た際、ソウタも孤児たちと共に育てると言い出したのが、ソウタとアヤコの縁の始まりなのである。


「――さて、では、本題と参りましょうか?」

二服目を差し出した所で、ユリはスッとソウタの方へと身を正し、そう言って彼の顔を真剣に見据えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...