流れ者のソウタ

緋野 真人

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会談

本陣

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「では、刀聖様。

私は、朝の執務を終えてから後を追いますので――先に、本陣へと向かってください」

公邸の玄関前で、馬上の人となったソウタに、シオリはそう言って送り出した。


「へ?、大神官様も、本陣に行くんですか?」

天警士団とは、あまり縁が無さそうな立場のシオリが、"後を追う"と言った事に、ソウタは戸惑いを見せる。

「私は、大巫女様より、歓待の任を仰せつかっておりますので……ご一緒するのが礼儀かと。

それに、御船板と天警本陣は隣接しているので、向かう場所はほぼ一緒ですから」

「そっか、道理で直ぐ、隊長級が俺を出迎えたワケか。

わかりました、先、行ってます――はっ!」

ソウタは、愛馬の腹を軽く蹴り、スグルと馬首を並べて天警本陣へと向かった。




「――で、まさかお前、大神官様にまで、"手を出した"んじゃねぇだろうな?」

公邸の前で見送る、シオリたちの目線を感じなくなる程に進んだトコロで、スグルは、不意にそんな尋ねをソウタにする。

「何の……どんな"手"をだよ!、人聞き悪ぃなぁ」

その尋ねの、下世話な意味を悟ったソウタは、眉間にシワを寄せ、隣の馬上のスグルを睨む。

「だってよ?、今朝の様子――昨日、初めて出会った仲には、見えなかったぜ?

"女たらし"のお前なら、やりかねぇなと思ってよ」

スグルは、怪訝とした表情を浮かべ、ソウタの顔を見やって、名探偵ばりに自分の顎を擦る。

「女たらしって……俺のどーいうトコから、その言い草が出てくんだよ!?」

ソウタは怒って、スグルの胸を軽く小突く。

「んなのトーゼンだろうよ?、俺が知ってる限りでも、ヒカリに、アオイに、サトコ様――」

スグルは、指折り数えて、ソウタの女性遍歴(?)を、スラスラと挙げる。

「ちょっと待て!、どーしてソコで、"アオイ"が出てくるんだよ?

アイツは単に、アヤコ様の前での手合わせで、俺に負けた腹癒せをしてただけで――」

「お前……気付いてねぇのか?、やたら、お前の事を気にしてる態度なのに……」

ソウタの返答に、スグルは呆れ気味に応じて、そのまま口を開けて哀れむ表情をする。

「アイツ――暗衆の娘だからって、気持ちを面や態度に出す事はしねぇが、子供ガキの頃からって意味じゃ、惚れてる期間はヒカリと比べても変わりはねぇはずだぜ?

アイツが、執拗にお前を狙ったのは……お前から、一本取れたら告白するって、そんな願掛けをしてたからだって、噂だったんだぞ?」

スグルは、真剣味が滲むトーンで、アオイの思いを代弁する。

「マジかよぉ……じゃあ、寝床に押し倒した時の態度って……」

ソウタは目線を上に向け、あの日の応対を思い出して、顔を赤らめる。

「なぁ~にぃ~っ!?、おめぇら!、なんだかんだで、"そんなトコまで"進行してたのかぁ?!」

「違う違う!、そーいうイミじゃなくて!、襲って来た時の流れで――」

ソウタは、言葉の意味を、目振り手振りを交えて懸命に弁明する。


その最中、ソウタは心中で――

(はぁ~~……サトコとの事も、スグルは知ってたみてぇだし、俺は、ツツキに居た頃から、既にトンだ道化を演じてたってぇワケかぁ……)

――と、自分の色恋沙汰への無頓着さを悔いていた。






堀の水面から、高くなり始めた陽光が反射する、朝の天警本陣とは――見るからに、屈強そうに見える猛者たちが、その日の任へと向かうために犇めき合う、喧騒の絶えない場所である。

そして、今日は、そこに来訪して来たという刀聖ソウタの姿は、まさに衆目の的であった。

それに――

「――刀聖様、お待たせ致しました」

――その刀聖が、門の前で合流したのが、あの稀代の美女たるシオリだったと成れば、今朝の衆目は眼福の極みであろう。


「朝の執務って言ってたのに、随分と早いっスね」

ソウタは、想定よりも早く追って来た、シオリの到着に少々驚く。

「ええ。

昨日は、早退した態となったので、気になって先に出仕したのですが、神官長様が、残した執務を代行してくれていたので、本陣への刀聖様との同行を告げるのみで済んだのです」

シオリは、端的に事情を説明し、スッとソウタの横に立つ。

「そっか。

俺が案内をさせるハメにしちまったからか……なんだか、すいません」

ソウタは、気まずそうに言って、会釈をする。

「いえいえ!、刀聖様が気に病む事ではございません。

『刀聖様の歓待こそが、今の私の最も重要な執務』と、神官長様に叱られてたぐらいなのですから」

シオリは、平手を横に振って、ソウタの謝意を払おうとする。

「それなら、良いっスけど――でも、一つ質問。

"叱られた"って言ってたけど、確か"神官長"よりも、"大神官"の方が偉かったはずじゃ?」

シオリの発言に、一点の疑問を抱いたソウタは、不思議そうに尋ねる。

「それは、執務経験と年齢の差にございますよ。

若輩の私は、経験豊富な神官様たちから、まだまだ様々な事を学ぶ側ですから」

シオリは、遠慮気味にそう言って、嫋やかに微笑む。



「――くうっ!、何なのだぁ?、あの男はぁっ!!

シオリ様と、あんなに親し気にぃ~~っ!」

本陣屋の、3階部分に設けられているバルコニーには、親しげなソウタとシオリの様子を観て、やたらと悔しがり、地団駄を踏んでいる10代後半に見える若い男の姿があった。


「そりゃあ、歓待を仰せつかったシオリ"姉様"が、お側に着いたってコトは――あの人が、刀聖様なんでしょ?」

そう――悔しがる若者に、端的なツッコミを返したのも、これも10代後半に見える若い娘だ。


共に――浅黄色の羽織りを身に纏い、天警士団の者である事が容易に解る。


「あんなのが刀聖様ぁ?、全然強そうに見えねぇし、俺たちと歳だって変わらないぞ?」

悔しがる若い男は、不満気にそう言い、若い娘の方は――

「――って、歳はカンケイ無いんじゃない?」

――と、また端的なツッコミを入れる。


「確かに若いな。

時世が――替わった証拠なのであろう」

同じバルコニーの上で、若者二人から少し離れた場所に立ち、そう言ったのは……スキンヘッドの中年男――彼も、士団の羽織り姿である。

「――ですね。

大戦末期に、リョウゴ様と対してから――もう、二十二年も過ぎたのですから、当然と言えば当然ですけど」

スキンヘッドの隣りで、そう応じたのは40代ぐらいに見える年頃の、アフロに近いクセっ毛が印象的な男。

「御二人は――ハクキとの大戦に、参じておられたのでしたね。

先世様とは、どんな由縁が?」

その、懐かしむ二人の男に、そう尋ねたのは狼族――だが、首から下の部分を見た限り、ギンとは違って、どうやら女性の狼族の様だ。

「そう訊かれると、ちょっと恥ずかしいねぇ。

対したと言っても、戦場で遠目に観ただけだからさ」

アフロ男は、手を後頭部に回し、照れ臭そうにそう呟く。

「御二人が遠目に見て、矛を交える事を躊躇うという事は――少なくとも、先世様の力量とは、想像するだけでも恐ろしいですな」

スキンヘッド、アフロ男、女狼娘の会話に、そう割って入ったのは、首から上が狐で、下が人間――狐族こぞくと呼ばれる、亜人種の男だった。


狐族は、人口比率こそは泡沫に近いほどの少数部族――だが、とにかく頭脳明晰な者が多いのが特性で、文官系の公者や、学者を生業とする者がほとんどである。

他の特徴としては、界気の潜在量が、他の部族よりも高い者が多く、扱いにも長けている点だろうか。

ちなみに――言うまでも無いかもしれないが、後発の3人もまた、浅黄色の羽織り姿である。


「皆さん――こちらにお出でしたか」

バルコニー上の6人に、そう声を掛けたのは、安心した表情で6人を見据えるショウだった。


横には――側の柱に背を委ねた、イゾウの姿もある。


「おう――当世の刀聖の姿を、顔合わせ前に、一目でも眺めておこうかと思うてな……探したか?」

6人を代表して、スキンヘッド親父が楽しそうに、そして、不敵にニヤッと微笑む。

「いえ――そんなコトであろうとは、思っておりました。

各隊を任されている強者つわものである皆さんなら、そう考えても当たり前にございましょう」

スキンヘッド親父に併せる様に、ショウも不敵な笑みで応じた。
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