流れ者のソウタ

緋野 真人

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聖なる都

優しさ

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ソウタが招かれた、シオリの居宅とは――神官頭の任に着くモノへ、住まいとして宛がわれるクリ社所有の邸宅なので、公邸という呼び方をされるのは実に一般的である。

そもそも、迎賓施設の改装が計画された時から、急な賓客を招く場合は公邸を使用し、シオリが歓待を任される事は、大巫女ユリの名で定められていた事なので――別に、ソウタが刀聖の『役得』で、超絶美女の家の厄介になれるワケではないと、しっかりと記しておこう。


ちなみに――ここで、ツクモの住宅事情にも、少し触れておく。


この世界では、"基本的には"宅地不動産の個人所有は御法度で、住まいは全て、その土地を治める国などの政府機関から、納税の代償として傘下の民に提供される形――つまり、言わば『総公共住宅制』なのである。


『――政治とは、それ即ち、民に安心と安全、そして、穏やかな生活環境を保障する事が第一の責である。

住まう場所とは、その根幹を成すべき場であり、それを提供出来ぬ者に政治を成す資格在らず。

また、その根幹たるモノに、民が利や価値を求めるも、また無粋であり、それは人の卑しさ、不労への欲を現した"業"の極みなり――』

――アマノツバサノオオカミが、政治と土地について語ったという、この言い伝えに因り、民間レベルでの宅地不動産の所有、賃貸、売買取引は、禁忌中の禁忌としてツクモ世界に深く根付いている。


"基本的には"と前置きをした様に、その例外となるのは――やはり、流者の都と呼ばれるオウビの街である。


件の街を中心とした流領の中では、特にそういった制限や規制は無く、土地や建物を個人で所有している者も、少なくはない――それは流者かれらが、住まいという"保障"を得ない代わりに、誰にも、何事にも、縛られない――"自由"という名の利益を、既に得ているのだから、ある意味では当然の流れなのである。

住まいという保障を得たい者は、その住みたいと思った土地を治める国に、納税と勤労の責務を背負う事と、その国が定めたルールに従う――よって、その国が持つ住まいを提供して貰える。

そんな契約地味た構図が、ツクモにおける『国』と『民』の関係で、その国と民のカンケイに治まらないのが――"流者"という身分の妙なのだ。

どこの国とも"契約"していないため、住まいという保障が得られない事を、糸を持ってくれる者を持たない、そのまま、風にそよいで空中を"流れる凧"に、準えたのが『流者』という呼び名の語源なのである。




「あのぉ――大神官様?」

ソウタは、目の前をそそくさと急ぐシオリに、ふいと声を掛けた。

「?!、はっ!、はいっ!、なっ、なんでしょうか?、刀聖様っ!」

シオリは、明らかに動揺した素振りで、慌てて後ろへと振り向く。


――その時の表情たるや、美人過ぎる顔が台無しな、緊張しきったカチコチに強張った顔である。


(あ……そりゃあ、こんな得体の知れねぇ流者を、公務とはいえ、泊めるコトになっちまったら……)

ソウタは、シオリの表情から、そんな心理を汲み取って、哀れみの表情をシオリに向ける。

「その……公邸って、大神官様が御一人で住んでるワケじゃあ――ないですよね?」

――と、ソウタは、シオリに家族構成を尋ねた。


その、質問を聞いた瞬間――シオリは、顔色を青ざめさせ、ワナワナと震え出す。


(ああ――"こっ!、この男、ナニを企んでるの?!"っていう、不安しかねぇ顔だぁ……質問、マズったなぁ……)

シオリの様を見て、ソウタは自分の言動を後悔する。


「わっ!、私の他には――私に世話を焼いてくれている、仕女見習いの娘が、にっ!、二名ほどぉ……」

シオリは、ソウタから目線を外し、言葉の末尾を震わせて答える。

「そうですか……」

ソウタは困った様で、後頭部をポリポリと掻き――

「――改装のコトや、その代わりが公邸に決まってたコトも、ちゃんと、事情を聞いた上でのコトなんですがね?

俺が――公邸ソコで、お世話になるのは、ちょいとマズいんじゃないっスかね?」

――と、その場で立ち止まり、そう言って口を真一文字に結んだ。

「えっ!?」

「……だって、若い女性が三人暮らしのトコに、俺みてぇな流者風情が――数日とはいえ、転がり込むハメになっちゃあ、イロイロと嫌でしょう?」

ソウタは、申し訳なさそうに、頭を下げながらそう言う。

「そっ!、その様な事――」

シオリは、弁明をする気なのか、首を大きく横に振って口を開くが――

「――俺、やっぱ、どっかで宿を取りますから、そのまま――」

――と、ソウタはそれには応えず、シオリにそのままの帰宅を促す。


「――なりません!!!!!!」


「!」

ソウタの申し出に、シオリは聞く者が驚く様な、力を込めた口調で強く拒んだ。


「刀聖様、申し訳ございません――私の到らない態度が、余計な心配をさせる事になってしまい……」

ソウタの言葉に、彼の紳士的な意図を察したシオリは、畏まって深く頭を下げる…

「――確かに、殿方を居宅に迎える事に、私は戸惑いと緊張を覚えておりました。

刀聖様は、そんな私の様から察して、逗留を断わる様な事を仰ったのでしょう?」

胸元を抑え、恥じる様に俯きながら、シオリはソウタに申し出の意図を改めて尋ねる。

黙ったまま……一度だけ頷いたソウタと向かい、シオリは――

「――非礼の、極みを晒していた様ですね。

私、私はぁ……!」

――凛として立ったまま、ボロボロと涙を流す。

「あっ!?、いや!、そんな!、非礼だなんてモンじゃあ――」

シオリの泣き顔に、ソウタは激しく動揺する。

「――いえっ!、全てが私の不徳にございます!

齢二十五いいとし女性おなごが、殿方を居宅へ招く程度で――緊張して動揺し、非礼を働くなど、充分恥ずべき事にございます!」

シオリは涙を拭い、パンっと自分の頬を叩いて、自らを叱咤する。


ちなみに――10代の内の婚姻がザラなツクモにおいて、確かにシオリは――これぐらいで緊張している事からも解る様に、立派にかなりの奥手である。


「――あまつさえ、それを刀聖様に対してなどと……萬神に仕える神職者として、この場に穴があったのなら、飛び込んで仕舞いたいくらい……」

シオリは、泣き顔を両手で覆い、ついにその場にしゃがみ込んでしまった。

「あ~っ!、だから!、非礼だなんて思ってないですってぇ!

解りましたっ!、泊まらせて頂きます!、逗留させて頂きますからぁっ!」

完全に、泣き落とされた恰好のソウタは、観念して前言を撤回する。


「ううっ……誠に、ございますかぁ?」

シオリは、顔を覆った指の間から見える、ソウタに向かって涙混じりに応える。

そんな、シオリの姿を観て――

(――っ!?、かっ!、可愛い……!)

――などと、流石のソウタも、心中で口走ってしまっていた事は、想像に難くないだろう。


「――でっ、では刀聖様……改めて、公邸へと参りましょう?」

数十秒を掛けて、涙を拭い終えたシオリは、再びおずおずとソウタの前を歩く。

だが、これまでとは違い、シオリは先程以上に、後ろを行くソウタの影を気にして目配せをしていた。

(この僅かな道行の間に、私の無礼な不安をも、見透かしておられていたなんて――流石は、光刃に認められる程の御方。

その様な、心遣いをも成せる殿方に――私は、これまで出会えた事など無かったわ)

シオリは、ソウタの自分に対する洞察力に感嘆し、チラリと振り向いた瞬間、目を見張って彼の顔を観る。

その時――先程の涙とは別の由来で、シオリの頬は、ほんのりと紅色に染まっていた。





「――"得体の知れない"と仰っていましたけど、ソウタの魅力とは――とても単純な点だと思いますよ?」


また――場面は替わって、御所の執務室。

先程のくしゃみをキッカケに、サトコは執務の手を止め、茶を飲みながら、休憩を兼ねたタマとの談笑へと突入していた。


「一言で言えば――ソウタは"優しい"のですよ。

特に、女性には」

サトコはそう言って、美味しそうに茶を啜る。

「うん、それ解る――モテたいからの、ヤラしい優しさじゃなくて、とっても自然な優しさなんだよね」

近くのテーブルで、頬杖を突きながらタマは、深く頷いてサトコの意見に賛同した。

「よく考えれば……シオリの様な、"マジメ"という言葉に、服を着せた様なお堅い女性ほど――ソウタの様な、目聡く気を焼いてくれる者に、魅かれ易いのかも?」

――と、サトコは脳裏に揺らいだ、シオリがソウタに魅かれているシーンを想像していた。


「まっ!、まあ……私たちは『諦めた同盟』ですから、ソウタが、どこの誰と良い仲になったってぇ……」

「うっ、うんっ!、そうだねぇ~!、好きにすればイイんだよぉ~!、あんなスケコマシはさぁ~!」

サトコとタマは、声を震わせて、懸命に今浮かんだ危惧を、心中から消し去ろうとしていた。
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