流れ者のソウタ

緋野 真人

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刀聖、斯く語りき

刀聖、斯く語りき(後編)

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言い様に振られた斬撃に、俺は懸命に反応して、それを受け止めるが……とてつもなく重いその一撃に圧され、俺の両足は少し、地面を掘る様に沈む。


「――きっ!、斬り殺すだぁ?!」

「お~ぅよっ!、良~い具合に育ってくれて、ありがてぇぜぇ~♪

退屈しねぇで、れそうでなぁ!」


師――いや、リョウゴは、また下卑た笑い声も交えて、俺を愚弄した目で見る。


「なぁ……っ!!、にぃっ!?」

「――俺が、おめぇを拾ったのは、のためよ♪

俺と――と、一端に戦えるまでに鍛えて、際どい勝負をして、戦いを楽しめる様になぁっ!」

リョウゴは、下卑た笑顔のまま、俺の僅かな問いにそう応える。

「こうして、強過ぎちまうとよぉ……こうでもしねぇと、"生死の際"ってのを、感じられねぇのよ。

そんなんで居ると、いざって時に、ナマクラになっちまうだろぉ~?、だから、俺たち刀聖は、テキトーな頃合いに弟子を取って、てめぇの手で、それを感じさせてくれるヤツを育てる――よーするに、おめえが今日までしてきた、鍛錬ってのはなぁ――」

リョウゴは、鍔迫り合いを止めて、一旦、刀を退き――

「――俺に、殺されるための、準備ざれごとだったんだよぉ!!!!」

――遠心力を足した、鋭い胴払いを放つ!


「――ぐっ!!!、ぐうぉぉぉりやあっ!!!!!」

俺は、全力でそれを捌き、力任せにそれを弾き返した。


「――アッ!、アヤコ様っ!、一体、何が起こっているんですかぁ?!」

大木の側から、俺たちの立会いを眺める恰好となっているヒカリは、激しく狼狽して、険しい表情のまま、目を閉じている、アヤコ様の肩を揺すりながら、必死にそう尋ねていた。

「――辛い、辛過ぎる光景だわ……っ!」

アヤコ様は、ヒカリの言葉に明確には答えず……ただ、そう呟いて、涙を流していたそうだ。


「――へっ!、やれば出来んじゃねぇか、クソガキめ♪」

リョウゴは、そう毒づきながら、後方へと退いた。

「……」

俺は、その煽りには何も応えず、今度は逆に――

「――へっ、芝居、下手だねぇ…アンタ」

――と、小馬鹿にしてやった。


「……!?」

俺の横目に写る、アヤコ様の表情が一変し、パッと目を開いたのが見えた。


「俺を殺すだぁ?、そんな光景――アンタが、わざわざ連れて来てまで、アヤコ様にんなモノを観せるワケねぇだろうっ?!」

その、俺の恫喝を聞いて――、

「――そうですっ!、もう、もう止めて!、リョウゴ様ぁっ!」

――アヤコ様は、血相を変えて、大木の側から駆け出した。


「ソウタ……違うのっ!、これは、本当に――」

「――っ!?、黙ってろぉっ!、アヤコォッ!」

駆けながら言う、アヤコ様の言葉を、リョウゴは遮る様にそう叫んだ。

「いいえっ!、黙りません!

ソウタ……これは、あなたに、光の刀を継承させるための通過儀礼なのっ!、私がこの場に来たのは――その"見届け人"としてなのよっ!」


「……えっ!?」

アヤコ様が語る真意と、俺の驚く声を聞き、リョウゴはちっと舌を強く鳴らして、観念した様に刃をダラリと退いた。


「――でも、それは、それはね……」

アヤコ様は、更に真相を語ろうとするが、その先を言うのを躊躇い、言葉に詰まる。


「――殺し合うんだよ、当世と弟子がな……それが、刀聖継承のさだめってヤツなんだよ。

生き残った方が――この、を手にする、至極解り易いだろう?」

アヤコ様が、躊躇しているその言葉を、リョウゴは事も無げに、そう言い捨てた。


「……!?」

俺が、驚嘆の余りに呆けていると、リョウゴはまた、刀の峰で肩を叩きながら、ニヤニヤと笑って――

「――俺も、もう"最強"だと胸を張るには、少々苦しくなって来た歳でな……光刃コイツには、相応しくなくなって来た。

それに、てめぇも、俺が見込むよりも、グングンと腕を上げやがってる……ったく、おかげで寿命、縮まっちまったじゃねぇか、クソガキめ♪」

――そう、不満の言葉を、嬉しそうに並べた。

「なっ、なんだよっ!、そんなハナシ、聞いて――」

「――バーカ。

内緒でやるモンなんだよ……誰でも、躊躇っちまうからなぁ?、ってのを、殺っちまうのは。

第一、そう思わねぇ様なヤツなら、相応しくねぇんで、弟子にはしねぇし」

リョウゴ――いや、は、ポリポリと顎を掻きながらそう言う。

「アヤコみてぇな、純粋培養の姫様を、見届け人にしたのがマズったかなぁ?

修行を始める歳まで、預けた間にも……相当、おめぇを溺愛してたみてぇだったし。

それにしても、流石は旅役者の倅だな?、俺の陳腐な芝居じゃ、誤魔化せねぇってか?」


そんな風に、他人事の様に茶化す、師匠に――

「――ふざけんじゃねぇよっ!!!!!」

――そう、俺は一喝を咬ました。


「俺は、刀聖なんてっ!、伝承おとぎばなしの中のヤツにっ!、成りたくもねぇし、成れもしねぇっ!

おまけに!、そんなふざけた掟を、掲げてんなら尚更だぁっ!!!!!!!!」

「……」

俺の怒りの言葉を、師匠は黙って聞いていた。


「俺はっ!、アンタを斬りたくないっ!!!!!

アンタを殺してまでっ!、そんな力を持ちたくはねぇっ!!!」


俺のその一言に、師匠は今までで一番、嬉しそうに――

「――はは♪、それが言えたってコトは、尚更に合格だ……

――出会って七年、初めて、俺の事を……クソガキだとか、お前だとかではなく、を、満面の笑みで呼びやがった。


師匠は、顔色を豹変させ、力強く大地を蹴って駆け出す。

「――おらぁっ!、おめぇが斬りたくねぇなら!、俺がおめぇを斬っちまうぞぉっ!!!!」

凄まじい殺気を放ち、刀を右上段へ大きく振り上げ、俺を袈裟懸けに両断する構えだっ!


俺は、その殺気に本能的に反応し、迎え撃つ恰好になる。

その、刹那の間に、俺の目線は、また本能的に……今の、師匠の構えの決定的な"隙"――左下段の脇腹に、釘付けになる。


(――ダメだっ!!!、イヤだぁっ!!!!!、斬りたくないっ!)

俺は、心中でそう叫ぶが、身体の方は、何かに吸い込まれる様に――逆袈裟掛けを狙って、刀を振り被る。

(ダメだ!、イヤだ!、ダメだ!、イヤだ!、ダ……メッ、だあっ!!!!!)



――ズバッアァ!!!!!



「……ありがとよ」


刀を振りきった、俺の左肩に寄り掛かった、師匠は……そう一言礼を言い、その身体から滴る、血の飛沫が俺の周りに散乱した。



「――ゲホッ!、ゲホォ……おっ、らぁっ!」

師匠は、残った力を振り絞り、刀をその血溜りへ放り投げた。

――すると、刀の柄の部分が淡く光り、不思議な音を放っている。

それを見届けて、師匠は完全に脱力して、仰向けに倒れ込んだ。

「……おい、それ――拾え」

師匠は、落とした刀を指差して、俺にそう命令する。


「……」

俺は、言われたとおりに刀を拾う。


「――光の刀との、契約ちぎりを断つ……条件、はぁ……致死量の、当世の血溜りにぃ、漬けるコトぉ……これで、俺と、光の刀の縁はぁ、切れっ……たぁ。

次に、それを、握ったヤツが――次の、刀聖……って、寸法よ♪」

「……?!」

俺は慌てて、刀を血溜りに放り投げる。

「――へへ、ムダだぁ……♪

もう、柄の、光の色が……変わった、だろ?、それは、柄が、おめぇを……継承者と、認めた証……だぁ」

師匠は、笑みを浮べて、そう言葉を紡ぐ。

「おい、もう、観念して……抜い、て、見せろよ?」

俺は、師の言葉どおりに"観念して"、光の刀を拾い直し、幾度か見かけた手順で、刀身を外す。


――ブオンッ!


師匠が以前、俺に振るって見せた時と同じ、眩い閃光を放つ光刃だった。


「へへ、良かったなぁ?、刀よ……これ、でぇ、抜いて、貰えるぜぇ?。

俺が、衰えて……抜けなく、なって、ざっと三年――だったかぁ?、待たせて、悪かったなぁ……」

師匠は、顔を綻ばせ、そう言いながら、俺の手の中の柄を撫でた。


その時、微かに光刃が点滅して見えたのは、先世への労いだったのだと、俺は解釈している。


「――リョウゴ様ぁっ!」

アヤコ様は、血で汚れる事構わずに、師匠を抱き上げた。


「へっ、悪かった、なぁ……こんなコトの、見届け、人にぃ……しちまって、よ?」

師匠は、本当に申し訳なさそうに、アヤコ様の手を握った。

「詫びなど、要りません……あなたが――

『――惚れた女に、見届けて欲しい……俺の死に様を』

――そう、言ってくれただけで、私は……嬉しく、思っているのですから……」

アヤコ様は、大粒の涙を溢しながら、ギュッと師匠の身体を抱き締める。

「――へっ!、俺はぁ……きっと、幸せな部類の刀聖、だったん、だろうな……」

師匠も、最後の力を振り絞って、アヤコ様の身体を抱き寄せた。


「師匠、こんな――こんな刀を貰ったって、俺は、どうしたら良いか、さっぱり解らねぇよ……」

俺は、いきなり、死へと向う師へ、泣き言をぶつける。


「――難しく、考えるコトは……ねぇよ。

てめぇが、守りたい――助けたい、と、思った時に……抜きゃあ良い、だけだ。

案外、単純なんだぜ?、この仕事は♪」

そう言って師匠は、ふいと、何かを思いついた顔をして――

「それが――見つかるまで、試しに、この世界の、全部を見て、周りゃあいい。

――ったく、最後まで、師匠に……手間ぁ、掛けさせやがって」

――助言と文句を、続けて言った。


「あ~……もう、逝く、わぁ――アヤコぉ、じゃあ、なぁ……」

師匠は、刀聖リョウゴは…――そこで言切れた。


「ご苦労様でした――刀聖、リョウゴ様」

アヤコ様はそう呟き、愛する男の唇と、濃厚な接吻を交わしていた。




「――たとえ、それが通例で、それが掟なのだとしても、師を……先世を殺めなければならない、この血塗られた継承を経た私が、古からの伝承に、足りうる者だとは、どうしても思えずにいました。

ですが――皇様の、悲壮な決意を目の当たりとし、それを助けたいと思ったから、光刃を抜く決心が着いたのです」


――回想を終え、ソウタは、涙を浮べたまま……語りをそう結んだ。


それを聞いた、主殿に集まる公者聴衆たちは、一様に何も言えずに居た。

そんな中……一筋の涙を垂らした後に、口を開いたのは皇、サトコだった。


「――では、あなたが、刀聖である事を隠したのは?」

「はい、光刃の秘匿は、単なる私の躊躇いに因るモノ――故に、"私の不徳"と表しました」

サトコは、ソウタの返答に、二度頷いて――

「――解りました。

これで素直に、あなたに助けて頂いた事に改めて、礼を言えます……ありがとう」

――スッと立ち上がり、彼に向けて深々と礼をした。


それに従う様に、満座の公者たちも全員、ソウタに向けて拝礼をする。


「これで皆、刀聖への疑念は――ございませんね?」

「――ははっ~っ!」

サトコの確認の言葉に、これも全員、深々と拝礼して応える。


「――では、これからは、皇と刀聖、"相対の時"とさせて、頂きましょう」

サトコは、厳しい表情を崩さぬまま、冷徹に――

「刀聖よ――"私と二人"で、『神言しんごんの間』へ……」

――そう言って、玉座の後へと手を向けた。
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