流れ者のソウタ

緋野 真人

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一旦の終幕

一旦の終幕

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オウビの港では、風聖丸の出航準備が終わり――後は、波止場と甲板を結ぶ連絡橋を外し、碇を揚げるだけとなった。


「オリエさん、お世話になりました」

連絡橋の上で、レンはオリエに向けて頭を下げ、別れの挨拶を始めた。

「ああ、結局は短い付き合いになっちまったが、アンタとの暮らしは楽しかったよ」

オリエは、にこやかに笑い、レンに握手を求めた。

「はい、私もです――本当に、ありがとうございました」


「――ユキ、ツツキってトコは、寒いって言うから……身体に気をつけるんだよ!」

ミツカは、ユキを心配して、涙ぐみながら、そう声を掛けた。

「うん、みんなにも、よろしく伝えてね」

対するユキは、冷静に、ミツカの頬を撫でて、別れを惜しむ。


「――じゃあ、ヨシゾウ。

この娘たちの事、アンタに任せたよ」

レンとユキの後ろに立つ、旅姿のヨシゾウにも、オリエは声を掛けた。


そう――二人の直衛として、ヨシゾウもツツキへ同行するのである。


「私は、サスケの方が、適任かと思っていたのですが……」

ヨシゾウは複雑な面持ちで、オリエと並んで立っているサスケの方を見た。

「いやぁ……血気盛んな若造が、海の上で、二人の若い娘に欲情しちゃったら、大変だろ?

あーいうのは、娼街っていう逃げ道がある、この街に置いた方が良いのさ」

オリエは一人で納得し、何度も頷く。

「頭領~!、それは、ヒドい物言いですよぉ……」

対してサスケは、情けない声を挙げて目を細める。


「――サスケ、そうなったからには、頭領の事……しっかりと、お守りするのだぞ?」

ヨシゾウは、二人の軽口には触れず、上官の顔に戻ってサスケを叱咤する。

「はい、心得ております!」

サスケも、瞬時にキリッとした表情に戻し、決意に満ちた声で応じた。


その際、サスケは目に留まった、レンにも向けて――

「――レン、達者でな」

――と、一言だけを伝えた。

「はい、サスケさんも……お元気で」

レンは、"昨夜のコト"をおくびにも出さず、端的に挨拶を済ませた。


その、レンの淡白な対応に、少し落ち込んで見えるサスケの肩を、オリエは掴んで――

「――まっ、レンみたく、美味い料理は出来ないけど……コイツは、丁稚や護衛には、それなりに使えそうだからさ、屋敷の事は心配しなさんな」

――レンの後任にするつもりだという旨を、乱暴に伝えた。

「ええ、サスケさん、お屋敷の事もお願いしますね。

いつか――こうして、逃げる事が必要無くなったら、戻って来て……せっかく、与えて貰ったこのお仕事を、全うしたいと思っているので」

レンは、凛とした表情で、自分の決意を披露する。

「おっ!、言ってくれるねぇ……そん時は、増築しないとイケないねぇ?

そうなったら、きっとアンタは、ソウタと"所帯を構える"コトになるかもしれないし――」

オリエは、ニヤニヤと笑って、からかう様にレン"たち"を指差す。

「えっ!?」

レンは、頬を真っ赤に染めて驚き――

「――ちょっ!?、それは聞き捨てならないねぇ!、ソウタが"正妻"を迎えるだなんて!」

――ミツカは"異議あり!"とばかりに、手を挙げて抗議する。

「えっ~?、アンタは"正妻"っていう風体ガラじゃないだろぉ~?、品の良いユキならまだしもさ?」

「うっ!、それは……」

オリエのツッコミに、ミツカが渋い顔で応じると、会話を漏れ聞いていた水夫たちの間から、どっと笑いが起こった。


「――お嬢!、もう、碇を揚げますぜ!?」

――と、出航の合図が船頭から上がった。


「じゃあ――行って来ます」

レンは、涙を瞼に溜めて、本当の別れを告げる。

「ああ!」

オリエは、それだけを言って、にこやかな笑顔で、レンたちを乗せた風聖丸の出港を見送った。




――場所はガラリと変わって、ここはオウザン、ヤグリ城の天守にある主殿である。


「――リノ、ご苦労であった」

ホウリ平原での敗走の果て、オウザンへと舞い戻った、スヨウ第三軍副将――リノが、国守ノブタツへの報告のため、主殿に登城していた。


「勿体無き、お言葉でございます……」

リノは、深々と低頭し、労いを世辞で返した。


「報告の仔細は、後で良い――戦況の事も、刀聖……の事もな」

ノブタツは、手元に置いた、三軍将死すの報を告げた書状を見やり、一筋の涙を流した。


「はっ……ありがとう、ございます」

「――じゃが、一つだけ問いたい、刀聖の顔は……見たか?

端的に言えば、年の頃が知りたいのじゃ」

ノブタツの問いに、リノは少し、答えに悩みながら――

「私が観たのは、後ろ姿と横顔だけでしたので、断言は難しいですが――声色は、若く感じました」

――と、去って行く刀聖の声を思い出し、出来る限りの答えを返した。

「そうか。

――して、リノよ……ここからは、"副将"としての問いではなく、"マサノリの娘"への問いじゃ」

ノブタツは、そう前置きをして――

「――我は、マサノリを国葬で葬ってやりたいと思うておる。

そして、ゆくゆくは、お前が聞いた刀聖の言葉にもある様に――稀代の英霊として、祀ってやりたいともな……良いか?」

――もう一度、涙を一筋垂らし、リノの頬を優しく撫でた。

「はい、勿論でございます!、父も――喜び、まじょおぅ……」

リノも、涙の堤が決壊し、声には嗚咽も交えながら、ボタボタと主殿の畳に涙を落とした。


「――うぬ以下、三軍の者どもは、しばし休め……とはいえ、無論、敗戦の責を問うつもりの沙汰では無いと、申し伝えておく。

その"責"は、マサノリが全て、あの世に持って行ったのだからな……」

敗走する上で、一応の懸念材料と言えた、敗戦の責任についても、ノブタツは不問に伏した。

「後の後任や再編に関しても、追って改めて沙汰する――下がって良いぞ」

「はい」



――その後、リノが主殿を後にしてから、少し時間が経った頃……控える近衛も居ない、一人きりのノブタツの下に――

「――失礼、致します」

――と、黒面男……ユキムネが、主殿にやって来た。


「――お前も、大義であったな。

シゲマルは……どうした?」

一人でやって来たユキムネを不思議に思い、ノブタツは一緒のはずのシゲマルの行方を尋ねた。

「何やら、体調が優れぬ様で……報告は、私に任せると」

書状ふみは読んだ。

生真面目なあやつの性格ゆえに、刀聖に謀略が露見していると知って、胃でも病んでおるのだろう」

ノブタツは、ニヤッと笑って、シゲマルの不調のワケを邪推する。


「――ならば、今は誰も居らん。

面を外しては、どうじゃ?」

ノブタツは笑顔のまま、素顔を晒すようにとユキムネに促す。


「――では、失礼して……」

面を外したユキムネの素顔には、火傷も刀傷も何も無く――そこにあるのは、ただの端正な顔立ちの男の顔だった。

肌の質感などから推測すれば、年の頃は三十半ば――ノブタツより少し、若いぐらいである。


「お前の顔を知る者など、我が国には、ほとんど居らぬというのに――律義な男じゃなぁ」

ノブタツは、呆れた様にそう呟き、ユキムネの顔を指差す。

「知る者が居る、コクエに赴く事もありますし、行き来する商人などに万が一、顔を会わせる事などがあれば、ちと厄介ですからね。

"念には念を"、でございます」

ユキムネは、不敵な笑みを見せ、ノブタツのからかいをサラりと受け流す。


「ユキムネ、これで――"次幕"が上がるのは、早まるな?」

ノブタツは表情を険しくさせて、ユキムネを見詰める。

「はい、皇と刀聖の揃い踏みという、我々の予想だにしない展開――これに必ず、跳びつく者が居ります故、ココで"一旦の終幕"を迎えたとて、表舞台では、返ってゆっくりとはしては居れぬでしょう」

対してユキムネは、妙に楽しげに、喜々として意味深に答える。

「――確かに、強欲な"北"こそは、刀聖の参戦となれば、勝ち目を勘定して躊躇するであろうが……我や皇様、そもそも刀聖とて、憎悪の対象と言える"南"にとっては、今は全ての"獲物"が、眼前に揃っている状況だろうしな――動かぬワケがない」

――と、ノブタツは、隠語めいた語り口で、自分の考察を並べる。

「"丁度"、と言ってしまっては、マサノリ様やリノ嬢には失礼ですし、此度の戦で果てた、我が軍の烈士たちに対しても、不謹慎にはなりますが――しばらくの間、私たちの出番は無さそうです」

ユキムネも、匂わす様な文言を並べ、不適な微笑を浮かべる。

「――ふん、ならば、これで我らの"次幕における役どころ"は決まったのだ……後は、それを演じ切るだけ。

ココからは、準備を急ぐ局面であろう……このツクモせかいを揺るがす、重大な"一幕"という、至極の舞台の上に立つために――」

ノブタツも、険しい表情から転じて、嬉しそうに意味深な言葉を紡いだ。
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