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一旦の終幕
果ての地へ
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少し、暑く感じるほどの陽光が、抜けた青空の下を照らしている。
そんな陽気の間を通る風には、潮の香りも混じっていた。
ここは、オウビの港――ヨクセ商会が私有する、貿易船専用の波止場だ。
そこに停泊する、巨大な帆船――名を『風聖丸』という貿易船の甲板に、潮風の香りを嗅ぎながら、遠い水平線を見据えている、旅装束のレンの姿があった。
その、レンの周りでは、慌しく動く水夫たちの姿がチラホラ――どうやら、この船は出航の準備を行っている様だ…
(この、オウビの街とも、今日でお別れかぁ……)
風聖丸の甲板に立つレンは、少し寂しそうに思いながら、広い海原を見渡していた。
(この船に、乗って行く所って、ソウタさんのお義母様が居る場所――なっ、何だか、そう思うと、緊張して来た!)
レンは、頬を紅潮させて、火照るそこを両手で覆う。
(それに、そのツツキという所は、父さんと母さんが、その息女様に付き従って、私が産まれる前に暮らしていた場所――何だか、因縁みたいなモノも感じちゃうなぁ)
レンが、そんな物思いにふけって居ると――
「――う~~んっ!、良い香りねぇ♪
当たり前だけど、海に近付いているっ!、実感があるわぁ」
――そう言って、レンに声を掛けて来たのは、盲目であるユキの手を引いたミツカだった。
「ふふ♪、ミツカさんったら、楽しそう」
ユキは、上品に口元を覆った手の平越しに、クスクスと笑い声を漏らした。
そんな二人の様子に、妙な違和感を一つ感じる――それは、ユキも旅装束に身を包んでいるからである。
風聖丸のオウビ帰還を待つ間に、再度集められた組合の寄り合いで、一つの懸念が持ち上がった。
あの屋敷への襲撃に関わった、オリエやリュウジ――そして、ユキも、スヨウ側のターゲットに追加されているのではないかという懸念だ。
同時に、還る場所を失った二人の"元"スヨウ軍の二人――ヨシゾウとサスケの処遇と、彼らもターゲットに入っている懸念も浮き出たのである。
自身を守る術がある、リュウジや侍二人は心配無いが――オリエやユキ(※例の"とっておき"は、レン以外知らない)の護衛をどうするかで、合議は紛糾した。
それで持ち上がったのは、2人もレンと一緒に、ツツキへ疎開させるという策だった。
オリエは、ツツキに行く事を固辞したが、ユキは――
「ええ、構いません。
ソウタさんの故郷ですから、興味もありますしね」
――と、快諾したので、ユキはレンの道中仲間となったのである。
「ミツカさん、ユキさんの付き添い、ご苦労様です」
二人の声に振り返ったレンは、軽く会釈をする。
「なぁに、ユキとは、しばらくの間、お別れになっちまうしねぇ……他のみんなも、船まで連れて行くのは、一番仲良いアタシが良いはずだなんて言うしさ」
ミツカは、握るユキの手を、名残惜しそうに見ながら言った。
「あっ、そうだ――お別れの前に、レンちゃんに頼みたいコトがあったんだよぉ」
ミツカは意味深にそう言うと、自分の着物の懐を弄り、何かを探す。
「あれ?、どこに、入れたっけ?」
……案の定、"キワどい恰好"のミツカが、そんな仕草をすると、レンの周りで働く大勢の水夫たちは、一斉に足や手を止め、目線釘付け状態でミツカの姿を見詰める。
「ミッ!、ミツカさん!、早く!」
矢の様な視線に参ったレンは、焦ってミツカを急がせる。
「あっ!、あったぁ~♪、はい、コレ!」
――と、ミツカが懐から取り出したのは、一部の新聞だった。
「おフミ婆さんがさぁ、ソウタの事が新聞に載ってるって言うから、アタシも一部買ったんだけど……よく考えたらアタシ、字が読めないんだよねぇ」
「――っ!?」
レンは、そのミツカの言葉を聞き、激しく動揺する。
「お仲間も同じく、学がない娘ばっかだしぃ、そうじゃないユキは、目が見えないと来るでしょ?
だから、出航前に、読んで聞かせて欲しいと思って――」
ミツカが、頼みを言い終える前に――
「――くっ!、くださいっ!」
――と、レンは奪う様に新聞を受け取る。
(……まさか、戦死者報に!?)
そんな、ありえない心配を膨らませながら、レンが慌てて一面を開くと、そこには――
『――光刃現眼、ホウリ平原にて成る!』
――という、ツクモ全報の大見出しが記されていた。
「!!!!!、皇軍が――ソウタさんが、戦に勝ったと書いています!」
レンは、ホッとした表情を浮べて、新聞を丸めて抱き締める様に抱えた。
「まあ!、良かったわぁ~!」
「えっ!?、ホント!!、なんて書いているのか、詳しく読んでよぉ!」
同じく、喜びを爆発させた、ユキもニコッと笑って歓喜し、ミツカはすがる様にレンに詳細を聞きたいと囃す。
「え~っと――"スヨウ軍、勇んで狼煙上げるも、肝入りと思しき策、実らず。
皇軍、一気呵成に陣を席巻――因って、スヨウ軍敗走す所、一騎の勇士が追す。
勇士、草原に立てし一刀から、光刃現眼せしめ、敗走すスヨウ軍目掛け、草原に光刃の軌跡示す。
スヨウ、三軍将マサノリ、大義無しと刀聖に断じられし事、不服と宣し、無謀なる一騎打ちを刀聖に挑むが、刀聖、これを一刃の元に斬り伏せし"――ですって!」
レンは興奮気味に記事を音読し、ワナワナと震えを催す。
「――凄いね、それが、私たちの知る、ソウタさんがした事だなんて……」
冷静に聞いていたユキは、記事が伝える事実を、噛み締める様にそう言った。
「う~んっ!、やっぱり!、アタシのオトコを見る目は正しかったわぁ~!
でも、流石に、それがお伽話で聞いた"刀聖様"だってのには、そりゃあ驚いたけどね♪」
ミツカは、舌をペロッと小さく出し、読めない字が羅列している、レンが持つ新聞を眺めた。
「あら?、ミツカさん――"アタシの"じゃなく"アタシたちの"の間違いでしょ?
みんなもう、その刀聖様を、心より慕っているんですから♪」
ユキは、ミツカに負けじと、火照る頬を隠しながら、楽しそうにそう言う。
「レンちゃんも……でしょ?」
――と、ユキはレンに同意を求めた。
「えっ?!、わっ、私はぁ――」
レンは、妙にうつむき、恥ずかしそうに目を二人から逸らす。
そんな、煮え切らない態度に、ミツカはパンッ!と、派手な打撃音と共に、両手でレンの頬を抱え、真っ直ぐにレンの瞳を凝視する。
「――レンちゃん、もう、バレバレなのに……そーいう態度は、"逃げ"でしかないよ?」
キッパリとミツカに否定されたレンは、憑き物が落ちた様にスッとした表情に変わり――
「――そうですね。
私も、ソウタさんの事がっ!、好きでぇ~すっ!」
――と、声高に叫んだ。
『――ソウタさんの事がっ!、好きでぇ~すっ!』
――という、レンの叫びが漏れ聞こえる、波止場の乗り込み口に居たサスケは、胸に矢が刺さる思いで、その胸を抑えながら、うな垂れていた。
「――サスケ」
ヨシゾウは、哀れみの眼差しをサスケに向け、見ていられないと言った体で目を逸らす。
「――隊長、気にしないでください……昨夜、先に"玉砕"していた分、多少楽ですから」
「!?、玉砕っておま……っ!、彼女に、想いを告げたのかぁ?!」
予想外のサスケの言動に、ヨシゾウは目を見張った。
「ほっ、他に、想い人が居る……と、キッパリ言われ、それに――」
「――"兄の様な存在だとは思っていましたが、男性としては……"って、レンも結構、エグるわよねぇ♪」
サスケの顛末語りに割って入る様に、オリエは、レンのものまね付きで、サスケの説明を後押しした。
「頭領、聴いていたんですか……」
サスケは、恨み節を語る様に、オリエへ向けてそう言った。
「あの狭い寮じゃ、そりゃあ聞こえるわよ。
それに丁度、アタシの部屋の前で話してたんだし」
オリエは、そう言い訳をしてはいるが、明らかに態度は面白がっている体だ。
ちなみに――行き場を失ったヨシゾウとサスケは、とりあえず、オリエたちも仮の居を置いている、ヨクセ本店の寮で厄介になっている。
「――まっ、恋敵が天下の刀聖サマじゃあ、諦めも簡単でしょ?
それに、いざとなったら……ウチの娼街に行きな!、きっと、慰めて貰えるから!」
「頭領~!、自分がレンに抱いていたのは、そういう軽薄な思いではなくぅ……」
オリエとサスケが、ケラケラと軽口に興じている側で、ヨシゾウは腕を組んで――
「――頭領、ツクモ全報、ご覧になりましたか?」
――と、いたってマジメなトーンで、オリエに問うた。
「ああ、ソウタのやつ……随分と、格好付けた事をやらかしてさ」
オリエは、ニヤニヤと笑い、ホウリ平原がある西の空を見やる。
「スヨウの策謀は、刀聖様の光刃により、水泡に帰したかに思えるかもしれませんが――私はどうも、別の胸騒ぎを覚えてならないのです」
ヨシゾウは胸を抑え、口を真一文字に結んだ。
「そいつぁ……アタシも同じさね。
新聞が売り出されてから、ツツキ行きを辞めようかとも思ったが――それは、ちょいとヤバいと思う気もするのよ」
「ええ、ツクモ全報も、記事をこう結んでいますしね――"スヨウ、敗戦も、講和に向ける動きは見せず"と」
ヨシゾウは、軽く歯軋りをして、自分の刀の柄に残る鳳凰紋を見据えた。
「――だから、とりあえずレンたちは、予定どおりツツキへと向わせて……その上で、情勢をじっくり探るのが懸命さね」
次にオリエは、オウザンのある南の空を見上げた…
「ええ、ツツキの地は、この世界の"果て"とも言える僻地――更に、旧ハクキ一軍直属の、手だれの暗衆がゴロゴロ居り、各国五軍筋では"暗衆泣かせ"とも言われる場。
故に、忍ぶ暗衆は皆無――かの地の情報収集は、半ば諦めているぐらいですから、レンさんの身を隠すには、絶好の場所だと推察出来ます」
ヨシゾウは端的に、ツツキに関する裏事情を述べた。
「アイツも……んな絶好なトコなら、最初からソッチに連れて行きゃあ良いのに……まあ、よっぽど帰りづらい理由があるのかもね」
オリエは不満気に、口を尖らせてソウタへの苦情を漏らした。
そんな陽気の間を通る風には、潮の香りも混じっていた。
ここは、オウビの港――ヨクセ商会が私有する、貿易船専用の波止場だ。
そこに停泊する、巨大な帆船――名を『風聖丸』という貿易船の甲板に、潮風の香りを嗅ぎながら、遠い水平線を見据えている、旅装束のレンの姿があった。
その、レンの周りでは、慌しく動く水夫たちの姿がチラホラ――どうやら、この船は出航の準備を行っている様だ…
(この、オウビの街とも、今日でお別れかぁ……)
風聖丸の甲板に立つレンは、少し寂しそうに思いながら、広い海原を見渡していた。
(この船に、乗って行く所って、ソウタさんのお義母様が居る場所――なっ、何だか、そう思うと、緊張して来た!)
レンは、頬を紅潮させて、火照るそこを両手で覆う。
(それに、そのツツキという所は、父さんと母さんが、その息女様に付き従って、私が産まれる前に暮らしていた場所――何だか、因縁みたいなモノも感じちゃうなぁ)
レンが、そんな物思いにふけって居ると――
「――う~~んっ!、良い香りねぇ♪
当たり前だけど、海に近付いているっ!、実感があるわぁ」
――そう言って、レンに声を掛けて来たのは、盲目であるユキの手を引いたミツカだった。
「ふふ♪、ミツカさんったら、楽しそう」
ユキは、上品に口元を覆った手の平越しに、クスクスと笑い声を漏らした。
そんな二人の様子に、妙な違和感を一つ感じる――それは、ユキも旅装束に身を包んでいるからである。
風聖丸のオウビ帰還を待つ間に、再度集められた組合の寄り合いで、一つの懸念が持ち上がった。
あの屋敷への襲撃に関わった、オリエやリュウジ――そして、ユキも、スヨウ側のターゲットに追加されているのではないかという懸念だ。
同時に、還る場所を失った二人の"元"スヨウ軍の二人――ヨシゾウとサスケの処遇と、彼らもターゲットに入っている懸念も浮き出たのである。
自身を守る術がある、リュウジや侍二人は心配無いが――オリエやユキ(※例の"とっておき"は、レン以外知らない)の護衛をどうするかで、合議は紛糾した。
それで持ち上がったのは、2人もレンと一緒に、ツツキへ疎開させるという策だった。
オリエは、ツツキに行く事を固辞したが、ユキは――
「ええ、構いません。
ソウタさんの故郷ですから、興味もありますしね」
――と、快諾したので、ユキはレンの道中仲間となったのである。
「ミツカさん、ユキさんの付き添い、ご苦労様です」
二人の声に振り返ったレンは、軽く会釈をする。
「なぁに、ユキとは、しばらくの間、お別れになっちまうしねぇ……他のみんなも、船まで連れて行くのは、一番仲良いアタシが良いはずだなんて言うしさ」
ミツカは、握るユキの手を、名残惜しそうに見ながら言った。
「あっ、そうだ――お別れの前に、レンちゃんに頼みたいコトがあったんだよぉ」
ミツカは意味深にそう言うと、自分の着物の懐を弄り、何かを探す。
「あれ?、どこに、入れたっけ?」
……案の定、"キワどい恰好"のミツカが、そんな仕草をすると、レンの周りで働く大勢の水夫たちは、一斉に足や手を止め、目線釘付け状態でミツカの姿を見詰める。
「ミッ!、ミツカさん!、早く!」
矢の様な視線に参ったレンは、焦ってミツカを急がせる。
「あっ!、あったぁ~♪、はい、コレ!」
――と、ミツカが懐から取り出したのは、一部の新聞だった。
「おフミ婆さんがさぁ、ソウタの事が新聞に載ってるって言うから、アタシも一部買ったんだけど……よく考えたらアタシ、字が読めないんだよねぇ」
「――っ!?」
レンは、そのミツカの言葉を聞き、激しく動揺する。
「お仲間も同じく、学がない娘ばっかだしぃ、そうじゃないユキは、目が見えないと来るでしょ?
だから、出航前に、読んで聞かせて欲しいと思って――」
ミツカが、頼みを言い終える前に――
「――くっ!、くださいっ!」
――と、レンは奪う様に新聞を受け取る。
(……まさか、戦死者報に!?)
そんな、ありえない心配を膨らませながら、レンが慌てて一面を開くと、そこには――
『――光刃現眼、ホウリ平原にて成る!』
――という、ツクモ全報の大見出しが記されていた。
「!!!!!、皇軍が――ソウタさんが、戦に勝ったと書いています!」
レンは、ホッとした表情を浮べて、新聞を丸めて抱き締める様に抱えた。
「まあ!、良かったわぁ~!」
「えっ!?、ホント!!、なんて書いているのか、詳しく読んでよぉ!」
同じく、喜びを爆発させた、ユキもニコッと笑って歓喜し、ミツカはすがる様にレンに詳細を聞きたいと囃す。
「え~っと――"スヨウ軍、勇んで狼煙上げるも、肝入りと思しき策、実らず。
皇軍、一気呵成に陣を席巻――因って、スヨウ軍敗走す所、一騎の勇士が追す。
勇士、草原に立てし一刀から、光刃現眼せしめ、敗走すスヨウ軍目掛け、草原に光刃の軌跡示す。
スヨウ、三軍将マサノリ、大義無しと刀聖に断じられし事、不服と宣し、無謀なる一騎打ちを刀聖に挑むが、刀聖、これを一刃の元に斬り伏せし"――ですって!」
レンは興奮気味に記事を音読し、ワナワナと震えを催す。
「――凄いね、それが、私たちの知る、ソウタさんがした事だなんて……」
冷静に聞いていたユキは、記事が伝える事実を、噛み締める様にそう言った。
「う~んっ!、やっぱり!、アタシのオトコを見る目は正しかったわぁ~!
でも、流石に、それがお伽話で聞いた"刀聖様"だってのには、そりゃあ驚いたけどね♪」
ミツカは、舌をペロッと小さく出し、読めない字が羅列している、レンが持つ新聞を眺めた。
「あら?、ミツカさん――"アタシの"じゃなく"アタシたちの"の間違いでしょ?
みんなもう、その刀聖様を、心より慕っているんですから♪」
ユキは、ミツカに負けじと、火照る頬を隠しながら、楽しそうにそう言う。
「レンちゃんも……でしょ?」
――と、ユキはレンに同意を求めた。
「えっ?!、わっ、私はぁ――」
レンは、妙にうつむき、恥ずかしそうに目を二人から逸らす。
そんな、煮え切らない態度に、ミツカはパンッ!と、派手な打撃音と共に、両手でレンの頬を抱え、真っ直ぐにレンの瞳を凝視する。
「――レンちゃん、もう、バレバレなのに……そーいう態度は、"逃げ"でしかないよ?」
キッパリとミツカに否定されたレンは、憑き物が落ちた様にスッとした表情に変わり――
「――そうですね。
私も、ソウタさんの事がっ!、好きでぇ~すっ!」
――と、声高に叫んだ。
『――ソウタさんの事がっ!、好きでぇ~すっ!』
――という、レンの叫びが漏れ聞こえる、波止場の乗り込み口に居たサスケは、胸に矢が刺さる思いで、その胸を抑えながら、うな垂れていた。
「――サスケ」
ヨシゾウは、哀れみの眼差しをサスケに向け、見ていられないと言った体で目を逸らす。
「――隊長、気にしないでください……昨夜、先に"玉砕"していた分、多少楽ですから」
「!?、玉砕っておま……っ!、彼女に、想いを告げたのかぁ?!」
予想外のサスケの言動に、ヨシゾウは目を見張った。
「ほっ、他に、想い人が居る……と、キッパリ言われ、それに――」
「――"兄の様な存在だとは思っていましたが、男性としては……"って、レンも結構、エグるわよねぇ♪」
サスケの顛末語りに割って入る様に、オリエは、レンのものまね付きで、サスケの説明を後押しした。
「頭領、聴いていたんですか……」
サスケは、恨み節を語る様に、オリエへ向けてそう言った。
「あの狭い寮じゃ、そりゃあ聞こえるわよ。
それに丁度、アタシの部屋の前で話してたんだし」
オリエは、そう言い訳をしてはいるが、明らかに態度は面白がっている体だ。
ちなみに――行き場を失ったヨシゾウとサスケは、とりあえず、オリエたちも仮の居を置いている、ヨクセ本店の寮で厄介になっている。
「――まっ、恋敵が天下の刀聖サマじゃあ、諦めも簡単でしょ?
それに、いざとなったら……ウチの娼街に行きな!、きっと、慰めて貰えるから!」
「頭領~!、自分がレンに抱いていたのは、そういう軽薄な思いではなくぅ……」
オリエとサスケが、ケラケラと軽口に興じている側で、ヨシゾウは腕を組んで――
「――頭領、ツクモ全報、ご覧になりましたか?」
――と、いたってマジメなトーンで、オリエに問うた。
「ああ、ソウタのやつ……随分と、格好付けた事をやらかしてさ」
オリエは、ニヤニヤと笑い、ホウリ平原がある西の空を見やる。
「スヨウの策謀は、刀聖様の光刃により、水泡に帰したかに思えるかもしれませんが――私はどうも、別の胸騒ぎを覚えてならないのです」
ヨシゾウは胸を抑え、口を真一文字に結んだ。
「そいつぁ……アタシも同じさね。
新聞が売り出されてから、ツツキ行きを辞めようかとも思ったが――それは、ちょいとヤバいと思う気もするのよ」
「ええ、ツクモ全報も、記事をこう結んでいますしね――"スヨウ、敗戦も、講和に向ける動きは見せず"と」
ヨシゾウは、軽く歯軋りをして、自分の刀の柄に残る鳳凰紋を見据えた。
「――だから、とりあえずレンたちは、予定どおりツツキへと向わせて……その上で、情勢をじっくり探るのが懸命さね」
次にオリエは、オウザンのある南の空を見上げた…
「ええ、ツツキの地は、この世界の"果て"とも言える僻地――更に、旧ハクキ一軍直属の、手だれの暗衆がゴロゴロ居り、各国五軍筋では"暗衆泣かせ"とも言われる場。
故に、忍ぶ暗衆は皆無――かの地の情報収集は、半ば諦めているぐらいですから、レンさんの身を隠すには、絶好の場所だと推察出来ます」
ヨシゾウは端的に、ツツキに関する裏事情を述べた。
「アイツも……んな絶好なトコなら、最初からソッチに連れて行きゃあ良いのに……まあ、よっぽど帰りづらい理由があるのかもね」
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