流れ者のソウタ

緋野 真人

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緒戦

緒戦(後編)

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「――飛翔部隊四十五名、全員配置に着きました」

鬱蒼と生い茂る、背の高い草が犇めき合う草むらの中に、身を潜めている甲冑を纏った若い男が、声も潜めてそう言った。


"甲冑"、とは表したが、その鎧の背の部分には、左右に大きなスペースが2つ開いており、それを纏った男の背には、大きな天使の羽根の様な翼が生えている。


明らかに、亜人種の類ではあるが――狼族の様に獣の顔ではなく、顔は完全にヒトだ。

これが、スヨウ建国の昔語りにもある亜人種――鳳族の姿ヴィジュアルである。


「――よし、後は手筈どおり、身を潜めたまま、ここで夜を明かす。

本陣からの狼煙に合わせて飛翔し、丘上の敵陣に突貫――良いな?」

「はっ!」

飛翔部隊の隊長らしき鳳族は、そう下知をして、付き従う他の鳳族も力強く頷いて身を屈めた。




「――お~!、居るよ居るよぉ~!、沢山の鳳族が!」

その、鳳族が潜む草むらから、少し離れた別の場所で、タマはニヤニヤと笑いながら、極々小さな声でそう言った。


「これが、野鳥の群れだったら、明日は朝から焼き鳥パーティーなのになぁ」

ついでに、タマは残念そうに、そんな軽口を叩く。


「――タマさん、外見的特性を揶揄するのは、御法度タブーですよ?

タマさんだって、猫に例えられるのは、イヤでしょう?」

そう、タマの発言に釘を刺したのはカオリ――ではなく、"自称"マタザである。


"自称"マタザの言うとおり――亜人種の外見的特性を卑下したりするのは、ツクモでは重大なマナー違反として知られている。

それらを認め合う事こそが、民族和解の第一歩であると、スヨウを建国したノブヨリが演説の中で語った事は、ツクモの民の常識となっている。


「そんなの解ってるよう!、ホント、カオリには冗談が通じないなぁ」

タマは頬を膨らませながら、草むらを改めて凝視する。

「でっ!、ですから、私はマタザ――ぐすっ、もう、良いですよぉ……」

"自称"マタザは少し涙ぐみ、不満気に頬を膨らます。


「おふざけは良いから、タマ――何人居る?、それが知りたいんだよ」

ソウタは、ちょっと苛立つ素振りをして、夜目が効くタマに見える敵の人数を尋ねる。

「う~ん……三十?、四十――五十人、居るかなぁ?、ざっとは、そんぐらいだね」

タマがそう答えると、ギンは得心した表情で――

「――やはり、少ないな。

セイクに住んでいても、鳳族とはあまり出会わなくなっていたし、鳳族の減少は、セイクの様な田舎でも、ウワサになっていたぐらいだからな」

――と、以前聞いたという、集落内での話題を持ち出す。

「ええ、去年――でしたね。

クリ社の中でも、鳳族の減少が問題となったのは」

"自称"マタザも、ギンに応じる様に、話へ割って入る。

「まっ、だからって――俺たちも、アイツらも、これからやろうとしているのは、いくさっていう"殺し合い"だ……絶滅の危惧さえ囁かれている鳳族だって、それに足を踏み入れた以上は、敵となったらるしかねぇよ」

――と、ソウタは冷たく、ドライにそう言い放った。

「――で?、どんな武装えものを提げてた?」

「ほとんどが長槍だったね。

あと、弓と矢――空から突いたり、うったりするのを見越してるんだと思う」

ソウタの問いに、タマは私見も含めて、的確に返答する。

「どれも、草むらで立ち回るには不向きな武器――気付かれて、襲撃される想定はしていないな……好都合だ」

ギンは、また得心した表情で相槌を入れる。

「――だな、これなら――」

ソウタが、何かを言おうとした、その時――

「――ですが、タマさんの見立てだけでも、敵の数は単純に我らの十倍。

ソウタ殿、やはり、この数での夜襲には、無理が――」

――と、"自称"マタザは、真一文字に口を結んで、怪訝な声を挙げた。


「――いや、地形に不向きな武装と、夜襲を喰らう事を想定はしていない油断。

これなら、"俺たちだけで全滅させられる"と思うよ」

ソウタは、"自称"マタザの意見を、一刀両断に斬り捨てる様な、かなり強気な発言をする!


「――?!、なっ……」

"自称"マタザは、そのソウタの意見の衝撃に、一旦、言葉を失う。


「――タマ、何人、相手に出来る?」

ソウタは、すっかり呆けてしまった"自称"マタザを無視して、タマへ相談を始める。

「う~ん……あんなにナメた様子なら、兵士相手だとしても、十五人はイケるかなぁ?」


「!!!、じゅっ!、十五ぉ?!」

タマが、サラッと言ってのけた数に、"自称"マタザは口を開け放って驚く。


「悪いが、俺は二~三人が限度だな。

その"地形に向かない"、弓矢が主だからな」

――と、ギンは前口を打って、自分の想定を吐露する。


「ああ、ギンに関しては、元々そのつもり――牽制とか、援護を頼みたくて選んだしな」

ソウタは、ポリポリと自分のこめかみを掻きながら、ギンに自分の考えを伝える。

「あっ、ギンの援護付きなら――二十でも余裕かも!」

タマは、これまでの会話を聞き、想定を訂正した。


「……」

"自称"マタザは、口を開けたまま――

(――ソッ、ソウタ殿だけではない……のか?、傑出した武勇を誇る流者とは!

単身で、数十名の兵と渡り合えるというのは、大武会十六傑級――それに匹敵、いや!、凌ぐ程の猛者が、ココに幾人も?

それも、大武会不参加のまま居るだなんて……ましてや、コケツの出とはいえ、タマさんはまだ、十六の少女なのだぞ?!)

――今度は、驚きではなく、歓喜の笑みを浮かべ、カオリは思わず、深く被った帽子を外す。

(すごい!、凄い経験をしているのだ!、私は!)

カオリは、カタカタと武者震いをして、熱く高揚してみせる。


「カオリさんも……慣れない太刀でも、五~六人ならイケるでしょ?」

ソウタは到って軽く、カオリに戦果の想定を尋ねる。

「はっ、はい!、もちろん、大丈夫です!」

カオリは、呼び名の訂正を言う事も忘れ、両手でガッツポースまで造って、ソウタの問いに明朗に応じた。

「――よし、後の二十を、俺がなんとかすりゃあ……アッチの戦意を、ガタ落ちさせそうな結果が出せるな。

じゃあ、夜目が効くタマを先頭に、皆で付いて行って――ギンは、手頃なトコで立ち止まって束ね矢をって、敵を散らせてくれ。

俺とカオリさんは、そのままタマに付いて行って、タマの目を頼りに集団突貫して、叩けるだけ叩く――良いな?」

ソウタの策の説明に、3人は強く頷いた。





「――!?」

草むらが揺れる音を聞いて、すっかり待機モードだった鳳族たちの間に、否応無しの緊張が奔った!


「なんだ?、獣――か?」

鳳族の一人は、野生の獣が走り抜ける音かと思ったが、矢が宙を奔る音と、それがバラける音を聞いて、表情を一変させる!

「?!、敵襲だ!」

鳳族たちは、その怒号に一斉に反応し、屈む体性を止めて慌てて散開する。


放たれた矢の殆どは、背の高い草に当たって落ちてしまったが、数人の腕や肩、足に命中して、その痛みが散開を阻害する。


「くっ!、敵は――どこだっ!?」

――と、長槍を構え、本格的な襲撃に備える者の前の草むらが大きく揺れ、ソコからタマが、ニヤッと笑いながら飛び出す!


「?!」

――ドゴッォ!

「ぐはあぁっ!!!」

強烈な正拳突きが、甲冑の繋ぎ目を鋭く捉え、その鳳族の瞳は一気に白目だけに替わり、完全にその者は失神おちた。

側で同じく、槍を構えていた鳳族は、タマの姿を見つけて、一斉に攻撃を仕掛けようとするが――

「――くっ!、槍が、振るえん!」

――背の高い草が、槍の柄に絡み、上手く振るえない!


「――バカ!、太刀に替えろ!、槍では――」

――と、一人の兵が、一応は皆、腰に提げている刀に替える様に、高々と言わ張るが――

「――ぎゃあっ?!」

――そこまで言って、ソウタの斬撃を喰らって倒れ込む。


「――やあやあっ!、我こそは!、皇様の意思に参じ、暴国に鉄槌を下さんとする――モガッ?!」

高らかと、言上を叫んでから突貫しようとしている、"自称"マタザ(※帽子を被り直したので)は、草むらから刀を振り上げたトコロで、ソウタに口を抑えられ、半ば羽交い絞めにされてしまう。

「はいはい、そーいうのは、また今度にしてくださいねぇ……奇襲ってのは、モタモタ出来ないから――あっ、来た」

"自称"マタザに斬りかかる、槍を放った鳳族に気付き、ソウタがスッと彼(?)を解放すると――

「――ぐぅっ!」

――素早い太刀筋で、敵の胴を捉え、彼(?)は息も乱さずに斬り捨てて見せた。


「へぇ、太刀を使っても、流石だねぇ」

ソウタは、"自称"マタザの鋭い太刀筋に感心して、褒め言葉を贈る。

「そっ、そのお言葉は、ありがたいですが……むっ!、胸を――ガッチリと掴まれては、既に一介の武人として、女を捨てた、私とて……」

――と、"自称"マタザは頬を赤らめて、照れながらソウタに抗議する。


「!!!!!!!、あっ……そういや、羽交い絞めにした時?!」

ソウタも、一気に顔を赤く染め、羽交い絞めをした方の掌を見やる。

「あ~あ、サトコに言いつけてやろうっと♪

じゃっ!、その前に、次へ突撃ぃ~っ!」

タマは、楽しげにそう言ってから、次に鳳族が密集した草むらを見つけて走り出した。


ギンの牽制、タマの突撃――群がる残りを、ソウタと自称マタザが片付ける。


その戦法パターンが、3度ほど続き、鳳族の遺体や気を失った者の肢体が、20名ほど草むらに転がった所で――

「――ラッ!、ラチが開かん!、動ける者は皆、槍や弓矢を捨てて一所に密集せよ!」

――と、隊長らしき鳳族がそう叫び、それに従う様に敵が集まり始めた。


「――ちっ!」

ソウタは、舌打ちをして――

(――これだけ、数を削られちまったら、奇襲策は間違いなく頓挫。

このまま続けたら、ヘタすりゃ全滅だってのに……退かない気かよ!)

――と、心中に苛立ちを覗かせる。


『――これからやろうとしているのは、"戦"っていう"殺し合い"――敵となったら、殺るしかねぇよ』

『俺たちだけで、全滅させられる』


豪気な事を、ソウタは言っていたが――内心では、希少な種族である鳳族を皆殺しにするのは憚られたし、ある程度打撃を与え、撤退されるコトを望んでいた。


(――ホント、軍隊ってのは面倒臭い。

特に、てめぇの命が危うくても、退かずに任を全うしようとするトコがさ)

ソウタは、呆れ気味にニヤッと笑い、何かを思い出した様で――

(まっ――それは"刀聖アンタたち"も同じで、それが、俺が刀聖の名を嫌う理由なんスよ――師匠!)

――そう、心の中で叫ぶと、一気に形相を険しく一変させる!


「じゃあ、コッチは逆に、バラバラに分かれてやろうか――行くぞ!」

「うんっ!」

「はいっ!」

ソウタたち3人は散開し、三方から鳳族の集団に襲い掛かる!


「ぎゃあっ!」

「ぐほぉっ!

「ぐはぁ……」


――ソウタたちが、鳳族を捻じ伏せる声が夜闇に響き、次々と鳳族たちは草むらの上に倒れていく。


「――うおぉぉぉぉっ!」

それも残り一人となり、その"自称"マタザの前に立つ、一人の鳳族が、鬼気迫る形相で、彼(?)に太刀を振り上げた!


(――っ?!)

それは、"自称"マタザの腕ならば、悠々とあしらう事が出来た、陳腐な斬撃のはずだったが――

「――うっわぁっ!」

――と、彼(?)は思わず、脅えた様な態度で、それを避けた。


ソウタは、そんな"自称"マタザを見やりながら、背後からその鳳族の背中に突きを喰らわす。


「――ぐっ!、おおおおぉぉっ…!」

その鳳族は――"自称"マタザの顔を、ジッと睨んだまま、絶命した。


「どうしたんスか?、疲れました?」

どうにも冴えない動きだった"自称"マタザを心配して、ソウタはそう声を掛ける。


「――いえ、そんな、つもりでは、なかったのです……」

"自称"マタザは、そう言い訳をして、徐に帽子を外して、カオリへと戻る。


(最後の一人は、凄まじい気迫だった……これが、"戦という殺し合い"……)

カオリは、ワナワナと太刀を持つ手を震わせ、ゴクリと大きく唾を呑む。


そして、自分の周りを見渡し、自分が斬り伏せた鳳族たちの姿を見やる。


まだ、息がある者は、斬撃や打撃の痛みに咽び続け、既に絶命した者は、苦悶の表情のまま、目線をジッと自分に向けながら果てていた。

それを、改めて見たカオリの掌には――その者の肉を切った時の刃の感触、耳には――その者の骨を割った時の音が脳裏に甦り、彼女の背には氷の様に冷たく感じる汗が流れた。


(思えば――私は今、"初めて"人を斬った。

そして――"初めて"、人を殺した!)

それを、実感したカオリは、身震いをしながら、もう一度大きく唾を呑む。

「……」

そんなカオリの様子を、ソウタは渋い表情をして眺めていた。
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