流れ者のソウタ

緋野 真人

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緒戦

緒戦(前編)

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「――カオリさん、出撃いくのは、俺とタマ……あと、ギンの三人だけで良いや」

カツトシも前に居る中、ソウタは矢継ぎ早に、奇襲攻撃のメンバーを、上官であるカオリに進言する。

「?!、たっ!、たった三人でぇっ?!、何人の鳳族が潜んでいるのか、解らないんですよ?」

かなり大雑把にまとめたソウタの進言に、カオリは呆れてそう返す。


「言いたいコトは解りますけど、ぶっちゃっけ"その策、見破ってるぞ!"って、思わせるだけでも成功だからねぇ。

それに、あの二人となら、俺も仕事を共にした事があるから、どんな風に動くかも決め易いし、この任務は――あくまでも、戦の本番じゃなくて、小競り合いの類。

そーいう任務なら、少人数で全員の生還を重視した編成の方が、効果的だと思うけど?」

ソウタは、実に的を得た指摘をして――

「たっ、確かに、そうかもしれませんがぁ……」

――と、カオリを論破して黙らせる。

「――でもっ!、それでは、私が参じれないではありませんか!」

カオリはいきなり、自分も奇襲部隊に加わりたいという、爆弾発言とも言える本音を口にした!


「はぁっ?!、アンタ、何を言って……」

ソウタは、眉間にシワを寄せながら困惑し――

「――カオリ!、お前は、ソウタ殿に任せると、たった今!、大将様のお尋ねに答えたばかりではないか!?」

――と、シュウイチは顔色を変えて激昂する。

「ふっ……」

そして、カツトシはまたも、楽しそうにニヤリと笑って顔を綻ばせた。


「戦支度をして、ココに着陣して八日余り――でも!、まったくと言って良いほど、敵軍との衝突は皆無。

ソコに、大将様から夜襲の指図を聞いてしまったら、武人としての血が騒ぐというモノ――ハッキリ言って、身体がうずうずしているのです!」

カオリはそう言いながら、ちょっとセクシーにさえ見えてしまう手つきで、自分の全身に纏う藍色の甲冑を撫で回す。


「だっ!、だからと言って、一隊の将に任じられたお前が、そう易々と夜襲に加わるなど……第一、武芸一辺倒のお前が、ソウタ殿たちを従えて、奇襲を采配しても――」

シュウイチはカオリをそう叱責し、安易な彼女の考えを首を傾げながら諌めようとする。

「――私の采配では、策を仕損じると言いたいのでしょう?、そんな事は百も承知!

それに!、大将様のソウタ殿に任せるという命を、了承したはずだとか、一隊の将が小競り合い程度にと言う者が居るというのも、これまた話は簡単!

私が!、ソウタ殿の机下に入れば良いコト!」

カオリは、頬を膨らませて、大きく胸を張ってそう言いきった!

「はぁっ?!、それ、本気マジで言ってんですかぁ~!?」

ソウタはもう一度、困惑の叫びを挙げ、呆れ気味にカオリに尋ねた。

「もちろん!、マジもマジです!」

カオリは、力強くそう言ってから――

「――ソウタ殿!、この不肖な女子おなごも、机下に加えて頂きたく――」

――と、跪いて、深々と地面に低頭した。


「いやいや!、皇軍やといぬしから遣わされた将を、しかも、八つも年上の御人を――顎で使う様なコト、常識的にマズ過ぎでしょう?!

それに、何よりまず!、俺に対して畏まって、仕えているみてぇな、その態度は止めてよ!」

ソウタは困りきった表情で、跪くカオリに懇願する。

「ふっ……その様な些細な事など、気にする必要はありませんよ」

カオリはそう言って、ソウタの懇願を一蹴し、面を上げて彼の左手――人差し指に光る、金糸龍の指輪を見詰める。

「――それに、この態度とて、少し気が早いだけだと存じますが?」

――と、ニヤリと笑って、からかう様な言い方でそう言った。


「気が早い?、一体、なんのハナシ……?」

ソウタが、カオリのそのセリフに、更に困惑を深めていると――

「――とぼけずとも良いのですよ~♪

ソウタ殿――いえ、ソウタ『様』が、いずれ、皇夫おうふとなる御方だという事は、皆が知っている事なのですから♪」

――と、またも彼の問い掛けを、彼女は一笑に伏して得意気に言った。


――"皇夫"とは、文字どおり、"皇の夫"という意味である。


「?!、俺が皇夫様になるだってぇ!?、いくら俺がサトコ――いや、皇様の男友達だからって、発想が幼稚過ぎ、飛躍し過ぎでしょうよ!」

ソウタは、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、次期皇夫であるという話を真っ向から否定する。

「ん?、もしや、ソウタ殿……皇様から、直に求婚されたワケではないのか?」

『――アレッ?』

――という体で、ソウタに尋ねたのはカツトシである…


「へっ?!、大将まで、そんな幼稚な戯れ言を信じてるんですかぁ?!」

この場における、理性の、知恵の象徴の様なカツトシまでもが、"次期皇夫=ソウタ"という、ソウタからすれば、ありえない論旨を信じている事に驚く。

「――いや、ワシも、コウオウ生まれではないので、伝え聞いた程度ではあるが――皇様から、金糸龍の指輪を遣わされた男子とは、皇様が求婚をした相手だと……」

カツトシは、到ってマジメに、そう答えた。


「!!!!!!!!!、えっ~~~~~~~~!?」

ソウタは、これ以上は無いぐらいに驚いて、大口をあんぐりと開けて立ち竦む。


「――さて、では一旦、有志隊の陣に戻り、私を加えた策の相談と、出撃への支度と参りましょう♪、"未来の皇夫様♪"」

――と、カオリは楽しそうにそう言って、ソウタの肩に手を置き、指輪の意味という、衝撃的な『奇襲』を喰らい、すっかり固まってしまった彼を、引きずるように陣から出て行った。


「……」

「……」

――それを、黙って見送ったカツトシとシュウイチは、お互いに目を合わせ――

「――この戦を終え、オウクへと戻ったら……ソウタ殿は、イロイロと大変そうじゃなぁ」

「……ですね。

知らなかったとなれば――既に、ソウタ殿に想い人……いや、それに限らず、最早契っておられる方が居ても可笑しくは……」

――と、彼らは同情を込めた言い方で、ソウタの事を心配したのだった。


この、時にして、一時間弱の間に、二人の女性に告白された様な体のソウタ――タマの母が呟いたという、"シュラバ"の意味とは、こういうモノなのかもしれない。




「はぁ~……」

有志隊の陣に戻ったソウタは、先程手入れをしていた軽防具を身に着けながら、大きく溜め息を吐いた。


「――ったく、指輪アレ求婚プロポーズって意味だなんて、ツツキいなかの民にゃ、言ってくれなきゃ解らんだろうよ」

ソウタは、極々小さくそう呟き、防具を固定する紐を結んだところで、彼はサトコの様々な表情や言動を思い巡らせ、急に頬を赤らめる。

(――そりゃあ、サトコは美人だし?、頭も良くて良い娘だよ?

でも、それが、天下を背負って立つ、"皇様"だとなったら――庶民の俺が、恋愛感情なんて、抱くワケが無いだろぉ……)

ソウタは今度は頭を抱え、また大きく溜め息を吐いた。



「――くしゅんっ!」

御所の寝所で床に着いていたサトコは、思いがけずくしゃみをして、ふと起き上がって、ホウリ平原がある方向である、南側の欄間を見上げ――

(――皇軍の皆や、ソウタは……今、どうしているのでしょう?、雌雄が決したという報は、未だありませんし。

そんな折に、虫の知らせの様なくしゃみを催すだなんて……なんだか、イヤだわ)

サトコは、怪訝とした表情をして、その不安を振り払う様に床へ身を沈めた。



「――どうした?、体調でも悪いのか?」

ソウタにそう声を掛けたのは、側で背負った籠に矢の束を詰めているギンと――

「――大きい溜め息なんて吐いちゃって、どうかしたの?」

――見張りの任務が解かれ、出撃に向けて手甲を装着しようとしているタマだった。


「ああ、心配、掛けて悪りぃ」

ソウタは、虚ろな目線を二人に向け、生返事の様な詫びを言った。

「カオリと一緒に戻って来てから、元気無いよね――何か、あったの?」

タマは、心底心配した様で、発熱でもあるのかとソウタの額に優しく手を当てる。

「!、タッ、タマ!、大丈夫だから!」

――と、ソウタは恥ずかしそうにタマの手を払い、慌てて顔を背けた。

「あっ!、もぅ~!、告白したからって、そんなあからさまに意識するコト無いでしょぉ~!

ちゃんと、諦めたって言ったんだからぁ!」

――と、ソウタの態度から、変化を敏感に感じ取った違和感を、タマはストレートに言い放った!

「わっ!、バカ!、ギンが側に――」

ソウタは、隣に立つギンに目を向け、激しく動揺する。

「――ほぉ、タマ、ついに言ったのか?」

――だが、ギンは、いたってナチュラルに、タマの発言を受け入れていた。

「へ?、『ついに』ってコトは?」

「ああ、気付いていたし、本人からも、お前を慕っていると聞いている」

ギンは、雑談と対して変わらない言い方で、タマに恋バナの相談をされていた事を吐露する。

「――なんだよ、俺は"コッチでも"、道化を演じさせられてたってのか……」

そう呟いて、ソウタはまた大きな溜め息を吐く。

「"コッチでも"、と言う事は――溜め息のワケも、女絡みというコトか?」

ギンは、またも鋭い指摘で、ソウタの悩みの一端に辿り着く。

「相手は――共に帰って来たカオリ?

いや、道化に"されていた"と言うコトなら、あのスメラギとの事か?」

「――すげぇな。

お前、きっと――狩人よりも、向いている仕事があるよ」

ソウタは、鋭過ぎるギンの洞察力に感服し、何気に転職を勧めた。

「いや、寧ろ狩人ゆえよ……如何な"気配"にも敏感でなければ、勤まらん」

――と、ギンはそう言いながら微笑を浮かべる。


「バレちまってんなら、言うよ――俺、いつの間にか、サトコと結婚……する約束をしていたらしい」

ソウタは観念した様で、二人に溜め息の理由を明かした。

「――そうか」

「あっ!、やっぱりぃ~!、ふぅ~!、諦めて正解!」

ギンは、一言だけそう呟き、タマは、胸を撫で下ろした体で腹を擦る。


「アッサリ返したり、"やっぱり"とか……お前らも、知ってたのかよ?!」

二人の実に淡白なリアクションに、今はちょっと人間不信に陥っているソウタは、二人も共謀していたのかと疑う。

「――いや、知らずとも解るだろう?」

「そうそう!、有志隊の発足式の時、サトコの、大勢の傭兵の中から、ソウタを見つけた時の視線なんて――カンゼンに、"恋する乙女"だったモン!

アタシは、アレを観て、潔く諦める決心が出来たし」

ギンは、また淡白に返し、タマは発足式を思い出しながら、自分の心境の変化のきっかけも明かす。


「はぁ~……やっぱり、俺はトンだ道化だぜ」

――と、ソウタは自分の鈍感さに呆れながら、計4度目の大きな溜め息を吐いた。


「――お待たせしました!」

ソウタの大きな溜め息が止んだ頃、長い髪を後ろに束ね、皮の軽鎧を着て、深く頭巾を被った長身の兵士が、3人の下へ唐突にやって来た。

「ああ、ちゃんと着替えてきましたね」

ソウタは、すっかり意気消沈の状態だが、その長身兵の恰好を見やって返事をする。

「はい!、音が鳴ってしまう重い甲冑ではなく、軽量の皮鎧に着替え、武器は、目立って取り回しが効かない槍ではなく、太刀にせよ――との、ご指示どおりに」

長身兵は元気良く、また活き活きと楽しそうにソウタに返事をした。


「――どしたの?、カオリ、何か用?」

タマは、長身兵の事をそう呼んで声を掛ける。

「!!!!!!、なっ!?、何を言っているのかなぁ?、私は、大将様の手勢から、四人目として任じられたマタザと申す者――」

マタザと名乗る長身兵は、慌て気味にそう返す。

「――あっ、コイツらの鼻に、変装は通用しないっスよ?」

――と、ソウタはカオ……いや"マタザ"に、そう前置きをしてから――

「――ギンとタマに紹介しとくわ、四人目のメンバーの"マタザ"だってさ」

――少し、笑いを堪えながらギンたちに"マタザ"を紹介した。


もちろん、この"マタザ"という兵の名は偽名で、その正体はカオリである。


これは、自分の夜襲への参戦が問題になりそう事を悟っているカオリが、苦肉の策として言い出した、周りへのカモフラージュである。

「――やれやれ、道化はここにも居たのか」

ギンは、大きく口を開き、そう言って牙も現しながら苦笑した。

「さあ!、皆さん!、後方で爪を研ぐ鳳族たちを!、我ら四騎の精鋭で駆逐しましょうぞ!」

自称マタザは、高らかと鬨の声を挙げ、呆れた素振りの3人を鼓舞した。
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