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緒戦
緒戦(前編)
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「――カオリさん、出撃は、俺とタマ……あと、ギンの三人だけで良いや」
カツトシも前に居る中、ソウタは矢継ぎ早に、奇襲攻撃のメンバーを、上官であるカオリに進言する。
「?!、たっ!、たった三人でぇっ?!、何人の鳳族が潜んでいるのか、解らないんですよ?」
かなり大雑把にまとめたソウタの進言に、カオリは呆れてそう返す。
「言いたいコトは解りますけど、ぶっちゃっけ"その策、見破ってるぞ!"って、思わせるだけでも成功だからねぇ。
それに、あの二人となら、俺も仕事を共にした事があるから、どんな風に動くかも決め易いし、この任務は――あくまでも、戦の本番じゃなくて、小競り合いの類。
そーいう任務なら、少人数で全員の生還を重視した編成の方が、効果的だと思うけど?」
ソウタは、実に的を得た指摘をして――
「たっ、確かに、そうかもしれませんがぁ……」
――と、カオリを論破して黙らせる。
「――でもっ!、それでは、私が参じれないではありませんか!」
カオリはいきなり、自分も奇襲部隊に加わりたいという、爆弾発言とも言える本音を口にした!
「はぁっ?!、アンタ、何を言って……」
ソウタは、眉間にシワを寄せながら困惑し――
「――カオリ!、お前は、ソウタ殿に任せると、たった今!、大将様のお尋ねに答えたばかりではないか!?」
――と、シュウイチは顔色を変えて激昂する。
「ふっ……」
そして、カツトシはまたも、楽しそうにニヤリと笑って顔を綻ばせた。
「戦支度をして、ココに着陣して八日余り――でも!、まったくと言って良いほど、敵軍との衝突は皆無。
ソコに、大将様から夜襲の指図を聞いてしまったら、武人としての血が騒ぐというモノ――ハッキリ言って、身体がうずうずしているのです!」
カオリはそう言いながら、ちょっとセクシーにさえ見えてしまう手つきで、自分の全身に纏う藍色の甲冑を撫で回す。
「だっ!、だからと言って、一隊の将に任じられたお前が、そう易々と夜襲に加わるなど……第一、武芸一辺倒のお前が、ソウタ殿たちを従えて、奇襲を采配しても――」
シュウイチはカオリをそう叱責し、安易な彼女の考えを首を傾げながら諌めようとする。
「――私の采配では、策を仕損じると言いたいのでしょう?、そんな事は百も承知!
それに!、大将様のソウタ殿に任せるという命を、了承したはずだとか、一隊の将が小競り合い程度にと言う者が居るというのも、これまた話は簡単!
私が!、ソウタ殿の机下に入れば良いコト!」
カオリは、頬を膨らませて、大きく胸を張ってそう言いきった!
「はぁっ?!、それ、本気で言ってんですかぁ~!?」
ソウタはもう一度、困惑の叫びを挙げ、呆れ気味にカオリに尋ねた。
「もちろん!、マジもマジです!」
カオリは、力強くそう言ってから――
「――ソウタ殿!、この不肖な女子も、机下に加えて頂きたく――」
――と、跪いて、深々と地面に低頭した。
「いやいや!、皇軍から遣わされた将を、しかも、八つも年上の御人を――顎で使う様なコト、常識的にマズ過ぎでしょう?!
それに、何よりまず!、俺に対して畏まって、仕えているみてぇな、その態度は止めてよ!」
ソウタは困りきった表情で、跪くカオリに懇願する。
「ふっ……その様な些細な事など、気にする必要はありませんよ」
カオリはそう言って、ソウタの懇願を一蹴し、面を上げて彼の左手――人差し指に光る、金糸龍の指輪を見詰める。
「――それに、この態度とて、少し気が早いだけだと存じますが?」
――と、ニヤリと笑って、からかう様な言い方でそう言った。
「気が早い?、一体、なんのハナシ……?」
ソウタが、カオリのそのセリフに、更に困惑を深めていると――
「――とぼけずとも良いのですよ~♪
ソウタ殿――いえ、ソウタ『様』が、いずれ、皇夫となる御方だという事は、皆が知っている事なのですから♪」
――と、またも彼の問い掛けを、彼女は一笑に伏して得意気に言った。
――"皇夫"とは、文字どおり、"皇の夫"という意味である。
「?!、俺が皇夫様になるだってぇ!?、いくら俺がサトコ――いや、皇様の男友達だからって、発想が幼稚過ぎ、飛躍し過ぎでしょうよ!」
ソウタは、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、次期皇夫であるという話を真っ向から否定する。
「ん?、もしや、ソウタ殿……皇様から、直に求婚されたワケではないのか?」
『――アレッ?』
――という体で、ソウタに尋ねたのはカツトシである…
「へっ?!、大将まで、そんな幼稚な戯れ言を信じてるんですかぁ?!」
この場における、理性の、知恵の象徴の様なカツトシまでもが、"次期皇夫=ソウタ"という、ソウタからすれば、ありえない論旨を信じている事に驚く。
「――いや、ワシも、コウオウ生まれではないので、伝え聞いた程度ではあるが――皇様から、金糸龍の指輪を遣わされた男子とは、皇様が求婚をした相手だと……」
カツトシは、到ってマジメに、そう答えた。
「!!!!!!!!!、えっ~~~~~~~~!?」
ソウタは、これ以上は無いぐらいに驚いて、大口をあんぐりと開けて立ち竦む。
「――さて、では一旦、有志隊の陣に戻り、私を加えた策の相談と、出撃への支度と参りましょう♪、"未来の皇夫様♪"」
――と、カオリは楽しそうにそう言って、ソウタの肩に手を置き、指輪の意味という、衝撃的な『奇襲』を喰らい、すっかり固まってしまった彼を、引きずるように陣から出て行った。
「……」
「……」
――それを、黙って見送ったカツトシとシュウイチは、お互いに目を合わせ――
「――この戦を終え、オウクへと戻ったら……ソウタ殿は、イロイロと大変そうじゃなぁ」
「……ですね。
知らなかったとなれば――既に、ソウタ殿に想い人……いや、それに限らず、最早契っておられる方が居ても可笑しくは……」
――と、彼らは同情を込めた言い方で、ソウタの事を心配したのだった。
この、時にして、一時間弱の間に、二人の女性に告白された様な体のソウタ――タマの母が呟いたという、"シュラバ"の意味とは、こういうモノなのかもしれない。
「はぁ~……」
有志隊の陣に戻ったソウタは、先程手入れをしていた軽防具を身に着けながら、大きく溜め息を吐いた。
「――ったく、指輪が求婚って意味だなんて、ツツキの民にゃ、言ってくれなきゃ解らんだろうよ」
ソウタは、極々小さくそう呟き、防具を固定する紐を結んだところで、彼はサトコの様々な表情や言動を思い巡らせ、急に頬を赤らめる。
(――そりゃあ、サトコは美人だし?、頭も良くて良い娘だよ?
でも、それが、天下を背負って立つ、"皇様"だとなったら――庶民の俺が、恋愛感情なんて、抱くワケが無いだろぉ……)
ソウタは今度は頭を抱え、また大きく溜め息を吐いた。
「――くしゅんっ!」
御所の寝所で床に着いていたサトコは、思いがけずくしゃみをして、ふと起き上がって、ホウリ平原がある方向である、南側の欄間を見上げ――
(――皇軍の皆や、ソウタは……今、どうしているのでしょう?、雌雄が決したという報は、未だありませんし。
そんな折に、虫の知らせの様なくしゃみを催すだなんて……なんだか、イヤだわ)
サトコは、怪訝とした表情をして、その不安を振り払う様に床へ身を沈めた。
「――どうした?、体調でも悪いのか?」
ソウタにそう声を掛けたのは、側で背負った籠に矢の束を詰めているギンと――
「――大きい溜め息なんて吐いちゃって、どうかしたの?」
――見張りの任務が解かれ、出撃に向けて手甲を装着しようとしているタマだった。
「ああ、心配、掛けて悪りぃ」
ソウタは、虚ろな目線を二人に向け、生返事の様な詫びを言った。
「カオリと一緒に戻って来てから、元気無いよね――何か、あったの?」
タマは、心底心配した様で、発熱でもあるのかとソウタの額に優しく手を当てる。
「!、タッ、タマ!、大丈夫だから!」
――と、ソウタは恥ずかしそうにタマの手を払い、慌てて顔を背けた。
「あっ!、もぅ~!、告白したからって、そんなあからさまに意識するコト無いでしょぉ~!
ちゃんと、諦めたって言ったんだからぁ!」
――と、ソウタの態度から、変化を敏感に感じ取った違和感を、タマはストレートに言い放った!
「わっ!、バカ!、ギンが側に――」
ソウタは、隣に立つギンに目を向け、激しく動揺する。
「――ほぉ、タマ、ついに言ったのか?」
――だが、ギンは、いたってナチュラルに、タマの発言を受け入れていた。
「へ?、『ついに』ってコトは?」
「ああ、気付いていたし、本人からも、お前を慕っていると聞いている」
ギンは、雑談と対して変わらない言い方で、タマに恋バナの相談をされていた事を吐露する。
「――なんだよ、俺は"コッチでも"、道化を演じさせられてたってのか……」
そう呟いて、ソウタはまた大きな溜め息を吐く。
「"コッチでも"、と言う事は――溜め息のワケも、女絡みというコトか?」
ギンは、またも鋭い指摘で、ソウタの悩みの一端に辿り着く。
「相手は――共に帰って来たカオリ?
いや、道化に"されていた"と言うコトなら、あのスメラギとの事か?」
「――すげぇな。
お前、きっと――狩人よりも、向いている仕事があるよ」
ソウタは、鋭過ぎるギンの洞察力に感服し、何気に転職を勧めた。
「いや、寧ろ狩人ゆえよ……如何な"気配"にも敏感でなければ、勤まらん」
――と、ギンはそう言いながら微笑を浮かべる。
「バレちまってんなら、言うよ――俺、いつの間にか、サトコと結婚……する約束をしていたらしい」
ソウタは観念した様で、二人に溜め息の理由を明かした。
「――そうか」
「あっ!、やっぱりぃ~!、ふぅ~!、諦めて正解!」
ギンは、一言だけそう呟き、タマは、胸を撫で下ろした体で腹を擦る。
「アッサリ返したり、"やっぱり"とか……お前らも、知ってたのかよ?!」
二人の実に淡白なリアクションに、今はちょっと人間不信に陥っているソウタは、二人も共謀していたのかと疑う。
「――いや、知らずとも解るだろう?」
「そうそう!、有志隊の発足式の時、サトコの、大勢の傭兵の中から、ソウタを見つけた時の視線なんて――カンゼンに、"恋する乙女"だったモン!
アタシは、アレを観て、潔く諦める決心が出来たし」
ギンは、また淡白に返し、タマは発足式を思い出しながら、自分の心境の変化のきっかけも明かす。
「はぁ~……やっぱり、俺はトンだ道化だぜ」
――と、ソウタは自分の鈍感さに呆れながら、計4度目の大きな溜め息を吐いた。
「――お待たせしました!」
ソウタの大きな溜め息が止んだ頃、長い髪を後ろに束ね、皮の軽鎧を着て、深く頭巾を被った長身の兵士が、3人の下へ唐突にやって来た。
「ああ、ちゃんと着替えてきましたね」
ソウタは、すっかり意気消沈の状態だが、その長身兵の恰好を見やって返事をする。
「はい!、音が鳴ってしまう重い甲冑ではなく、軽量の皮鎧に着替え、武器は、目立って取り回しが効かない槍ではなく、太刀にせよ――との、ご指示どおりに」
長身兵は元気良く、また活き活きと楽しそうにソウタに返事をした。
「――どしたの?、カオリ、何か用?」
タマは、長身兵の事をそう呼んで声を掛ける。
「!!!!!!、なっ!?、何を言っているのかなぁ?、私は、大将様の手勢から、四人目として任じられたマタザと申す者――」
マタザと名乗る長身兵は、慌て気味にそう返す。
「――あっ、コイツらの鼻に、変装は通用しないっスよ?」
――と、ソウタはカオ……いや"マタザ"に、そう前置きをしてから――
「――ギンとタマに紹介しとくわ、四人目のメンバーの"マタザ"だってさ」
――少し、笑いを堪えながらギンたちに"マタザ"を紹介した。
もちろん、この"マタザ"という兵の名は偽名で、その正体はカオリである。
これは、自分の夜襲への参戦が問題になりそう事を悟っているカオリが、苦肉の策として言い出した、周りへのカモフラージュである。
「――やれやれ、道化はここにも居たのか」
ギンは、大きく口を開き、そう言って牙も現しながら苦笑した。
「さあ!、皆さん!、後方で爪を研ぐ鳳族たちを!、我ら四騎の精鋭で駆逐しましょうぞ!」
自称マタザは、高らかと鬨の声を挙げ、呆れた素振りの3人を鼓舞した。
カツトシも前に居る中、ソウタは矢継ぎ早に、奇襲攻撃のメンバーを、上官であるカオリに進言する。
「?!、たっ!、たった三人でぇっ?!、何人の鳳族が潜んでいるのか、解らないんですよ?」
かなり大雑把にまとめたソウタの進言に、カオリは呆れてそう返す。
「言いたいコトは解りますけど、ぶっちゃっけ"その策、見破ってるぞ!"って、思わせるだけでも成功だからねぇ。
それに、あの二人となら、俺も仕事を共にした事があるから、どんな風に動くかも決め易いし、この任務は――あくまでも、戦の本番じゃなくて、小競り合いの類。
そーいう任務なら、少人数で全員の生還を重視した編成の方が、効果的だと思うけど?」
ソウタは、実に的を得た指摘をして――
「たっ、確かに、そうかもしれませんがぁ……」
――と、カオリを論破して黙らせる。
「――でもっ!、それでは、私が参じれないではありませんか!」
カオリはいきなり、自分も奇襲部隊に加わりたいという、爆弾発言とも言える本音を口にした!
「はぁっ?!、アンタ、何を言って……」
ソウタは、眉間にシワを寄せながら困惑し――
「――カオリ!、お前は、ソウタ殿に任せると、たった今!、大将様のお尋ねに答えたばかりではないか!?」
――と、シュウイチは顔色を変えて激昂する。
「ふっ……」
そして、カツトシはまたも、楽しそうにニヤリと笑って顔を綻ばせた。
「戦支度をして、ココに着陣して八日余り――でも!、まったくと言って良いほど、敵軍との衝突は皆無。
ソコに、大将様から夜襲の指図を聞いてしまったら、武人としての血が騒ぐというモノ――ハッキリ言って、身体がうずうずしているのです!」
カオリはそう言いながら、ちょっとセクシーにさえ見えてしまう手つきで、自分の全身に纏う藍色の甲冑を撫で回す。
「だっ!、だからと言って、一隊の将に任じられたお前が、そう易々と夜襲に加わるなど……第一、武芸一辺倒のお前が、ソウタ殿たちを従えて、奇襲を采配しても――」
シュウイチはカオリをそう叱責し、安易な彼女の考えを首を傾げながら諌めようとする。
「――私の采配では、策を仕損じると言いたいのでしょう?、そんな事は百も承知!
それに!、大将様のソウタ殿に任せるという命を、了承したはずだとか、一隊の将が小競り合い程度にと言う者が居るというのも、これまた話は簡単!
私が!、ソウタ殿の机下に入れば良いコト!」
カオリは、頬を膨らませて、大きく胸を張ってそう言いきった!
「はぁっ?!、それ、本気で言ってんですかぁ~!?」
ソウタはもう一度、困惑の叫びを挙げ、呆れ気味にカオリに尋ねた。
「もちろん!、マジもマジです!」
カオリは、力強くそう言ってから――
「――ソウタ殿!、この不肖な女子も、机下に加えて頂きたく――」
――と、跪いて、深々と地面に低頭した。
「いやいや!、皇軍から遣わされた将を、しかも、八つも年上の御人を――顎で使う様なコト、常識的にマズ過ぎでしょう?!
それに、何よりまず!、俺に対して畏まって、仕えているみてぇな、その態度は止めてよ!」
ソウタは困りきった表情で、跪くカオリに懇願する。
「ふっ……その様な些細な事など、気にする必要はありませんよ」
カオリはそう言って、ソウタの懇願を一蹴し、面を上げて彼の左手――人差し指に光る、金糸龍の指輪を見詰める。
「――それに、この態度とて、少し気が早いだけだと存じますが?」
――と、ニヤリと笑って、からかう様な言い方でそう言った。
「気が早い?、一体、なんのハナシ……?」
ソウタが、カオリのそのセリフに、更に困惑を深めていると――
「――とぼけずとも良いのですよ~♪
ソウタ殿――いえ、ソウタ『様』が、いずれ、皇夫となる御方だという事は、皆が知っている事なのですから♪」
――と、またも彼の問い掛けを、彼女は一笑に伏して得意気に言った。
――"皇夫"とは、文字どおり、"皇の夫"という意味である。
「?!、俺が皇夫様になるだってぇ!?、いくら俺がサトコ――いや、皇様の男友達だからって、発想が幼稚過ぎ、飛躍し過ぎでしょうよ!」
ソウタは、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、次期皇夫であるという話を真っ向から否定する。
「ん?、もしや、ソウタ殿……皇様から、直に求婚されたワケではないのか?」
『――アレッ?』
――という体で、ソウタに尋ねたのはカツトシである…
「へっ?!、大将まで、そんな幼稚な戯れ言を信じてるんですかぁ?!」
この場における、理性の、知恵の象徴の様なカツトシまでもが、"次期皇夫=ソウタ"という、ソウタからすれば、ありえない論旨を信じている事に驚く。
「――いや、ワシも、コウオウ生まれではないので、伝え聞いた程度ではあるが――皇様から、金糸龍の指輪を遣わされた男子とは、皇様が求婚をした相手だと……」
カツトシは、到ってマジメに、そう答えた。
「!!!!!!!!!、えっ~~~~~~~~!?」
ソウタは、これ以上は無いぐらいに驚いて、大口をあんぐりと開けて立ち竦む。
「――さて、では一旦、有志隊の陣に戻り、私を加えた策の相談と、出撃への支度と参りましょう♪、"未来の皇夫様♪"」
――と、カオリは楽しそうにそう言って、ソウタの肩に手を置き、指輪の意味という、衝撃的な『奇襲』を喰らい、すっかり固まってしまった彼を、引きずるように陣から出て行った。
「……」
「……」
――それを、黙って見送ったカツトシとシュウイチは、お互いに目を合わせ――
「――この戦を終え、オウクへと戻ったら……ソウタ殿は、イロイロと大変そうじゃなぁ」
「……ですね。
知らなかったとなれば――既に、ソウタ殿に想い人……いや、それに限らず、最早契っておられる方が居ても可笑しくは……」
――と、彼らは同情を込めた言い方で、ソウタの事を心配したのだった。
この、時にして、一時間弱の間に、二人の女性に告白された様な体のソウタ――タマの母が呟いたという、"シュラバ"の意味とは、こういうモノなのかもしれない。
「はぁ~……」
有志隊の陣に戻ったソウタは、先程手入れをしていた軽防具を身に着けながら、大きく溜め息を吐いた。
「――ったく、指輪が求婚って意味だなんて、ツツキの民にゃ、言ってくれなきゃ解らんだろうよ」
ソウタは、極々小さくそう呟き、防具を固定する紐を結んだところで、彼はサトコの様々な表情や言動を思い巡らせ、急に頬を赤らめる。
(――そりゃあ、サトコは美人だし?、頭も良くて良い娘だよ?
でも、それが、天下を背負って立つ、"皇様"だとなったら――庶民の俺が、恋愛感情なんて、抱くワケが無いだろぉ……)
ソウタは今度は頭を抱え、また大きく溜め息を吐いた。
「――くしゅんっ!」
御所の寝所で床に着いていたサトコは、思いがけずくしゃみをして、ふと起き上がって、ホウリ平原がある方向である、南側の欄間を見上げ――
(――皇軍の皆や、ソウタは……今、どうしているのでしょう?、雌雄が決したという報は、未だありませんし。
そんな折に、虫の知らせの様なくしゃみを催すだなんて……なんだか、イヤだわ)
サトコは、怪訝とした表情をして、その不安を振り払う様に床へ身を沈めた。
「――どうした?、体調でも悪いのか?」
ソウタにそう声を掛けたのは、側で背負った籠に矢の束を詰めているギンと――
「――大きい溜め息なんて吐いちゃって、どうかしたの?」
――見張りの任務が解かれ、出撃に向けて手甲を装着しようとしているタマだった。
「ああ、心配、掛けて悪りぃ」
ソウタは、虚ろな目線を二人に向け、生返事の様な詫びを言った。
「カオリと一緒に戻って来てから、元気無いよね――何か、あったの?」
タマは、心底心配した様で、発熱でもあるのかとソウタの額に優しく手を当てる。
「!、タッ、タマ!、大丈夫だから!」
――と、ソウタは恥ずかしそうにタマの手を払い、慌てて顔を背けた。
「あっ!、もぅ~!、告白したからって、そんなあからさまに意識するコト無いでしょぉ~!
ちゃんと、諦めたって言ったんだからぁ!」
――と、ソウタの態度から、変化を敏感に感じ取った違和感を、タマはストレートに言い放った!
「わっ!、バカ!、ギンが側に――」
ソウタは、隣に立つギンに目を向け、激しく動揺する。
「――ほぉ、タマ、ついに言ったのか?」
――だが、ギンは、いたってナチュラルに、タマの発言を受け入れていた。
「へ?、『ついに』ってコトは?」
「ああ、気付いていたし、本人からも、お前を慕っていると聞いている」
ギンは、雑談と対して変わらない言い方で、タマに恋バナの相談をされていた事を吐露する。
「――なんだよ、俺は"コッチでも"、道化を演じさせられてたってのか……」
そう呟いて、ソウタはまた大きな溜め息を吐く。
「"コッチでも"、と言う事は――溜め息のワケも、女絡みというコトか?」
ギンは、またも鋭い指摘で、ソウタの悩みの一端に辿り着く。
「相手は――共に帰って来たカオリ?
いや、道化に"されていた"と言うコトなら、あのスメラギとの事か?」
「――すげぇな。
お前、きっと――狩人よりも、向いている仕事があるよ」
ソウタは、鋭過ぎるギンの洞察力に感服し、何気に転職を勧めた。
「いや、寧ろ狩人ゆえよ……如何な"気配"にも敏感でなければ、勤まらん」
――と、ギンはそう言いながら微笑を浮かべる。
「バレちまってんなら、言うよ――俺、いつの間にか、サトコと結婚……する約束をしていたらしい」
ソウタは観念した様で、二人に溜め息の理由を明かした。
「――そうか」
「あっ!、やっぱりぃ~!、ふぅ~!、諦めて正解!」
ギンは、一言だけそう呟き、タマは、胸を撫で下ろした体で腹を擦る。
「アッサリ返したり、"やっぱり"とか……お前らも、知ってたのかよ?!」
二人の実に淡白なリアクションに、今はちょっと人間不信に陥っているソウタは、二人も共謀していたのかと疑う。
「――いや、知らずとも解るだろう?」
「そうそう!、有志隊の発足式の時、サトコの、大勢の傭兵の中から、ソウタを見つけた時の視線なんて――カンゼンに、"恋する乙女"だったモン!
アタシは、アレを観て、潔く諦める決心が出来たし」
ギンは、また淡白に返し、タマは発足式を思い出しながら、自分の心境の変化のきっかけも明かす。
「はぁ~……やっぱり、俺はトンだ道化だぜ」
――と、ソウタは自分の鈍感さに呆れながら、計4度目の大きな溜め息を吐いた。
「――お待たせしました!」
ソウタの大きな溜め息が止んだ頃、長い髪を後ろに束ね、皮の軽鎧を着て、深く頭巾を被った長身の兵士が、3人の下へ唐突にやって来た。
「ああ、ちゃんと着替えてきましたね」
ソウタは、すっかり意気消沈の状態だが、その長身兵の恰好を見やって返事をする。
「はい!、音が鳴ってしまう重い甲冑ではなく、軽量の皮鎧に着替え、武器は、目立って取り回しが効かない槍ではなく、太刀にせよ――との、ご指示どおりに」
長身兵は元気良く、また活き活きと楽しそうにソウタに返事をした。
「――どしたの?、カオリ、何か用?」
タマは、長身兵の事をそう呼んで声を掛ける。
「!!!!!!、なっ!?、何を言っているのかなぁ?、私は、大将様の手勢から、四人目として任じられたマタザと申す者――」
マタザと名乗る長身兵は、慌て気味にそう返す。
「――あっ、コイツらの鼻に、変装は通用しないっスよ?」
――と、ソウタはカオ……いや"マタザ"に、そう前置きをしてから――
「――ギンとタマに紹介しとくわ、四人目のメンバーの"マタザ"だってさ」
――少し、笑いを堪えながらギンたちに"マタザ"を紹介した。
もちろん、この"マタザ"という兵の名は偽名で、その正体はカオリである。
これは、自分の夜襲への参戦が問題になりそう事を悟っているカオリが、苦肉の策として言い出した、周りへのカモフラージュである。
「――やれやれ、道化はここにも居たのか」
ギンは、大きく口を開き、そう言って牙も現しながら苦笑した。
「さあ!、皆さん!、後方で爪を研ぐ鳳族たちを!、我ら四騎の精鋭で駆逐しましょうぞ!」
自称マタザは、高らかと鬨の声を挙げ、呆れた素振りの3人を鼓舞した。
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三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
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