流れ者のソウタ

緋野 真人

文字の大きさ
上 下
39 / 207
緒戦

見張り塔にて

しおりを挟む
有志隊の陣の周りはとっぷりと暮れ、夜闇を照らす松明の明かりだけが目立つ。

「――ソウタ殿!」

その松明の明かりを頼りに、小手だとか胸当てだとか、皇軍から支給された軽防具の手入れをしているソウタに、カオリが声を掛けて来た。


「おおっ……武具の手入れですかぁ、関心ですね」

カオリは、ニコニコと楽しそうな笑顔を見せながら、実に自然にソウタの手を握る。

その、やたらと積極的なスキンシップに、ソウタはちょっとだけ驚きながら、手入れの手を止め――

「――カオリさん、どうかしました?」

――と、少し遠慮を込めた言い方で尋ねた。


「ん?、ああ――ちょっと、お願いしたい事がありまして」

カオリは、ソウタとは目を合わさず、彼の身体を舐め回す様に凝視しながら、名残惜しそうに握った手を離した。


――カオリが今、何を一番気にしているのかと言えば……何を隠そう、ソウタの事である。

もちろん、有志隊の仲間であるコトが主ではあるが、もっと"個人的な"感情があるのだ。


『あ~!、ま~たソウタのヤツ、この女武者までもいつの間にか誑し込んじゃったのかよ』

――と、カオリの何ともアヤしい素振りと、これまでのこのハナシの流れからすれば、そう思われるのは当然であるが……カオリが、ソウタに対して芽生えている感情とは、色恋沙汰の類ではない。


彼女のソウタに対する感情――いや、"興味"とは、彼の強さの方だ。


『スヨウの国境警備隊員、三十有余名と、たった一人で立ち回り、全滅までもさせた猛者が、義兵隊に参じるらしい』

――というウワサが、義兵募集が発布された後、カツトシの周辺から皇軍内を駆け巡った。


そのウワサを聞き、カオリは、その義兵の事に興味を持ち、そのウワサを探る中――その者は、御前会議にも呼ばれた"指輪の君"であるというコトを突き止め、会議に参じていた直属の上官、コウオウ第一軍の軍団将、エリカに――

「一軍将様!、御前会議に現われた"指輪の君"が、ウワサの義兵だというのは……本当でしょうか?!」

――と、興奮気味に尋ねた。

「ええ、本当よ」

「でっ!、では――会ったのですね?、どの様な御仁で?」

カオリは、目を爛々と輝かせ、重ねてその感想を問うた。

「武人が見たならば、一目見ただけで、その強さが染み出して見えてくる――そんな若者だったわね。

流者の戦士という所からイメージしがちな、荒々しい物越しは全く無くて、そうね……言うならどこか、我らとは違う境地に立っている雰囲気まで感じたわ」

そんなエリカの評に、俄然興味が膨らむカオリへ、彼女はトドメとばかりに――

「――来年の大武会に、もしあの者が参じたらば、あなたもウカウカしていられないわよ?」

――と、ライバル心を焚きつける様な言葉までも贈ったのだった。


("指輪の君"――いいえ、ソウタ殿と、一度で良いから、試合しおうてみたい――)

――という、アスリート的な意味で今、カオリはソウタに夢中なのである。


それ故、筋肉の付き方などを吟味するが如く、積極的なスキンシップに及んでいるのだった。


「――頼みたいコトって、なんスか?」

ソウタはそう言って、用向きをカオリに尋ねた。

「ええ、実は、コレなんですが――」

カオリが小脇から差し出したのは、小さな帯に提げるタイプの竹籠だった。

竹籠の中には、握ぎり飯が2つ入っている。

「これって、携帯用糧食の……俺はちゃんと、支給されたモノを食べましたけど?」

ソウタは、不思議そうな顔をして、もう一度尋ね返す。

「はい、それは承知です。

これは、タマさんに渡しそびれたと、物資方から私が受け取った物で……」

「へ?、じゃあ――あの食いしん坊が、飯を貰うのを忘れて、見張り塔に昇ったってコト?!」

驚くソウタのリアクションを見ながら、カオリは大きく頷く。

「空腹で、見張りに疎かが出てはいけませんから、これを見張り塔に届けて頂けませんか?」

――と、カオリは申し訳なさそうに言い、陣に高く聳える梯子の上の、簡素な小屋を見上げる。

「うっ、受け取った私が届けるのが筋なのですがぁ……何分私は、恥ずかしながら、高い場所が苦手でして……」

カオリは頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯く。

「へぇ、意外っスね……普段から、皆を頭一つは見下ろしているのに」

――と、ソウタはからかう様につぶやく。


――最初に触れた様に、カオリは女性ながら背が高い。


現実のメートル法に準えるなら、180cmは悠に越す、バスケットボールやバレーボールの女子選手をイメージするのが適当な背格好である。

ソウタの言葉どおり、ツクモのヒト(※人間種)の成人男性の平均身長が、現実に準えると170cm弱なので、大概の男は彼女に見下ろされてしまうのだ。


「――私だって、好きで見下ろしているワケではありませんよぉ!

この身長で、どんなに若い頃は悩んだ事か……」

カオリは、恥ずかしさで紅色に染めた頬を、今度は膨らませてソウタに抗議する。

「はは♪、すんません。

でも、高いトコが苦手って割に、馬には上手に跨ってましたよね?」

ソウタは、記憶を探る素振りを見せ、話題を少し変える。

「克服を図っても、鞍上までがギリギリでしたね。

それ以上だと、眼下を覗くと震えが止まらなくなり、武人にあるまじき言動を、喚き散らす醜態を晒した過去があります……」

カオリはまた、恥ずかしそうに俯いた。

「へぇ、天下に名高い"皇軍の女傑"にも、ニガテな可愛いトコがあるんスねぇ」

ソウタは『何気無く』そう言って、手入れしていた防具を側に置く。

「?!、えっ!、かっ!、可愛――っ?!」:

カオリは、そのソウタの『何気無い』一言に、激しく狼狽する。


「――じゃ、食いしん坊猫娘に、握り飯を届けてきますかね」

狼狽しているカオリに構わず、竹籠をヒョイとくすねたソウタは、行き掛けにも――

「――別に、身長高いコトは悩むコトじゃないでしょ?、逆に、見た目が映えて、キレイなんじゃないっスかねぇ?

それに"まだ"、二十八で"若い頃"は言い過ぎっスよ」

――と、これらの発言にも『何気無く』、感想を吐露して、トボトボと歩いて行った。


――夜闇を照らす、松明の火よりも赤く、顔面を紅潮させたカオリは、振り向いてソウタの後ろ姿を凝視して――

(皇様の、ソウタ殿への態度は、正気を失われたかと思う程だと、キヨネ様は仰っていた――そうなってしまうお気持ちが、少し、解った気がする。

ああ!、こんな思いをしてしまったら!、もし、大武会でソウタ殿とまみえた際は――平常に対峙出来なくなってしまいそうだぁ~っ!)

――と、心中で悶絶して、ゴクリと深く生唾を呑み、身体を小刻みに震わせた。


カオリの気付いた点には……語り手も激しく同意したい。





「――う~!、お腹空いたなぁ……」

見張り塔の上、一人が座るのがやっとな小屋で、タマは空腹に耐えながら、陣の周辺を見渡していた。


「何で――アタシは、おにぎりを忘れちゃうかなぁ?

交代が来ないと、塔から降りちゃダメだから、取りに行けないのにぃ~!」

糧食を下に忘れた事を悔いながら、タマは大きく溜め息を吐く。


「――お~いっ!、ソコの食いしん坊猫娘!」

――という声が、梯子の下から聞こえてきた。

「へっ?」

タマが、不思議そうに梯子の下を覗くと、糧食用の竹籠をぶらりと振るいながら、こちらを見るソウタの姿が見えた。

「――えっ?!、ソウタぁ!、その持ってるモノってぇ、もしかしてぇ――」

タマは、マジメな険しい表情を眼下に向け、その竹籠の中身に興味を示す。

「――ああ!、お前の忘れた糧食メシ!、頼まれて持って来たぞぉ!」

ソウタはそう叫んで、梯子に手を掛ける。

「――よかったぁ~~~!」

――と、タマは安堵の声をつぶやき、口を開けて天を仰いだ。


――

――――


――狭い見張り小屋の中で、タマの握り飯を咀嚼する音が響く。


「――ったく、お前には、メシを喰わせてばっかな気がするぜ」

北に向く、タマと背中を会わせ、食事中の彼女に代わって南側の周りを警戒しているソウタは、愚痴を溢す様にそう言った。


「えへへ♪、ホントそうだね♪」

タマは、笑みを浮べながら、二個目の握り飯へと手を伸ばす。

「アタシって、ソウタに食べさせて貰う運命なのかもねぇ~♪」

タマは、何気無くそう呟き、二個目を咀嚼し始める…

「――つ?!、ゴホッ!、ゴホッ!!おっ!、お前!、いきなりナニを……」

ソウタは珍しく狼狽して、激しく咳き込む。

「――どしたの?、ソウタ……あっ!、もしかしてぇ、"お嫁に貰って欲しい"って、言ったかと思った?」

タマは、いたずらっぽくそう言って、ニヤリと笑って見せる。

「……」

ソウタは、コレも珍しく照れて見せ、答えに困る。

「えへへ♪、そういやヒトは、夫婦つがいになる時、男の方が"お前を養う!"って、求愛口説くモンだって、草子ほんにも書いてたモンね」

タマはそう言って、手早く二個目を食べ終え――

「――ホントの事を言うとね、アタシ……ソウタの事、好きだよ」

――と、頬を赤らめながら、アッサリとした口調で言った!

「!!!!!!!!、おっ!、おまっ……!」

ソウタが、言葉を詰まりながら応じる前に、間髪入れずタマは――

「えへ♪、言っちゃった……ね♪

でも、気にしないで?、アタシは……諦めなくちゃダメだもん。

"ヒトと"じゃ、"種間の禁忌"があるしね……」

――と、寂しそうにそう呟き、また天を仰いだ。


"種間の禁忌"とは、ヒトと亜人種や異なる亜人種同士の"交合"――つまり、人種を超えてセックスを交わす事を表す言葉である。

ヒトと亜人種の交合は――物理的にも難しいレベルの対格差が生じているなどの例を除いて、可能である。


元々、ツクモにおける『亜人種』の定義とは『獣の特性や特殊な外見を持ちながら、二足で歩行し、人間と同一の生殖器を有する動物』だからだ。

それを"禁忌"という、物騒な表現で呼ぶ理由は――ツクモに人種間の紛争がほぼ無くなり、人種を超えた結婚が増え始めた頃、クリ社がツクモ中に発表した"ある事実"に由来する。


ツクモの歴史上、最初の"種超結婚"は――それこそ、ヒトの男と猫族の女の間で、数千年前に交わされたと言われている。


だが、その夫婦の間に子供が出来ず、種を超えたハーフの誕生には至らなかった。

そして、その後も――種超結婚の夫婦から、懐妊の報がまったく現われない事が社会問題となり、それを憂慮したクリ社は医学者を総動員して、その理由を追求し、導き出した一つの結論が『交合は可能だが、子孫を残す事は叶わないと思うしかない』というモノだった。

――故に、法的な束縛こそは無いが、種超結婚は、子孫を諦める覚悟を持てない限り、気軽におこなってはならないというのが、ツクモ世界の常識である。


それを"種間の禁忌"や"血脈への呪い"と、表する者もいるのだ。


「――コケツに生まれた以上、子供を諦めるワケには、行かないもん」

竹籠を片付けながら、タマは達観した様にそう言う。

「俺の――どこに惚れたって言うんだ?」

ソウタは、言葉を選んで、恥ずかしそうに頬を赤く染めたまま尋ねる。


背中合わせのタマは、そのソウタの問いに少し、驚いた表情を見せて――

「――やっぱ、優しいねぇ、ソウタはさ。

『お前みたいな幼女が、ナニを言い出したんだよ!』

――とでも、茶化してくれた方が、楽なのになぁ……」

――続けて、微笑を見せてそう言う。


「……バカ野郎。

そう言って欲しかったんなら、真剣な声音で、言うんじゃねぇよ……」

ソウタは、気を紛らわそうと、遠目に辺りを見渡しながら、ふぅと小さく溜め息を漏らす。

「――だね、ソウタのどこが好きか、だっけ?」

タマは、聞き返す素振りを表すが、ソウタの返答を待たずに――

「それも、コケツの女だからだね――"ソウタとの子供なら、強い子を産めそう!"って、手合わせした時に思ったのが最初かなぁ?、ロマンチックじゃなくてゴメンね?」

――と、小さくクスクスと笑い声も交えながら言った。


タマはさらに、記憶を辿る様に空を見上げ――

「――の、割には……オウクに"彼女が居るらしい"と思ったら、急にヤキモチが妬けて来ちゃって……それで、その彼女を見てみたいって、駄々をこねたんだよねぇ~!」

――と、自らを茶化す様に言う。


「ホント、気にしないで――ていうか忘れて!、思わず言っちゃったのが、恥ずかしいぐらいなんだからっ!

コケツの女が、ヒトの男に恋して、諦めたってハナシは多いし……かく言うアタシの母さんも、若い頃にそーいう経験したとか聞いてたし、コケツで一番人気がある草子も、そーいうジャンルだし――ソレに憧れただけってトコもあるんだからぁ!」

タマは、バタバタと両手を振りながらそう言って、気まずそうに目線を遠くに向ける。


「――あれ?」

――と、タマは逸らした目線の線上に映る、微かにうごめく草原と、その草の上に映える朱色の"何か"に目を奪われ――

「……なんだろ?、アレって」

――と、つぶやいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...