流れ者のソウタ

緋野 真人

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緒戦

疑惑の妖面

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「――おう、ご苦労……"小姓頭"殿とは、出陣式以来じゃなぁ」

マサノリは、まずは牽制の意図を纏う、当たり障りの無い挨拶で、シゲマルたちに対して口火を切る。


「はっ!、三軍将様、覚えておいて頂き、光栄に存じます……」

シゲマルは畏まって、深々とマサノリへ向けて低頭する。


先の大戦、コクエ内戦への干渉――それら名立たる軍歴が示すとおり、スヨウ軍内に置いて、マサノリの存在は言うなれば、今だ現役でありながら、伝説的な英傑でもあるという逸物――光栄というのも、強ち世辞ではない。


「――して、こっちは見ない顔じゃなぁ?」

続いて、マサノリは、ユキムネの方に目をやる。

「はい――お初にお目に掛ります。

まだ、仕官して、一年にも満たない若輩者にて……知らずとも、当然にございましょう」

――と、ユキムネは、シゲマルに従う様に頭を垂らし、能面でどこを見ているのか解らない様で、丁重な挨拶をする。

「――この様な、面を着けたままのご挨拶は、失礼の極みかとは存じますが……何分、流者の折、先のコクエ内戦に義兵として参じ、顔に深い傷と大火傷を負いましてな……寧ろ、素顔の方が返って失礼となりそうな程、悪鬼羅刹の如き醜態な顔と成っております故――此度の失礼、ご容赦願いたく……」

――と、恐らく、自己紹介のテンプレートとなっているのであろう、面の件もキチンと言ってのけた。


「ほう、そうか。

お主は、コクエの内戦に参じておったか……」

「はい、ですから、スヨウでの軍歴は若輩であっても、年は食っておりますので、若くはないのでございます」


初見の者の腹を探る様なマサノリと、それを笑い話で誤魔化そうとするユキムネ――たわいの無く見えても、実は高次元の駆け引きが展開されている、そのやり取りを、横から見ているリノは――

(――この人、面のコトだけじゃなく、すっごくアヤしい感じで……イヤだなぁ)

――と、嫌悪の目線をユキムネに送る。


「――おや?、横に居るのは『三軍の華』と巷で謳われる、副将のリノ様ですなぁ?」

そう、嫌悪の目線に応じる様に、ユキムネがそんな世辞を交えながら、面をリノに向けた、その時、ザワッとした、面から迸る様な更なる嫌悪感に気圧され、彼女は思わず後退りをした。

「……もしや、ご機嫌が優れませんかな?」

ユキムネは、心配そうなに丁寧な文面の語り口をしているが、面越しに聞こえる声が、ねっとりと纏わり付く様にイヤらしく聞こえ、面で表情が見えないトコロが、さらにアヤしさを助長している。


「――ゴホンッ!、時に、小姓頭殿、陣に立ち寄った用件は……なんじゃ?」

困った様子の義理の娘を援護する様に、マサノリは話題を変えようとシゲマルに問うた。

「大方――御家方様が、我らの遅行にご立腹ゆえに、そなたを使わしたのであろう?」

マサノリは、先手を打つかの様に、先程までリノと語っていた、使者かれらへの監視役疑惑を、真っ向からぶつけた!


(うわぁっ!、おじいちゃん……ハッキリ言い過ぎじゃないのぉ~?)

リノは、大胆不敵な義父の胆力に驚いて目を見張る。


「――いいえ、短気な御家方様とて、易々と皇軍が降るとは思っておりませぬ。

此度の我らの参陣は、私が以前から命じられております、軍記編纂のための取材でございます」

シゲマルは、懐から帳面を取り出し、それをマサノリに見せた。

「――そうか、小姓頭殿が、御家方様の側衆に任じられたのは……その役目のためじゃったなぁ」


――シゲマルが、近衛部隊から、小姓へと転属となった経験を持つのは、以前のノブタツのセリフにあったが……その理由というのが、この軍記編纂の命である。

シゲマルは、他の近衛衆との雑談中に――

「――我らがスヨウに伝わる、軍記や逸話は、巷の作家や書き記した者の私見が濃いモノばかりで、歴史資料としての価値は、他国に大きく劣ると聞く――国家レベルで、それを正す時が来ていると、私は思っている」

――と、熱弁を奮っていた所を、偶然、それを見聞きしていたノブタツに――

「――ならば、お前が、それを成してみよ、我の側でな」

――と、半ば勅命の様に言われ、今日の立場となった経緯があるのだ。


「――此度のコウオウ遠征は、歴史上の転換期となる戦なのは必至ですので、取材のための御暇を欲していたのですが、小姓としての任もあるため、伝え聞くしかないと思っていた所――陣中見舞いという形での派遣が、許されたのでございます」

シゲマルは、もう一度深く低頭して、参陣理由を説明する。


「私は、一軍の軍師を任せて頂いておるので、シゲマル殿の護衛を兼ねて、三軍将様の軍略の冴えを、拝見させて頂ければ、良き後学となるであろうと、付き従って来た次第でして……」

ユキムネは、やっぱりイヤらしい物言いで、自分の場合の理由を並べた。

「――そうか、では、しばらく、陣に留まるのじゃな?」

「はっ――後方での物見遊山であるのは、大変心苦しいですが……」

シゲマルは、口惜しそうにそう言って、陣での滞在をマサノリに願い出た。

「……解った。

二人の寝床は、早々に用意させる――だが、旅から着いたばかりで悪いが、明朝――我らは"総攻め"に掛かるため、直ぐに後方まで退いて貰わねば成らぬ……それでもよろしいかな?」

マサノリは、表情を険しくして、シゲマルたちに通達する。

「明朝――?!、その様な時に、ご迷惑な事をお願いして……本当に、申し訳ございませぬ」

シゲマルは、更に深く頭を下げ、身体を振るわせて侘びを述べる。

「――構わぬよ。

さて、退いて貰う前に、軍記編纂と軍略の後学を望んでと申すのなら――此度の我が軍の策も、気になるのであろう?

リノ――ホウリ平原の周辺図を開いて、二人に説明してやれ」

「……はい。

では、こちらで――」

リノは、斥候が簡素に造った、周辺図を机に開き、テキパキと両軍の位置取りを示す駒を図の上に置いた。


「――南側に陣を敷く、赤い駒が我々……北側にある小高い丘に着陣したのが、白い駒の皇軍です。

このまま我らが、皇軍を無視して、街道を進もうとすると――」

リノは、そこまで言って、赤い駒を街道沿いに並べ、次に白い駒を手にする。

「――皇軍に、横槍を入れる隙を献上してしまう事となり、甚大な被害を被るは必至……かと言って、丘を駆け上がって、先に敵陣の殲滅を図ると――」

リノが駒を並べ直して、次の解説を言おうとしたトコロに――

「――丘は、意外と急峻で、唯一緩い部分には、皇軍が守りを固めている……故に、行けば横槍、攻むれば強固と、ラチが開かない状況なのですなぁ?」

――ユキムネが割って入り、先に言わんとしているコトを言われてしまった。

「――えっ!、ええ……そのとおりです」

リノは、渋柿でも喰った様に、明らかにイヤな顔を見せる。


「ほぉ?

流石は、一軍の軍師へ配された事があるのぉ……駒の配置と、地形を眺めただけで、状況をピタリと当てるとは」

マサノリは腕を組み、本気で感心した素振りをする。


「いえいえ――単なる"昔取ったなんとやら"でありますよ」

ユキムネは、そう謙遜して、面の下に指を入れて、照れた様にこめかみを掻く。


「――というコトは、お主……内戦時にそれなりの立場に居た者だというコトか?、軍団の指揮に関わる様な……」

――と、マサノリはユキムネの素性を探る様な問いをした。

「!、それは……」

――今まで、"人を喰った"様な物言いばかりをしていたユキムネが、明らかに動揺した素振りの返事をした。


(こやつ――この問いに動揺するというコトは、何やら"知られては困る過去"でも、持っておるのか?

その様な者を……御身を守る、一軍に置くなどと――やはり、ノブタツ様の最近のご意思は計りかねる)


「――ゴホンッ!、指揮を執る様な、大そうな立場ではありませんでしたよ。

ただ――軍略には興味がありましてね。

戦後――旅の流者として放浪する中、軍記書物を拝見したり、古戦場を巡ったりをしたモノで、"知識だけ"が、一丁前なのです。

そこを買われて、国守様から仕官の誘いを頂けたのは、至極な幸運でありました」

ユキムネは、饒舌にそう返して、先程の動揺をはぐらかそうとして――

「――時に三軍将様、この状況で敵陣への"総攻め"と、仰るという事は……敵方の主力である前衛を足止めして封じ、手薄となる他方から、敵本陣へ突撃を掛ける――という策ですかな?」

――と、具体的な策の話に持って行こうとする。


(ふん……まあ良い。

戦場ここで、ヤグリ城内の事を案じても、詮無き事――まずは、この任を終える事に、心血を注ぐのが肝要というモノ)

はぐらかしは見え見えだったが、マサノリはあえて、ユキムネを怪しむ事を一旦止めて――

「そうじゃ……故に今、夜闇を突いて、こちらの主力ほんめいを、丘の北側に配しておる所じゃ」

――と、策の説明に終止する事にした。


「――ですが、確か、この丘の北側は……絶壁に等しい故に、こちらから敵の本陣まで、歩兵が昇るのは無理――弓矢や界気に因る、遠距離攻めだけでは……敵陣を瓦解させる前に、こちらの前衛が持たないでしょう?」

ユキムネは、マサノリの策の穴を、明確に突いて論破を企む。

「本当に、よく見とるわい……それに、何故、丘の北側が絶壁だと知っておるのだ?」

マサノリは、舌を巻きそうになるほど的確な、ユキムネの指摘を素直に受け入れ、どうしてこのホウリ平原に土地勘があるのかと問うた。

「はっ、これも流者の頃――このホウリ平原には、幾度も通っておりましたし、その度に丘の絶壁を目にしておりました故……」

ユキムネは、地図の丘の部分を指差し、街道の部分へと指をなぞらせる。

「それに、"もしも、スヨウと皇軍の戦となったら”――などという絵空事を思い浮かべ、そうなったら、ココでこの様な陣容に……などと、妄想した事などもありまして。

それがまさか、目の前に居る三軍将様の差配で行われているとなると……内心、先程から身震いしておりますよ」

言動に余裕が戻ってきたユキムネは、さらに饒舌になってイヤらしい声を響かせる。


「――して、その様な妄想に耽る輩ならば、何を本命しゅりょくに、丘上の本陣を攻むる?」

マサノリは、ユキムネを試す様な問答を仕掛ける。

「……それが、見当も付かない故、尋ねさせて頂いているのです。

三軍将様、どうか勿体ぶらず……」

ユキムネは、アッサリと降参のポーズをして正解を欲した。


「――スヨウわが軍、だからこそ取れる策――鳳族たちの"飛翔部隊"を使うのじゃよ」

マサノリは得意気に、地図上に置いた赤い駒を手に取り、丘の部分に置いた白い駒に上から乗せた!


「――!!!、なるほどぉ……飛翔部隊ならば、絶壁など無いに等しい――ですが、三軍のみならず、人口比率でも減少著しい、鳳族は武人に限らず希少な人材ですぞ?

三軍所属の鳳族は、確か――」

策を聞いたユキムネは、感嘆の声を挙げたが、しっかりと策の穴だと言える人員不足を突く。


「それはもちろん承知――三軍所属の鳳族、四十五名を全員、この一隊に集結させ、北側の茂みに向わせておる。

夜明けを待ち、戦がある程度進んでから……伏兵に因る奇襲の形で、飛翔部隊が敵本陣を背後から突けば、敵方は浮き足立って、数の不利は帳消し出来よう」

マサノリは、自身に満ちた表情でそう言った。

「ふむ――そうでしたら、確かに、皇軍は鳳族の飛翔など見た経験はほぼ皆無でしょうし、試合武術が練兵の主であるが故、臨機に欠けるは必至……それを思えば、これ以上は無い布陣ですなぁ。

流石は三軍将様、感服致しまする……」

説明を詳細まで聞き終え、ユキムネは納得した様に深々と低頭した。


マサノリとユキムネが、軍略談義を交わしていた横で、策の説明をメモしていたシゲマルは、メモ取りの手を止め――

「――よく解りました。

では、私たちは、そろそろ失礼致します」

――と、別れの挨拶を始めた。

「小姓頭殿、どうじゃ?、軍記のネタになるかの?」

マサノリは茶化す様な言い方で、シゲマルに感想を問う。

「はい、後は、スヨウわが軍の武運兆級を願い、影から戦の様子を見させて頂きます」

「うむ、執筆の際には、格好良く書いてくれ!、わっはっはっはっ!」

マサノリは高らかに、また豪快に笑って見せ、もう一度、丘の上のカツトシの陣を見上げた。
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