流れ者のソウタ

緋野 真人

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知り過ぎた者たち

発見

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「――レンという娘だ、心当たりは無いか?」

「――知らないねぇ、他を当たってみたら?」

娼街で聞き込みを続けているヨシゾウとサスケは、コレと言った情報を得られず、何度もこのやり取りをくり返していた。


「はぁ……また、ダメでしたね」

途方に暮れた様な気持ちで、サスケは大きな溜め息を吐く。

「う~ん……そろそろ、宿を取る手筈も着けねばならない時分だしな。

明日、探索地域を拡げて――」


――ぐぅ~……


――言い掛けたトコロで、ヨシゾウの腹の虫が鳴いた。


「――あっ、すまん」

ヨシゾウは恥ずかしそうに、怪訝な顔を造って腹を撫でる。

「いえ、今日中にオウビでの捜索を始めたいと、昼食を抜いて足を速める事を提案したのは私ですから、何かを言えた立場ではありません」

サスケは目線を外して、申し訳なさそうに言った。

「そう言ってくれると、隊長としてのメンツが潰れずに済んで助かる。

お前は?、腹が減っているであろう?」

「はい――音が漏れぬ様に奮起しておりますが、正直、腹ペコであります」

サスケは、観念した様子で、自分も空腹であるコトを吐露した。

「よし!、宿を取る前に、腹ごしらえを急務としよう!

どこか、この辺に――」

――と、ヨシゾウが食堂を探して、キョロキョロしていると――


「――じゃあ、ユキ。

アタシは、このまま仕事に――姐さんと、レ……ちゃんも、またね!」


――近くの"食堂"の看板が貼られた、古びれた建物から出て来る……かなりキワどい恰好の、娼婦らしき女の姿が見えた。


「おお、あったぞ!、あそこで腹ごしらえだ!」

ヨシゾウは、突撃の号令でも掛ける様に言って、サスケと共に古びれた食堂に向った。


――その食堂の店内では、オリエが持って来た菓子の試食会場という様になり、皆でその菓子に舌鼓を打っていた。


「――うん、美味い菓子だった。

お嬢、コレは売れると思うよ」

菓子を入れていた皿を指差し、フミは頷きながらそう言った。

「おっ!、フミさんのお墨付きが出た!、こりゃあ一稼ぎ出来そうだねぇ♪」

オリエは、ニンマリと笑って、フミから出されていた茶を啜る。

「――じゃあ、私にも、売って頂けますか?

とっても美味しかったので、集会所にも置きたいと思うので」

フミと一緒に、味見に加わっていたユキも、たいそう気に入ったらしく、口元を覆って、唇に付いた食べカスを上品に処理しながら、早速、購入を申し入れる。

「おっ!、毎度ありぃ~!」

オリエは、ユキの頬をツンツンと突いて、喜びを彼女の聴覚と触覚に伝える。


「俺にも……売ってくれや」

野太い声でそう言ったのは、もちろんリュウジ――皆、驚いた様子で一斉に彼を見た。

「……なんだ?、一家ウチの連中への土産にでもと思って、頼んだんだが――俺みてぇなのが、菓子を買ったら変か?」

「いやっ!、そんなコトないさ。

そういや、アンタ……甘辛りょうとう使いだったっけ」

不満気に顔をしかめるリュウジの問いに、オリエは苦笑いを見せながら答えた。

「う~ん……でも、土産にとなるとさ、今はおフミさんに届ける分しか、持って来てないんだよねぇ」

何なら、屋敷ウチに寄ってかないかい?」

「ああ、良いぜ。

ミツカが、商売に出る時間だしな――女だけで歩かせるのは、どうかと思ってた時分だしよぉ」

リュウジは、夕闇が拡がり始めている窓を指差し、ユキとレンを含めた3人を見渡す。

「優しいねぇ、お頭さんはさ♪」

オリエは、からかう様にリュウジにそう言って、彼の顔を楽しげに指差す。

「どうしてコレで――今の歳まで、嫁が貰えねぇのかね?」

――と、余計な皮肉染みた、幼馴染への心配も含めて。

「うるせぇ!、未だに婿が見つからねぇのは、お前も同じだろうが!」

そんなやり取りを、笑いながら見渡したフミが――

「――さあ、夜の営業、開始と行こうかねぇ」

――と、腕まくりをし始める。


「あっ、じゃあ、もう行こうか」

フミの声掛けに、オリエは、徐に立ち上がり、レンとリュウジに目配せをして――

「――ユキ、集会所まで送ってくよ」

――と、ユキには声をかけ、彼女の手を握る。

「あっ、お頭が、オリエさんのお屋敷に行かれるのなら、ご一緒したいです。

私も、お菓子を早く、みんなに食べさせたいですし……レンちゃんとも、もう少し」

――と、ユキは同行を申し出た。

「あら、そう?、じゃあ、みんなで――」

――と、オリエが言い掛けた所で、"旅装束の若い男が"店の引き戸を開けた。

「――店主、外の開店時間まで、きわどい時分にすまないが、もう、開いているだろうか?」

若い男は、礼儀正しくそう詫びながら、ゆっくりと内側に掛けたままの暖簾をくぐる。


その客と、入れ替わる様に、店から出ようと振り向いたレンが――

「――えっ!?」

――そんな、驚きの声を挙げた。

「――っ!?、!!!!!!!、レン?!」

そして――若い男も、同じ様な態度で、彼女の顔を見てそう叫んだ。


「サッ……サスケさん?」

若い男――サスケは、そのレンの反応を見聞きし――

「やっぱり――やっぱりっ!、レンなんだな?」

――と、レンの問いには答えず、彼はボロボロと大粒の涙を溢し、つぶやく様に問い返す。


その様子に、少し呆気に取られながらレンが、黙ったままコクンと頷いて見せる――そんな様を見たサスケは、感極まった様子で、レンを正面から抱き締めた!

「?!、ええっ!?、サッ!、サスケさん?!」

「良かった……っ!、やっぱりぃ――やっぱり、生きてたぁ……!」

レンは、突然の抱擁に驚き、激しく狼狽して見せたが、サスケはそれに構わず抱く力を強める。


「?!、あらら?」

それを、レンの後ろで観ていたオリエも、口元を抑えながら呆気に取られている。


――フツーなら、従者が突然、知らない男に抱き締められているとなれば、主人としても、黙ってはいないはずな状況だが、互いが知り合いであると思われる、両者の発言から、オリエは――

(――えっ!?、マジ?!、もしかして、レンの"元カレ"?)

――ぐらいにしか思っていないので、悠長な構えとなっているのである。


「――サスケ、どうだ?、店は開いて……」

――と、客がもう一人、これも旅装束の男で、今度は中年の男が店に入って来る。


「?!、サスケ!、お前、ナニを――」

入店の矢先に見せられた、サスケの抱擁シーンに驚いた中年男は、叱る様な言い方で口を開くが、抱き締めている相手の顔を見て――

「――っ!!!、まさか……ココで見つけたのか?!」

――心底驚いた様で、震えながらそう言った。

それを聞いたサスケは、レンを抱き締めたまま、首だけを振り向かせ――

「ばいっ!、はい!、生ぎて――生きで、いまじた!」

――と、涙混じりの声で応じた。


「サッ、サスケさん――はっ!、離してください!」

「!?、ああっ!、ごっ!、ごめん!」

レンのそんな抗議の声に、やっとサスケは我に返って、慌てて彼女を束縛から解放する。

解放されたレンは、顔を恥ずかしそうに赤らめ、少し肌蹴た着物をサッサと手早く直す。

(ああ、可愛い――!、やっぱり、本当に、本当にレンだぁ……)

サスケは、そんなレンの仕草を見詰め、もう一度涙を溢す――ちょっと、"キモく"感じてしまうセリフを、心中でつぶやきながら。


「――スヨウの国、ヤマカキ村のレン……だな?」

レンとサスケの間に入る様に、中年の男――ヨシゾウは、真剣な眼差しを送って、彼女に素性を問うた。

「……はい」

レンは少し、答えを選ぶ素振りを見せたが"今のこの場面では"、こう答える方が適切だと判断して、頷きながらそう返した。


「――私は、"スヨウ第五軍"のヨシゾウ――例の、虐殺事件の調査を任されておる。

生存の可能性が見つかった、そなたを探していたのだ」

「――?!」

旅装束の裏地に刻まれた、"鳳凰の紋"を見せながら名乗ったヨシゾウに、レンは顔付きを硬直させ、頬の血色を青ざめさせながら、ゴクリと大粒の唾を呑む。


(?!、スヨウの――だって?!)

会話を漏れ聞いたオリエも、顔色を変え、睨み付ける様にヨシゾウの姿を見詰める。

(……追手が辿り着く可能性は、ソウタも危惧はしてたけど――速いっ!

現場から離れたココを、先に調べに来るって……勘が鋭くて、用兵にも長けたヤツが居る――ってコト?)


(――んっ?)

(姐さん……?)

オリエの側に居る、リュウジとユキは――彼女の、ヨシゾウに対して放つ警戒感を、リュウジは彼女の表情で、ユキはオリエの気配から感じる、紅い警戒の界気を感じ取る。


「――レンよ、そなたは、あの時……」

――と、言い掛けた、ヨシゾウの腹の虫が、また鳴いた。


「――!、ははは……すまぬな。

どうやら話を聞く前に、先にせねばならぬ事があると、私の腹が言うておる様だ。

悪いが、話の前に、腹ごしらえをさせて貰いたい……待っていて、貰え――」

「――ちょいと、すいませんねぇ?」

――と、レンに待つ様に言おうとしている、ヨシゾウの前にオリエが割って入る。


(――っ!?)

ヨシゾウは、この女――オリエが自分に向けて放つ、何とも言えない存在感プレッシャーに気圧され、その先の言葉を思わず呑み込んだ。

「うっ、んんっ!、――何かな?」

「このレンって娘は、今、アタシの従者をして貰ってるんだがね?」

――と、オリエは、レンがココに居る理由を、簡素にして的確にヨシゾウに伝える。

「なっ!、レン――そうなのか?!」

それを漏れ聞いたサスケは、レンに説明を求めた。

「はっ、はい」

レンは、それだけを答えて、この状況の行く末をオリエに委ねる視線を彼女に送った。


その二人のアイコンタクトを、微妙に感じ取ったヨシゾウは――

「それで――私に何を言いたい?」

――と、怪訝な表情を見せて、オリエに意図を問うた。

「この狭い店内で、アンタらとレンの話が終わるまで、アタシらが、バカ面して席を占めてちゃあ、営業妨害になっちまうだろ?

この娘は今、アタシの屋敷に住み込みで居る――話は、ソッチでじゃダメかい?、アンタらが飯を食い終わってからさ?」

オリエは、ヨシゾウの問いにそう答え、スッと眼光を鋭くさせて――

「アタシは――"ヨクセ"のオリエ。

"屋号に賭けて"、あの娘を逃がしたり、隠したりはしねぇ――どうだい?、スヨウのお侍さん?」

――と、凄みを効かせた言い方で、彼の瞳を凝視した。

「――っ!?、ヨクセ、の!」

"ヨクセのオリエ"と言えば、ヨシゾウぐらいの公者ともなれば、新聞などで読んだ覚えがある、ツクモ財界の重鎮であるのは、周知の事柄である。


ヨシゾウは、妙に納得した様で頷き――

「――解り申した」

――と、一言だけを言って、オリエの提案を了承した。


「そうかい、解ってくれて良かったよ。

アタシの屋敷は、ココより奥の地区に有る――解らなかったら、街の衆にでも聞きゃあ、知ってるだろうし、教えても貰えるさね」

オリエはそう言って、店の入り口に向けて踵を返し――

「じゃあ行くよ、レン――リュウジとユキも」

――戸を引き開け、不敵な笑みを見せながら暖簾をくぐった。
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